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Uターン
猛毒のリップスティック

目が覚めて起き上がる。瞼を開けても閉じても真っ暗で、なるほど、きっと原始人はこんな思いをしたのだろうと。
予想は夜中の二時ってとこかな。温まった毛布を出て、近くにあるはずの蝋燭を探して自分の指で火をつける。
黒から赤に燃える。辺りが少し明るくなった。
向こうのソファーにはアイヴィー、出口のあたりに一人の影があった。ライラと倫太郎さんのどっちだろうか、ゆっくり近づくと、赤い髪が見える。ライラか。
「倫太郎さんは?」
「……向こうにまた帰ったよ」
よく夜中にここまでこれたよなぁ、目が悪いのに。
ここは山のてっぺんに近い場所だし、周りには何にもない。ホテルを建てるために木は切られて空は開けている。空気はおいしい……。星空はいままで見たことのないほどに綺麗だ。都会のほうに出ればこうはいかないだろう。
「……ずっと起きてるの? 寝ないの、風邪ひいちゃうよ」
沈黙をどうにかしようと声をかけた。蝋燭立てを足元に置いて、隣に(ちょっとスペースあけて)座るとライラはびっくりしたように目を見開く。
「帰ってきて、ずっとここにいたら何時の間にかみんな寝ちゃってさ、だから中に入るに入れなくて……。倫太郎さんはすぐ向こうへ行ったし」
ああ、アイヴィーのせいね。あいつ、俺以外にも関係なく噛み付いてるんじゃんか……。
「アイヴィーのせい?」
「ちがうよ……。ただ単に僕が勝手に苦手だなって、思ってるだけ」
苦手な理由はアイヴィー自身にあると思うけどなぁ。伸ばした前髪を指にまきつけたり、ほどいたり。その手は異常なくらい骨や血管が浮いている。特にひどく痩せた様子もないのに、手だけは。少し赤く変色している気もした。
「……ごめん。僕、人と話すのって苦手で。べつに、君のことが嫌いなわけじゃ、ないんだ。……ごめん」
手を見ているのがばれたのか、ライラは手をカーディガンの袖の中に入れてしまった。
「……」
さっきからぜんぜん目を合わせてくれない。俺も嫌われたのかなあ、……。
「中に入るなら、一緒に行こうか」
「……いや、もうちょっと後にお願いしていいかな……」
ここで離れたら負けたような感じして嫌だったし、そのまま動かなかった。
「中に入りたくなったら言ってよ。近くにいるからさ」
「あ、ありがとう」
ビルで会った時はあんなに怖かったのに、今のライラはヘビに睨まれて震えるマウスのよう。何かに怯えてるようにも見える。
「……寒い? 毛布もってこようか?」
「大丈夫。ありがとう」
ライラは目を合わさず、ごめんとありがとうを繰り返す。……アイヴィーもだいぶ苦労してきたみたいだけど、ライラもそうなんだろうか。たぶん、異能者として生まれて苦労しないほうがおかしいんだとは思うけどさ。
魔法は人を幸せにするもんじゃなく、苦しめたり、破壊したり、殺したりするための力だ。もちろんいいことにも使うことはできるけど……。それができない異能者たちもいるわけで。
長い沈黙の末、俺が思いついた話がこれ。
「眠れない?」
「……僕、もともとあんまり寝られない体質なんだ。だから大丈夫だよ」
夜風が冷たい。蝋燭の火を庇いつつ、次に何を話そうか考える。
「それってつまり不眠症ってこと?」
「ああ……、そっちのほうが正しいかな」
「つらくない?」
「いいや。寝ないですむなら、そのほうがいいよ。他に色々できるし……」
「確かにそれはそうだね。何してるの?」
「……こうして、外眺めながら考えごとしたり、本を読んだり、ラジオ聴いたり、まあ……、いろいろ」
「本読めるんだ。どんなのが好き?」
「虫眼鏡を使ってやっと読めるんだけどね。なんでも読むよ……、昔のも今のも、子ども向けも大人向けも、エッセイだって読む。漫画も好きだ」
相変わらず目は合わせてくれないけれど、少し楽しそうに話をしだしてくれた。これで少しは打ち解けられるといいけど。
「俺、まともに読んだのは小学生のころの『ハリー・ポッター』くらいかも……、映画は観る?」
「アクションが見やすくて好きだよ。動きが激しいから、僕でもだいたいわかるし……。でも『ベンジャミン・バトン』が最近観たので一番好き」
「前にテレビでやってたよね? 観た。よかったよ」
「そうだね、たしか半年と少し前くらい。あれさ、終わったあと、悲しくなって、一人で劇場で泣いてたんだ。この歳になってさ……。映画館のスタッフに追い出されたんだ、覚えてる。外に出てポスター見て、また泣いたんだよ。周りに居た人が心配してくれて、おじさんが悩みがあるなら聞いてやるってそばのバーでごちそうしてくれたんだよ。その日はもう馬鹿みたいに酔っちゃって、家に帰ろうとして電車乗ってたら、知らないとこにいた。おんなじ酔っ払いに絡まれて喧嘩して殴られてたら親切なお兄さんに会ってその人に家まで車で送ってもらったんだけどさ、気づいたら全裸でうちの前で寝てたんだよ。財布とか携帯はもちろんなくなってた。こわいだろ?」
予想してなかったオチにびっくりして思わず大きな声を出してしまったが、ライラは口の前に人差し指を立てる。『静かに』という合図。
「そりゃあ、災難だったね……」
「確か12月の30日。寒かった……、雪に埋れて寝てたんだ。酒を飲むと眠れるけど、酒を飲まないと眠れないんだよ」
「マジな話?」
「マジ。その日は日曜日で、そしたらみんなお昼ごろまで寝るだろ? だから近所の人が起こしてくれた11時26分34秒まで、全裸で、雪の中で寝てた。あんまり衝撃的だったんでちゃんと覚えてる。あれ以来アルコールは外で飲まないことにしたんだ。でも倫太郎さんの飲みに付き合わなきゃいけないときは、家中の鍵を閉めて刃物を金庫に入れて、飲んだあとに全身ロープで縛ってもらうんだ。それから風呂場に閉じ込めてもらう。……ほら、ベッドだと、ほら、小さいほうが出ちゃった時処理が大変だからさ」
「冗談だろ?」
「……これは冗談。鍵と刃物のくだりは、マジだけど」
笑いながらライラは自然にこっちを向いてくれた。濃い緑色の目は、倫太郎さんのものよりずっと濃い緑色だった。
「……ごめんよ、人と話すのが苦手」
「まさか! それ、最高に面白いジョークだよ」
「そう?」
「最後の……、処理が大変っての、最高。処理したことある?」
「いいや。オムツするし」
「……マジ?」
「ウソ」
また二人で笑った。なんだ、ちょっと話せばユニークな人じゃないか。最初はとっつきにくい感じだったのがウソみたい。
「……なんか、君とは初めて会った気がしないよ」
笑い顔は無邪気で小さな子どもみたいだった。
「これって……、冗談?」
「ほんと」
「全部終わったらさ、うちに来なよ。ビデオ屋でDVD借りて、酒飲んで、ほどよく酔ったら散歩がてらバーに行くんだ。わかんなるくらい飲んで、知らないお兄さんにうちまで送ってもらう」
「……パンツに財布と携帯と家族の写真を入れとけばいいかな?」
「僕、あの時全裸だった。パンツはどこのブランドもんでもない、そのへんに売ってる履き潰したやつ……、盗られたよ! 冗談じゃない、マジの話」
「じゃあよしとく。家に行って映画観て、飲むのはいいけど、そしたら帰るよ。君をロープで縛って帰る」
「……賛成」




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あきゅろす。
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