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Uターン
ガールズ・キャタピラ

多少引き気味にそうですねと答えた。あんまり好きな性格じゃないな……。あそこまでアイヴィーを煽る必要は全くなかったはずだ。
ベルベットさんは俺の目をしばらく見て、何かの合図みたいに組んでいた足を組み替える。
「協力を断ってもいいけれど、きっと君は私に泣きつくことになるわよ。私は便利だもの。協力じゃなくて利用してもいいのよ」
「あなたはどんなことができるんですか……」
「まず、姿を変えられるわ。女限定だけれど。こないだ会った姿のほうがチャコ君はお好きかしら」
一瞬あたりがフラッシュをたいたみたく光ったかと思えば、ああ、この間俺に話しかけてきた女だ。さっきまではヨーロッパ風の色白な女性だったが、今は日本人のような顔をしている……。
「あとね、見ただけでそのものがどんな過程でここにいるのか分かるし、過去に会った人の今がわかる。どこで何をしてるのか。距離が遠かったり、対象の魔力が強いとぼやけてしまうけれど……。ま、あんまり趣味のいい力とは言えないけれど、私はお気に入りよ」
ああ、あの見透かされているような目はそれか……。確かに、戦えない事を考えてもぜひその力は使いたいところ。
俺に対しては有効的だし、断る理由は俺には、ない……。それに情報戦なら、アイヴィーと仲良くする必要さえない。俺は必要な情報をベルベットさんからもらい、その情報を元に倫太郎さんたちと作戦を組み立てればいい。
「……もし、もしですよ。またアイヴィーや俺の仲間に会っても、煽ったりしないでくださいね。みんなわかってるんですよ……。セオドアの件については、あなたたちにも責任はあるのかもしれないけれど、俺たちにもあるって、ちゃんとわかってますから……」
「! ええ、そうね。少し言いすぎたわ……。まだあの子が来てくれるのなら、謝るから。それに女の子だし、お風呂や化粧品を貸してあげるからと言っておいて」
……そうか! ベルベットさんはこっちの世界に詳しそうだし、……これはなかなか力強い仲間ができたんではないだろうか。頼みの倫太郎さんだって、こっちの世界では土地勘だってないんだから。
「……わかりました。伝えておきます。俺はその……、ベルゼブブ、を探せばいいですか?」
「そうね。お願いするわ。あと、サタンも捕まえてくることができればいいのだけど……」
窓のほうを見つめ、パッとしない表情。
「ベルゼブブ、近いんだけど、そばにいる奴が妨害してるのよね……」
「それって、……もしかしてセオドアですか?」
「違うわね。ただの悪魔よ。……誰かがこっちの世界に悪魔を呼んでるの……。セオドアじゃ、ないわよ。そいつも見つけたほうがいいわね……」
「ではまずそれを探しますよ」
今度は玄関のほうを向き、目を瞑るベルベットさん。唾を飲み込むと、唇が歪んだ気がした。
「……こいつは私が会ったことの無い人。どこにいるかはわからない……。でも悪魔じゃない……」
「では魔人か魔女ってとこですかね?」
「いいえ……、天使。天使の気配。私がここから感じられる魔力はそこまででもないけれど……。天使よ」
……こっちに居る天使は、俺の知る中ではセオドア、倫太郎さん、そしてライラの三人。俺とアイヴィーは翼がないので天使ではない。
次は天使を探せ、ってことか……。またこれはアバウトだぞ。ただ普通の天使なら魔法臭がするだろうし、ライラでも探すことができるだろう。それに俺は鼻がいいし、見つけるのはそこまで苦ではなさそうだ。
「わかりました。探します。仲間にするか殺すかすれば、問題ありませんよね」
「お願いするわ。悪魔を呼んでいるのなら、セオドア側に回るとすごく面倒だし……」
ならば俺たちとベルベットさんたち、そしてセオドアの他にどっちつかずの悪魔と天使が少なくとも一人ずつ居るわけね……。セオドアにはたくさんの人間がいる。人間とて侮ってはいけない。ただ単に殴り合いの肉弾戦や簡単な武器を使う戦いなら負ける気なんて全くしないが、戦車やら戦闘機となれば話は別。まず死にはしないが、死にはしないということはギリギリで生きてるってことで……。
ベルベットさんやレヴィンと、倫太郎さんは会わせたほうがよさそうだな……。
「あの、今、何曜日ですか」
「金曜日だけれど」
「日曜日に、ワインを持っていくんですよね?」
「行くわ」
「二人に会わせたい人が居るんです」
「そう。じゃあ日曜日の夜10時にレヴィンと会った所に来て」
……やる事は終わったかな。次の目的も明らかなのはいい。ソファーから立ち上がる。
「じゃあ、お邪魔しました。ありがとうございました。おいしかったです」
「……もう帰るの? うちに泊まってもいいのよ。ご飯だけでも……」
「今度お願いします。みんな心配しますから」
ベルベットさんの猫撫で声を退けて、玄関まで歩いた。さて、どう帰ったものかな。地上を歩いて帰るのは不可能に近いし、飛んで帰るのなら俺はゲロを撒き散らしながらビルの11階から落っこちることになる。
と、なれば帰る方法はひとつしかないか。
「じゃあ、また日曜日」
「明日来てもいいのよ?」
「あはは……」
扉を開けてすぐ、影に飛び込んだ。うーん、なんだかパッとしないや。外を歩けないってこんなにストレスたまる物なんだなぁ……。騒ぎが収まればいいけどあんな事件だ、しばらくはお日様の光を浴びて外を歩くことはなさそうだ。


ホテルまで戻ると、入口の所にアイヴィーがうずくまっていた。背中を丸め、タバコを吸っている。
「……おかえり」
「ベルベットさん、謝ってたよ。言いすぎたって。今度行ったら、化粧品とかわけてくれるってさ」
アイヴィーは黙ったまま、俺と目を合わそうともしない。隣に座ると、やっぱり鳥肌がたつ。
「お前はあれ聞いて、何にも思わなかったわけ」
「そりゃあ何も思わなかったわけじゃないけどさあ」
「自分は冷静ですって?」
「ちがうよ……」
どう言えばいいのかな、悩んでるとアイヴィーはくわえていたタバコを足元にこすりつけて火を消した。
「許せないよ、あたしたちは全員餌だって? セオドアを飼うための餌でしかないなんて」
「それは、言い方が悪かったと思うよ。俺だって腹が立ったさ」
「……なんかさ、分かってたんだろうな。だから腹が立ったんだ。わかってること言われたから」
二本めのタバコをくわえ、ライターで火をつけようとしたが、ライターはもう使い切ってしまったらしい。アイヴィーはため息して、影の炎で指を燃やし、タバコに火をつけた。
「きっとよくしてくれるだろうし、気が向いたら行けば」
「……そうする」
もうすっかり空はオレンジ色、燃えるような夕焼けに眼球は乾いて行く。じきに暗く寒くなるだろう。疲れたし、少し横になろうかな……。
ホテルの中にひっこみ、新しい毛布(倫太郎さんがいろんな物を向こうから持ってきたのだ)を敷いたロングソファーに寝転んだ。そばにあったクーラーボックスからコーラを出して来て、ちびちび飲みながらラジオに耳を傾ける。
あーあ、オラウータンズが聴きたいな……。プレイヤーはあるけれど、電池切れだ。充電なんてできるわけもなく。
……倫太郎さん、大丈夫かな……。
毛布をもう一枚かぶって丸くなるとだんだん気持ち良くなって来て、そのまま俺はここで眠ることにした。今日は楽しい夢に早く逃げ込みたい気分だった。




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