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Uターン
実質的片思い

一度元の世界にライラを連れて帰った俺は、車の中で死んだように眠った。ドアーを通り抜けると、ひどく疲れるのだ。
睡眠時間は多くとったが、車、しかもあまりのびのびできない軽自動車だったものだから、十分に疲れは取れないでいた。ライラはわりと元気そうだったんだけど……。もう歳かな、若い子達のパワーには流石にかなわないよ……。

ブロウズさんから借りたチャコくんのヘッドホンを使い、再びドアーの中に入ろうと念じる。
チャコくんが見つかったあの世界の時代は、ほぼ同じ時間の流れにあった。そのため、こっちで七時間たっているから、向こうも七時間経つはず。時間移動と空間移動の同時は行えないので、あれから七時間後の向こうに出ることになる。
……じゃあ、どうして西暦のズレが起きているのか……。
単純に考えれば、こっちが先に出来た世界なのだろうけど。……ま、それを知ることはできないのだから。

チャコくんを追って出た場所は、古ぼけたアパートだった。ここに居るか、ついさっきまで居たか。どこかな、と探し出すと、いきなり見知らぬ女の子に頬をはたかれた。ライラが構え、女の子をきっと睨む。
「っ……」
白い髪の、赤い目をしたうさぎのような女の子。……泣いている。どうしてはたいたんだとか、泣いているんだとか、気になることはたくさんあったけれど、一番は、……この女の子、魔法臭がする。異能者だ。
「どうしたの? 名前は?」
「ふざけんな!」
再び顔をはたかれ、ライラが俺と女の子の間に入った。女の子はその場にジェンガみたいに崩れて、大きな声で泣き叫んだ。
「ごめん、ごめんよ。落ち着いて」
「……」
しゃがんで女の子の顔を見た。赤い目をさらに赤くして。この子、チャコくんにそっくりな魔法臭がする。……いとことか? う、うーん……。偶然がひどすぎるな。……ってか、この世界に異能者は居ないはずなのに、どうしてここに!? もしかして、俺以外にも『ドアー』を使える者がいるのか? ならばセオドアの隠し子か……!?
いやっ、それならば血の繋がりがあるのだから、俺にはなんとなーくわかるはずだ。近親姦を防ぐために天使に備えられたしくみだ。
「どうやってここに来たの?」
「……っ、知らないっ。死んだと思って……、気づいたらこのへんに居たんだ」
チャコくんと同じだ。何者かが、死体を生き返らせてこの世界に連れて来ているのか。……女の子を見ていると、思い出す人達がいる。ブロウズ夫妻だ。
左目の泣きぼくろは、グレイさんとそっくり。たしかチャコくんにもあった。白い髪はアッシュさんを思い出すし、赤い目はグレイさん、形はアッシュさんによく似ている。ブロウズ夫妻にはチャコくんしか子どもはいないはずだが……。
「俺、倫太郎。こっちはライラ。詳しい話を教えてよ」
「……!」
女の子は立ち上がり、涙を腕で拭うと、ライラをすり抜けて俺の胸ぐらを掴んだ。
「からかうのも大概にしてくれよ」
「……そのつもりないんだけどな……」
苦笑いすると、女の子は手を離して後ろを向く。
「ここじゃなんだ、よそへ行こう」
人気のない場所まで行って、飛び上がった女の子について行く。……足を黒い炎が覆っている。あの子の出生にブロウズ夫妻が関わっていることは間違いなさそうだ。
しかし、あの子は俺を知っているらしい。どこで会ったか……? 思い出せない……。

山のほうにあった廃ホテルにやってきた。女の子が最近見つけた隠れ家らしい。もう草木に侵食されていてロビーに入るのも一苦労だったが、ここなら誰にも見つからなさそうだ。
ロウソクや拾ってきたらしいラジオなどが置いてあり、ソファーは汚れているがベッドを使えない今となっちゃ、貴重な柔らかい寝床だ。
ライラがギリギリ入れるくらいの入口だったので、若者よりは多少(と思いたい)だらしない体をしたおじさんは入れなかったので、入口に覆っていた植物を切り開いた。
フロントのテーブルに腰掛けた女の子。やっぱりみればみるほどブロウズ夫妻やチャコくんと似て見える。
「ここさ、死後の世界ってやつ? 倫太郎さんも、ライラも居るし……」
「? どういうこと? きみの知っている俺たちは死んだのかい?」
女の子は獣のように歯を剥き出しにして、吠えたてる。
「ああ! そうだよ! 全部こんな小娘に押し付けて死んじまった!」
……そんな事言ったって、俺とライラは間違いなく生きているしなあ。ライラと顔を見合わせると、女の子はテーブルを強く叩いた。
「ほんとに、ほんとに、全部忘れちまったのかよ。あたしのこと、覚えてないって、そう言うのかよ……」
悔しそうに何度も何度も女の子は机に拳を叩きつけた。
「なんで……、なんで……」
「何があったのか、一から教えてよ。俺たちも話すからさ」
女の子はしばらく黙って、ポツリポツリと口を開き出した。悲しそうな目で。

「セオドアだよ。セオドアがあたしの影の中から出てきて、天使たちの旗印になった。人間たちも巻き込んで、悪魔に戦争をふっかけたんだ。不意打ちで悪魔たちはごっそり戦力を削られて、負けた……。あたしと母さんや親父、倫太郎とライラとヒルダさんと……、とにかく少ない生き残りで逃げ回ってた。……人間は、天使たちのコマだったから、ほとんど全滅してた。魔界はもう壊れちゃったから、地上にいた。少数精鋭ってすごいんだよね、長い時間かけて天使の数を減らしたんだ。その頃、セオドアが自分の遺体の一部を見つけた。それでみんな……。倫太郎さんがライラとあたしを『ドアー』で逃がそうとした。全部やりなおしてくれ、って。……ダメだった。あたしは逃げられたんだけど、ライラが……」
「でもそれなら、きみは死んでないじゃないか」
「あたしは過去に戻って、セオドアを出そうとするあたしを止めた。……そしたらタイム・パラドクスが起きた。気づいたらあたしは戻る前のあたしで……、セオドアに……」
とても信じられない話だ。真剣な顔で言うものだから信じなきゃみたいな空気だから、そのまま聞いていたけど。
ライラはいかにも困ったみたいな顔で俺を見る。
「頭がどうかなりそう」
ひとこと、ライラが小さい声でこぼした。それを女の子は聞き漏らさない。
「あーそうだろうね、そんな体験してきたんだ、記憶が吹っ飛んでも無理ないや」
……セオドアか。セオドアなら何をしてもおかしくない。あいつの思考回路はわかってる。嫌いな奴は皆殺し、好きな奴には過保護。おかしい、おかしい、と人はセオドアを評価するけれど、俺はそう思わない。
理解しようとするからおかしいと思うんだ。あいつはすっごく単純。
「倫太郎さんらは、どうしてここへ?」
「仕事の延長……かな」
「仕事?」
「ああ、ブロウズさんの息子の死体探しだよ」
「息子!?」
女の子は目を見開き、驚いた様子だった。そうだと言うと、女の子は下唇を噛む。
「そのブロウズってのは……、まさか、まさかだけど……」
「アッシュさんとグレイさんの息子だけど……」
「嘘!」
叫び声がロビーに響く。
「じゃあ、じゃあ、あたしは誰だっていうんだ?」
「……きみ、名前は……」
今までよりも大きな声で吠えたて、腕をテーブルに強く叩きつける。
「チャコール・グレイ・ブロウズ! グレイ・ブロウズとアッシュ・ブロウズの一人娘だッ!」
チャコくんと同じ名前……。あの夫妻に子どもが二人居たなんて聞いたことがない! 子ども一人で、息子だ。でも、この子がグレイさんとアッシュさんの血を継いでいないなんて考えられないほどに、似てる。
「きみがブロウズ夫妻の子どもってのは、信じるよ。しかし、その他の話はいまいちわからないが……、とにかく俺たちの目的は一致してる」
「は?」
「セオドアを殺しにきたんだろ」
「……ああ、そうさ。そうだとも。倫太郎さん……、あんたに任されたんだからな」
この子の知ってる俺はどんなやつだったんだろうか。……俺はセオドアに負けているのか……。いや、ここは落ち込むんじゃなく前向きに考えるべきだ。言えばこれは二回目なのだから。
「あのクソったれ天使は絶対にあたしの手で殺してやるんだ。親も彼氏もぜんぶ、ぜんぶあいつに奪われたんだ。誰に頼まれなくとも、あたしが絶対に殺してやるんだ」
この子は本気なんだな、と深く思った。親の話はしないほうがいいだろう……。ブロウズ夫妻は生きているけれど、それは彼女の親ではないのだから。
「あいつを殺せるなら、どんなことだってする。死んだってかまわない。覚悟はできてる」
「じゃあ一緒に行動しよう。俺はきみを死なせないよ。あの二人の子どもなら、生きて帰さなきゃ」
「……わかった。でも、頼らないから。あたしはあんたとの約束を守る」
「じゃあ俺の勝手にすればいいってことだね」




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