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Uターン
その女 4

ビルには警備員が居たが、すり抜けて11階まで行くのは簡単だった。アイヴィーの影から出て、一番奥の部屋。インターホンのボタンがある。
「押すぞ」
アイヴィーはボタンに触れ、ゆっくりと押した。……が、出ない。物音もしない。俺は耳がいいから、中に人が居るかは耳をすませばわかるのだが。
「だめだ。いないよ」
「ここで待ってりゃ、くるんだろう」
ドアの前に座り込み作戦。少々行儀が悪いが、仕方ない。ぐったりと手足を広げ、ひんやりとした床は気持ちがよかった。
……そうだ。アイヴィーに俺は話がある……。
「さっきの続きなんだけどさ。間違いって、なに?」
「あ?」
「ほら、俺たち二人が一緒に居たら間違いが起きるとかなんとか……」
「……ああ。それ。間違い、起きかけたんだぜ?」
「いつ?」
「ホテルの外で話をしていた時」
ああ、あの……。ぶっちゃけあんまり覚えてないや……。話をして? それから、なんかしたっけ?
「ほーら、防衛が起きてるだろ?」
「なんだよそれ」
「間違いが起きないように、忘れていってんだよ」
「だからさー、その間違いってなんなのさ」
むっとした顔をしたアイヴィー、また喧嘩かなと身構えると、大きなため息をついて頭を押さえた。
「兄弟どーしとか、親子どうしで子どもつくること」
「あー……」
アイヴィーと俺に流れている血は同じだ。つまり兄妹か姉弟と同じってことで。
「……大きくなってから再会した兄弟は間違いを犯す可能性がかなり高くなるらしい」
「……」
そ、それって、つまり告白ってこと? ……。いや、ないな、ないわ。絶対ない。俺の好みは女の子らしい女の子なんだ。言い方悪いけど、女の子に嫌われるような子がいい。
「にやけてんなよ。お前、バカだろ?」
はっとして口を押さえ、口をもごもごさせるとアイヴィーは笑った。
「お前とは絶対、ない」
「俺もそう思う」
「なんだと」
また構えたが、今度は冗談のようだった。やれやれ、疲れるなぁ……。安心して息を吐く。
「なんでそんな風になってるわけ?」
「人間でも、近親姦はダメだって決まってるだろ。悪魔とか天使って、血が人間より関わってくるじゃん。顔や体つきだって、人間の親子よりもずっと、悪魔の親子は似るんだ。あたしは親父にそっくりだし、お前は母さんに似すぎ。倫太郎さんとライラだって、甥と叔父にしちゃあ……。髪の色が違うからまだ違うように見えるけど、金髪だったら子どもって言っても誰も疑わないだろうな」
そうだ、レヴィンは倫太郎さんに似ていた。他人とは思えないほどに、他人にしては似すぎていた。無関係ではないのだろう……、俺たち二人がサタンとベルゼブブという悪魔に似ているらしいのと同じように?
「あと一番は魔法……、同じ魔法を使う者同士で子どもつくると、魔力は強くなるけど、自分で制御しにくくなる。でも近親姦のせいで体は弱くなるし、障害を持って産まれてくることが多い。魔力に耐えられなくなって結果早死にする」
「ふーん……」
……まさかね。
「だから、だめ」
「しないけどな」
「わかってるわバーカ」
そう吐き捨て、アイヴィーは階段の踊り場に向かった。タバコタイムかな。大きく伸びをして、鉄の扉に改めてもたれかかる。最初は背中がひんやりしたけど、もう俺の熱が伝わってもう冷たくなかった。
ごうんと機械の音が聞こえる。これで何度目だろうか、エレベーターの持ち上がる音だ。この音がするたび俺は耳をすませる。レヴィンの言う黒髪の女は、まだなのかと。
期待しすぎるのも疲れるし、目を瞑って音を聞いていた。……音が近くなって、細いハイヒールの華麗な足音と悲鳴。
「あ、あなた、どこから入ってきたの!?」
びっくりして目を開けた。高級そうな黒いドレスを着た、黒髪で白い肌の女性。真っ赤な口紅は色っぽくもあり、胡散臭さもある。階段の踊り場からタバコをくわえたアイヴィーが走ってきた。
「……!」
この女からは魔法臭を感じない。あの時会った女じゃない。
「おい、こいつか? お前が言ってた特徴とはまるで違うぜ」
アイヴィーの耳打ち。ビルはあってる。俺と会った記憶のある女性は、アイちゃんとアイちゃんのお父さんが連れてきた女性、そして川尻さんと川尻さんのお母さん、そしてアイヴィーだけのはずだ。
「レヴィンの紹介で来ました。『日曜、ワインを持って遊びに』……」
「ほんと!?」
立ち上がろうとする俺の肩を掴んだ女性。
「私に会いに来てくれたのよね! 嬉しい! 待って、今お茶をいれてあげるから! 飲んでくでしょ!?」
「あ、……はい」
強引とも言える感じ、女性は俺を部屋に投げ入れるように迎え入れた。アイヴィーも後からついてくる。靴を脱ぎ(川尻さんのおかげだ! ありがとう!)、アイヴィーを注意して部屋に入っていく。
部屋は白を基調とした爽やかな雰囲気の部屋で、とても女性ひとりで暮らす部屋だとは思えないくらい広かった。ソファーに案内され、さっきとは大違いにお行儀よくソファーの上に縮こまった。
「コーヒーと紅茶ならどっちがいいかしら!」
「あたしコーヒー。ブラックで」
ど、どうしよ。正直どっちも苦手だなあ。子供舌だから……。
「あ、あの、俺……」
「どっちー?」
「コーヒー、で。牛乳と砂糖入れて欲しいんですけど……」
「……ふふ、カフェラテね! いいわよ!」
と言われ、正直ほっとする。アイヴィーの馬鹿にした視線がすっごく痛かった。だって仕方ないじゃん、嫌いなものは嫌いなんだから! カフェラテは辛うじて飲めるんだ……、甘いから。
しばらくして、女性がカップを持って俺たちの座るソファーの向かいに座った。黒い髪はゆるくパーマがかかっていて、どう見てもあの時話した女性とは違っていた。
「あーあ、やっと家で落ち着けるわ……」
「すみません、そんな時に」
「いいのよ! レヴィンが人をよこすなんて。しかも……、あ、いや、私が喋ってもあれね、話をきくわ」
えーっと、本当にあの女の人なのか確かめなくっちゃ。
「俺のこと知ってますよね?」
「ええ。覚えてる。さっきまであなたについて警察に話していたのよ。あなたは悪くないってちゃんと私は知ってるし、それをきちんと伝えたわ。……でも、伝わり切らなかったみたい」
「いいんです、そんなこと。あなたとは坂口組のビルで会いましたよね?」
「そうよ」
カップを持つ手は、小指が立つ。この女性が、悪魔? 全く魔法臭くないけれど……。そう、人間と変わらない。
「あの、俺たち、『セオドア』って天使を探してます。あなたの事を疑ってました」
「……ま! その名前……、聴いたの何年ぶりかしら。でもね、それ、間違いなのよ」
「間違い?」
「『セオドア』は天使じゃない」
頬杖をついて得意げに笑う女性。カップのふちには赤い唇のあと。
「レヴィンから話は聞いたかしら? セオドアの話」
セオドアの話は聴いていないな……、素直に首を横にふる。
「……そう。聞いてると思った。ふふ、私はセオドアじゃないわよ」
まだ安心しきれない。足を組み直した女性は、俺たちを舐めるように見回した。
「あなたたちの名前を教えてちょうだい。私はベルベット……、人間の時はね」
「チャコールです。チャコでいいです」
「アイヴィー」
「そう。チャコ、アイヴィー、来てくれて嬉しいわ。私のお兄さんたちはうまくやっていたのね。レヴィンからだいたいは話を聞いているだろうけど、私はあなたたちの先祖よ。こうして会うと、少し感動するわね。あなたたちがこちらに来たのには、何か大きな理由があるんでしょう?」
ペロリと舐めた唇は、口紅が落ちかけている。幸せなくらい甘ったるいカフェラテは舌に乗せると砂糖と牛乳の味しかしなかった。
「あなたは俺たちの敵ですか」
「それはあなたたちが何をするかによるわね。でも私は誰とも戦わないわよ。協力はしても戦わない」
「ってことは、協力してくれるんですか?」
「……ふふ。そうね、レヴィンが人をよこすって時点で何が起きているか予想はできてた。恐れていたことが、起きてしまったのね……」
カップを包んでいた手の上から重ねられた手は、女性にしては骨ばった大きな手だった。赤いマニキュアがてらてらと光っている。
「この予想が正解なら、私はあなたたちの味方だわ。みんなで決めたもの。いざという時……、もしもの時は兄弟みんなで協力して、セオドアを殺すんだってね」
口元が微かに歪んだのを、俺は見逃さなかった。

「私の本当の名前は、『ベルフェゴール』」




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