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Uターン
曖昧なティータイム

これが死後の世界ってやつ……? 生きてたころはちっとも信じてなかったけど。
見たことある、日本の畳だ。畳が敷かれた小さな部屋、黒くて大きなテレビと『和』を感じさせるテイストのキャビネット。テレビの前には木製の小さな机があり、そこにはスケッチブックとクレヨンや色鉛筆が無造作に置かれてあった。

で、大事なこと。目の前には8、9歳ほどの小さな女の子がいる。日本人ではないのだろうか、ヨーロッパ系の顔立ちで髪は金色。長く伸ばして、かわいらしくツインテールにしてある。
俺はというと、なぜか全裸で畳の上に寝転がっていた。切断されていたはずの足は、もとどおりになっている。自分の足だ。死後の世界……、ってこんな感じなのか……。なんて冷静になっていた。金髪の女の子は俺の顔をジッと見つめている。
「おきた?」
……女の子の言葉がわかる。これは俺の知っている、世界共通語だ……。この女の子がここへ俺を運んできたなんてことは考えにくいし、周りに保護者らしき人も見つからない。外出しているのかもしれないが……。
頭が眠気から抜けると、急に不安に、パニックになってきた。ここはどこだ? ここはほんとに死んだ後の世界? この女の子はだれだ?
……そうだ、テレビ! テレビをつければ何かわかるかも! すぐにテーブルの上に乗っていたリモコンを引っ掴み、電源ボタンを押した。ブウンと虫が飛ぶような音のあと、ぼんやりと画面が映し出される。……ニュースだ!
番組名は『ニュースジャパン6』。どうやら今は夕方らしい。美人のアナウンサーは淡々とニュースを読み上げていく。
地名だ……。地名を聞こう。テレビを食い入るように見つめる俺のとなりにあの女の子がやってきた。
「……どうしたの?」
「! ごめんよ」
女の子は奥の部屋から毛布を引きずってきて、俺に差し出した。……貸してもらおう。毛布をかぶせてもらうと、また横に座る。この女の子、前から俺を知っていたのだろうか。子どもとはいえ、初対面の人間にする行動ではない……。
そんな事を考えつつも、ニュースを見る。『トウキョウ』!『シンジュクク』! ……知ってるぞ。というか、番組名から『ジャパン』じゃないか。俺は今、日本に居るのか……。
カレンダーはないかと見渡せば、奥のキッチンにある冷蔵庫に貼ってある! 1999年4月。俺が居たのはずっと先の話だ……。俺は死んでから1999年の日本まで吹き飛んだってこと? ああ……、眩暈してきた。
夢じゃないのは事実だ、死んだってことを自覚している。セオドアの術か? でも、それならなんの意味があるのだろう。わざわざ遥か昔の日本に俺を送って、一体何を?
テレビから目を離し、テーブルへと目をやった。大きなスケッチブックは開かれている。真っ白な紙に、いろんな画材で塗りつぶされた黒い人間……、らしきものが描かれている。めちゃくちゃなので人なのかはちゃんとわからないが、とりあえず人型に見えたので人と形容した。
描かれた人間の足元には、これまた黒で影が広がっている。女の子はそれを指差し、照れ臭そうにつぶやいた。
「描いたの」
そうか、この女の子が描いたのか。そんなことはわかってる。……なんでかこの絵、見てると胸騒ぎがする。ただの子どもの落書きなのに……。
女の子はじっと絵を見つめたあと、俺を指差した。
「描いたの」
「え……? 俺?」
そう返すと、女の子は頷いた。俺を描いたのか……。確かに、特徴はとらえてる。俺の髪は黒いし。この絵のようにトゲトゲしている。……気になるのは、足元に広がっている影だ。この女の子はどうして俺を影の悪魔だと知っているんだ? ……い、いや。そもそもこういう絵を元から描いて居たのかもしれないし……。
女の子に断ってスケッチブックの他のページを見た。おはな、いぬ、ねこ。普通のものが描かれている。絵はどれもカラフルで、ピンクのいぬや水色のねこなどが白い紙を埋めて居た。
黒い人、真っ黒で大きな影は他に見つからない。俺をかいたというものだけだ。
「これ、いつ描いたの?」
「昨日」
……え!? ってことは、昨日からずっと俺はここに居たのか?
「俺、ってさ、いつからここにいた?」
「つい、さっき。アイが帰ってきて、ちょっとしたくらい」
俺がここにくる前にこの女の子は俺を知っていた?
「俺、誰かに運ばれてきたの?」
「ううん」
なら俺はいきなりここに現れたということか? ……なんてーか、もうわかろうとすることが間違いな気がしてきた。そうだ、ここは死後の世界の日本、何があってもおかしくはないさ。俺が現れる前に俺を知っていた、なんてよくあること、よくあること……。
そうだ、この子の保護者が帰ってくるのを待とう。何も、こんな小さな女の子の言葉を本気にすることはない。
「コムギちゃん……」
女の子はそう言うと、スケッチブックのページをめくった。黄緑色のクレヨンで、イヌらしきものを描いている。このイヌの名前が『コムギちゃん』か。
イヌを描き終わると、キッチンのほうからひたひたと足音が聞こえてきた。誰かいる……? 保護者か?
ゆっくりと振り向くと、そこにはイヌがいた。何にも変わらない普通のイヌだが、さっき女の子が描いていた絵のとおり、小さい垂れ耳のイヌで黄緑色の首輪をしている。
「コムギちゃん、おいで」
イヌは尻尾を振りながらこちらへ寄ってきた。イヌにおかしい様子は無いが……。引っかかることがある。
さっきカレンダーを確認した時にはイヌは居なかったのに、気配すらなかったのに、この女の子が絵を完成させた瞬間イヌがどこからともなく現れたのだ。
こいつ、異能者か!? しかし魔法臭はまったくしない……。
イヌがこちらにも来たので触れてみると、なんとこのイヌ、異常に冷たかった。胸をまさぐり、心臓の音を聞こうとしたが、まったく聞こえてこない。
……もしや、と思い俺は胸に手を当てた。そう、フツーなら、心臓の鼓動が手を伝わってくるはず。
「……」
だめだ、分からない……。もしかして、俺、心臓が止まった状態で動いてるのか……? いや、今だけかも。うん、落ち着こう。
「あ、あのさ、おかーさんとかはいつ帰ってくるの?」
「いないよ」
「……あ……。じゃあ、おとーさんは?」
「今日はかえってこない」
「……今日は?」
「きのうもかえってこなかったから」
「じゃあ、今日はずっとひとりでいるの?」
「コムギちゃんとお兄ちゃんいるからひとりじゃないよ」
胸が締め付けられた気分だ。こんな小さい女の子がひとりだなんて。置いていくにいけない……。あのスケッチブックのことを調べたほうがいいし、今日はここに居ようか。
しかし俺には目的がない。1999年の日本に飛ばされた以上、戻っても自分の家は無いだろうし。……元の時代に戻ることができるのなら、そうしたいが……。戻っても俺は死人だ。戻った瞬間にまた体が動かなくなるんじゃないか……。それなら、戻らずここで楽しく生きたほうがいいんじゃないか……。
親が帰ってこないって、こんな小さい女の子にはきつすぎるだろう。
「ご飯とかは、どうするんだ?」
「今日は、たぶん、ない。冷蔵庫のもの、勝手にいじくると怒られちゃうし……。火を使ったらだめだから」
「ない、って、そりゃ、食わないってことか?」
「給食おかわりしたから、大丈夫だよっ!」
困ったな、俺はあんまり料理は得意じゃないんだが。この子があまりにも不憫で、なんとかしてやりたくなる。俺もほぼ片親状態だったし、親近感もあったが。……幸せだった。この子とは比べ物にならないくらい。
「俺がなんか食わせてやるよ」
「ほんと!?」
キッチンに向かい、冷蔵庫を覗いてみたが……。調味料くらいしか無い。近くの戸棚を見てみても何にもない……。
「なんか、食べるもんってないのか」
「わかんない……」
うーむ……。俺の力を使えば万引きなんてのは楽勝だが、あまり知らない場所で犯罪はしたくないな。ルールが違う可能性があるし。金があればな……。
「お兄ちゃん、これお兄ちゃんの?」
女の子が走って駆け寄ってきた。持っているのは……、俺の服だ! 最後に着ていたやつ。女の子は俺に服を渡すと、カバンも持ってきた。あれも俺のだ! だとしたら、財布も入っているはず! カバンを受け取り、財布を取り出した。……42ドル! 結構入ってるじゃないか。今日はとりあえず凌そうだ。
安心していると、女の子は俺の財布をのぞいてきた。
「それ、どこの国のお金?」
しまった! ここは日本だ……。ドルは使えない! ……うーん、これを日本のお金にすぐ変えられればなぁ……。
「お兄ちゃんガイジン? アイと一緒ね」
「へ?」
「クラスの子がね、ガイジンって言う。先生も言ってた。映画に出てる人みたいでカッコいいよね? このお金、映画で見たことあるもん」
外国人、ね。確かに俺はヨーロピアンだし、(や、悪魔ふたりの子だからちゃんとは分からないけど、いちおー前までは周りの人たちに溶け込んでいた)この女の子もヨーロッパ系の顔立ち。
「……そうだよ」
そう言うと、女の子はにっこり笑った。
「そっかぁ。うれしい。アイはガイジンだけどお父さんはガイジンじゃないんだって……」
……と、とりあえず。服を着よう。服に手をかけると、外から女の声がした。
「アイちゃーん! アイちゃん? 」
「モニカのお姉ちゃんだ! 今あけるー!」
……や、やば! 急いで服着なきゃ。パンツはまずはかないとな、足を通し、とりあえず裸は避けた。ズボン、ズボンもはこう。
「おじゃましまー……」
はっと振り返ると、そこには女の子と、黒い髪を長く伸ばした女性。や、まだあどけなさが残っていて、化粧をしてないからまだ『少女』か。なんかやたら大人っぽく見える。
俺はというと、なんとかギリギリズボンをはいて、ベルトを締め直していた。
「ど、どうも……」
無理やり笑うけれど、逆に怪しいだろうか。
「……アイちゃん、この人、だれ?」
この少女の服装は、見たことがある。胸のあたりに大きなリボンをつけている。日本の、学生の制服だ。
「お兄ちゃん」
「お兄ちゃん? どこの?」
「へー? お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」
「アイちゃんたら、知らない人を家にあげちゃだめでしょ?!」
「知らない人じゃないもん」
「じゃあ、この人だーれ?」
「……お兄ちゃん」
……こそこそ話だけど、俺は耳がいいから全部聞こえてる。……なんて言い訳しようかな……。
「あの、アイちゃんのお母さんの兄の息子のチャコです。……いとこです。偶然近く通りかかって……」
「え!? あ、ああ、そうなんですか。すみません」
うーん、まだ疑ってそうだけど、なんとかいい包まったかな……。
「すみません、アイちゃんに何か食べるものをいただけますか。俺、こっちに帰ったばっかりで、急いでたもんで。……ドルしか持ってないんです。あはは……」
「ああ、それなら、今からうちに連れて行こうと思ってたんですよ。カレーをたくさん作ったから……」
「そうですか。よかった」
「あの……、チャコさんもいかがですか」
「……いいんですか?!」
ラッキー! すっごく腹が減ってたんだ。腹ん中空っぽなんじゃないかってくらいで。
「ええ。私、隣に住んでる川尻百仁香です」
「俺はチャコール・グレイ・ブロウズ」
握手をしようと手を差し出すと、川尻さんは驚きながらも手を握った。女の子(アイちゃん、で名前は間違いないだろう)は川尻さんと手をつなぎ、ご機嫌そうに鼻歌。ある程度大人な人と知り合えたのはおおきいぞ……。俺は幸いガイジンだし、食事中にでもいろいろ質問してみよう。
俺はアイちゃんと一緒に、川尻さんの家へとついて行った。




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