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Uターン
錆色

倫太郎さんは一旦向こうの世界へ戻って、俺の服や自分の服、食べ物まで調達してくれた。
向こうに行くか聞かれたけれど、やめておいた。自分の体がどうなるかわからなかったからだ。
体温はあるのに、心臓は動いていないんだ。胸に手を当てても、心臓の鼓動が聞こえてこない。一体俺の体の中で何が起きているんだろう……。
なんだかだんだん大変な事になりそうな気がするなぁ……。ぼんやりそう考えつつ、ぐったり死んだように眠った。もしかしたら再び起きることがないのではなんて不安を抱いて。


「これはただの俺の予想なんだけれどね」
寝起きでぼんやりとした頭には、あまり倫太郎さんの言葉は響かない。朝ごはんのサンドイッチを口の中でドロドロにしてしまうくらいには、眠かった。
「こっちにセオドアが居るのは間違いないんだが、目だった殺人事件のニュースがないんだよ。そう遠くないはずなんだけど」
「? 殺人?」
ライラが不思議そうな顔をする。俺も同じように思っていた。どういうことだろう?
「あいつ、人を殺さないと生きていけねーんだよ」
アイヴィーの言葉を聞いて倫太郎さんは少しびっくりした。そのまま倫太郎さんは話を続ける。
「しかも人の皮をかぶって他人になりすましたりできる。男でも女でもね……」
「そんな奴を探して捕まえる、と……」
頭を抱えるライラ。
「まあ探すあてがないわけじゃない。あいつは絶対どこかで人を殺して生きている」
気の遠くなりそうなことを言うんじゃないだろうな……。水のペットボトルをくわえて、次の話を待った。
「騒ぎにならなきゃいいんだから、ホームレスや家出人を狙っているんじゃないか」
「ねーな。もっと面白いことをする。そんな普通なこと、やるわけがねえ」
ライラの言葉をアイヴィーは否定した。倫太郎さんはそうだねと頷く。
「昨日探してもらった『ソリエ教団』……って、知ってるかな。新興宗教なんだけどさ。信者には大きな建物の中で寮みたいにしてみんなで暮らす人達も居るんだってさ。失業者とか、年金ぐらしの老人が暮らしているらしいよ。タダで衣食住が手に入るんだってさ。これってさ、すっごく怪しいと思わない?」
「そのセオドアがその新興宗教の教祖だと?」
ライラは頭から手を離し、腕を組んだ。……たしかに都合がいい。
「そうだね。近くにいるのなら、そう考えていいと思う。こっちには異能者がいないんだから、魔法を使えば人を集められる。金も集まるし、これなら誰が殺されても見る人間がいないんだから、報道もされないし。人身売買は、若い女を調達するためだろうね、前は若い女をしつこく狙っていたから」
ここまでの情報をこんな短期間で? ……って思ったけど、倫太郎さんならできるだろうなあ。セオドアだろうがなんだろうが、敵じゃないって感じだ。
「理由はそれだけじゃないぜ。前と同じなら、自分の死体を探しているはずだ。継ぎ接ぎの作り物じゃない、ほんとーの体をよ」
みんなの視線はアイヴィーへむく。体を探すんだとかは言ってたけど……。
「考えてもみろよ。ほんとーの体ってよ、あんなバケモンがそもそも収まってたもんだぞ。居心地が一番いいはず……、死体を探すなんて、到底一人じゃできっこない。労働力もほしかったはずだ」
「アイちゃん……。きみは確か、本当の体の一部を見つけたから負けたと、そんな事を言ったよね」
「ああ、そうだ。たった右腕一本見つけただけだった。全身見つけたら、どうなるんだろうな?」
「自分の死体を集めて、何をするつもりなんだ……?」
「何か目的があるだろうな。それはあたしにもわからない……」
俺にはひとつ思い出したことがあった。アイちゃん達と一緒に見たテレビ、『ノストラダムスの大予言』。
今年の七月に空から恐怖の大王がやってくる、といった内容だ。今は春だし、セオドアは天使だ。空からやってくる……、空を飛んでくる。ってこと?
「倫太郎さん、ノストラダムスの大予言って、知ってる?」
なんとなく出した話に、倫太郎さんは強く食らいついた。
「! そうか!」
びっくりして少しのけぞると、苦笑いした倫太郎さんが話しだす。
「ノストラダムスってのは、昔活躍した占星術士だよ。彼は魔人だったらしく、未来予知をすることができた。彼の予言は百発百中だったのさ。1999年に恐怖の大王がやってくる、ってやつだよね? 俺たちの世界でも、そのうわさはあったよ。でも1999年の7月、何にも起きなかった……」
手にしていたカフェラテの容器を握りつぶし、優しい話し方がだんだん激しくなっていく。
「でもノストラダムスは、それが起きるのはどこなのか、は予言していなかったね。この予言は、この世界の予言なのかも。……ちゃんとした内容をきちんと言うと、世界を滅ぼすのは『恐怖の大王』じゃない。恐怖の大王は、『アンゴルモアの大王』を蘇らせ、その前後軍神マルスは幸福な統治をする、ってもんなんだ。……アンゴルモアって何なのかは、いろいろ説があるんだけどね……。このアンゴルモアの大王ってのが、セオドアなんじゃないかと思う」
「ならさ、恐怖の大王ってのは俺のこと?」
俺の言葉を聞いてみんなぽかんとする。
「だって、セオドアがアンゴルモアの大王なら、俺はセオドアを影の中から出してしまったんだから」
「でも……、恐怖の大王がやってくるのは7月だよ」
「……そうだね。俺がセオドアを出したのは12月だし、1999年じゃない」
「セオドアの死体を集めるヤツかもしれない。あの……、チャコくんが見た女はすごく怪しいけれど、大王っていうんだからそいつは男だろうなぁ」
くしゃくしゃになったカフェラテの容器を力無く放り投げ、体も床に投げ出した倫太郎さんに、アイヴィーが追い打ちする。
「そんなもん、考えたって仕方がないだろ。どうなるかわからないんだから。そいつの予言が当たるかどうかさえわからないし、7月まで余裕こいてんのはバカらしい」
「……そーだね、探すアテがないわけじゃないし。……とりあえず、俺はライラとソリエの本部を探すから、きみたち二人は女を探してよ」
アイヴィーとふたり、か。絶対気まずいだろうなぁ……、っていうかなんで俺、嫌われてるんだろう?
理由がわからないのに初対面で嫌われてるのはなんだか気持ち悪い。俺の顔とかしゃべり方とか癖とかでこんなに露骨に嫌うなんてそんなわけないだろうし……。
「……いい、聞いてね。これはみんなの約束」
優しい口調だ、まるで小さな子どもに話しかけるような。……いや、倫太郎さんにとってはそうなのだろう。まだまだ尻の青い若者だと。
「必要な時しか魔法はつかっちゃだめだ。こちらには異能者がいないから、見られるとめんどうくさい。……あと、強い魔法臭を見つけたらすぐに逃げて俺に言うこと。魔法臭がしなくても怪しい人が居たら俺に言って。最後に、みんななかよくすること」
それを聞いて、アイヴィーは見るからに嫌そうだった。こういう時って、どこが嫌か聞いちゃだめだよな。さらに嫌われそうだ。なんにも言わないで、最低限の会話でやりきるしかないんだろうか。
俺としても、嫌われてるってのもあるし、それをなくしたとしてもなんだか近寄り難くて苦手だ。ライラも近寄り難い雰囲気はあるけれど、優しい人だとわかったから平気。
でもアイヴィーはなんだかこわかった。言葉遣いが乱暴だとか、男っぽいとか、そういうのもあるのかもしれないけれど……。なんか、俺は無意識的にアイヴィーの存在を否定したがってる気がする。
アタマではそんなことないんだ……、可能なら仲良くなりたいって思ってる、と、思う。そうできるならそうしたほうが気が楽だろうから。自分の意思がきかない何か、どこかがアイヴィーを酷く嫌っているような……。
もしかしたらアイヴィーもそうなのかもしれない。ただアイヴィーは仕草や言葉遣いから見て取れるように、ふつーの女の子じゃない。かなりサバサバした性格なんだろうと思う。だから露骨に俺を嫌ったり、遠ざけようとするんじゃ、ないかなあ。
別に誰かを嫌うことはいけないことじゃないと思う。集団生活にはついてまわる話題だし。あの子のちょっとした言葉が気に障ったとか、あいつのファッションセンスはおかしいとかさ。
俺も異能者でありながら普通のハイスクールに通っていたから言われていただろうし、実際よくそういううわさを聞いた。あのグループはお前の事が嫌いらしいよって。
友達も多い方じゃなかったし、俺は簡単に孤立することができたが、不思議といじめられたりはしなかった。他の人がやられているのを見てる、ってこともなかった。
みんな俺に恐怖していたんだと気づいた時は震えたと思う。俺は俺に恐怖した。誰も手を出さなかったのは、俺からの仕返しが怖かったからだった。
体育の授業での振る舞いや普段あまり友達と喋ったりしないから、不気味がられていたのかもしれない。
……まあ、つまりどういうことなのかって言えば無理にわかり合う必要なんてないってこと。そういう星の生まれなんだって割り切って生活すれば問題なんてそこまで起きないと思う。嫌なら嫌でいい。理由がわからないんだしね。



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