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Uターン
マリー・マーガレット

倫太郎さんに、ベルベットさんから伝えられた『悪魔を連れてきてる天使がいる』と伝えたが、倫太郎さんやライラにも心当たりはないようだった。
倫太郎さんの『ソリエ教団の本部』探しもはずれだったようだ。電話番号を使って支部を当たり本部へ行ったが、そこには怪しいものや怪しい人間などはいなかった。つまり張りぼての本部で、どこかにきっとセオドアの居る、またはよく出入りする本部があるはずなんだけど、と苦笑いしていた。
ただ収穫が全くなかったわけではなく、ソリエ教団の教祖であるソリエは、人間にはできないことをすると信者からの直接の言葉を聞けたらしい。怪我で死にかけた人間を治したり、空を飛んだりするんだって。ソリエ教団は、当たりだった!
新興宗教なんていくらでもあるが、ここにしかセオドアはいないだろう。

倫太郎さんは引き続き本部探し、偽の本部に忍び込むためにアイヴィーか俺を連れて行きたいと言った。俺が口を出す前にアイヴィーは『あたしが行く』と言い、仕方なく俺とライラは天使探しをすることになった。
……またヒントなし。今度は魔法臭を追えばいいだけだから、まあ、マシだけどさ。
ホテルから出て行く倫太郎さんとアイヴィーを見送ると、帽子、それからサングラスをかけた(もちろん倫太郎さんがもってきたものだし、倫太郎さんもかけている!)。
今日は雨だし目立つかもしれないけど仕方ない。俺は黒髪だから日本でもそこまで目立たないが、ライラは髪だけで外人だとわかってしまうのでパーカーのフードに帽子にマスクとサングラスという、いかにも不審者な格好になってしまったが……、仕方ない! 仕方ない!
ホテルから出る前に、作戦会議。
「俺は申し訳ないけど、地上から探すよ。鼻には自信あるんだ」
「飛べないんだよね、また僕が抱っこしてあげようか。きみの鼻がきくなら、少し上のほうが探しやすいんじゃない? 飛ぶならこんな変装いらないし」
変装グッズの山の中から鼻ヒゲのついたサングラスを掴み取り、俺に渡すライラ。押し返すと、ちょっと笑って放り投げた。
「高所恐怖症なんだ」
「いきなり高いとこに行くから怖いんだよ。みんな高いところは怖いし。ちょっとずつ上がれば怖くないから」
「……脚立とかでもだめなんだって」
ソファーのそばにあるガラスの机を指差し、立ってみてよと言われてそのとおりにする。
「大丈夫じゃない?」
高さはだいたい地面から50センチといったとこか。別に足が震えるわけもなく、ふつう。平気。
「……バカにしてる?」
「それ大丈夫なら大丈夫だよ。ゆっくり上がるから。高いとこ克服して空から探すのと、地べたに這いつくばって犬みたいに探すのとどっちが早いかなあ……」
「なんかさー、慣れたら容赦ないね……」
ガラスの机を降りて、嫌々ホテルの外に出た。マジにだめだったらやめるって言ってるけど、本当にそうしてくれるかはわからない……。
「抱っこしてあげるよ、僕の愛しいベイビー、……なんて」
「女の子に『思ってたのと違う』って言われるのなんでか今のでわかった」
冗談もそこそこに(俺のは冗談じゃないぞ)、ライラにしがみついた。ライラも俺の背中に腕を巻きつけ、ゆっくりと地上を離れて行く。
「うっ、浮いてるよ」
当たり前のことをあり得ないみたいに言っちゃうくらい、汗がだらだら流れて滑ってしまいそうだった。
「ちゃんと捕まっとかないと、風に吹かれたら拾いにいくくらいしかできないからね」
目を思い切り閉じてぶるぶる震える体を抑え付けていた。風が足の間を抜けていく感覚はなんとも表現しがたい嫌な感じがある。
「……どれくらい? どれくらい上がった?」
「あれ、見てないの?」
「見れるわけないよ! 怖いんだって! 冗談抜きに!」
耳元で笑い声と風の音。だいぶ上がったんだろうと想像はできるが、今の俺にはそれを受け止める力がない。
「……チャーコ! 聞いてる? チャコ!」
「は、はい」
「首が苦しい。窒息して落ちちゃうよ。腕、緩めてくれない?」
「無理、無理っ、落ちるじゃん」
「僕が持ってるから、大丈夫」
少し力を緩めた瞬間、異常なほどの浮遊感が俺を襲った。悲鳴すら出ない、風の音が耳をすり抜けていく。……落ちてる!?
「飛べるって思ってみ、飛べるから!」
考えられるわけないじゃないか! 飛ぶ力が自分にはあるとわかってはいるが、……。目を開ける勇気もない。落ちている、という事実に動物的感覚が反応して手足を下にするしかないのだ。
「おいおい、落ちる準備してんなって。もう地面近いよ」
そう言われ、手足から炎を吹き出した。着地の負荷を和らげて安全に着地するために。
「……」
おそるおそる目を開けると、ライラが目の前にいた。
「なんてことしてくれんだ!」
掴みかかろうと足を踏み出すが、足は空振りする。そのままこける形で地面を見た。
……広がる森と、あれは廃ホテルか……? 一瞬だったが、すぐに状況を理解できた。体勢を戻し、足を燃やして地上一直線。
「おーいっ! おいったら!」
ライラの声を無視して、俺は地上に着地した。


「悪かったよ、ごめんって。でも、飛べたじゃないか」
「そりゃ、自分で飛んだらあんまり怖くなかったけどさ……」
地上の安心感を全身で感じるために、柔らかい土の上に転がった。あったかい。太陽の光の照り返しは優しい。やっぱり、地に足つけて生きるべきだ。影の悪魔なんだし!
「よかったじゃない。じゃあもう克服?」
「……」
もう三十分はこうしている。もうしばらくはここから離れたくない! 寝転んだライラは俺の顔を覗き込む。
「きみのお母さんは空飛んでセオドアをやっつけたそうだよ」
きっと母さんも俺と同じように影を燃やして飛んだんだろうな。
「母さんと俺はちがう!」
母さんはすごいんだから、それくらいできても不思議じゃない。俺はすごくないから、できない。それだけ。生まれがすごくても、才能ってかならず遺伝されるわけではない。有名な小説家の子どもには小説家の才能があるのか? もちろん才能がある子どもはいるだろう。それだけ、そういうこと。
「みんなお母さんがお母さんがって、お母さんがすごくても俺は……」
あー、あ。だめかも。そばに生えている花は自由だ。根っこで縛られているように見えるが、花がしおれると白いふわふわの種を風に乗せる。血に縛られている俺は自由になれるのだろうか?
「お母さんよりすごくならなくちゃいけないなんてこと、ないんだからさあ。朝話してくれたきみの話聞いてると、コンプレックスの塊だよねえ、ほんと」
「そりゃあコンプレックスがたくさんあるんだからコンプレックスの塊だよ」
パッと思いつくものから、背が低いことや母さんや親父がすごいこと、アニーのこと、助けてられてばっかなとことか。
ライラに素直に話すと、ライラは笑い飛ばした。
「なーんだ、そんなこと。背なんてじきに伸びるよ。僕だって四年くらい前はきみより少し高いくらいだったかな。女の子だって、星の数ほどいるんだから。何にもせず堂々としてればいいんだ」
そりゃあ、ライラはそのあたり苦労してなさそうだし。背が伸びる確証もない。
「それに背が低いと年上にモテそうじゃない、顔も子どもっぽいし」
嫌味かよ……。そこそこ腹も立ってきたところで、天使探しを再開しようと思った。でも飛ぶのはごめんだ。何かいい方法はないかなぁ……。高い場所にはあまり行きたくないけれど、少しくらいなら我慢しよう……。
「……電車に乗って探そう」
「天使を? だめだめ。僕たち指名手配されてるんだから、あんな人が密着する場所行ったらおしまいだ」
「乗らないよ。『上に』乗るんだ!」
電車の上に乗り、移動しながらだいたいの検討をつけることができれば、俺の鼻なら数時間で探し当てることができる、はず。
「ま、空が飛べないならそうするしかないよね。僕はじゃあ、電車を探してこようか」
「頼む」
ライラは飛び立ち、俺もついて行くように走り出した。




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