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Uターン
キャンディの包み紙

とぼとぼとアパートを後にした。どこか電化製品を置いてある店に行って、ニュースを確認しよう。暖かくも寒くもない中途半端な気候。春だろうか、花が咲いているし虫もよく飛んでいる。
大きな通りに出て、ぼんやりと立ち尽くす。ウロウロしてると物珍しさから人たちの視線がこちらに向いてくるのだ。雑貨屋の屋根にできた影で涼んでいると、中からおばさんが出てきた。どうやらこの店は若者向けのようなのだけど、場違いなおばさんがしょんぼりとした顔で出てきたのだ。
なんとなく視線を合わせるのが恥ずかしくて、ゆっくりと視線を外すと、おばさんはこちらに近づいてくる。逃げられるわけもなくて、ちょっとビビりながらもおばさんへ視線を戻した。
「チャコールくん?! 大丈夫だったの?!……」
どこかで会ったろうか、と瞬き。すぐに思い出した。
「川尻さんのお母さん……。昨日はカレー、どうも」
「どうもじゃないわ、心配したのよ! おばさん!」
肩を掴まれて、ガクガクと揺らされた。ううっ、頭がぐちゃぐちゃ。
「本当によかった……。チャコくん、もうニュースとか新聞とか見た?」
あ、新聞。新聞があったか……。首を振ると、腕を引っ張られた。ぐいぐいと俺を掴んでお母さんは歩いて行く。
「ちょ、ちょっと!」
「見に行きましょ! そしたら警察よ!」
け、警察!? なんてこった、バレてるのか!? 空を飛んで、人の居ない公園に降りたんだ、……てゆーか、俺はなんにも悪くないぞ、なんにもしてない。
「俺、悪い事なんて……」
「んもー、そんなのわかってるから。とりあえず、新聞! ジュースもおばちゃん買ったげるから!」
ずるずる釣れられ、近所のコンビニに入った。飲み物コーナーで紅茶を持ち、俺の分のコーラも持ち、新聞を適当に選んでお買い上げ。コンビニの外においてあったベンチに座り、コーラを俺に渡して新聞を広げる。
「あ、あの、ありがとうございます」
「いーのよいーのよ。新聞新聞」
大きな赤い文字で、『坂口組事務所壊滅』とある。写真に写っているのは大きなビル……、昨日のビルだ。あのビルに居た坂口組(どーやらマフィアの一種)の人間が皆殺し、荒らされた形跡はあるが、奪われた金目のものは少しだけ。
……恐ろしいことに、目撃情報が上がっている。一人は赤い髪の20代前半の長身のヨーロッパ系の男。これは、きっとライラだ。……そして、同じくヨーロッパ系で長身の、眼鏡をかけた金髪の男。30代なかばくらい。……これは倫太郎さんだな。
……そして、10代後半で黒い髪の……。ここまで読んで、眩暈がした。俺だ。
眩暈をおさえ、読み進める。凶器が見つからなかったこと、素手で殺したという証言があることなど。……なんで? なんで見つかったんだ? 誰が見ていた? たしか、俺は捕まって、そこに男が入ってきて……。
……いるじゃないか! 目撃者はたっぷり居た! 人身売買の被害にあう、女性や子供たち。俺が檻を燃やし、逃げてきた男を殺したじゃないか。あれらをすべて見ていた。いくつもの目が。
「……」
「おばさん、何があったかは聞かないから。一緒に警察いきましょ? ね?」
街を歩いて居た時の異様な俺を見る目はこれか。ううっ、なんてミス! ……で、でも、そうだ。俺は何もしてないんだから、恐れることなんてない。
「あ、あの、俺……」
「おばちゃん、チャコくんが悪者だとは思ってないわ。アイちゃんがあんなにべったりだったんだから。おばちゃんたちを守ってくれたし……。そうだ、アイちゃんには顔を見せた? ずいぶん心配していたのよ……」
「会いました……」
「そう」
嘘をつき続けていたからか、嘘をついてない時でも酷い罪悪感があった。それから黙って新聞記事の隅から隅まで読んだ。化け物のような力という文字。まるで俺たちが知恵と慈悲のない肉食獣だと言うみたいに書かれている。
まあ、間違いないと思うけど。ライラや倫太郎さんが俺のところにくるまでにどんなことがあったのかわからないけれど、……。本当は、全員殺すなんて考えてなかったんじゃないかなあ。倫太郎さんはそんなこと考えるような人じゃない。
コーラを一本飲み終わったころ、周りの誰かの通報があって、俺はパトカーに乗せられた。


警察署。重要参考人として、川尻さんのお母さんも別の車で警察に来たそうだ。俺は小さくて質素な部屋に、数人の警官に囲まれていた。重苦しい雰囲気、視線を逃がせる場所はどこにもない。
……いちおー、両足が地面についているんで、逃げ出すことは用意だ。しかし倫太郎さんに必要以上に力を使うなと言われた。使うのはギリギリの時だ……。
たっぷり髭をたくわえた、すこし太った男が俺の目の前に座っている。ドラマで見たことがある。この男は俺と楽しくないお喋りをして、情報を引き出して芋づる方式に残りのライラと倫太郎さんを釣り出そうということ。

俺は拘束衣を着せられ、足も固定される椅子に座らせられていた。化け物のような力、を恐れてのことらしい。足はいいんだけど、拘束衣は嫌だな……。さっきから、パンツが食い込んで痛いんだ。

「だから……、俺はその後の記憶がなくって……」
正直に話したが、太った警官は頭を抱えている。
「えーと? つまり? お前は赤の他人の借金を庇って坂口組の男三人とビルに行ったと」
ドアの近くに立っている警官が、口を挟んだ。
「川尻さんは赤の他人じゃなくって、橘アイちゃんのいとこだと言ってましたけど?」
「さっき連絡きてな……。橘アイちゃんのお母さんがイギリス人なんですよ。テオドラ・ロックウェル……、兄弟はおらず、五年前に死亡届が出ている。アイちゃんのお父さんには妹が居るが、妹には子供はいない」
「アイちゃんのお父さん、橘隆弘さんは、テオドラさんの異母兄弟なんだと言っている」
頭を抱えている警官は、大きなため息をついた。……正直に話したけれど、倫太郎さんとライラのことは殆ど話していない。親の知り合いで、あまり親しくないから名前もうろ覚えでわからないと話した。
大きな問題なのが、俺の身元を証明するものがないということ。こっちの世界で生まれていないので出生届がそもそも出ていない。親ももちろん居ないため、俺はどっからきたのかわからない可哀想な孤児、みたいな感じになっている。
住所不定無職の18歳(と、言っておいた)孤児がマフィアのビルをあと二人と力を合わせてぶっ潰した、ってことになっているんだろう……、世間では。
檻に入っていた人たちには手出ししていないから、正義の犯罪者なんてニュースじゃ話題になるんだろうなあ。
意味のわからない事態に、警察の混乱が見て取れる。……あー、俺、これからどうなるんだろ。
トイレ行く時拘束衣を脱がせてもらえるけど、トイレを監視されることに変わりはない。見られたら緊張してなかなか出ないってば……。
夜になってご飯を食べた。美味しかったんだけど、危ないからってフォークを貰えなかったし、日本食なのにスプーン一本で食べなきゃならなかった。うーん、このスプーン一本あれば投げて気をそらして……、とか考えたけど、やめた。
ご飯の時も拘束衣を脱がせてもらえる。スプーン一本でたくさんの警官に見張られながらご飯を……、半裸で食べる経験ができるなんて思わなかったよ……。

夜中は見張りが減ったけれど、見張られていることには変わりない。拘束衣で、寝る。なんとか足はフリーだ。見張りは一人だし、監視カメラをぶっ壊して騒がれる前に警官の気を失わせることができたら脱出できそうだ。
そうなると、一度にカメラ、そして警官へ攻撃。両足をライフル銃に変えて、撃ち抜けば。
怪しまれないよう、寝相のフリをしてすこしずつ両足をずらしていく。監視カメラは昼間に確認済みだ。
……天井のほうで、音が聞こえた。ネズミかな? ……しかし、ネズミとは思えないほどの、てゆーかネズミが魔法臭を持っているなんて、考えられない!
倫太郎さん、倫太郎さんがきっと助けに来てくれたんだ。
「もしもし、聞こえているな。お前は耳がいいと言うんで小声で話してる。聞こえたら手か足を上に上げてくれ」
……倫太郎さんじゃない、ライラかな? 言われたとおり、自由な足を持ち上げた。
「聞こえているな。お前を助けに来た。上に、大きい通気口があるだろ。そこから見張りとお前の姿を見ている。あたしは警官を狙うから、お前は監視カメラを探して壊すんだ。カメラを見つけたらもう一回足を上げてくれ」
もう見つけてあったので、足を上げる。
「みっつ数えたら、カメラを壊すんだ。いいな。いち……、に……」
監視カメラは通気口のそばにある。足を向けて、息を吐いた。
「さん」
影の弾丸は監視カメラを貫き、粉々に砕けた欠片がパラパラと音をたてる。見張りの警官のほうを見ると、ばったりと倒れていた。通気口の蓋が落ち、ぬっと女の顔が出てきた。
「はやくこっから逃げろ!」
あ、あれ、倫太郎さんじゃない、ライラでもない。白い髪の少女だ。
「……きみは?」
「あたしも脱出する。さっさとしろ!」
怒鳴られて、すぐに影の中に潜り込んだ。……なんか、別の気配がするなあ……?
気になりつつも、影の中をぐんぐん進んで、警察署から脱出した。
……あの女の子、倫太郎さんとライラの知り合いかな? 警察署の裏庭らしき場所に出て、キョロキョロと誰かいないか探すと、後ろから何者かに殴られる。
「って……」
「馬鹿野郎! もっと遠くに行っとけよ!」
振り向くと、さっきの白い髪の女の子だ。ふわふわの髪を肩より長く伸ばしている。赤い目は俺を睨んでいた。
「きみと合流しようと思って……」
「お前、自分が今どーいう立場なのかわかってんの?……ま、いいや。人居ないし。あたしについて来て」
女の子は助走をつけて、大きくジャンプをした。ぐんと飛び上がって、降りてこない。
「なにしてんの! 早く!」
「俺、飛べないんだよ!」
「はああああああ!?」
そう言いながら着地してくる女の子。
「お前、マジに言ってんのそれ!?」
「や、やればできると思うんだけどさ、高所恐怖症なんだよ」
「じゃあ、やれよ! ちゃんと母さんと親父の血を継いでんでしょうが!」
「……継いでるよ! 継いでるけどさ! 」
ムキになって怒鳴ると、女の子はすこし怯んだ。悪かったかな、と思うと、女の子はまた声を張り上げた。
「けど? けどって何!?」
「君には関係ないだろ。助けてもらってなんだけどさ……」
「……はあ。もういいから。走るから」
「……」
黙ってダッシュする女の子の後を追った。……初対面なのに、なんだろうこの子……。なんか嫌な感じだな……。倫太郎さん、早く迎えに来てくれないかな……。




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