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Uターン
マリー・マーガレット 2

「きっもちいーねーえ!」
叫ぶライラの顔は本当に気持ちが良さそうだった。ライラが見つけた電車の上にのぼり(ちなみに30分かかった)、しがみついた。
風に乗ってにおいが飛んでくるが、なかなか魔法臭を嗅ぎつけられない。
「なかなかスリリングだね、ジェットコースターよりずいぶんいいよ!」
ライラがはしゃいでいる間に、さっそく変な臭いをみつけて電車を飛び降りた。これが倫太郎さんやアイヴィーだったら笑えるけど。ライラも続いて飛び降りる。何にもない、背の低い手入れのされきった芝生が広がる河川敷。
近くには川、そして住宅街。
「本当にこのあたりにいるの?」
空気のにおいを嗅げば、確かに魔法臭がする。
「間違いないよ……、二人固まってると逃げちゃうかも……」
「でも、僕を置いてけぼりにしないでおくれよ」
ちょっとした仕返しにいたずらでもしてやろうかと思ったが、魔法臭がするのでよしておこう。周りには何もないし、隠れているなんてこともなさそうだが……。
「……確かに変な臭いがする」
ライラにも感じられるほど近いか。……いったいどこだ?
風が吹き、草が揺れた。その瞬間、手に衝撃が走る。何かが飛びかかり、俺の腕に噛み付いたのだ。
「……なんだ、これ。イヌ?」
……確かに言われてみればイヌに見えるか。チワワのような小型犬の姿をしており、目は退化したのかついていない。おどろおどろしいタトゥーみたいな模様や、目に痛い緑と黒のカラーリングはおもちゃっぽくもある。
イヌの顎を無理やり開けて引き剥がすと、イヌはかなり抵抗した。イヌの姿をしているがイヌではない、まるでキメラのような……。
「こいつの臭いだけじゃないよ」
わかってる……、このイヌの他に、まだこのあたりに何か潜んでいる。暴れるイヌを軽く火傷させて脅し、大人しくさせた。魔法臭がする以上、このまま放っておくわけにはいかないし。
ライラとぴったり背中を合わせてその臭いのもとを探すが……、見つからない。下手に動いてスキを見せたくないな、視線だけは確実にあった。
「そのイヌをよこせ!」
どこからか声が聞こえるが、声の主は見当たらない。
「そのイヌをよこせと言ってんだ! 聞こえてんだろ!」
「姿を見せろ!」
男の声がする。イヌはぶるぶると俺の腕で震えていた。耳をすましてみよう……、どこからするのかわかるかも……。
「イヌをよこせ!」
このイヌは向こうにとって大事なものなら、ますます渡すにはいかないな。姿を確認しなければ。……俺の足元、一歩歩けば踏み潰しそうな場所。そこから声がしている……、のか?
足を伸ばして草を蹴り払うと、一匹のハエが飛び出した。こいつがこの声の主か!? ハエは少し距離をとったが、離れようとしない。
「……」
様子を見ているとハエは巨大化し、ヒトの姿になった。黒い髪、すらりと長い手足に、獣のように血走った赤い目。
「イヌを離してもらおう」
……悪魔だ! 悪魔のにおい。……どうか話はできないだろうか? イヌを抱えたまま、沈黙は続く。
「イヌを離しますから、少し話をしませんか」
「断る」
「このイヌはなんなんですか?」
「答える必要はない」
「あなた悪魔でしょ、俺もそうなんですよ。仲間です」
「……悪魔ァ?」
男は顔をしかめ、じろりと俺を見た。
「そうだな、おまえはそうらしいが」
……否定するが、このにおいは確かに悪魔のものだ。俺の鼻は誤魔化せるはずない。親父から聞いたんだけど、俺は普通の悪魔よりは『動物』っぽいらしい。ほとんどの悪魔は、本来人間と動物を組み合わせたような姿をしている。力の強い悪魔や、人間に化けきれない未熟な悪魔は動物の特徴が多く出るらしい。たとえばだけど、ライラは皮膚にウロコが浮かび上がってたりする。
ただそれは視覚的なものだけではなくて、異様なバランス感覚や聴覚嗅覚といった動物的センスもある。俺は嗅覚や聴覚が飛び抜けていいから、そういう動物なんだろう……。
「あなたは天使? まさか!」
「……イヌを返せ!!」
ライラの腕を引っ張り、飛びかかってきた男をよけた。片手にイヌ、片手にライラ。……逃げられなさそう。イヌを手放せばなんとかなりそうだけど、イヌがいなければこの男はおれ達なんて相手にしてくれないだろう。
「……なんとか動きを止められればいいんだけど……」
男は俺がイヌを抱えているからか、下手に手だしできないようだ。でもだからといって、逃がす気はないらしく。
「僕にまかせてよ、そういうの得意だからさ」
ライラに耳打ちされ、ライラを庇いつつ男の様子を見た。じりじりとした視線を感じるが、再び襲ってくる様子はない。
ライラが右手を降ると、何か小さなものが飛んでいった。それは男の頬に刺さる。あれは……?
頬に少し触れ……、男は目を見開き、ゆらりと地面に倒れてしまった。
「……何したの?」
「ちょっとした毒。死にはしないし、二時間もすれば抜ける弱いやつ」
小さな声でそう言い、わざとらしくウインクしたライラをよそに倒れた男を覗き込むと、ぜいぜいと肩で息をしながらこちらを睨みつけていた。歯を食いしばり、手先は痙攣している。
「く、く、っそ……」
「大丈夫だよ、苦しいのは今だけ」
この有様じゃ刃向かうどころか口をきくのも辛そうだが……、どうしたことか。
「すいません、乱暴で。イヌは返しますから、質問に答えて」
「答えたら解毒してあげるから」
ライラが脅しをかけてくれた……、これで少しは答えてくれるだろうか?
「……どうやってここにきたんですか?」
「……わ、わか、らない。気づいたら、ここに居たんだ」
「ここへ来る前は?」
「死……、んで……」
死んでからここへ……? それって、俺やアイヴィーと同じってことか。俺だって死んだと思ったらここにいたんだ。……つまり、俺とアイヴィーも、誰かに呼び出されたってそういうこと?
「ここへ来てから最初に会ったのは誰?」
「……こども、……だ。金髪の……」
「! 名前は?」
「アイ……」
アイちゃん……!? アイちゃんが? こっちへ悪魔を連れて来ている天使というのは、アイちゃんと関係があるのだろうか……。
「このイヌはなに?」
「……」
だんまりか。だが、ものすごい情報を入手したぞ。またアイちゃんのところへ行ってみよう……。
「あなたの名前は?」
「……」
「どうしてこのイヌを追っていたんですか?」
「……」
「ソリエ教団って知ってます?」
「……」
男はこちらを睨むだけだ。ライラは顔をしかめ、俺に耳打ちする。……とは言っても、男に聞こえるように、だ。
「イヌは返さないほうがいいんじゃない? なんか、やな感じがする。ここで殺してしまえば」
脅しをかけたのか、本気なのか。ひゅうひゅうと息をする男の息が少し早くなった。
「そんな、殺さなくたって……」
「でもよそで余計なことされたら面倒でしょ?」
それもそうだけれど、……。なーんか、ひっかかるもんがあるんだよなぁ。
「ソリエ教団にこいつとこのイヌが関係あるのかもね、なんにも言わないんだし。拘束して連れていってもいい」
それを聞いた男は、震える手足を奮いたたせて立ち上がろうとするが、うまく立ち上がることができない。
「俺は友好的にいきたいのだけどな」
「もう無理じゃない」
確かに、手遅れか……。どうしたらいいんだろう。こまったな……。同じ悪態だし、殺したくないや。ただ理由はそれだけ……。
ただただ立ち尽くしていると、遠くから声が聞こえて来た。その声はだんだん大きくなって、何を言ってるのかわかってくる。
「……いちゃーん。おにいちゃーん!」
小さい女の子の声……、声がするほうを見ると、金髪の女の子が走ってきた。アイちゃんだ……。
「……あれ? 前のおにいちゃん」
そのアイちゃんの声を聞いた瞬間、ライラに服を掴まれて引っ張られた。
「逃げよう」
「……え!?」
言われたままにイヌを連れて走り、その場を後にした。追って来る様子はない。河川敷に建てられた橋の下で止まった。二人の様子はおおざっぱにはわかる……、倒れた男のそばに、アイちゃんがしゃがんでいる。
「どうして逃げようって?」
「……わかんなかったの?」
ライラはびっくりした顔をしてこちらを見る。
「な、何が……?」
「すごい魔法臭してる。あの小さい女の子」
え!? うそだろと何度も確認したが、ライラはその言葉を撤回しない。
「ここからでも臭うのに、わからないわけ?」
「何かの間違いなんじゃあ?」
ライラは首を横に降る。
「間違うものか。あの男でも、このイヌでもない!」
「小さい女の子じゃないか」
「……鼻がよすぎて、わからないとか」
「まさか……」
「僕の鼻は僕の目よりはるかに信用できるよ」
チラチラとアイちゃんと男をみながら、ライラは再び口を開く。
「……僕は、あの女の子が『天使』だと思うね。あの悪魔はあの子に呼び出されたに違いないさ」
「俺も……、そう思う。あの男、『死んだ』と言ってた。俺だって、セオドアに殺された。……アイヴィーも、セオドアに殺されたんでしょ……?」
「あの男もセオドアに? ……あの子はセオドアに殺された人間をここに生き返らせることができるのか。そんな、ありえない、……いや、あの魔法臭の持ち主なら、絵空事でも実現できるか」
にやりとライラは笑う。何かよくないことを考えているだろうということは分かった。
「なら、あの男を殺そう。じゃまだ」
「……悪魔は、……助けたい。困ってるだろうから。きみにはわからないだろうけど、あの男が天使なら、きみも助けるだろ」
俺は必死にあの男を庇う。なぜそんな気持ちになるのか? 悪魔だってそれだけの理由じゃない。自分と、……重ね合わせていた。
「僕は、天使でも悪魔でも子どもも大人も関係ない。邪魔になるならどけるだけだ」
「まだあの男には罪なんてないのに! ……いや、罪があったとしても、俺たちには裁く権利なんてない!」
「そんなんじゃないさ。僕はあの男が僕らの計画を邪魔するんじゃないか、と考えてる。きみだって、アイヴィーだって、倫太郎さんが文句言わないなら殺していたろう。僕らの目標はセオドアをとっ捕まえてぶっ殺すことさ。あの男はそこまで大きな力を持っているわけじゃなさそうだし、殺すのが正解だと思うよ。あの女の子は幼いし、うまく利用できそうだし、保護すべき」
「……ライラ、きみは……」
「きみの目的はなんだ? 悪魔と仲良しこよしするためにいるのか? 僕らと共にセオドアを殺す……、責任をとるために戦うと決めたんじゃないのか? きみは僕らに見つけられて、すぐ向こうに帰ることもできた。僕らが余計なことをして死んでしまったら、責任は誰がとるのだろう?」
……俺は、動けなかった。手も足も、くちびるも震えるだけだった。




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