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Uターン
ハロー、新世界!

どこを見ても『ソリエ教団』の文字は見つからない……。何にもわけがわからないまま探すのは癪だし、訪ねて見ることにした。『後でゆっくり』って言ってたしね。
「……今ならいい? 倫太郎さんはどうしてここに?」
死体の上に散らばる紙やファイルは、もう死体を埋める勢いだった。倫太郎さんは息を吐いて、そうだねと言ってから続けていく。
「チャコくんのご両親に頼まれたんだ。きみの遺体が何者かに盗まれてね……。俺たちはきみの遺体を探しにきたんだよ」
「……え。でも、俺はこの通り、ピンピンしてるけど。……自分が死んだってのは、覚えてる……」
どこかで俺は死んでいないのではとうっすら希望を持っていたんだけど、現実突きつけられた感じ。ここは死後の世界ではないらしい。まーね、そんな子供っぽいもの信じるわけないさ。じゃ、俺は過去にタイムスリップしたわけ? ……。
「俺にもなんだかよく分からないんだよ、ここが何処なのか……。ただ、元居た場所ではないのは確かだけど」
倫太郎さんでもわからない場所だなんて。ほんと、ここは一体どこなんだろう。……少し話を戻すけれど、俺は『死体が盗まれた』ことが気にかかった。どうして? どうして俺の死体が盗られるんだ?
死体を、盗ったことがある。若い男の死体で、セオドアと一緒に肉を剥いだ。セオドアが死体を選ぶ時に、若い男の死体を探せと言った。
「もしかしてさ、その死体盗った奴って……」
「セオドアだろ? そうかも、って俺も思ったんだけど。違うみたいだった……。でも、この場所にセオドアが関係しているのは間違い無いと思う。……血が繋がってるからかな、わかるんだよ。なんとなーくだけどね。こっちに居るってわかった」
「俺が死んだあと……、どうなったんですか」
「あぁ、逃げられたよ。きみやグレイさんみたいに、影に溶けて消えて行った……」
あそこには俺や母さんくらいしか入れないはずなのに……。あいつ、もしかしてあそこにいすぎたから、影のほうが勘違いしてるのかもしれない。昔、面白半分であの中にぬいぐるみを入れたり、そのぬいぐるみを連れて影の中で寝たりしていたら、入れた覚えがないのに何時の間にか入っていたことがあったっけ。それを倫太郎さんに話すと、頭を抱えた。
「そうだとしたら非常にやっかいだな……。ただでさえ捕まえんのが難しいのに……。まあ、やることは変わらないけど。根性かなあ……」
「……やること?」
「そうだ!」
俺の質問を無視し、突然大声をあげる倫太郎さん。黙って会話を聞いていたライラがびくりと飛び上がった。
「きみに手伝ってもらえば、あいつが影の中に逃げても追いかけられる」
「……え!」
「頼むよ……。……あ、だめか。ご両親と約束したし……。ほんとーの目的は、遺体を取り戻しにきたんだもんね」
そんなの、答えはもちろんイエスだ。……向こうに戻って、また同じように生活して、何になるんだか? ていうか、死んだのに生き返って戻れるなんて保証はないしね。
「遺体を取り戻せばいいんでしょ? じゃあ俺が死んでも構わないじゃないか。やらせて」
「そんなことできるわけないよ……。生きてるってわかった以上、そのまま送り届けるよ。そうしなきゃいけない」
「倫太郎さん……。俺は母さんみたくなりたいよ……」
戻ったら、何にも変わらない高校生だ。特に目立つほどいい子でも悪い子でもない。普通の高校生。それなりに悪いことも嗜むが、暴れたりはしない。勉強も悪く目立たない程度に頑張る。それだけだ。
「俺は、母さんの子どもらしくありたいんだ。さすがあの人の子どもだって」
「きみの両親はきみを幸せにしたかったんだよ。自分たちが体験したかったことをきみにあげてる。友達と馬鹿やったり、勉強したり、芸術を楽しんだりね。人間としての幸せを」
「自分の身さえ守れないまま、死んでさ。それで、俺、おしまいなんて嫌だ」
そうぶつけると、倫太郎さんはじっと俺を見つめて動かなくなった。透けるような金の髪は、蛍光灯の光できらきら輝いている。
「……わかった。協力してくれるかな。ライラは目が不自由だから、できることも限られてくるし。二人で俺を助けてほしい。俺は保護者としてきみたちを守るから、きっと無事に帰してみせるから」
一息置いて、倫太郎さんはまた口を開く。
「チャコくんを見て、昔の自分を思い出したんだ。一人じゃなんにもできなかった。グレイさんに、ずっと憧れてた。俺もあの人のようになれたらって」
倫太郎さんも、昔はそうだったんだ。……まあ、誰だってそうか。最初からできる人なんていないもの。誰しも努力して、その結果が今なんだから。
引き出しの一番下に、くしゃくしゃになったメモを見つけた。なんてことなさそうなものほど、すごかったりするんだよな……。なんて、期待をこめて広げてみる。
『ソリエ教団 30 XXX-XXX-XXXX』
探し求めていたその名前と、電話番号! 読み上げると、倫太郎さんは俺の手の中にあるメモを覗き込んできた。
「やったぞ! 処理し忘れてたんだな……」
倫太郎さんはメモを奪い取り、そのメモを自分の手帳に貼り付けた。……なんで倫太郎さんは新興宗教の連絡先なんて探し回っていたんだろう? ……セオドアが関係しているんだろうけど……。
「監視カメラは全部壊してあるよね?」
ライラは頷く。倫太郎さんが歩きだしたので、ライラと一緒についていって、部屋を出た。ライラを気遣いながら、階段をどんどん登っていく。

六階ほど登ると、大きな部屋に出た。壁一面がガラスで、……そのガラスには血が飛び散っている。派手なスーツを着た男と、女性が数人、倒れていた。ガラスは一部割れている。ちょうど人がくぐれそうな大きさだ。倫太郎さんとライラは、ここから入ってきて不意打ちをしたのだろう。男と女性には暴れたり逃げたりした様子がない。
……もしかしてだけど、ここから飛び降りるの!?
急に吐き気がしてきた。倫太郎さんとライラは飛び降り、白い翼で滞空して、俺が飛び降りるのを待っている。
「チャコくん! はやく!」
車が、電車が走ってる。ずーっと小さくて、指の爪ほどの大きさだ。やろうと思えば、ここから飛び降りてそのまま影の中に入ることはできるはず。……でもさ、この高さに頭が耐えられるわけがなかったんだ。
汗がダラダラして、その場でうずくまってしまった。指の先が震えてる。
「怖くないよ、大丈夫だから」
差し伸べられた倫太郎さんの手を握るのに戸惑っていると、下のほうが騒がしくなってきた。この音は……、サイレンだ。誰か通った人間が通報したのか? じきにここへもやってくるだろう。姿を見られるのは非常にまずい。
倫太郎さんやライラにもわかるくらいになっても、俺は動けないでいた。急かされると、ますます動けなくなってくる。どうしよう、もうそこまで来てる。足音が聞こえてる。すぐにでも扉を開けて、ここに入ってくる。
「……」
「う、うわあっ!」
腕を引っ張られて、足が浮いた。冷たい空気が服の中に入って、背中をなめていく。すぐに腰を捕まえられて、足元にビル街が広がった。高度を上げ、さっき居たビルの屋上よりもっと上へ。
「は、早くおろして……」
もう気持ち悪い通り越して、意識が飛んでしまいそうだった。必死でしがみついて、……。あれ。しがみついてんのって、誰?
「かわいそうだし、早くおりようか。ライラ」
うっすら開けていた目をしっかり開けると、そこには倫太郎さんが居た。目があって、にっこり微笑む。きょろきょろと辺りを見回し、どこかへ飛んで行った。
視線をずらすと、赤い髪。細くて、錆のような色をした髪。
「あ、あ、ありがとう……」
「……」
ライラはしゃべらず、倫太郎さんの後を追っていった。どうやら、動いているものは認識できる程度に視力はあるようだ。動きだすと浮遊感がぞわぞわと皮膚を走って行く。我慢できなくなって、俺はまた目を瞑った。


「チャコくん、もういいよ。離してあげて」
倫太郎さん。……そういえば、風がなくなっている。目を開けると、林なのか森なのか、とりあえずそんな感じの場所に居た。ライラにつかまっていた手を離して、両足を地につけた。……ああっ、落ち着く。この安心感ったら、うちに帰ってベッドに飛び込んだ時以上。
「ごめん。あと、ありがとう、ほんとに」
「……」
ライラは俺の言葉に反応を見せることはなく、ぷいっと背中を見せて歩きだした。聞いてないわけではない、と、思いたい……。
「ごめんね、愛想わるくって。……最近まで、こうじゃなかったんだけど。俺からも、後で言っておくよ」
「いや、いいよ。伝えるほどのことじゃあないし」
ライラは俺を避けているのか、それともそうじゃないのか。全く喋らないと、やっぱりなんか怖くなってきたな……

「……疲れたし、そろそろ帰ろうか。俺、たぶん計算したら一日と、プラス半日は起きてるんだよ……。もうクラクラ」
「帰るって、どこへ?」
ライラの後を追って歩くと、大きな広場に出た。もう夜も遅いからか、人は全く居ない。
「元の場所へ」
「俺、戻っても大丈夫かな。向こうじゃもう、死んでるんでしょ」
「ああ……。そのへんも調べなくっちゃならないよね。ここにはじめて来た時の状況を教えてよ」
「ボロボロのアパートで、目がさめたんだ。小さい女の子がそばにいたよ。それだけだった」
「……明日調べに行くよ。心配なら今日はこっちにいなよ。お金をいくつかあげるから、ここで使えるやつ。てきとーにホテルでも泊まって……」
倫太郎さんからお金を受け取った。日本のお金。ポケットにねじ込む。
「こっちで必要以上に魔法を使うのはよしなよ。またゆっくり話すから……」
相当疲れているらしく、眼鏡をずらして目をこする姿は年相応に見える。またねと挨拶して、振り返らずに歩きだした。どうやらここは丘の上らしくって、ずっと向こうからピカピカまぶしい街の明かりが差している。
……アイちゃん、大丈夫かなあ。川尻さんと一緒だからきっとなんともないとは思うけれど。
あそこへ戻ろう……。記憶の隅にわずかに残るにおいを思い出して、とぼとぼと歩きだした。




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