[携帯モード] [URL送信]

Uターン
死体狩り

あれからベッドに入ったが眠れず、結局朝の4時にヘッドホンをつけて、携帯音楽プレイヤーにぶちこんだオラウータンズのアルバムを聞きながらダニエル先生の自宅へ向かった。
自分の小指がある場所……、古ぼけた小さなアパートだ。着いた瞬間、その扉の向こうからガタガタと音がした。
身構えると、重そうな鉄の扉がゆっくりと開く。
「朝、早いね……。そんなに僕のこと心配なの? なんだか照れちゃうなあ」
スウェット姿の先生が顔を出した。いつにも増してめちゃくちゃな髪と、まともに手入れのされていなさそうなだらしない髭。姿は先生だが、中身はセオドアだ……。なんだか、不気味。
「死体探しに行こう」
外したヘッドホンからは、音楽が流れっぱなしだ。色っぽいベースの響きは、ヘッドホンを外していても心地いい。
「はあ?」
「死体探しに、行くんだよっ!」
ヘッドホンからの音で聞こえなかったのか……? いや、流石にそれはないか……。セオドアは眉をひそめ、首をかしげる。
「そんなこと言ったってね……。まだ朝の四時をすぎたばっかりだ。今日の僕の予定は確か……『8時に起床し、妻の作った朝食を食べる。9時半には弁当ができあがっているから、そのころ家を出て、10時すぎに学校に着くんだ。それから、小テストの採点をする。1時に弁当を食べて、缶コーヒーを買う。それから3時まで補習授業だ。終わったら教頭に報告して、明日の補習に使うプリントを刷る。6時まで理科室の掃除……、それから器具のチェック。もし足りないものがあったら注文書にメモして、学校を出る』これでだいたい夜の7時。それからきみと死体探しに行こうと思ったんだけどね」
「何だそれ? 先生の予定がわかるのか?」
「まあね。アタマはそのままなんだから、入った体の記憶や知識は僕のものさ。それがさ、たまんなく楽しいんだよねえ。わずかな時間でいくつもの人生を体感できる……、素晴らしいよ。でも……、そうしたら、同じ記憶と知識を持つ人間がこの世に二人存在することになるだろ?」
「は……?」
「だからね、僕は……、ウフフ。これはまぁ、いいや。君が行きたいのなら行こう。見つかるといいな。他人の中に居るのはなかなか楽しいが、ずっとは嫌だし。さっさと見つけてしまおう。……ちょっと待ってて」
セオドアは半開きにしていたドアを閉じ、しばらくして戻ってきた。スーツの上にコートを着て、お金を入れるようなジュラルミンケースを手にしている。
「……それは?」
「必要な道具だよ。肉切り包丁、ナイフ、あと、メスとか……。あと、針と糸、まち針、油性のマジックだね」
……死体探しに、何故刃物や裁縫道具が必要なんだろうか? 自分の死体を切り刻むつもりか……? 尋ねようとすると、セオドアは俺の口を手で塞いだ。
「見ればわかるよ。……そして、君にはほんの手伝いを頼もう。それからは見学だけだ。口を出すなよ」
全身がぶるりと震え上がった。死体を探す、わけではない……。死体にしたい人間を探して、死体にするのか!? そして俺は人殺しの罪を被せられようとしている?
人殺しはだめだ……。俺も、親父や母さんも、殺された人間やその家族の人生は一瞬でめちゃくちゃ。俺は一生『異能刑務所』で暮らさなきゃならないし、親父と母さんは俺の代わりに世間と被害者とその家族に謝り続けねばならないのだから。
「わかったら、行こうか」
「……あ、ああ」
一瞬帰ろうか迷った……、けど。好奇心は猫をも殺す、というか。刃物と裁縫道具の使い道や、死体を見てみたいという気持ちのほうが強かった。ろくな結果にならないとわかっていたとしても。

ほぼ無言のまま歩き出して、近所の墓場にたどり着いた。朝だからか、猫やカラスくらいしか居ない。庶民用の墓場? って言っていいのかわからないけれど、とりあえず小さめの墓石がずらずらと縦に横に並んでいた。
セオドアは立ち止まり、鼻をふんふんと言わせたかと思うと、ひとつの墓に歩き出して行く。後ろをついていくと。花が手向けられた墓だ。昨日買ってきたものだろうか、とても綺麗だった。
「こういう墓は、中身が新鮮なんだよ」
「え……。自分の死体を探すんじゃあ?」
「そんなの、ここにはないよ。新しい僕の身体を作るのさ。まずは骨格なんだけど……。身長は高め、そこまでごついのは嫌だな。……たぶん見つからないから、今日は頭だけでいいかな。わりと若い男の墓があったら、掘り返してほしいんだ」
……それってそれって、マジな話? って言おうとしたけど、やめた。自分がやりたいって言ったんだし……。予想の範囲内だ、ウン。
ゆっくりと墓場を歩き回り、新しい墓石を探した。……が、若い男はなかなか死んでいない。やはり50代以上が多く、たまーに子どものものが見つかるくらいだった。
やっと見つけた20代の男の墓は、だいぶ……、およそ100年も前のものだった。
「あれ? どーしたの?」
「ああ……。このあたりには、これしか若い男の墓はないよ」
そう言うと、セオドアがゆっくりとこちらによって来た。墓石に彫られた文字を見て、にやりとした。
「モーガン・ヘイル。……19歳か20か。うーん……古いな。もうきっと骨だけだね、ちょうどいいし見てみようか」
墓石を指差しこちらを見るので、掘り返せってことなんだろう。スコップやシャベルなんて無いから、素手だ。死体が埋まってる土を触るなんて……、変な病気しなきゃいいけど。
腕から影を出して、燃やす。今日はなんとなく調子がいいようで、勢いよく吹き出た。爪を伸ばすように影を伸ばし、水っぽい雪に腕を突き刺した。
その瞬間、土の間から悪臭が飛んでくる。そう、ちょうど腐敗した肉みたいな、グロテスクな臭い。
「お、おえーっ。ヤバイ臭いがするッ。100年経ってるんだろ? 最近死んだみたいな……。いや、嗅いだことないんだけどさ……」
「そんなに臭うかな?」
「俺、鼻と耳はすげぇいいんだよ」
ふーん、と軽く流され、顎でとっとと掘れという仕草。はいはい、分かりましたよっとしぶしぶ掘り進めるが、正直な話俺はかなり期待していた。この酷い臭いだ、ものすごくヤバイものが埋まってるに違いない。どんなホラーにも負けない、本物の死体、だ!
掘っても掘っても、なかなか死体にたどり着かない。100年も経っているのなら、おそらく棺は腐って壊れている。直接死体が出てくるだろうと予想したので、死体を探す手は慎重に動かす。
酷い悪臭に何度も何度もむせていると、セオドアがイライラと足で俺を蹴飛ばそうとするので息を止めてしぶしぶと、掘る。
しばらく掘り進めると、なにかに手が触れた。……柔らかいんで、それは死体だとすぐに分かり、手を止めた。影を消し、素手で慎重に土を掻き分けていく。
「うっわぁ……」
顔だ。目をつむっていて、髪の毛はまばら、皮膚もところどころがどろどろと溶け出している。体も掘りかえそうと土をどけると、胸で組まれた手やぴっちりと伸ばした足が見えてきた。
臭いもあり、ひじょーに、グロテスクという言葉が当てはまるものだった。黒い服……、制服のようなものを着ていたらしい。もうぐちゃぐちゃだから、これはただの俺の推測だけど。
感動というよりは、絶句。ああ、人って死んだらこうなるんだ。……しかし、この死体は墓石の表示があっているのなら、死んでからおよそ100年は経っているはずなのだ。死体にはそう思えないくらい肉が残っている。そしてわずかだが、……魔法臭もするんだ。
「いいにおいだ」
悪趣味。そばで見ていたセオドアが穴におりて来て横たわった死体を愛おしそうに見つめ、触れた。
「やっぱ、全身使おうかな」
「……これ、ホントに100年たってんの?」
セオドアは『そうだ』と即答した。
「思い出したんだけどさ、これ、僕が準備した死体だった。けっこう気に入っててさ。いつか使おうかなって思っていたんだけれど。……だから魔法臭がしたんだ。僕の臭いがちょっとするはずだよ。これにしよう」
ジュラルミンケースから、薄くて大きな袋が出てくる。ちょうど……、そう、死体のひとつやふたつが楽々入るくらいのものだった。それを俺に放り投げ、自分は包丁やメスなどの刃物を取り出して来る。
「魔法ってすごいな、100年経ってもダイジョーブ、ってか。いや大丈夫じゃないけど」
セオドアはそれを無視し、俺は口をもごもごさせた。肉切り包丁で、死体にまだこびりついている腐った肉を叩き落としていく。顔や指などの細かい所は、メスとナイフを渡された俺に託された。
ところどころむき出しになっている骨。顔は腐敗が進んでおり、ナイフで軽くつつくと刃先にこびりついたり、ぐずくずに崩れていったり。視界に入れるのがしんどくなるほど見たくないものがこの世に存在するとは……。
何もしないでいるとまたセオドアに蹴飛ばされるので、文句を飲み込んで顔の肉を削ぎ落とすと、さっきの数倍はきつい腐敗臭が漂った。文句と一緒に、飲み込んでしまう。
「……ぅ、は、吐きそう」
「死体にかけないでよ、ただでさえ臭うのに」
昨日のケーキ半ホールが丸々でるのはなんだかもったいない、甘ったるい味のするゲロもまた飲み込む。
「なんでまた、僕の手伝いをしたいわけ? あの二人の子どもなら、僕の話は聞いていたろう」
……そうか、そうだな。こいつはとんでもない犯罪者……よりもスケールの大きな極悪人だ。本当ならすぐにでも逃げ出して、母さんに連絡したほうがいい。
「話は聞いていたよ。外に出したら戦争がまた起きるって、そこまで言われた」
ふう、と息を吐いた音と落ちて行く砂の音が耳を打った。嫌になるほど黒い影が地面に落ちて、俺を覆い隠している。
「そりゃあ、もっともだ。じゃあただの好奇心ってわけ」
「まあ……、そうなるかな」
「少年、知っているか、『好奇心は猫をもーー』」
「殺すんだろ。知ってる」
「きみは母親に、よく似てる」
「よく言われるよ」
頬の肉を落とすと、べシャリと水っぽい音がした。中からぞわりと虫が這い出て来る。ピンク色の、小さくて細長い虫だ。ちょうど、魚の釣り餌になりそうな弱々しい虫。
その虫はセオドアのほうへと力無く這っていった。それを見たセオドアはその虫を拾い上げ、まじまじと見つめる。
「僕の飼ってたやつだ。生き残ってるなんて。死体を食べていたのかな? 僕と同じだ、かわいいな」
そう言いながら虫をポケットに突っ込んだ。
肉をすべて落としたころに朝日が登ってきて、急いでセオドアがジュラルミンケースから薄くて大きな袋を取り出した。それに骨だけになった死体を投げ入れ、肉だけの死体は元どおりに埋めておく。
朝の墓場は猫やカラスしか居ないし、今時、墓荒らし、なんて。ねえ。きっと誰も見てないと、そう思いたい。
近所のおばさんにでも見られたら、ブロウズさんちの一人息子はとんでもないキチガイだ、父親の苦労がだいなし、なんて噂を立てられるからな。おばさんの情報網はびっくりするくらい広いもんだから、一回言われればもう終わりだ。街中に俺はキチガイだって思われてしまう。

そんな事を心配していると、セオドアに頭を小突かれた。歩き出した背中を追って行く時、なんとなく小さな頃の記憶を思い出した。




[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!