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Uターン
鏡の中の他人

チャコちゃん(ややこしいけど、とりあえずそう呼ぶことにする)にラジオを貸してもらった。昨日起こしてしまった事件についての情報が欲しかった。
あれ、本当は皆殺しするつもりはなかったんだ。あのビルのトップをとっ捕まえて脅し、ソリエ教団本部へと繋がる何かを回収したらとっとと退散するつもりだった。
それがついついライラに熱が入ってしまい、うっかり殺してしまったのだ。若いし、仕方ないとは思うが……。天界に連れて行って留学でもさせればよかったかもしれない。俺としょっちゅう戦いになった時のために練習はしていたが、実戦はほぼ始めてだった。
いつも俺とやっているからか、ライラには力加減ができないんだ。騒ぎはどんどん広がるし、ライラはなかなか止められないしで結局は全員殺してしまったんだ……。
誰に見られたとしても、建物から逃がしさえしなければ、ライラの『邪眼』という魔法を使えば、人間ならばライラを見るだけで記憶が消えてしまう。
だから目撃者もいないはずだ。世間は恐ろしい事件に震え上がっていることだろうが、それはここに来た目的ではない。
適当にニュースが流れているらしき番組にチューニングを合わせ、じっと耳を傾けた。
『坂口組事務所内に居た72人が死亡、人身売買のため集められた28人は無事ですが記憶障害があり、1人を除いて27人が軽い記憶喪失を起こしている模様です』
「……ひとり見てる!」
ライラは叫び、ラジオに近づいた。
「僕が失敗するなんて、ありえない……」
実戦経験はあまりないライラだが、探偵業で食っている俺の助手として邪眼の魔法はよく使っていたし失敗なんてしたことなかった。それが失敗、……考えられない。何かある、何かあるはず……。
ラジオの奥から、続いて情報が流れてくる。
『犯人グループのひとりの疑いがある住所不明無職の18歳男性、チャコール・グレイ・ブロウズ容疑者を今日10時に確保、残りの二人を警察は捜索中ーー』
チャコくん、捕まってしまったのか……。魔法をあまり使わないよう言ってあったから、今の彼は人間より丈夫なだけだ。あの子なら俺たちのことをバラしたりしないと思うが……。
「い、いま、何て? あたしの名前を言ってなかった!?」
チャコちゃんが驚くのも無理ない。俺たちだって、チャコちゃんの名前を知った時は驚いたのだから。
「しかも男性? 酷い偶然もあるもんだな……」
ラジオは止まらない。
『犯人グループのうち残りの二人は、ヨーロッパ系の外国人男性。どちらも身長175センチ程度、赤髪の20代と金髪で眼鏡をかけた30代の二人組ーー』
俺たちも見られている! 誰だ……、誰が見たんだ? もしかしたらそいつはセオドアかもしれない。あの中に一人、異能者が混じっていたとしか思えない。
「チャコちゃん……、俺たちはチャコくんを助けに行くよ」
「……知り合いなのか? あたしと同じ名前の男と?」
「俺の探し物だよ。遺体だ」
「その男、死んだのか」
「ああ、しっかり見たさ。この目で。……でも、生きてる。どうしてだかね、きみと同じように。何か、関係あるのかもしれない」
「ひとつ聞きたいことがある。そいつの親の名前が知りたい」
……言っていいものだろうか。言えばチャコちゃんはひどく混乱するだろう。しかし会えば絶対にわかってしまう……、近親姦を防ぐための仕組みは、悪魔にもされているのだから。
事実『きょうだい』でなくとも、同じ血を継いでいるだろう二人が出会ってから気づく……、そのほうがめんどうか……。
「……きみの親と同じだよ」
「あたしの親はあたし以外産んでいないはず!」
「俺も、あの二人の子どもは息子だけだと思ってた。きみの話から想像するに、俺たちはきみの知ってる俺たちじゃないね」
チャコちゃんの話が事実なら、チャコちゃんと俺たちは全く別の世界から来たらしい。しかし、その世界には俺も居たらしい……。よくわからないな。俺たちが居た世界のコピーってこと? いやでも、それならチャコちゃんはチャコくんでなければならないんじゃないか。
世界がいくつかあるのは驚かない。少なくともこの世界と元の世界の存在は知っていたし(知ったのはつい昨日一昨日の話だけれど)。
「俺はこれまでの記憶がきちんとあるし、君と会うのははじめてだからね」
「……そうだな、あたしとあんたは他人だよ」
少し、安心した。うまくやっていけそうだな。チャコくんはいい子だし、ライラも大人しい性格だから苦労はしなかったけれど、チャコちゃんはわりと、というか、かなりめんどくさそうだ……。でも、まためんどくさいことを言わねばならない。
「俺からのお願い、チャコくんを必要以上に混乱させないようにしたい。きみとチャコくんは他人だからね」
「……と、いうと?」
「名前をなんとかしなくちゃね、ややこしいし」
「あたしの名前を? なんとかするって?」
「……変えるんだ」
「は!?」
ああ、予想通りの展開だ。この子はずいぶん親にこだわっていた。きっと、ブロウズ夫妻の血を継いでいることを誇りに思っているのだろう。親の名前をいう時のチャコちゃんの顔は凛々しかった。
「……嫌だ。母さんと親父を裏切ることになる」
「でもチャコくんも同じ気持ちでいるだろうね、きみの親と同じ人から産まれたんだからさ」
と言ったけれど、実際チャコくんはどうだろう。あの子の性格は両親に似ていないからな……。ほどよく気力があり、ほどよく無気力だ。彼女はグレイさんにそっくりだし、感情的になりやすいとこなんからアッシュさんに似ている。
「……あたしが変えなくとも、向こうが変えればいいだろ」
「そうしたらこの面倒な話をチャコくんにまた一から話さなきゃいけなくなる。俺はそれが嫌だからきみに他人になってくれと言ってるんだ」
「あたしは知らない他人に名前を譲るなんてしたくない。あたしのためにつけられた名前なんだからな」
「考えかたを変えればいいさ。チャコくんの前だけでいい。俺たちだけの時はチャコちゃんでいい」
「……やだ」
頑固なところは親父似か。ぎろりと睨みつける目。
「どうしてそんなにこだわるのさ?」
「……あたしの存在意義だ。あの二人の血を継いでいるから、あたしは存在していい。そうじゃなけりゃ誰にも必要とされない。あたしが存在していい理由は、血しかないんだ。人としてのあたしは存在しても、それを見る人が居なければ、存在することにならないんだ。あたしは、名前と血というハリボテがなくちゃ生きていけないんだよ」
……チャコくんも同じように悩んだりしているのだろうか。ライラはむしろ血と名前が邪魔だったけど、母親の姓を名乗りたいと言ったので『ソーン』を名乗っている。俺は……。
「ねえ、きみの知ってる俺はそんなにつれないヤツだったわけ?」
「……」
「わからないけれど、俺はきみのこと見てたと思うな。きっと可愛がっていたに違いないし。チャコくんが死んだ時、本気でくやしかったんだ。きみの知ってる俺も、きみが死んだ時くやしかったと思う……。あの二人の子どもだからってのは出会うきっかけにすぎなくて、きみが悪い子なら俺は愛想つかしてたと思うなあ」
嘘も偽りもない、素直な言葉だ。チャコくんがセオドアに殺された時は、小さい頃から見てきたチャコくんを失った悲しみがひどくて、セオドアを追うこともできなくて、冷たくなったチャコくんを抱いてわんわん泣いたっけ。アッシュさんとグレイさんに対する申し訳なさも相まってこたえた。ぶっちゃけ、半年たった今でも立ち直れていない感じだ。
今はチャコくんが生きているし事実だとわかっているから大丈夫だけれど、今日起きた瞬間は夢じゃなかったのかと不安になった。
チャコちゃんはじっと俺を見ていた。瞬きするたびに白い睫毛が光る。
「思い出した。たしか同じ事ような事ををあんたに言ったことがあった。同じような事を言われて、あたしは納得しちゃったんだ」
チャコちゃんはふいに壁を見た。ツタがびっしり覆っていて、壁と認識することさえ危ういほどだった。それをしばらく見つめると、チャコちゃんは小さな声で言う。
「アイヴィー。アイヴィーでいい。……でも、ファミリーネームはできるだけ名乗らないから。あたしはアイヴィー・ブロウズ。嫌だけど、本気で嫌だけど、納得できないけど、それで頑張る。我慢できないかもだけど、できるだけ……」

ラジオは、何時の間にか砂嵐の音を響かせていた。




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