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Uターン
その女 5

……ベルフェゴール。七つの大罪のひとつ、怠惰や好色を司る悪魔と言われる。実際、現実に存在する悪魔や天使から、神話や伝説ができたと俺は思っていた。でもそれは逆で……、神話からできたのが悪魔だった。……レヴィンの語る話が本当ならば。
「そうよ。セオドアはこの世界で悪魔として生まれたの。あなたたちも、私も、セオドアのコピーなのよ」
「……」
アイヴィーの手は震えている。俺はベルベットさんの優しい言葉に流されてなるほどそうだったのかと冷静でいたが、改めて考え直せばとんでもない事実だった。
「あなたたちの住む世界ができたのは、つい50年ほど前のことなの。時間の流れが極端に早いのは、はやくセオドアを寿命で殺したかったからよ。とにかく私たちは、セオドアを殺したかったの。あなたたちの住む世界は、セオドアを殺すためのものだわ」
その話が本当なら、矛盾が起きている。俺が口を開こうとすると、アイヴィーが身を乗り出した。
「お前の話が事実なら、空間移動の話がおかしくなってくるな。向こうとこっちの時間の流れが違うなら、向こうからこっちへ、こっちから向こうへの移動の時、宇宙へ行って帰ってきた時のように、到着時間がおかしくなる。倫太郎さんはこっちの時間と向こうの時間がズレているとすれば、向こうのほうが時間が極端にはやいのだから、もっと未来にこちらへ帰ってくるはずだろ」
「あなたの話はよくわからないけれど、その現象の原因はわかるわよ。あなたたちの世界を守っていた人……、いわゆる神として動いていた悪魔がいるのよ。その悪魔を誰かが殺してしまったらしいのよね。あなたたちの世界はこちらの世界のいわばコピー、繋がっていた空間を無理やり切り離して作ったの。その繋がりを切り続けていた悪魔が殺されてしまったことで、ふたつの世界が繋がってしまったわ。よって時間の流れは等しくなる……。ふたつの世界の同じ地点で、同じタイミングで太陽は沈んで昇る」
ああ、頭がごちゃごちゃしてきたぞ。っていうか、なんでこんなにもこの人は詳しいんだろうか……。
「セオドアを殺したかった理由って……」
「悪さばかりするから、本人にばれないように閉じ込めたの。簡単でしょ? 不満が出ないように同じような世界にして、見張りもつけた。せめてその作り物の偽物の世界で長い人生を謳歌して、そして寿命で死ねるようにって、私たち兄弟のせめてもの慈悲……」
一息ついて。
「……でもそれも無駄だったようだわ。すべて彼は気づいてしまったんだもの。私たちは全力でセオドアを殺さねばならないの。それが責任というものよ」
なら、俺たちの住んでいた世界は、いわばセオドアの狩場だったというわけだ。奴のために人は死に、生まれる。すべてはセオドアのために存在していたんだ。なら、セオドアに殺されていった人、セオドアに関わって死んでいった人は?
ライオンに配る肉と同じなのか?
激しい憤りを感じたが、アイヴィーはそんなレベルではなかった。カップを叩きつけ、真っ黒なコーヒーが白い部屋に飛び散る。
「こんな胸糞悪い話聞いたことがないな! あたしは家族も友達も恋人も全部殺されたんだぜ、お前らの勝手のせいで。それにも責任とってくれんのか?」
「……それは知らないわ。だってそれはあなたたちが悪いじゃないの。肉食動物が草食動物を殺すのにとやかく言う人がいるかしらね」
「お前にはあたしが草食動物に見えるか?」
立ち上がってベルベットさんの胸ぐらを掴む。アイヴィーを止めようとしたが、歯をむき出しにして睨まれた。……ああ、俺にはきみが凶暴なメスライオンにしか見えないよ。
「ええ。私にとって、サファリパークで飼われているシマウマが勝手に交尾して増えただけに見えるわよ。たった一匹のライオンのためにね。ライオンに素直に食われるか、仲間のシマウマを犠牲にして自分は逃げるか、ライオンを蹴り殺すかはあなたたちの自由なのよ。そしてあなたたちはみんなライオンに食われ、空腹のライオンをパークの外に逃がしてしまったの。これじゃあ近くに住む人達は、困ってしまうわね。いつどこでライオンに襲われて食われるかわからないんだもの」
アイヴィーに全く怯まない。感情を乗せない冷たい口調でアイヴィーを徐々に追い詰めていく。
「私たちはあなたたちに自衛の手段を与えたはずよ。サタンのあなたたち自身で自衛ができたわ。自衛の手段としては一番簡単な方法をね」
影の悪魔。母さんがやってのけた方法……。影の中に閉じ込めてしまうってこと。
「身を守らなかったシマウマが食べられてしまうのは当然じゃない? 自ら食べられにいったなら、なおさら、そうよね」
……アイヴィーも、そうなのだろうか。母さんが閉じ込めたセオドアを、興味本位で出してしまった。そりゃあ確かに自信や先生の命も関わっていたけれど、言ってしまえばたった二人の犠牲で、セオドアによってこれから殺されていくだろう何人もの人達を助けることができたのだら。
「お前はあたしの敵だ! 他の誰が言おうともな!」
そう叫んでベルベットさんを投げ捨てるようにして睨みつけると、奥にあった大きな窓を勢いよく開けた。
「あたしは先に帰る!」
足から影の黒い炎を吹き出し、飛んで行ってしまった……。
「す、すみません。大丈夫ですか」
「ええ……。チャコくん、君は私が憎くない?」
ベルベットさんは立ち上がってドレスをなおすと、またソファーに腰を降ろした。何もなかったみたいにして。
「その……、憎くないと言ったら、まあ、嘘になりますよ。あんなこと言われちゃ」
「そうね、チャコくんはそうだと思うわ。女の子……、アイヴィーちゃん……、ふふ。そっちはこうなると思った。全部わかってたわ。わかっててそうしたんだもの」
そう、全部わかってるってそういう目をしてる。俺の生まれた日、その日の天気、体重、それからどんなことがあってここまで大きくなったか。親父、そしてあんまり知らない母さんのこと、エドワードとアニー、お気に入りのアイスクリーム屋の店員、よく通うCDショップの店長は雨の日に行くとこっそり甘いココアをいれてくれること。
「二人で話がしたかったの、チャコくん、君となら落ち着けるわ」
「そ、そうですか」
「嫌?」
「いえ……」
どうしたらいいかわからなくて目が泳ぐ。どこを見ればいいんだろう? 手の位置は? 足はどうしたらいい?
「目的は、一緒なんでしょう? なら協力すべきです」
「ええ! そうね! 私達兄弟は全部で七人……、レヴィン、そしてあたしの他に五人居ることになるわよね」
「『七つの大罪』なら、あとは確かベルゼブブ、サタン、アスモデウス、マンモン、……ルシファー」
……ルシファー。俺も知っている。母さんと父さんを養子にした悪魔だ。父さんは『ルゥおじさん』と呼んでいて……、すごく強くて優しかったんだと聞かされている。しかしルシファーはセオドアに殺されてしまった……。
「そうよ、ルシファーは死んでいる……。ルシファーは唯一一人でセオドアを殺せる悪魔だったわ。だからもしものためにあなたたちの世界に居た。ルシファーが老いても、ルシファーの子どもはセオドアを殺せるように、そうできてるのよ。このへんもうまくセオドアは掻い潜ったようね」
ベルベットさんは俺に向かって大きく開いた手のひらを見せた。親指をおり、残りの指は四本。
「次、アスモデウス。彼はセオドアを愛していたのよ。セオドアを閉じ込めるための世界の管理に自ら申し出たわ。でも誰かが彼を殺してしまったようね」
人差し指が折られた。
「次、サタン。チャコくんやアイヴィーちゃんのご先祖ね。彼はルシファーの失敗作よ。ルシファーのそばに居た……、実体すらなくして、彼の力になった。ルシファーの墓があるなら、近くに居るんじゃないかしら。実体があればサタンと連絡がとれるのだけどね」
中指がゆっくりと手のひらにへばりつく。
「マンモンは長男よ。でも私達はコピーだから、長男のほうが力が弱いのわかるわよね。一応私ならコミュニケーションをとれるけれど、人の形をしていないし、頼れるような人じゃないわ」
薬指は中指の上。
「最後、ベルゼブブはなんとか頼れると思うわ。でも優柔不断だったり、物につられやすかったりするから、早くこちらに取り入れてしまうことね……」
立たせたままの小指を俺に突きつけた。
「どういうことかわかる?」
「……え?」
「レヴィンは見ての通り堂々と人前を歩くことができない。私は戦う力を持っていないの……。戦える兄弟はほとんどが死んだわ……」
「……猫の手も借りたいってことですか……」
「そうよ、でも猫は肉食だから違うわね。シマウマでもウサギでも、群ればライオンを殺すこと……、不可能じゃないかも、しれないわよね」




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