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Uターン
小指のタペストリー

女の子に連れられて一時間ほどこそこそと移動し、古ぼけたホテルに着いた。山のずっと深いところにあって、とうの昔に廃ホテルになったものらしい。古ぼけていて、中は雨風にさらされてゴミがあったり、中で植物が育っていた。
「え、えっと、……。さっきはごめんね、ありがとう」
ホテルのロビーで一息ついて、すぐに背中を向けた女の子に声をかけた。
「あたし……、アイヴィー」
「え?」
「名前」
なんてーか、不思議な感じのする子だ。他の女の子とは何かが違う。あんまり近づけない、近づきたくない感じ。
「俺は……」
「知ってるから。いい」
俺とアイヴィーは少し離れていた。お互い、近づこうとしなかった。俺も同じように思われているんだろうか。アイヴィーの白くてふわふわの髪は、酷い湿気で毛先がうねり始めていた。
「えっと、アイヴィー?」
「……」
チラリとこちらを見た。
「倫太郎さんの知り合い? それともライラの?」
「どっちも」
「どういう知り合いなの?」
「おまえと一緒」
「そ、そーなんだ……」
空気の抜け切ったゴムボールを必死で弾ませる。……例えるなら、こうだ。……どうでもいいけど、服がボロボロだ。俺には拘束衣だけ燃やすなんて器用な真似はできなくて、下に着ていたシャツもボロボロだ。だから、さむい。
寒くてしきりにくしゃみをしていると、じろりとこちらを睨んできた。
「うるせえんだよ」
「……」
なんなんだ、この子! 出るもんは仕方が無いじゃないか。……とは思っても、口答えできるはずはなく。黙ってホテルのロビーから出て行こうとすると、また怒られる。
「出んなよ。見つかるだろ」
ああ、空気最悪。倫太郎さん、どこにいったんだろう……。あんまり口が上手なわけじゃないけど、ここまで会話しにくい人は始めてだ。俺のこと、嫌いなのかなあ。……や、でも初対面なのに。……嫌われる要素はあったけどね……。
「……さむいんだ。許してよ」
露骨な舌打ちを聞いて、俺は部屋のすみに座った。居辛い。目をつむって、何にも考えないでおこう。……家に帰らせてもらおうかなとか、親父に会いたいとか、それでもいろいろ考えちゃうわけだけど。
重い頭はどんどん沈んでいく。ぼんやりと床の汚れを見つめていると、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。
「チャコくん! よかったよ。無事出てこられて」
倫太郎さん! 声を聞いた瞬間、すっごい安心感。顔を上げると、倫太郎さんが俺を見下ろしていた。すぐに立ち上がり、一緒にやってきたライラを見る。……暗いしゴミだらけだから歩くのに戸惑っているようだった。倫太郎さんがライラに手を伸ばし、一緒に歩いてあげる。奥からアイヴィーもやってきて、アイヴィーはしきりにライラへ声をかけていた。この二人は昔からの知り合い?
「みんな怪我とか、ないよね?」
ないとみんな言うと、倫太郎さんは安心したように笑った。
「しかし困ったことになったね……。まさかだよ、ほんと」
「僕のせいだ」
「ライラは関係ないよ……、誰も悪くない。誰のせいでもない」
アイヴィーはまた俺をにらむ。俺が悪いとでも言いたげに。
「よく状況がわからないんだ。教えてよ」
俺が悪いなんて言ったら、負けてしまう気がした。まあ確かに俺が原因だと、思う。でも意図的じゃない、偶然こうなっただけだ。他の人ににらまれたなら、そう言ったかもしれないけれど。
「チャコくんが居た部屋の『人間』は、ライラが記憶を消したんだよ。気づかないうちに。……でも、記憶が消えなかったヤツが一人居たんだよ。……チャコくん、変わった人、いなかった?」
「一人、女の人が声をかけてきたよ。でも、特に変わったような感じはなかった。魔法臭も、しなかった」
「……でも、怪しいよね。強い悪魔や天使はほぼ完全に魔法臭を消すことができたりするし」
……あの女性、あれからどうしたんだろう? 強烈に頭にこびりついている。強い悪魔や天使なら、あんな回りくどいことしなくても良さそうだけど?
「もしかしたらそれがセオドアかもね。探してみよう」
「ちょっと日焼けした黒い髪の、二十代くらいの女の人。……なんか、俺みたいなのがここに来るなとか、そんな感じのことを言われた。ほんとに、大きな特徴とかないんだよ。ふつーの人」
まだ警察に居たりしないかな? それに、身寄りがあったりしなさそうな人だし、警察の近くに居るかも。お金も持ってそうな雰囲気じゃないし。そのことを伝えると、倫太郎さんは俺とアイヴィーを見た。
「俺はまだやることがあるし、ライラは人探しには向かないから、チャコくんとアイちゃんでその人を探してみてよ」
「……」
また、舌打ちだ。目を細めて、ぎらぎら睨みつけられる。ってか、このアイヴィーが何者かわかってないし。
「アイちゃん……。言ったよね?」
倫太郎さんがなだめるように言うと、アイヴィーは歯をむきだした。
「……でもな、あたしにもなにがなんだかわからないしわかりたくないんだ。納得したくないんだよ。……わかるさ、納得してもしたくなくても変わらないからしたほうが楽だって」
アイヴィーは俯いて肩を震わせた。なんか、だいぶワケありな感じだな。
「別にしなきゃいけないわけじゃないから、しなくてもいいよ……」
「ごめん、あたし、ちょっとタバコ吸ってくる」
ホテルのロビーから外に出て行ったアイヴィー。背中が寂しそうだった。乱暴な言葉使いをしているけれども、案外女の子っぽいんだなあ。ライラもゆっくり手探りで歩き出して、アイヴィーに付き添う。

「あの子、どういう知り合いなんですか」
「……こっちで昨日……、や、今日か。会ったんだ。きみと同じらしい」
ていうと、一回死んで生き返ってここにきたってことか……。倫太郎さんはふーっと息を吐いて、フロントの机にもたれかかった。
「俺もね、信じられないんだよ。でも嘘吐いてるとは思えないし、それを確かめることはきないし」
「そりゃあ……、死んでから生き返ったなら、信じられないよ。俺だって未だに実感ないし」
「……彼女は滅んだ世界からきたというんだ、自分が最後に死んだのだと」
「とても信じられない話だね、ほんとに。それって……、俺を嫌ってる理由にも繋がってくるのかな」
「まあ……」
倫太郎さんはすべて知っているようだけど、全部を話す気はないらしい。さすがに理由無く嫌われてるなんて悲しすぎるから、そりゃあ、まあ、よかったんだけどさ。深く聞かず、話題を変えよう。
「あの……、これでよかったかな」
「何が?」
「魔法使ったら捕まること、なかったからさ。逃げたほうがよかったかなって」
「寧ろそのほうがいいよ。こっちで余計に目立ちたくなかった……、ってのはまあ、もう遅い話だけど。こっちには異能者がほぼいないらしくってね。あんまりおおっぴらに使うとめんどうなことになるから、こっそりで頼むよ。……あ、でも、ほんとに危ない時はちゃんと使ってよね。捕まってもきみなら簡単に脱出できるし、助かるよ」
「戦いは自信ないけど、囮ならまかせて」
「……そうだねえ、ちょっとここで、練習してみる?」
突然の提案に、俺は思わず変な声を出してしまった。
「自信あるかないかじゃ、やっぱ違ってくるからさ。ある程度練習してといたほうがいいと思う。もしかしたらもしかするかもしれないし」
ま、まあ、そうだよな。自分ができることを把握しておくのは大事なことだ。母さんみたく、強くなりたいし。大きく頷くと、倫太郎さんは俺から五歩ほど後ろに下がった。
「好きなように、かかってきな。殺す気でね。俺も久しぶりだから、感覚戻しておきたいし」
……って、言われてもな。最初ってどうすればいいんだ? とりあえず影の銃を浮かび上がらせ、しっかり両手で握った。これは実弾ではないから大きなダメージは期待できないが、遠距離武器は牽制なんかに使える。
「……先、好きなように動いてみてよ」
そう言われ、足元に数発撃つ。普通に考えちゃ、ここは下がるところではない。下がったら状況は変わらないからな(相手にもよるんだけど)。倫太郎さんは軽くジャンプして弾を避け、そのまま地面を蹴った。
『バイクはすぐには止まれない!』突っ込んでくる倫太郎さんは、すぐに方向を変えられない。冷静に、かかとを燃やして右に避けた。ガラ空きの背中に、ずっしり重い斧に変えた腕を振り上げる。きっと攻撃するチャンスはあまりないから、多少動きが遅くなっても攻撃力重視だ!
ずん、と重く床にめりこむ。……避けられたか。めり込んだ斧を支えにして逆立ちし、蹴り飛ばすが受け止められる。そのスキに腕を元に戻して着地……。
「!?」
できない。足払いされた! 影に逃げ込むスキもなく、床に叩きつけられた。……く、くそ。足をライフル銃に変えて、倫太郎さんの顔に向けた。躊躇なんてしてられない、額に向けて撃ち込む。
……が、軌道がずれる。俺の足を素早く蹴り上げたのだ。起き上がろうとするが、倫太郎さんは俺に靴の裏を見せつける。
「おしまい」
「……はは……」
引きつった笑いしかできなかった。一瞬の間だったのに、汗が滝のように吹き出している。いざ対峙すると、あまりの魔法臭に押しつぶされそうになった。かなり手加減してくれてたのは、よくわかったけれどね。
倫太郎さんは俺を離して、俺に手を差し出す。
「大丈夫? 怪我してない?」
今倫太郎さんの手を見て思ったんだけど、倫太郎さんは両腕を使わなかった。足だけで俺を追い詰めてみせた。
「大丈夫……」
「よかった。久しぶりに体を動かした気がするね。ちょっと物足りないな……」
「あはは……、ごめん」
「でもおもしろいことするね。楽しかったよ」
手を取り、立ち上がった。倫太郎さんは俺を見て、着ていたジャケットを差し出す。
「俺暑いから、着ておきな。寒いでしょ」
ありがたくいただいたが、だいぶサイズがでかくてジャケットと言うよりはコートみたいだった。
少し騒いだためか、ライラとアイヴィーがこちらへ戻ってくる。
「きみたち三人で、かかってきなよ」
倫太郎さんの言葉を俺は理解できたが、あとの二人はどう思ったろうか。




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