[携帯モード] [URL送信]

Uターン
雷の落ちる日

倫太郎さんに抱かれて、家の中に連れていかれた。親父は俺の顔を見ると安心したらしく、涙を浮かばせていた。しかし母さんはずっとむっとしたままで、俺をすぐに居間の椅子に座らせた。
「チャコール。私はそんなに信頼できないか」
俺は母さんに怒られるだろうと思って居たから、びっくりした。母さんは俺やセオドアではなく、自分に対して腹を立てているらしかった。
「母親としては信頼できないのも無理ないが、……奴を捕まえるのなら十分役目は果たせたと思う」
なんにも答えられなかった。俺は日常に無いスリリングな非日常を楽しみたかっただけで、他のことは考えてなかったんだ。セオドアを解放することでどんなことが起こり得るのか、わからなかったんだって言うのもどうかと思う。小学生並みの言い訳だ、……全部事実なんだけどさ。
「……まあ、起きたことは……。仕方ないよ。新しい足を調達してもらおう。やはり倫太郎にきてもらって正解だった」
「……と言ってもねえ、他人の足を合わせるのはなかなか難しいんだよ。まず、背丈が同じじゃなきゃいけないし、腰から下の長さが一緒じゃなきゃ。……だからさ、時間はちょっともらうけど、俺が見つけてくるからさ、だいじょーぶだからね」
そうだ、と思い出したように玄関から倫太郎さんがコンビニで買い込んだお菓子類を持ってきた。
「お菓子食べながらさ、ゆっくりお話しよ? ……もう怖い目に会いたくないよね?」
「……う、うん」
「じゃあ、ちゃんと全部話して欲しいんだ。早く捕まえないと。大変なことになっちゃうから」
「……うん」
倫太郎さんはなだめるように俺の背中を軽くとんとんとした。心臓の鼓動と波長があってて気持ちがよかった。
親父がお菓子を開け出して、コーラをコップに注いでいく。母さん、親父、倫太郎さんが俺を囲むようにして座った。親父に促され、ぼーっとする頭を起こして話し出す。
「まず……、夢を見た。事故にあった時。真っ赤な髪でウロコまみれの男が、助けてって。じゃないと殺すって言った」
「……にいさん」
倫太郎さんは唇を噛み締めた。……そうか、あのサミュエルという天使は倫太郎さんの兄だったのか。思えば雰囲気や、垂れた目が似てる。セオドアに兄を殺されたのか……。
「それから、影の中に引き込まれたんだ。出さないと殺すよって言われたから……、出した」
「……他に人の気配なんかは?」
母さんは紙とペンを手に、真剣な眼差しで俺を見ている。すこし怯んで、自分の太ももを見て続けた。
「なかったよ。死体ならあったけど。おじいちゃんも居なかった」
「じいさんの死体は?」
「なかった」
「その死体の名前は、言ってたか?」
「ええと、たしか、『ユーリス』」
「……続けて」
なんだか緊張で喉が乾いてくる。コーラを飲んで、お菓子に手を延ばした。マシュマロ。
「出すのに、条件をつけたんだ。セオドアが死体を探して新しい体を作るって言ったから、俺に手伝わせてって。そしたらオーケーされた。クリスマスの時だよ」
「……どうして? どうして手伝いたいと?」
親父はまだ泣きそうな顔をしていた。母さんが落ち着けと言い、親父は深呼吸する。
「……ただの、好奇心。あんまり危険に思わなかったから」
「……サミュエルは、先ほど確認したが、影の中に居た。……セオドアは誰に化けている?」
「俺の学校の先生だよ。生物の、若い男の先生。ダニエル先生っていうんだけど」
母さんはペン回しをし、白い紙を埋めて行くインクたちを睨みつけた。
「チャコを逃がしたんだ、他の人間に化けているかもしれん。……人間の皮には長いこといられないからな。もって二日だろうか、一日おきで変えるかもしれない」
そんなの、どうやって見つければいいんだ……? 続けろとまた言われて、言われた通りにする。
「次の日、俺から誘って死体探しに行った。墓場で『モーガン・ヘイル』という男の墓を掘り返したんだ」
「……モーガン!? あいつが死んだのはもうずいぶん前のはずだが」
「うん。死体は百年経つのに数年ほっといたくらいの状態だった。セオドアが自分で用意したやつだって言ってた」
「……そうだもんな、あいつが殺したんだ」
なんだか気になるけれど、『好奇心は猫をも殺す』。そうこの身をもって知ったんだ。余計なことには首を突っ込まない。
「それで、死体の肉をはいで、大きな袋に骨を入れた。骨は学校に持って行って理科室に隠したんだ。それからしばらく見張ってて、親父の蛾が俺とセオドアを見つけた。そんで駐車場に連れていかれたんだよ」
エドワードやアニーのことは、聞かれてないから話さない。話したくない。……結構かいつまんだけど、話さねばいけないことは話したはず。
倫太郎さんは頭を抱えながらも、口を開いた。
「あいつはきっと、悪魔や天使の体を欲しがるはずだ。モルグを押さえよう。……チャコくんが再び襲われる可能性もある。足を切断したのだって、逃げたり抵抗を防ぐほかに、自分の体として使いたいって考えもあったはずだよ」
「NDが使えればいいんだが……、これは動かせそうにない。三人で奴を捕え、再び監禁するッ」
母さんが大きく気合いを入れるようにして叫ぶと、親父は少し笑った。
「……なんかさ、昔に戻ったみたい。懐かしいな……。絶対ぜったい、あいつを捕まえようね。……僕も、連れてってね」
「ええ、これが最後になるように」
気合いを入れる大人たちに、置いていかれる。ふ、と自分の手を見た。……小指が、無い。どこに置いてきたっけ? ……。
「さて、あいつの居場所だけど。まず、元の体の家に行って見るか。手がかりくらいはあるかも。臭いがわかれば、私が追いやすくなるし」
「……ああっ!」
「どうしたの、チャコ」
親父が心配そうに見てくるのをよそに、小指の在りどころを思いだす。セオドアを追いかけられるように、影に仕込んでいたんだった! ……今の奴の居場所は……、工場! お菓子工場だ!
「あいつ、お菓子工場に居る。小指、さ、セオドアをつけるために影に仕込んでいたんだ。間違いないよ」
「なんだと! どこのだ!?」
確かめるように手を突き出した。小指が切れて、断面からもくもくと黒い煙が浮かんでいる。
「あぁ……。橋の向こうにある、キャドバリーの? あそこ、古くなったから壊して、新しいの建てるんだってさ。近所のおばさんから聞いたよ」
親父がそう言うと、母さんは素早く立ち、玄関へ走っていった。
「オレが先行して押さえておく! すぐ後から来てくれ!」
窓を見ると、母さんが大きくジャンプして飛んでいくのが見えた。……大丈夫かなあ、無理してまた倒れたり……、はもうしないかな。原因は過労なんて考えられないって母さんは言ってたし、俺も影の中で起きた出来事が原因だと思う。
「チャコ。父さんも行くよ。母さんを守ってあげなきゃ」
親父とハグをして、ほっぺにキスをしてきたのを無抵抗で受け止めた。……まるで今から死にに行くみたいじゃないか。悲しい顔をしてしまうと、もう一回キスをされた。
「だーいじょーぶだって。ほら、これ、置いてくから。何かあったらこの子に話しかけて」
親父の小指が床に落ちたかと思うと、白い蛾に変わる。蛾は俺の手の甲にぴたりと止まり、俺のほうを見ている。
「そしたら父さんにもわかるから。この子がおまえを守ってくれるよ」
「……うん」
「倫太郎くんも、一匹持ってて。頼むよ。途中までさ、ぼくを運んでくれない? ほら、僕、足遅いし飛べないから。そしたらうちに戻ってチャコのそばにいて欲しいんだ。きっと不安だろうから」
「……危なくなったら呼んでください。すぐ駆けつけますから」
倫太郎さんも蛾を受け取り、二人も玄関から出て行った。……疲れた、なぁ。
お菓子をソファーに投げ、切れた足から影を吹き出した。……持つのは5分くらいだろうけど、なんとか立つことと歩くことができた。トイレや風呂は、ギリギリ一人でできそうだ。この年になって親父に手伝ってもらうのは少し厳しいものがある。ソファーにたどり着き、テレビをつけてお菓子を開ける。いつもと変わらない。
録画していた映画を見出したが、……集中できない。やっぱ心の底では不安なんだ。親父から貰った蛾は、コップのふちにとまっている。
……大丈夫かな。一度は勝った相手なんだし、三人ならきっとなんとかなると思うけど。嫌な想像力があるのがこの俺。親父や母さん、倫太郎さんが死んでしまう想像を何度も頭の中で繰り返しては、指を震わせていた。

映画が終盤に差し掛かっても、倫太郎さんは帰ってこなかった。コップのふちにいる蛾に目を向ける。……こいつに話しかけるなんて、痛い子だよなぁ。でも今は誰も居ないし……。
「お、親父?」
「……」
ゴッ、という何かを硬い何かに打ち付けるような音がした。……確かに蛾から聞こえてきている。
「……うっ、ぐ……」
ぎちぎち、ぐちぐち、びたびた、……なんの音だ……? いい音じゃないってのは、わかる。ヒジョーによくないってこともわかっていた。
「……」
蛾はコップから飛び立ち、上へ上へと飛んでいく。ちょうど立てば俺の目線あたりになるくらいまで飛ぶと、蛾の体は崩れて粉々になってしまった。
……親父は、死んだのか? そんな、まさか、そんなことって。
床に少し積もった灰はずず、と音をたてる。そのうちうっすらと人の形を作り上げた。白い髪と白い肌。
ゆっくりとそれは立ち上がって、ジッと俺を見下ろした。なんにも変わりない、出てった姿の親父だった。
「……ふーっ」
腕を上に伸ばして、伸びをした。
「……親父? ……おかえり……?」
「気づいてここから追ってくるのに10分、あれを撒くのに3分といったとこかな。ちょっときついか」
「セオドア……、あいつ、ここへ来るの……?」
「来ないよ。もう、来てるもん」
どこだと辺りを見回すが、他の人の影も、気配さえも感じられなかった。じっとりと汗で手が濡れた。……俺はとんでもなく恐ろしいことに気づいてしまったんだ。
「親父を……、殺したのか」
これは親父の皮を被ったセオドアに間違いない。何故って、そう言ったのを聞くと、親父はにいっと笑ったからだ。
「や、死んでいないよ。乗っ取った時、体は死にかけだった。アッシュ本体は倫太郎の蛾から、僕はおまえに渡した蛾から復活したのさ。まさか奴らもここまで考えてなかったみたいだ」
親父が生きていると知って安心するが、セオドアはここからまた逃げるに違いない。……なんとか足止めして、母さんたちが帰ってくるまでもてばいいのだが……。
しかしセオドアはどこにも行こうとしない。テーブルに置いてあった、ロールケーキを切り分けるための小さなナイフを手に取り、片手でクルクルと回す。
「ごめんよ、僕には時間がないんだ。きみのことは嫌いじゃなかったよ。だから、抵抗なんて無駄なことはよすんだね」
こ、殺されるッ! ソファーから抜け出したくとも、セオドアは仁王立ち。影の中に逃げるには、両足が地面についてないといけない。今、俺の左足はちょん切られて空気を虚しく掻くことしかできなかった。
首に突き立てようとするナイフをギリギリでかわした。過呼吸で死にそうだ。母さんたちが帰ってくるまでかわし続けるなんて、無理だ!
「やだ……、死にたくないっ! 死にたくないよ……」
セオドアは嬉しそうに笑って、……時間を稼がなきゃ。そうすれば死ななくてすむ。
「そりゃあ、僕だってできることならなんにもせず殺したくないよ。せっかくの若い身体を楽しまずに殺しちゃうなんて、もったいない」
「今ならなんでもするよ。だから、だからさ、……」
プライドなんて捨ててやるさ、できるだけ時間をかけるんだ。そうすればきっと、じきに誰かが来てくれる。まだ遠いけれど、気配を感じ出したから。
「あと三時間もあればきみの願いを叶えられたんだけど」
首を押さえつけられ、瞳の先にぎらぎらとナイフが光る。腕や右足で必死に抵抗するが、抜け出せそうにもない。……何か……、何かしゃべらなきゃ。そう思ったけれど、何も思い浮かばなかった。……びっくりするくらい、頭の中が真っ白だった。こわい、こわいよ。まつ毛をナイフで切り落とすんで、目を瞑った。これから二度と開けることがないだろうとわかった。
「チャコール!」
ああ、最後に自分の存在を確かめることができてよかった。




[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!