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Uターン
それなりの代償

見たところなかなかの先進国、俺が暮らしていた世界とそう変わらないのに、こんなにも堂々と人身売買が行なわれているだなんて。真っ黒い車に押し込められ、すぐにエンジンがかけられる。帰って来られるように、必死で窓の外を見ていた。たぶん、においをたどれば帰れるだろうが……、自信はない。
しっかし、俺は外国人とはいえ男だけど……。臓器売ったあと死ぬまで働かせるくらいしか使いどころがわからないな。顏がイマイチだなんて言われたし(大きなお世話だ)、見た目も関係してくるのは間違いないだろうけど。

車が止まり、降ろされる。特に怪しいところのない、小さなビルだ。正面から入るはずもなく、裏口に連れていかれた。
それからすぐに大きな部屋に入れられた。その部屋には大型犬でも入れるのに使われるような檻がズラリと並んでいて、その中には小さな子どもや女性が多く居る。檻にはキャスターがついていて、簡単に移動ができるようになっていた。俺の横を、女性の檻が地面をすべってゆく。
「にーちゃん、名前、なんてったか?」
「……チャコール・グレイ・ブロウズです。あの、これって……」
「はいはい、っと。ま、白人だし、早いとこ決まるだろ」
げ、もっも様子見てからにしようと思ってたけど、はやいとこしないとやばそうだ……。急ぎたいが、この三人は俺よりも大きな体をしているし、同時に三人を相手するのはきつい。この様子だと檻の中に入れられちゃ出るのは無理そうだ。
俺を乱暴に檻に入れ、鍵をかけて男たちは去って行った。きつく頭を打ってくらくらしていると、隣の檻に入っていた女性が話しかけてきた。
「……大丈夫?」
「え!? あ、はい」
ぱさぱさの黒い髪を少し伸ばした、二十代くらいの若い女性。シャツにミニスカートと、いたって普通の格好だ。少し日焼けしていて、それがなんだかとても魅力的に見える。
「どーしたの。アンタ。こんなとこきちゃって。悪い大人に騙されちゃったの?」
「……え、えっと。俺は自分の意思で来ました……」
「なんでまた?」
なんだろう、この人。めんどうだから放っておこう。俺はわりと焦っていた。俺の力でこの鉄格子を壊せるだろうか、握って深呼吸すると、女性は怒ったようにして遮った。
「無理に決まってるでしょ。出たいなら、一回チャンスがあるけれど?」
じっと見つめていると、女性は続けた。
「私、ここ何回も来てるから分かるの。今からね、チェックがあるのよ。全身チェック。値段が決まるのよ。その時は出られるわよ。……脱走はまあ、考えないほうがいいわ」
「……?」
それってどういうことだろ。振り向くと、女性はにっこり笑った。
「一回売られて、開放されて、また捕まっちゃうの。もう私、こうしないと生きていけないんだわ……。死ぬより惨め。そういう子、多いわよ。アンタ若いんだし、男なんだから、こんなとこにきちゃダメ」
「どういう所に売られていくんですか?」
「そうね……。私はもっぱら風俗とかそーいう感じだけど、お金持ちのおっさんの家とか、AVに出されたりとか、臓器売ったりとか……、そんなもんかしら。スナッフビデオも聞いたことあるわね。ここで売ってんのよ。このビルで奴隷みたいに使われる子も居るわ」
いい国だと思っていたけど、日本って怖い……! こっちの世界だけの話かもしれないけれど。スナッフビデオの存在なんて、都市伝説じゃないのか……。
「……そうなっちゃったら、おしまい。私も、そろそろそうなるかもしれないわ。男の場合は、わかんないけどね」
「……どうも、ありがとうございます」
「アンタ、日本語うまいわね」
「よく言われます」
……うーん。俺の考えは浅はかだったかも。馬鹿なことをした。逃げるだけで精いっぱいかもしれない。周りの檻を見ると心が痛んだ。アイちゃんと変わらないくらいの小さな子どもまでが、檻の中にうずくまっている。
「アタシはね、許せないのよ。アタシは仕方ないの……、それ相応のことをしてきたんだもの。でもね、ほとんどの人達は違う。お金だけ持った汚い大人たちに騙されて、骨の髄まで啜るの。なんにもなくなったら、ポイよ」
女性は近くの子どもを見ていた。無邪気な表情で、丸くなって眠っている。この子が何をしたというのだろうか?
「だからここに来るのかもしれない。ここに来たらね、いっつもこーいうこと、喋るの。アンタにしたみたいに。ちょっとでもここに来る子が減ったらいいなって。変でしょ。でもアタシにできることなんて、これくらいしかないし」
「俺は女の子をかばってここに来ました。血縁関係もないし、フルネームすら知りません。変でしょう、俺も同じですよ」
「これから殺されるかもしれないのに?」
「そんなことこれっぽっちも考えてませんでした。ただ、あの子がかわいそうで。いとこだって嘘ついて、ここに来たんです」
……遠くで叫び声が聞こえた。女性との話をやめ、ジッと閉まったドアを見つめる。……叫び声は徐々に多く、そして近づいてくる。ここにやってくるかもしれない……!
鉄格子を握りしめ、息を吸った。手に集まった影はもやもやしだしたが、どんどんと形をつくる。
「ちょっと! 無理だって言ったでしょ? アンタ、馬鹿なの?」
女性の言葉を無視して、歯を食いしばる。俺の握った所から鉄は燃え、どんどんと移り、すぐに檻一面を覆った。どろどろに溶けだしたので、力を入れなくても片手で曲がる。ふっと息を吹き付けると、影の炎は消え去った。自分が出られるように鉄格子を曲げ、檻の外に出る。
「あ、アンタ……、ど、どーゆーこと? アタシ、とうとうおかしくなっちゃったのかしら……」
この女性だけではない、他の人達の視線も、皆こちらに向いていた。
「だ、誰かーッ!」
「体が、俺の体が!」
「助けてくれーッ!」
大きな悲鳴に、部屋の中は騒然とした。外で一体何が? 扉を開けようとすると、さっき俺をここに連れて来たサングラスの男が飛び込んで来た。
「ひいいーっ!」
「どうしたんですか!」
サングラスの男に駆け寄った。……腕が無い。まるでさっき俺が燃やした鉄のように、ドロドロに溶けている。腹も複数溶けていて、冷や汗をダラダラと垂らしていた。
「に、にーちゃん……。どうやって外に……」
「外で何があったんですか?」
ドロドロに溶けた腕の先に少し触れると、男は顔をしかめた。痛みがあるらしい。俺にも痛みがあり、驚いて自分の手を見ると、人差し指がドロリと溶けていく。慌てて影の炎を燃やし、蒸発させた。
「バケモンだ! わけのわからないバケモンが乗り込んできた……。みんな殺されちまう! た、助けてくれ。俺を逃がしてくれ。な、なあ、頼むよ、にーちゃん……」
「そこか」
低い男の声。サングラスの男はいきなりもがき苦しみ始めた。飛び込んできた若い男はサングラスの男の胸に腕を伸ばした。その腕が胸に入ると男は血を吐き、断末魔を残して俺の肩を掴み、……死んだ。
若い男はサングラスの男から腕を抜く。その腕は血飛沫ひとつ浴びていない。錆を思わせる赤い髪の、背の高い男。……魔法臭がする! こいつ、異能者か!
腕をナイフに変えて、切りかかった。軽く避けられる。反撃を覚悟したが、男はそこで突っ立ったままだった。
「これで最後だけど!」
仲間が居るのか……? 廊下から、足音。唾を飲み込んで、体勢を直した。廊下から光が差し込んできている。大きくてはっきりとした影は、いくつも床にゆらめいている。
「見つけたかい?」
赤い髪の男の後ろに現れたのは、見間違うはずない、倫太郎さんだ!
「へ……」
「ああっ! チャコくん! よかった! 大丈夫だった? 」
倫太郎さんは俺の元に来て、頭をなでた。う、うそだろ。この世界って、死後の世界なんじゃあ? てことは、倫太郎さんは死んだってこと? いやまさか、この人が死ぬだなんて……。考えられない。
「どうしてここに……?」
「その話は、後でゆっくりしようよ。とりあえずさ、体はなんにもない? どっか、怪我してない?」
俺の手を触ると、指の怪我を見つけた。さっき溶け出したのを燃やした所だ。
「ライラったらもー、あれだけ気をつけろって言ったのに。結局こんなことになっちゃうしさぁ……」
「……ごめんなさい」
ドアの近くに立っている赤い髪の男は、申し訳なさそうに俯いた。この男がライラ……。ああ、話に聞いていた倫太郎さんの甥っ子か! 俺よりも年上だとはわかっていたけど、これって結構上じゃないか? ……いや、俺は人間だと17なんだけどちょっと見た目がついて来てないし、こんなものか……。やけに大人っぽいけど。
「ごめんよ」
倫太郎さんはそう断ると、俺の首すじに噛み付いた。怯んだ間に、耳元で啜る音が聞こえる。すぐに倫太郎さんは口をはなすと、指と噛み付いた首に触れる。すぐに指は元通りになり、首に深くついていただろう歯型も消えていた。

一息ついて、倫太郎さんはのびをした。
「さあて、これからがきついぞ……。誰も逃がしてないよね?」
「最初に正門と裏口を封鎖したから……、窓から飛び降りてない限りは」
「……心配になるよーな事言わないでよ……」
「最上階の窓しか、人間が出れるサイズのものはなかった」
「ならいいや」
倫太郎さんは甥っ子と共に部屋から出て、俺にこちらにおいでと手招きした。……ついてこいって。
「この人たちは……」
檻に入った人達は、こちらを見つめている。いくつもの眼球は、すべて真っ直ぐ俺たちのほうを見ていた。
「半日もすれば、警察がきっと助けて家に帰してくれるよ。それに、俺もあまりこの建物をウロウロしたり勝手に出たりされちゃあ困るんだ。俺たちには土地勘ないし、この人達の世話を見る力はないからね」
それはそうだ……。ここからは警察に任せよう。倫太郎さんの後をついていく。

倫太郎さんが入ったのは事務室。机には大きなパソコンや、電話が置かれている。たくさんの人が倒れていて……、みんな、死んでいた。ここに来るまでも全く人の気配がしなかったし、まさかたった二人でこの建物に居た人達を殺しちゃったわけ!? ……無理じゃないとは、思う。倫太郎さんなら……。
「チャコくん。『ソリエ教団』って書いてるものを探してほしいんだ」
「なに、それ?」
「ん。まあいわゆる新興宗教だね。それがここと繋がって人身売買してるらしいから、調べにきたんだよ。ま、それはついでで、本当の目的はチャコくんを見つけることだったんだけど。……どうしてこんなことになっちゃったかなあ……?」
足元にはたくさん死体が転がっている。倫太郎さんは振り向いて、甥っ子のライラを見た。何もせず、ただ突っ立っているだけだ。
「多分自己紹介しないだろうから、俺から言っておくよ。俺の甥っ子のライラ。よかったら……、仲良くしてあげて」
「うん」
と、言ったものの……。なんだかコワイなぁ……。さっきあんなの見ちゃったし。同年代とは思えない殺気の強さで、近づくなってオーラを出してる。うかつに近づくと殺されちゃいそう。
「ライラ! こっちにおいでよ」
「……」
倫太郎さんが呼ぶと、ゆっくりとした足取りでこちらにやってきた。しきりに足元を気にして、死体にひっかからないよう気をつけながら。
「あ、あのお。俺、チャコ。チャコール・グレイ・ブロウズっていうんだ。よろしく」
「ライラ・ソーン」
握手しようと手を出したが、無視。……うーん。
「あっ、ごめんよ。……ライラ、チャコくんがね、握手したいって」
倫太郎さんがライラに声をかけると、ライラは手を出した。ふらふらと俺の手を探すようにしたので、俺から手を捕まえた。
「!」
いきなりでびっくりしたのか、ライラは目を見開き、のけぞった。
「ご、ごめん。あんまり目が見えなくて。……よろしく」
さっきとは全然印象が違うや。申し訳なさそうに謝り、笑う。手を離して、まじまじとライラの顔を見た。
赤い髪に、優男風の雰囲気。倫太郎さんと同じ緑色の目は、血縁関係があるのだと主張している。背は高く、俺とは10センチ近くは差がありそうだった。あんまり怖くないとわかった所で、倫太郎さんに言われた新興宗教の名前を探しながら、ライラに話しかけた。
「目が見えないのにさ、俺の攻撃を避けたけど……」
「あれは大きな動きだったから、なんとなくわかった」
うーん。目の見えない相手に攻撃を避けられる俺って。や、ライラがすごいだけかもしれないけど……。自信なくすよ。

目の不自由なライラは探し物ができないので、椅子に座って休んでいた。こんな場所でリラックスしているので、ある意味尊敬するっていうか……。いろんな場所のファイルなんかを引っ張りだしているけど、『ソリエ教団』の名前は見つからない。




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