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Uターン
その女 2

犬が吠えている。

俺たちは警察署の前に居た。俺は深く帽子を被っていた。簡単だけど、やらないよりはマシだ。大きなビルで、一般人も多く出入りするのでそこまで不自然でもなかったと思う。
どこにあの女はいるんだろう……? 警察署の中にいるんだろうか? 警察が保護しているという可能性はある。唯一の目撃者なんだから、誰に狙われてもおかしくない。
二手にわかれて探せればいいが、見たのは俺だけだし。大きな特徴はないが、見れば思い出せると思う……。
「気が遠くなりそうだな……。黒髪で少し焼けているんだろ? で、少し髪を伸ばして? 二十代」
「そう」
「あれは?」
「違う。もっとつり目だ」
「あれ」
「もっと鼻が高かった」
「じゃああれ」
「ありゃあ、三十も中ごろだろ? 見ろよ、首の色と顔の色……。首なんて真っ黒だ」
「おい、あんまり大声で喋ってくれるなよ」
ああ、睨まれてる。そそくさとこの場を離れ、海岸沿いまでやってきた。警察のビルはすぐそこに見える。海の色は特に綺麗でもなければ、汚くもない……。海岸公園には親子連れやカップルの姿がチラホラと見えた。
「バカだろ?」
「バカだよ……」
「見つかる気がしねえな……。悪魔か天使なんだから、あたしたちが追いかければ魔法臭で感づかれる」
「……そうなの?」
「ああ。ライラが記憶を消せなかった。その女からは魔法臭はしてなかったみたいだし……、たぶん、セオドアだな」
……セオドア。あいつはこっちに居るのか……。あの恐怖忘れたわけじゃない。想像するだけでまだ怖いもの。同じ世界に居て、今にも襲いかかってくるのかもしれない。
「それじゃ、見つかればいいんじゃないか。見つかれば逃げるか追いかけるかするんだろ。それからマーキングして、逃げる」
「そうなるだろうな……。それをさせるために倫太郎さんはあたしたちを選んだんだろうね。どっちか死んでも、どっちかが逃げてこられるだろうって」
「まさか」
倫太郎さんがそんなことするはずない。そりゃ、確かに、セオドアにはかなわないだろうけど……。でも、倫太郎さんは絶対守るって言ってくれたんだから。
「じゃあ口を開けば喧嘩のあたしたちを一緒にしたのってなんで? 倫太郎さんはソリエ教の本部を探しにいったんだろ。建物に忍び込んで情報盗むなら、あの目の見えないライラよりもあたしかお前のどっちかを連れて行ったほうがいいだろ? 間違いを犯す可能性もあったのに?」
「間違い? 間違いってなんだよ?」
「そんなのも知らないのか? どうやって今まで生きてきたわけ? まさか、人間に混ざって生きてきたのか?」
「……そうだけど。ふつうのハイスクールに通って……、ふつうにバイトして……」
「はあ? お前の親、どんな頭してんの?」
「……きみの親だよ」
盛り上がってつい立ち上がった俺たちを、……やっぱりいろんな人が囲んでいた。つい帽子も上がって、ちらりと見た女性の顔は。
「あ、あなた……」
電話をしている人、逃げ出している人。悲鳴をあげる人、怒鳴り散らす人。
「お前、バカだろ!?」
ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ!
海岸の公園から逃げ出し、海までやってきた。海には大きな岩があって、そこには空洞ができている。偶然みつけたその場所は、不思議な場所だった。
「……撒いただろう」
途中で人たちを振り切り、影の中に逃げ込んで偶然出たのがここなのだ。見つかるはずない……。
太陽の光がぎらぎらとここまで入ってくる。それに照らされた大きな岩は、何かの形をしているようだった、
「……龍?」
岩をなでると、細かいウロコのディテールが指をこそばくする。確かに、ところどころ欠けたりしているけれども龍って言われれば龍に見える。
「龍だ」
大きな口を開けて、威嚇しているのだろうか。ぺたぺた触れていると、何か柔らかいものに触れた。
「……オレンジか?」
「りんごもある」
アイヴィーもこちらにやってきた。オレンジ、りんご、なんかよくわかんない花の形をした砂糖菓子、もち、ビールやジュース、とりあえずたくさん。
少し考えて、俺は龍の岩から手を離して飛びのいた。
「どうした?」
「アイヴィー、下がった方がいいって。これ、墓だ」
「墓ぁ? どうしてこんなとこに?」
「わかんないけど、墓だって。触っちゃだめ」
「なんで?」
「だめだから!」
「墓にさえさわんなきゃいいんだろ?」
そう言ったアイヴィーの手には、缶ビールが。
「お、おいっ!」
「なに? お前もほしいの? やろうか?」
「……いや……」
ビールを開け、ぐいと飲み込んだ。
「ぬるっ!」
「……」
「あーーーーーーっ!」
背後からの声に飛び上がる。水のぼたぼた落ちる音。振り向いた。
「お、オレの! オレの! オレのーーーーっ!」
龍の岩に抱きついた男の子(たぶん)。金髪の癖っ毛で、白いシャツにジーンズといった格好だが、ジーンズは腰で履き、尻のあたりからは長い尻尾が伸びている。
「……マジ? もうないの?」
振り向いた顔にはウロコが浮いていて、手は大きなツメ、眉の少し上からは、髪を掻き分けて伸びた大きな角。
「てめぇ、なんてことしやがる! オレの週1の楽しみだぞ!?」
緑色のたれた目は、まるで、倫太郎さんやライラとそっくりだった。
「あ、ああ、悪いな……」
アイヴィーが缶ビールを差し出すと、その男の子は乱暴に奪い取り、一気に飲み干した。
「お前ら……、妙な臭いが……、するな。昔嗅いだことのある……、おかしいな?」
……魔法臭? なんか違う。こっちからは今まで嗅いだことないにおい。似てるけど、違うんだ。
「……知り合いか? 確か……、似たのを知ってるぜ。昔の話だからな……、なんて言ったか……」
男の子はうんうんと唸った末に、大声を出して俺たちを指差した。
「サタンだ! そうだ! 思い出した! あいつ、向こうで元気やってんのか?」
「……は?」
アイヴィーの口のききかたが気に食わなかったらしく、男の子はじろりと睨んできた。
「おいおい、自分のご先祖さんの名前くらい覚えておけよ」
「……きみ、悪魔?」
「まあね。でもお前らとはちょっとちげーけど。……まあいいや……」
友好的……、なのかなあ。とりあえず敵意はないようだし、同じ悪魔だし、大丈夫そうかな。
「まさかこっちに悪魔がいるなんてな……。あいつが通すとは思えないけど? 何かあったんだろ? で、オレのとこにかわいーい子孫チャンが助けを求めにきたわけだ。そうだろ?」
得意げに笑う男の子に、俺たちは顔を見合わせた。
「オレ様が協力してやるよ! 派手なこと、好きなんだ。ちょっと前にさ、戦争あったろ? ……いつだったかなぁ。そん時は寝れないくらい盛り上がったぜ」
「あ、ああ。それはありがたいよ……」
『こっち側』の人なのはわかるけれど、話がさっぱり見えてこない。サタン? って?
癖のきつい金髪は毛先がくるりとマカロニみたいだった。透き通る緑色のひとみには、渦巻き模様が入っている。




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あきゅろす。
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