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Uターン
その女

倫太郎さんやライラはまだ顔や名前を断定されていないが、俺は一度警察に捕まっているのでしっかりと指紋やらなんやらまで取られている。街に出れば俺の顔が印刷された貼り紙や新聞が舞っているし、ワイドショーや週刊誌ではこの犯罪史上最も不可解で凶悪な殺人犯のひとりである18歳の青年について様々な予想が飛び交っていた。情報収集に役に立つかもしれないと、アイヴィーが集めて買ってきたものだ。
まず、たった三人で何十倍もの人間を殺したこと、凶器が使われただろうと考えられる死体ばかりなのに、凶器が全くわからないこと、証言によればヒトとは思えない殺害方法であったこと。
誰にも見つからない逃走経路が当時なかったこと、人身売買のために集められた人たちの記憶障害、俺の入っていた檻の状態。警察は酷くとまどっているらしい。しかし、メディアが一番注目したのはそこではなかった。
他人のいとこや義理の甥になりすましてマフィアに捕まったり、事情聴取のしぐさややりとりを大きく取り上げた。
ロリータ・コンプレックスだとか、やる気のなさそうな暗い雰囲気(そりゃあ、アイちゃんは可愛いし、誰だって警察に捕まったらテンションが下がるというものだ)、住所や親さえも確認できないこと、戸籍や住民票がないことなど。
いままでこの男はどうやって生きてきたのか? このような過酷な現実で生きてきた子どもは、ロリータ・コンプレックスになったり凶悪事件を引き起こすのでは? なんてくだらない議論が毎日毎日特番でされている……、らしい。
逃げ出した俺の脱走方法なども、現実なら考えられないような方法だ。音もなく拘束衣を着た人間が銃でカメラと監視員を撃って逃げ出すなど、普通ならば、普通の人間ならばできっこないことだ。
でもそれは夢とかじゃなく現実だし、現実だからこそ人間は恐れている。殺人鬼が隣に居るかもしれないという恐怖に人たちは疑心暗鬼になり、人を信じられなくなっていくのだろう。

「俺たち以外の人からしたら、俺たちが恐怖の大王とか、アンゴルモアの大王だよなあ……」
アイヴィーと二人っきりのホテルロビーで、俺がぽつりともらした。人たちはこの事件とノストラダムスの大予言を重ねて居るのだろう。
週刊誌を閉じて、山積みになった新聞や雑誌の上に置いた。ふわふわしたうわさばかりでろくな情報はなかったが、あの女がすべて見ているとしたら、まだ警察にいるかもしれないと思った。
今の警察にとっちゃ、あの女が唯一の目撃者だ。あの女がいたおかげで俺は捕まったし、倫太郎さんやライラの特徴を知ることができた。俺なら、あの女を殺してしまうと思う。
「アイヴィー?」
呼びかけても返事がない。きっとまた外でたばこを吸っているのだろう。狭い入り口から顔を出して呼びかけると、嫌そうな横顔を見せた。
「探しにいくのか?」
「うん。警察に行こうと思う。ひとりでいくよ……、俺なら見つからずに……」
「あたしも大丈夫……」
そう言ったアイヴィーは、はっと何かに気づいたような顔をした。言っちゃいけないことを言った、みたいな。そんな顔だった。
「! ひとりで行けよ。あたしはだめだから」
「? え? 今、大丈夫って……」
たばこを投げ捨て、足でぐりぐり踏みつける。
「やっぱりだめなんだよ!」
「なんでさ。仲良くしようって、協力しようって約束だろ。どうしてそんなに俺のこと嫌うのかわかんないけどさ……」
い、いっちゃった。ついうっかり口に出してしまった。アイヴィーは大きなため息をついて、舌打ちをする。
「うっせーな。あたしも約束してんの。ダメだって」
「誰に?」
「倫太郎さん」
……どうして? どうして倫太郎さんがそんな約束を? わさをざ俺とアイヴィーを二人にして、それでそんな約束をしたのか? あの人のことだから何か考えがあるのだろうけど、俺にはさっぱり理解できない。
「わかったら、さっさと行ってこいよ」
「わかってないから行かない」
「お前は知らなくていい」
「話さないなら力づくで話させてもいい?」
最低かもしれないけれど、悪魔どうしである以上は文句があるなら喧嘩するってのが常識だ。親父にそう教えられた。……親父には勝ったこと、ないけれどね。
「だめだ、だめだ。あたしを殴りたいなら殴ればいい。でも意地でもあたしは戦わないし喋らない」
疎外感。昨日、倫太郎さんと戦った時にあまり魔法を使っていなかった。……アイヴィーの力は、俺に見られてはまずいことなんだ。……でも、俺に見られるといけない力ってなんたんだ?
「本当は大丈夫なんだろ?」
「……」
黙って逃げ出そうとするアイヴィーの腕を捕まえると、ぞわりと鳥肌がたった。こいつから離れろと身体が言っているようだった。
「……離せよ。なんか、気味が悪い……」
「俺も、寒気がする」
こんなのってはじめてだ。掴んだ腕をゆっくり離して、腕をふとももにひっつける。
「隠せるもんじゃなかったんだ、……やっぱり。本能なんだもんな」
アイヴィーはふわふわの白い髪をかき上げる。綿みたいで、毛先は少しピンク色だった。つり上がった赤い目、左目の下には泣きぼくろがある。肌は人形みたいにつるつるで白くて、小さな鼻とくちびるもうっすらピンク色が見えていた。
「アイヴィー、まさか、きみって……」
意識してちゃんと顔を見ることなかったけど、アイヴィーの顔立ちを確認して手が震えた。見るのが嫌になるほど、見れば見るほど、アイヴィーは俺の両親にそっくりだった。
「そんなことって……」
「あたしも、お前を知った時見た時すごくびっくりした。本当にあたしと同じ血を継いでるんだって。母さんに似すぎていたから」
「……きみは親父似だね。きっと親父が見たら喜ぶだろうと思うよ」
知った瞬間、すごく、安心してしまった。なんだ、そうだったんだって。別の世界の母さんは、娘を産んだんだ。……男の俺でさえあの溺愛っぷりだったんだ、娘だったら親父はさぞ可愛がっただろうな。自分そっくりの一人娘を。
「もっと驚くかと思った」
アイヴィーの表情は、心なしか笑っているように見えた。やわらかな表情だった。
「どっかでわかってたのかもしれない。だから……、そうだったんだって、そんな気持ちだ」
「そうだな……、あたし、本当のこといってスッキリした。別にな、嫌いなわけじゃないんだ。たぶん……、憎かった。幸せな暮らしをしてきたんだって感じだったから、それが憎らしかった。あたしはあんなに苦しんで頑張ってたのに、同じころお前は親父とのんびり暮らしていたんだと思うとね。でもお前も死んだんだから、そうじゃないよな」
「……俺は幸せだったと思うよ」
自分でもびっくりするくらいリラックスしていた。まるで兄弟だけど、兄弟じゃない。血で会話をしているような、そんな気分だった。脳みそや声を介しての会話ではなかったのは明らかだった。
「あたしも幸せだった……」
「? アイヴィー?」
肩を震わせて、泣いていた。ゆらゆら揺れながらこちらに近づいてきて、伸ばしてきた細い陶器みたいな指に触れる、絡み合う。
触るのが怖かった。触ってはいけないものに触れているみたいだった。後ずさりすると背中が壁にぶつかってしまう。
再び触れた指は肩まで近づいて、背中に回った。
「……だめだよ」
「わかってる」
アイヴィーの身体は熱いくらいだったけれど、心臓の鼓動を感じることはなかった。左胸は沈黙していた。
しばらくそうしているうちに怖いという感情や鳥肌は消えて行って、俺もアイヴィーの背中に手を回した。言葉なんてそこでは必要じゃなかった。
泣き止んだころにアイヴィーは俺から離れ、ポケットからぺしゃんこに潰れたたばこの箱とライターを取り出す。
「いるか?」
「いいよ。俺、まだ18だし」
「ばからしい。18なんて、まだガキじゃねえか」
「ガキだよ……」
あの胸を開けば、たばこの煙で真っ黒になった肺が見えるんだろうか。ずるずると壁にもたれながらしゃがみ、大きく息を吐いた。
「今までの言動については申し訳ないと思っている」
「便利だよね……。それ」
煙をなるべく吸わないように、顔を背けた。
「謝ったら最後、どんなに苦しんでいても、形式上はその時点で許さなくちゃあならない。許しましたよって言って、謝ったらほうはそれに満足して、それだけでそれまでの罪を許された、と、思う。別に許したくないわけじゃないしこれくらい許すけど、なんとなくさ、そう思っただけだよ」
「あたしも思った。謝るって嫌い、謝られるのはもっと嫌い」
「きみならそう言うと思った」
「……だってあたしたち……」



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