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Uターン
おやすみデッド・マン

年末年始は皆、基本学校には来ない。来たとしても、年が明けてすぐのアメフト大会に向け練習する熱心な生徒と補習を受けに来ただけだ。理科準備室に入ろうとする生徒や先生は存在しない。……俺達以外にはね。
骨だけになった、モーガンという男性の死体を袋に入れて、学校にやって来た。理科準備室を死体の隠し場所にしたのは、パッと見じゃバレないだろうから、模型だと思うから大丈夫だから。……なんてセオドアは言うけれど。……バレると思うけどなあ。
ま、理科準備室にはダニエル先生くらいしか入らないし、おそらくこの休みのうちは見られることさえないだろう。
俺は学校に残り、死体を見張ることにした。セオドアは本来のダニエル先生の本来の予定を達成するためにうちへ戻って行った。
べつにそうする必要はないらしいのだが、周りに怪しまれることはなるべくしないほうがいいよね? とのこと。……あれだけのことやった後でそんなこと言われてもな。何しても霞むよ。

で、誰もいない理科室に居るとあの動画のことを思い出しちゃうわけで。せっかく今の今まで忘れてたのに、急に現実を突きつけられる。
俺の儚い恋は、その子に告白することなく、終わったんだ。ここで。俺の隣に居るのは女の子じゃなく骨だけの死体だ。
異能者である、ってのは産まれた瞬間からほぼ勝ち組が決定している。その力を悪用しない限りは、ちゃんと勉強しなくともいい仕事につける。けれど、恋のほうじゃあ、俺は負けだったらしい。
女の子なんてたくさん居るんだから、なんて思ったりしたけど。忘れられそうにない。中学の時から好きだった子だ……、簡単に諦め切れないよ。
でも今想いを伝えたところで、あの子の気持ちは俺の友達にある。ずばりとフラれてすっきりしようなんて、そんな風にできるほど俺は強くない。フラれるのは、怖い。
エドワードは俺のことを腹の中で笑っているのだろうな。あいつは俺があの子を、アニーを好きだってのを知ってあんなことをしたんだ。
……ひとりは、寂しい。ヘッドホンの奥のオラウータンズがだるそうな曲を演奏していても。
立ち上がり、窓から校庭を眺めていた。まだ朝の六時だ。人は居ないし……、朝日さえも、まだ。オレンジと紫がぶつかりあって、綺麗なグラデーションは虚しいだけだ。感動する余裕がない。
睡眠時間が短かったのもあるんだろう、疲れて横になると、すぐに意識を失った。まるで古ぼけた床に吸い込まれるみたいな感覚に震えたが、脳はひたすら休みたい休みたいのだと悲鳴を上げていた。


……また、夢の中? 墓場のど真ん中に、俺は立っている。
霧がかかって、見通しが悪い……。近づいてくる黒い影。
「チャコ」
大きな影は俺を呼ぶ。聞いたことのある声だ。ごつごつとした岩に似たシルエット。背はうんと高く、俺が首を上げなければいけないほどだった。
「……おじいちゃん?」
影の中は真っ暗だから、今よりもよく見えなかったんだけど。ごわごわした質の悪いスポンジのような黒い髪と、濃い眉と目つきの悪さはおじいちゃんからの遺伝だったみたい。
この人が母さんの父親、ってのはうなづける話だ。怖いほどに、父親そっくり。
「チャコ……」
おじいちゃんは俺を急に抱きしめる。肺が潰れてしまうかと思ったけれど、この上ない安心感、感じる愛情は幸せで体をいっぱいにする。でも、悲しい気持ちにもなった。だって……、おじいちゃんは……。
「おじいちゃん……、俺のせいで、ごめん、ごめんっ」
「むしろ私は喜んでいるよ。おかげであそこから出られた。お前の母さんが『殺した』かららしい。しかし……、お前にはしばらく会えなくなるのが、寂しいな」
俺を離して、わしゃわしゃと頭を撫でた。
「大きくなったなあ」
おじいちゃんは、声から想像できていたけど若い。やっぱり、影の中は時間が進んでいないんだ……。俺の背が低いのってそのせいだったりして。親父に怒られた時なんか、よく逃げ込んでいたもんな。
「辛いことがいくつもあるだろうが、黙って耐えなさい。いつかきっと幸せになる。お前にはその資格があるのだから」
そう言い残すと、おじいちゃんは背中を見せてゆっくりと歩き出した。追いかけても距離は縮まらない……、とうとう霧の中に消え、見えなくなってしまった。
息が切れ出して、大きく息を吐き出す。その瞬間、何者かに押し倒された。霧の中から何かが飛んできたんだ。頭を打ってくらくらする……。その何かは俺の上に馬乗りになっているらしく、身動きができない。
おそるおそる目を開けると、頬を殴られた。……少年だ、ちょうど俺と同じくらいの年頃で、俺とは違う艶のある綺麗な黒髪とネコのような目。
仕返しをしてやろうと腕を振るうと、手首を掴まれた。爪を思い切り食い込ませ、憎い憎いと、そんな目で俺を睨みつける。
「ばあか」
いたずらに少年は、口をゆがませた。
誰だ? 全く面識がない……。記憶を探っても、わからない。
「一発殴ったら、不思議とすっきりしちゃった……」
急に真顔になって、俺の上からどいて立ち上がる。
「昔のこと引きずるの、よくないな。なんだか……、変な気分だ」
そのまま手を降り、少年は霧の中に消えて行った。そして次に現れたのは……、赤い髪の青年。いきなり目の前に現れてジッと俺の顔を覗き込む。
たらたら伸ばした前髪の奥にはウロコの浮かび上がる肌。体温は低く、触れると冷たそうだ。
生気の感じられないぎょろぎょろした蛇のような瞳は、俺を捕らえて離さない。……たしか、これはセオドア、……に体を乗っ取られていた男。名前はたしか、サミュエルと言った。
「……ぐ、グレイ! モルグに奴が……、ああ! 最初から奴はそうなると知っていたらしい。『俺は敵だ』……!」
俺の肩を捕まえて、瞳の中には俺がうつる。母さんの知り合い……、影の中に居た人たちだろうか。
おじいちゃん、サミュエルという男。そしてもう一人は、セオドアが犯していた(らしい)死体。あの死体の顔や身体的特徴をきちんと把握はしていないが、背丈はあの死体と変わらないように見える。
「……は!」
目を見開き、……俺は母さんではないと気づいたようだ。
「き、気が触れてしまったのか。俺は……、記憶が……ごちゃまぜで……、幻覚を見ているようだった……」
捕まえた肩を離し、力なく重力のままに腕を垂らす。ぼーっとした表情で、一歩一歩と後ろへ。
「死んだのか……。死ねないと思っていたがなんだ、死ねるんじゃないか。はは」
表情は恐怖へと変わっていく。俺を恐れているのではなく、この空間に恐れている。……そういえばここ、なんなんだろう? 影の中に居た人たちが居るけれど、ここは影の世界じゃない。そもそも、影の中には墓は無い。
さっきまで俺は理科室に居たんだ、死体を見張るために。で、寝てなかったから眠くなって、死体の隣で横に……。
げ! 今、俺は死体に添い寝してもらってるのか! これはよくない……、早く起きたい……。
そう思っていると、サミュエルは俺に、向かって、腕を。
「あ……」
腹に腕が刺さっている。一瞬何があったのかわからなくて、頭が痛みを感じなかったかが。その刺さった腕を見て背中に嫌な汗が流れた。
痛みを堪え、歯を食い縛ってぶるぶる震える。……なんで、ここは夢の中じゃあないのか? リアルすぎる。腹の中で指を動かし、ぐちゅぐちゅと音を立てる肉と血の音は鼓膜をいやらしく犯してゆく。
サミュエルの腕を掴み、引き抜こうとするがだめだ、内臓に指が絡みついているらしく、無理に引っ張るとちぎれてしまいそうだ。足ががくがく痙攣しだして、力が入らなくなって膝立ちした。腕はますます奥に、中に入り込んでいく。貫通せんばかりに。
「っぁ、……あっ、あ、あぐ、やめっ、やめろ!」
精いっぱいひねり出した声は、届いていない。腹の中に突っ込んだ腕が感じている血肉にうっとりするような表情をして、愛おしそうに血に滲む皮膚を見てため息をつく。
「ヒトの苦しむ姿の美しいこと、飛び散る血とかぐわしい鉄のにおいはいつだって僕を魅了する」
急にねばっこくていやらしい声になったものだから、腕だけに夢中になっていた視線を少し上に持っていくと。
だらりと垂らした緑色の髪と、真っ白の肌。眉から顎にかけて、両頬に大きな縫いあとのある男が俺をうっとりと見つめていた。心なしか息が荒い。異常なほどに、針を刺せばイチゴシロップが漏れるのではないかと思うほどの赤い目をらんらんと光らせている。
「ずっとこうしたかったんだ」
腹を掻き乱される痛みは耐え難く何度も意識が飛びそうな感覚に陥ったが、どれだけリアルでもあくまでここは夢であるらしい。それが逆に辛い。このまま痛みに負けて意識を手放せればどれだけ楽だろうか。
歯を食いしばり、ふーふーと鼻で息をして、胸を大きく上下。そして恐怖になんとか対抗するために、つやつやの真っ赤な目を睨みつけるしかなかった。それが俺のできる唯一の抵抗だった。
「涙目んなってる、かわい」
最後まで言い終わる事なく、緑の髪をした男は動きを止めた。ある一点をーー、ずっと後ろのほうを見つめている。
「ああ、黒のーー……」
発砲音に声は潰された。それから、すぐに緑の髪をした男は俺の上に覆いかぶさる。腕が少し痙攣したあと、動きは完全に止まった……。思えば、この男は体温が低すぎる。まるで爬虫類のように肌は冷たい。
発砲音がしたほうから足音が聞こえてきて、そちらへと首を向けた。
ごわごわの質の悪いスポンジのような黒い髪、左目は髪の奥にあるのだろう。隠れて見えない。背はすらりと高く、細身。隠していない右目は赤く、なんというか、ヒジョーに目つきが悪い……。母さんに、そっくりだった。俺にも、よく似ていた。
歳は俺よりは少し上だろうか、手に握られた鈍く光る黒い銃は溶けて消えて行く。
……これは、未来の、俺? まさか。……でもかなり意味のある夢な気がする……。予知夢って奴だろうか、俺はあの緑髪の男に襲われて、俺が殺す?
……うーん。緑髪の男、といえば一人心当たりがある。と、いっても実際に会ったわけではない。話で聞いたってだけで、ほんとーにそうなのかはわからないけれど。親父から聞いた話だ。親父が俺に嘘をつくものか。
……あれは緑色の髪と、両頬に残る大きな縫いあと。こんな特徴の若い男、たくさん居てたまるものか。母さんが閉じ込めていたすべての元凶の男、セオドア。
未来の俺、のような男がこちらに近づき、じっと俺を見た。消していた黒い銃を出して握り、判子を押すみたいに銃口を俺の眉間に押し付ける。
「え……」
未来の俺は口を開くことはない。唾を飲み込む隙もなくて、口の中がぐちゃぐちゃだった。
ゆっくりと白くて長い指が動くのを、俺は目に焼き付けていた。




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あきゅろす。
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