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Uターン
マリー・マーガレット 3

「僕らは、何よりもそれを優先すべきだ」
「……わかる、わかるけど……」
ライラがこんな人だなんて思わなかった。俺も殺せるなら殺していた、なんて……。
セオドアをなんとかしなくちゃ全ておしまいなのだろうし、俺たちがなんとかしなくちゃいけないのは、わかっている。
ライラは大きなため息をついて、髪をかきあげた。片目を隠すくらい伸ばしている。

「とにかく、あの女の子とは友好的に接したいし、戻ろう」
そう言われるままにライラをアイちゃんの所へ連れて行った。ライラに毒を仕込まれたあの男はすっかり消えている。
「……おにいちゃん……」
アイちゃんはしょんぼりして、男が居た場所に縮こまって座っていた。涙目でこちらを見上げている。
「さっきのおにいちゃん、どこか行っちゃった」
「……」
ライラは黙ったままアイちゃんを睨みつけている。しばらく二人の睨み合いが続いた。きっと大人の男に睨まれて怖いだろうに、アイちゃんは怯まずライラを見ていた。
ライラは俺を少し引っ張り、耳打ち。
「この子、僕の『邪眼』がきかない」
邪眼っていうのは、たしか、人間の記憶を消す力だっけ。それがきかなかったのは、悪魔のベルベットさんだ。
てことは、つまり、アイちゃんは天使か悪魔確定ってことか……。
少し考えて、頭の中で考えがどんどん繋がってゆく。
アイちゃんは少なくとも、見た目だけなら七年はいきているはずだ。こっちにはほとんど異能者がいない。ひっそりと生きている異能者もいるのかもしれないが、俺たちが来るまでにこっちに居ると確定している異能者は、ベルベットさんやレヴィン。そして……。
「セオドア……」
ライラのつぶやきを聞いて、俺は目を見開いた。
いいや、そんなこと、ありえてたまるか。アイちゃんは、誰のこどもだ?
アイちゃんのお父さんは異能者ではなかった(魔法を使ったらビックリしてたし)。母親が異能者?
女の、異能者。ベルベットさんの子ども……? いや、まだ女がいる可能性はある……。そうだ、こういう時こそベルベットさん。アイちゃんを見せれば、何か有力な情報が手に入るかも。
「アイちゃん、アイちゃん、俺と少しお散歩行かない?」
「……い、行く!」
ぱあっと花火みたいに笑顔になったアイちゃん。ライラに目を向けて。
「お願いだけど、アイちゃんを連れていってほしい所があるんだ。マルキュービルの11階。緑の鳥の絵がかいてある」
「この子を連れてくのはいいけど、ビルを見つけられるだろうか?」
そ、そうか。ライラは目が……。俺が先導しないとだめか。悩んで悩んで悩んだ末に、出た結論が。
「……俺が先飛ぶから、ついてきて」
「大丈夫?」
「……たぶん……」
返事をしながら、手足を燃やして少し浮き上がった。どんどん勢いを強め、高度を高めていくと思わず戻してしまいそうになるが、なんとかこらえる。
風は気持ちいいが、今は俺の吐き気を煽るだけだ。
「無理しなくても、走ってもらえたら、空から追いかけるけど?」
「地上は騒ぎになるから」
だらだら垂れる冷や汗は風にさらわれていく。深呼吸すると、いくらか気持ちは落ち着いてきた。
ライラはアイちゃんとなにやら話をすると、抱っこして俺のすぐ後ろについた。

止まらない吐き気にクラクラしながら、ビルを探す。飛び上がるとすぐに見つかった。この辺りには高いビルは少ない。空を飛べるなら、セキュリティが厳重でも中に入り込むのは楽だった。
着地してすぐに、外に向かって吐いた。ほとんど胃液だけだったけれど……。汗を拭って、壁にもたれかかる。……もう飛びたくない。
ライラも到着して、いざベルベットさんの部屋に入ろうとしたその時、突然扉が開いた。
「うわ、マジでいたし」
……アイヴィー。アイヴィーがなぜここに……、というか、とりあえずはやく入れてもらおうとアイヴィーにどいてくれとジェスチャーして、中に入った。
部屋に入り、前に入れてもらった部屋に入ったが、誰もいなかった。
「……ベルベットさん?」
「出かけた。まだ帰ってきてない。その子は?」
「ベルベットさんに、見てもらいたくて」
ふうん、と気の抜けた返事をしながら、アイヴィーは舐めるようにアイちゃんを見る。
「ただの子どもに見えるけど、ま、そーじゃないんだよな?」
「……わからない?」
ライラが会話に入ってきた。……そうか、アイヴィーと俺の親は同じだから、ほぼ同じ感覚を持ってると言っても過言じゃない。
「? なにが? ていうか、また子どもの他に妙なモン持ってきたな」
オレの腕の中で震えているイヌを指差した。すっかり大人しくなっており、尻尾を股に挟んでいる。
「なにこれ。すごくキモい」
「俺にもわからないよ」
「なんだろうね?」
生き物ではあるようだが、作り物のような姿だ。蛍光グリーンの毒々しい体とタトゥーのような黒い模様は嫌悪感さえ覚える。目は退化しているのか顔には鼻と口しかない。
アイちゃんは俺に寄ってきて、イヌを覗き込んだ。
「コムギちゃん!」
「? 知ってるの?」
「描いたから……」
……子どもだからってバカにしちゃいけない。このくらいの年の子どもは、しっかり自分のことを話せるし……、見た目以上に生きている可能性は大きいのだから。
「どういうこと?」
「描いたの」
たしか、こっちに来てアイちゃんちに居た時、同じようなことを言っていた……。あの時居たイヌ、スケッチブック。スケッチブックに描かれていた黒い人と緑色のイヌ。
まさか。……でも、試してみるのも……。
紙と鉛筆はこの部屋にはないのだろうか? 部屋を見回すと、電話の近くにボールペンがあった。ボールペンを素早く掴み取り、紙を探す……、が、見当たらない。
「なーにしてんだ? おかしくなったの? たかが子どものいう事……」
「な、なあ、アイちゃん。この人、描かなかった?」
「描いた。真っ白の、雲みたいなお姉ちゃん」
「……」
アイヴィーは不思議そうな顔をしている。アイヴィーはアイちゃんと会ってないのか……。
「何か描かせたいんだ」
しかし探してもやっぱり紙はなかった。アイちゃんは俺に擦り寄り、小さな声で上目遣いで。
「スケッチブックがほしい……」
「行ってこよう!」
イヌを置いて外に出ようとすると、ライラに止められた。
「やめたほうがいい。なにがあるか、わからない」
「でも確かめたいんだ。危ないことがあるなら、アイちゃんに何かあるはずだし」
言い合いをしてる俺たちに、アイヴィーは割って入ってきた。
「お前ら、ひどい臭いだ。風呂はいってねーし、服も変えてねーから。服用意してやるから、風呂に入ってこいよ。ついでにスケッチブックも持ってくる。ガキはそれでベルベットさんが帰ってくるまでは大人しくしてんだろ」
そう言うと、アイヴィーは出て行ってしまった……。
「……流石に、あれまではっきり言われたとなると、なかなかひどい臭いらしいね」
はあっとため息をついて、目を見合わせた。



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