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Uターン
猫とキャッチー

アイちゃん、そして川尻さんの住んでるアパートは古くて今にも崩れてしまうんじゃないかってほどだった。中はそれほどボロボロじゃなかったのにな。そう思いながら川尻さんの家へとお邪魔した。俺の履いていたお気に入りのスニーカーはばっちり玄関にあってほっとした。……なくても、アイちゃんのお父さんのものらしきサンダルを借りればよかったんだけど。パッと見じゃ俺が住んでいた時代とはあまり変わらないけど……。

重そうな鉄扉を開けると、アイちゃんは部屋の中に走っていった。履いていたサンダルは綺麗に飛び、俺の足元へと落ちる。
「アイちゃーん、サンダルそろえてからよ」
「えー……」
強がっていたけど、やっぱり相当お腹がすいてたみたいだ。育ち盛りだもんなあ。アイちゃんがサンダルを揃えたのを見届け、俺もと部屋に入ろうとすると、川尻さんに止められた。
「靴! 靴! 脱いで!」
そ、そうだ。さっきまでアイちゃんも裸足だったじゃないか。
「あっ、すいません、つい」
謝って靴を脱ぐと、川尻さんはほほえんだ。……というか、背が高い……。170センチはあろうかというほどで、長い髪の毛のせいもあってかすらーっとして見える。……や、実際そうなんだけど。
「いえ、外国暮らしだったんですよね? 仕方ないですよ。……それにしても、日本語、うまいですね」
これって『世界共通語』だろ!? ……ああ、学校で勉強したことがあったっけ。世界共通語は昔は日本だけで使われていた言語で……、言語としてのすばらしさ、そして日本の世界的な強さも味方して共通語に選ばれたのだ。
「あはは、それほどでもないですよ……」
「勉強したんですか?」
「まあ、それなりに……」
歩きながら会話しなければいけないなんて事にはならない、短い廊下。奥の部屋には背の低いテーブル(アイちゃんのうちにあったものと似ている)があって、アイちゃんと40代ほどの女性が床に座ってテーブルを囲んでいる。テーブルの上にはカレーライスとコップと水の入った大きなペットボトル。
「あら!? 彼氏!?」
「ち、ちがうって!!」
この女性は川尻さんのお母さんだろうか、俺は申し訳なって縮こまった。
「……アイちゃんのいとこのチャコさん。……アイちゃん、手洗いに行こ」
川尻さんはアイちゃんと一緒に違う部屋へと消えていった。
「すいません。お邪魔して大丈夫でしたか」
川尻さんのお母さんは立ち上がり、にこにことこちらを見た。
「いいのよ、ひとりふたり増えたって同じだから」
「あの、俺、アイちゃんのいとこのチャコール・グレイ・ブロウズです」
「チャコールくん? へえー、どこから来たの?」
「ニューヨークから……」
「ニューヨーク!? 日本語上手ねえ!」
「そうですか?」
「ペラペラじゃない! どれだけ勉強したの?」
「え? えーと……」
さっきと同じような会話。どれだけ勉強すれば自然なのだろう、と考えていると、川尻さんが戻ってきた。
「お母さん!」
「あら、ごめんなさいね」
川尻さんはお母さんと俺の間に入った。アイちゃんも面白がってまねをしている。
「……俺も、手洗ってきます。洗面所お借りしますね」
逃げるようにしてアイちゃんたちが戻ってきたほうへと向かった。……なんだか、急に疲れてきたな……。俺、ここでどうしたらいいんだろうか。……ここでもし死んだら、どうなるんだろう……。
さっきいた部屋からテレビの音が聞こえる。早く戻ろう。

戻るとみんなもう食べ始めていた。俺も川尻さんと川尻さんのお母さんにお礼を言ってからスプーンを手にした。テレビはお笑いバラエティが流れている。
「よくこうして、アイちゃんとご飯を?」
「そうよ。お父さんが帰ってこないとき、あるでしょう。その時は一緒に食べるの。私もねえ、娘が二人居るみたいでうれしくて」
川尻さんのお母さんはアイちゃんの頭を撫でた。アイちゃんはテレビに夢中になっていたらしく、どうして撫でられたのかよくわからないようだった。
「そうなんですか……。いい人がお隣で、よかったです」
「さあさ、チャコールくんも食べて」
「あ、はい」
なんだかものを食べるのが久しぶりな感じ。カレーだって、もう何年も食べてない。親父は料理をあまりしなかったし、俺も苦手だったからな。自然とスーパーやコンビニの出来合いのものとか、インスタントで済ませていたし。そんなんだから、いわゆる母の味ってのはなかなか食べる機会がなくて。ただのカレーなんだろうけど、やたら美味しく感じた。
「おいしいです」
「ガイジンさんの口に合うかどうかわからなかったけれど、よかったわ」
さっきからアイちゃんと一緒にテレビを見ている川尻さんに、お母さんが声をかける。
「まさか百仁香が男の子を連れてくる日が来るなんてねえ……」
「そんなんじゃないじゃん……」
呆れたように川尻さんが返すと、二人とも俺のほうを見た。ど、どうしよ。何か言えばいいのだろうか……。
「え、えっと、えっと……」
まごまごしてると、テレビから不気味な音が流れ出した。みんなそちらを向き、ぼーっとながめる。アイちゃんはびっくりしたのか、俺の腕にしがみついた。
真っ黒い画面に、ぼんやりとおじいさんの顔がうつる。低い声のナレーターが、さもそのおじいさんが喋っているかのように話し始めた。
『1999年7の月、恐怖の大王が空から降ってくるだろう』
ブラウン管の中でピカッと雷が落ち、番組が始まった。
「これ、なんですか?」
「……ノストラダムスの大予言。……知らない?」
川尻さんが答え、リモコンを持ってザッピングをはじめた。俺の腕にしがみついていた安心したのかアイちゃんは離れ、水を飲んでいる。
大予言……? ピンとこない。
「しりません……」
「1999年……、今年の7月に、世界が滅ぶんだって予言があってね。その予言した人、他の予言が結構当たってるんですって。それで騒いでるんですよ」
「アメリカでも大騒ぎって聞いたけどねえ」
川尻さんのお母さんも混じってきた。ノストラダムスの大予言……、何か気になるし、覚えておこう。こういう不思議そうなものをチェックしていけば、いつか戻れる気がする。
「はあ、くだらない。どーせ滅亡なんてしないわ。ノリでどっかの国の大統領が暗殺されるとか、そんなもんだって。みんなそういうのが好きなのよ。世紀末だし、ちょうどいいでしょ」
川尻さんは軽く笑いながらアイちゃんのコップに水を注いであげている。少し揺れて、木製のテーブルのコップまわりがところどころ濃くなった。
「仕事やめる人とか、いるらしいよ。せめて死ぬ前はゆったり暮らしたいって」
「くだらない」
お母さんの言葉をざっくり川尻さんは切り捨てた。川尻さんって結構クールな人だなあ。アイちゃんと喋っている時とは人が違うみたいだ。

ご飯を食べ終わり、ゆったりとみんなでまたおしゃべりしたりテレビを見たりした。アイちゃんの話も聞いた。アイちゃんは母親が外国人で、父親が日本人のハーフなんだそうだ。ものすごい母親似で外国人みたいなんだけど、ちょっと鼻が低いとことか、指の形とか細かいところが父親に似てるそうだ。アイちゃんの父親は忙しく、家をあけることが多いという。その時はこうしてご飯を一緒に食べたり、寝たりするそうだ。
アイちゃんはお絵かきが大好きなようで、川尻さんちにはアイちゃん用のらくがきちょうと色鉛筆が置いてあった(川尻さんのおさがりだそうけど)。ご飯のあとも、机に広げてお絵かきをしている。

くつろいでいると、急に外のほうが騒がしくなったので身構えた。人数は三人ほどだが、大人の男だ。品のない笑い方をしている。川尻さんたちはまだ気づいていない……。何故なら男たちも声を押し殺しているからだ。……このうちの前で、止まった。
「みなさん、隠れてください! すぐに!」
急に大声を出して立ち上がったからか、川尻さんたちはびっくりして動けなかった。扉が開いていき、柄の悪そうな男がこの家に入ってくる。
「橘のおじょーちゃんはいるかい?」
サングラスをした『いかにも』な男は、土足のまま居間に足を踏み入れた。みんな隠れる暇がなくって、外人のおじょーちゃん……、アイちゃんは鉛筆を持ったままぼーっとこちらを見つめている。
「三日ぶりだねえ、おじょーちゃん。今日はおとーさんの居場所はわかるかな?」
サングラスの男はぐいっとアイちゃんに顔を近づけた。アイちゃんはおびえて、口を開かない。
「おじさんたちなぁ、おじょーちゃんのおとーさんがお金を返さないから困ってるのよ。借りたもんはかえさなきゃ、おじょーちゃんも習っただろ?」
おびえたアイちゃんのそばによってあげた。アイちゃんは俺の胸に抱きつき、震えている。
「みねえ顔だな」
サングラスの男の態度は急変する。アイちゃんのお父さん、こんなやつからお金を借りていたのか……。アイちゃんのうちにしょっちゅう来ているようだし、アイちゃんが一人の時、さぞ怖くて心細かっただろう。だからアイちゃんのお父さんはうちに帰ってこないのか……。
「俺はアイちゃんのいとこの、チャコール・グレイ・ブロウズです。アイちゃんの代わりに俺が話をしても?」
「おお、おお。外人なのに日本語上手だなあ」
「ここじゃ迷惑になりますから、外に出ませんか」
相手からは全く魔法臭がしない。ただの人間だ。ただの人間相手なら怖くない、勝てる!
アイちゃんを離してサングラスの男を見ると、サングラスの男はアイちゃんも一緒に連れて来いと言った。……だ、大丈夫かな。アイちゃんを守りきれるだろうか。
アイちゃんを抱っこして、川尻さんちの後にした。玄関には悪そうな顔をした男が二人、逃げられないように囲った。
「アイちゃんのお父さんの居場所は俺も知らないです。アメリカからこちらにきたばかりで、俺も探しにきたんですよ。アイちゃんも知らないし……、うちに来ても会えませんよ」
「そんなこと言ったってなぁ! たまに帰ってくるってご近所さんから聞いちまってよ。てめえが代わりに払ってもいいんだぜ? 600万! そうしたらかわいいこの子も怯えずにすむんだ」
うーん、俺、嘘がうまいかも。……なんて思っている場合ではない。600万ってたぶんすごい量だし、それ以前に俺は今ドルしか持っていないんだ。……困ったな。どうしようか。
「無理だろ? もう四年になるんだ、そろそろ返してもらわないと……。だからよ、俺たちの車に乗ったら借金がパー……、にはならなくてもごっそり無くなる、か、も。な! 兄貴!」
サングラスの男に兄貴と呼ばれた、一番歳のとった男は、俺のあごを掴んで顔をじろじろと見た。
「単品なら80、二人で150、つーとこか。にーちゃんの働きによっちゃあ、300にも400にもなるぜ。白人は高く売れるからなあ、にーちゃんは少々顔が悪い、が……。ま、ギリギリ80でいけるだろ。女だったらもっと高くなったんだがなあ」
「おじょーちゃんも、あと8年くらい後だったらおとーさんの借金も全部かえせたかもな」
品のない笑い方、二回目。アイちゃんをおいてけば、なんとかなりそうだ。
「……アイちゃんは……、アイちゃんには手を出さないでください。俺にできることなら、なんでもしますから。……俺の両親は死にましたし、居なくなって誰も心配しませんし。臓器でもなんでも、売っぱらいますよ」
男たちは俺の言葉に驚いた。日本語を上手に話せることに、じゃない……。
「……どうします」
「子どもが居ると何かと文句つける奴も居るからなぁ……。今日はこいつだけでいいだろ。ダメだったら連れてくればいい」
それを聞いて、アイちゃんを川尻さんのうちに入れてあげた。
「おにいちゃん……」
「すぐにもどるからね、今日はずっとここに居な」
不安そうなアイちゃんの見送りを受ける間、これからどうしようか考えた。ここで追い払うか? それともあいつらについていって『やっちゃう』か? 危険だけど、そうすればアイちゃんの家には誰も来なくなるだろう。
何時の間にやら、アイちゃんのいとこ、という設定になりきっていた。アイちゃんは何故か本当の兄のように俺をおにいちゃんと呼ぶし、非常になついている。俺はそれに答えなければならないんじゃないか?
そういう運命なのかもしれない。保護者を必要としているアイちゃんのうちに来たんだから。

「……いきましょうか」
大丈夫、実戦経験はないけれど、親父や倫太郎さんに稽古をつけてもらった。戦う力に優れているのだから、戦いを学ぶに越した事はないって。




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