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Uターン
血管スパゲティ

「……死体が無い?」
セオドアの復活からおよそ半年、俺の事務所を訪ねてきたブロウズ夫妻は奇妙なことを口にした。
ある日半年前に殺された一人息子、チャコールの墓へ行くが、魔法臭がすっかり消えていたという。魔法臭は死体に溜まった魔力がすべて無くなるまで放たれ続ける。魔力の強さにもよるが、少なくとも10年は魔法臭がするはずだ。それが半年で消えるなんておかしい。
そう思ってなんと墓を掘り返したのだが、そこには息子が居なかった、という。
今回の依頼はその息子がどこへ行ったのか調べる、という内容だ。

チャコールはセオドアに殺されたこともあり、チャコールの死体は奴が持っていったのでは、という考えもある。あれから奴はどこにいるのかわからなくなっていた。
セオドアは生きるためにたくさんの人間を殺さねばならないが、世界のニュースを調べてもセオドアがやったと思わせるような殺人事件は無い。天界にまで足を運んで調査をしたが、セオドアの姿を見た者は居なかった。
俺の力を使えばセオドアを追えるかもしれない……、というのが本音かも。息子の仇を打つために。俺だってそうしたいところだったから、モチベーションはいつもよりも高い。他の依頼も無かったので、すぐに取りかかることにする。

「……あれ? 今から行くの」
「ライラも連れてくよ、長くなるだろうからちゃんと準備して」
ブロウズ夫妻に出していたコーヒーを片付けていた甥っ子のライラは、不思議そうにこちらを見た。俺がすぐに依頼に取りかかるのは珍しいからだろう。
俺の異母兄弟の兄、サミュエルと姉のサリアとの子で、生まれてしばらくはサリアの母ヒルダさんが世話していたのだけど、少し大きくなって俺が引き取った。
近親相姦で生まれた子どもというのは、……昔はたくさん居たらしいんだけど、天界でも魔界でも、まず強いバッシングを受ける。子にはなんの罪もないのに。人殺しよりも近親相姦はやってはいけないこと、と考えられているからだ。
そして次に、体が弱いこと。血を濃く受け継ぐため、魔法は強いが体の欠点も多く受け継いでしまうのだ。そのため、他の異能者の子どもと育てば体が弱いために無理をしたり、いじめに発展する恐れもある。このいじめは、近親相姦で生まれた子どもゆえに大人も加わる可能性もあった。……それだけは、絶対に起きちゃいけない。
戦争のあと、魔力の覚醒を終えた俺は地上で探偵業をはじめた。セオドアからもらった力を、なんとかいい事に使いたかった。『ドアー』を使えば、時間旅行ができるし。……時間旅行した先では未来や過去を変える事は許されないから、見るだけなんだけど。探偵業ならそれで十分だ。
仕事が落ち着いてきたころ、ヒルダさんから連絡があって、幼いライラを引き取り、地上で育てることになったんだ。
ライラを初めて見た時は、そりゃあびっくりした。血のような、鉄のような赤い髪を見て、この子は俺が育てなきゃって思った。
大きくなるうちに、どんどん兄さんに似てくる。赤い髪と垂れた緑の目、すらっと高い背とウロコの浮かぶ皮膚。
ライラには兄さんの名前をまだ言っていない。言わないといけないのは分かっているけれど……、言うのが恐ろしかった。……でも、もしセオドアが見つかったら、この子の父親の仇を打つことにも、なるんだよなぁ……。
「……用意おわったけど。車で待ってるから」
「あっ、ごめん! 急ぐよ」
ぼーっと考えごとをやめて、必要なものを鞄に放り込んでいく。金庫の鍵をチェックして、ガスもチェック。戸締り確認をして、家……、兼事務所を出た。
雲行きが怪しいんで傘を二本持って、車に乗り込む。
「傘、後ろにおいといて」
「僕も持ってきたのに」
……傘四本を持って、出発。ブロウズ夫妻からもらった地図をライラに渡し、ハンドルを握った。
今、ブロウズ夫妻(特にグレイさん)は忙しいからな……、できることなら一緒に行きたかったけれど、仕方ないや。
セオドアの復活は天界に大きな衝撃を与えた。少し前までは派手な動きを見せなかったが、最近は再び軍を編成しなおし悪魔狩りを始めたらしい。一応俺は天使だし、ライラも天使だから狙われてはいないが……、グレイさんは長い休暇をとり、アッシュさんと共に魔界へ帰るそうだ。
セオドアが居れば……、血が繋がっているのだから、俺にはわかるはずなんだ。でも、生きているのか死んでいるのかさえわからない。……また、おかしくなりはじめている。せっかく共存の道を見つけたのに……。

街はずれの墓場は、いつも静かだった。チャコール・グレイ・ブロウズ。セオドアに殺されたブロウズ夫妻の一人息子だ。俺もよく可愛がっていたし、それに殺される瞬間をこの目で見てしまったので、彼の死は非常にこたえた。
もう少し早くうちへ帰っていたなら、もしかしたら助け出せたかもしれない。……ブロウズ夫妻にはどれだけ謝っても謝りきれない。すぐに依頼に取りかかった理由のひとつでもある。
手向けられた花はまだ新しい。……確かに、魔法臭がしないな。期間は半年。半年の間に何があったのか……?
じっと目をつむり、思い浮かべるチャコくんの顔。『ドアー』を発動する前に、軽く予想をしよう。死体がなくなったのはいつか?
俺が思うに、ブロウズ夫妻の夫の方……、アッシュ・ブロウズさんは専業主夫で、比較的時間がある。そして、息子と居る時間が奥さんよりもうんと長かった。期間は半年だが、アッシュさんはよくこの墓を訪れたに違いない。
……二週間! ここ二週間にまず絞ろう。流石に近すぎるかもしれないが、何も動きがないならまた遡ればいい。
頭の中でドアをイメージする。二週間前から今まで、何があったのか。手を伸ばすと、硬いドアノブが指先に触れた。ゆっくり握り、ドアを開くと共に目も開ける。
ドアの向こうにはまたドアがある。たくさんの……、14のドアが。一日一日ずつにわかれていて、ドアを開けるとその日の0時がはじまる。何か、強い力を感じられるドアはないか……。一つ目の自分で出したドアの中に入り、二つ目のドアを選ぶ作業に入る。
ライラは外に立たせ、一般人が入ってきたりしないようにしている。異能者なら中に入ってもあまり変化はないが、普通の人間が入ると魔力に犯されてしまうのだ。……慣れないと、異能者でもしんどいんだけどね。俺もそれまでは苦労した。
一日前のドア、二日前のドア、とゆっくりドアノブに触れてみる。真っ先に感じた印象ってのは、大事だ。ドアノブに触れただけで、その日のこの場所(今なら墓場だ)の天気とか、大きな災害や事件事故の有無がわかる。
四日前のドアに何かを感じて開けてみると、そこには大きなスコップで墓を掘り返すアッシュさんが居た。少なくとも遺体が無くなったのはこれより前か。一日前は考えにくいから、それより三日前……、一週間前のドアノブを握ると、……ああ、確かに何か感じる。何かが起きている。
一週間前のドアを開け、軽く臭いをかいでみた。……魔法臭がするから、確かにここにはまだ遺体がある。ドアを閉じて、ドアについている時計の針をいじる。これをいじることによって、指定した時間に飛べるのだ。最初は、午前0時に設定されている。
適当に大雑把に時間指定をして、様子を見た。午後7時には魔法臭はせず、5時にはある。6時を試してみると、すでに遺体はなかった。
5時から6時の間に遺体は何者かによって取り出されている……。
墓を掘り返して死体を運び出すのに、一時間で終わるようなものだろうか? 犯人は複数か? しかし遺体の消える前と後とでは、土の様子は変わっていないのだ。……地中を掘り進んで遺体を盗み出しているのか? ……そんなばかな話……。
実際に、掘ることはできない。もしかしたらもしかすると、地中を掘り進んでいた犯人が逃げ出し、遺体を盗まないかもしれないからだ。もう起きている事実を変えることはしちゃいけない……。過去が変わると、それからの未来がすべて違ってくる。

つまりタイム・パラドクスというやつ。未来に矛盾が発生してくる。タイム・パラドクスが起きるとどうなるか? ……ってのは、まだ知らない。時間旅行ができる異能者はセオドアと俺しかおらず、セオドアは数秒〜数分の間ほどしかできなかったという。それだけでは、タイム・パラドクスは起きにくい。
俺はほぼすべての時間に行けるといっても過言ではない。全く知らない場所の未来に飛ぶには、その場所や人への手がかりが必要になるが……。
俺が覚醒を終えた時に、異母兄弟の兄サミュエルと姉サリアの母、ヒルダさんに稽古をつけてもらったことがあった。アッシュさんのすすめで、……彼もヒルダさんにお世話になったそうな。
その時にできるようになったのが時間旅行……、空間移動もできる『ドアー』の力だ。ヒルダさんは『タイム・パラドクスは絶対に起こすな』と言った。……なぜなのか聞いたけど、どーしても教えてくれなかった。ヒルダさんは俺に会うたびにタイム・パラドクスを起こすなと言う。
とりあえずよくわからないけど、すっごい恐ろしいことが起きるんだと思う。タイム・パラドクスについて調べると、宇宙が矛盾に耐えられず壊れてしまう、とか書いてあるし。
……見るだけじゃ遺体の行方はわからなさそうだ。今遺体はどこにあるのか、って視点で探すしかないか……。
ブロウズ夫妻の家を訪ねて、チャコくんが愛用していたものを貸してもらおう。
遺体が無事に見つかるといいけど……。




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あきゅろす。
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