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Uターン
砂糖菓子と嘘つき親子

「アッシュは寝たようだ」
母さんが親父の部屋から戻ってきた。酒ですっかり潰れて寝てしまった親父を、母さんは軽く抱っこしてベッドに連れていったのだ。そりゃあ、親父の背丈は俺と同じくらいだし、母さんは女性にしちゃあ背が高い。……んだけど、流石にびっくりしちゃって、声をあげてしまった。
「あ、ああ、そうなんですか」
ホントーに、変わった人だ。表情をあらわにする事もない。あ……でも、理解できるところはある。俺の持って帰ってきたケーキはそこそこ大きなものだったんだけど、俺と母さんで1ホールペロリと食べてしまったんだ。……つまり、どういうことかって?
そりゃあ、俺と同じくらい甘党だってことさ!
「……やっぱうまいな、これ」
何時の間にか椅子に座り、余ったフライドチキンを頬張っている。……流石に俺、あれはそんなにいらないな。なんたって遠くから見てもわかるほどに油がてらてら光っている。
……やっぱ、二人だと気まずいな。どんな話したらいいんだろ……。そう考えていると、母さんが話し出した。
「アッシュから話はよく聞いてたよ。優しくていい子に育ったって。だから、私は帰らなくても安心だったよ。息子はちゃんと育っていると知っていたから。……なんにも、してないって」
げ……、変な感じする。胸の内が覗かれているようで、全身がわさわさする。母さんの目を直視できない。
「してないよな?」
「えっ、あ、……。うん、なんにも」
「こっちを見ないのはなぜだ?」
「あのお、えっと、て、照れちゃって。あ、あはは……」
う、わ。自分で言ったのもなんだけど、なんてわかりやすいんだろう。こんなんじゃ、『俺は悪いことをしました!』って言ってるようなものじゃないか。
「お前なら分かると思うが、『影』の中に私の父親……、お前にとっちゃあ爺さんだが……、が居たろう。私はよく爺さんからもお前の話を聞いていたよ。確か覚醒したのは2年前の夏だったか」
「え、エエ。当たりです」
「そうか。私が倒れたのは18日だ。原因はただの過労だった」
「……は、はい」
新しいフライドチキンに手を付けた母さん。コップには酒が入ってはいるが殆ど飲んだ形跡は無く、俺の買ってきたコーラばかりを飲んでいる。
「気を失っているのはたった数時間だけだったんだが……、そのわずかな時間、爺さんは居なくなっていた。ついさっき、お前が帰ってくる前によく探すと……、三体、死体が見つかった。一体は私が把握していたが、あとの二体はしていなかった」
軟骨をごりごりと噛み砕く音が聞こえてくる。すっかり気が抜けてしまっただろう、ただの砂糖水になったコーラをずるずると音を立てて啜っている。
「片方は爺さんの死体だった。もう片方の死体……正確にはまだ生きているんだが……。その中には私が昔隠してた大事なものが入っていてね、それを探しているんだ。お前、出してないよな? 赤くて長い髪をしている、そこそこ大柄の男だ。見覚えないか?」
「すいません。……あの、どーしてそれを出してはいけないんですか」
「……そりゃあ、お前に関係ないだろう。……お前、知ってるな?」
「か、関係なくなんてないです。俺だってあの中に入れるんだから!」
『贄の戦い』と関係があるのだろう、親父はその戦いがあったことは教えてくれるけど、詳しくは絶対教えてくれなかった。母さんも、か。あの戦いで閉じ込めたセオドア……、閉じ込められるなら、なぜ殺さなかったのだろう。
「白状しろッ! あの男に入っていたものをどこへやった!?」
母さんは勢いよく立ち上がり、コーラの入ったグラスが倒れてテーブルの上に茶色い砂糖水溜まりを作った。蛇に睨まれたカエルのように、すくみあがって動けやしない。
「……すまん。つい、熱くなった。……そうだな、お前も関係あるか……」
ゆっくりと座り、母さんは倒れたグラスを立たせて再びコーラを注ぎ出す。
「あれの中に居るのはな、とんでもないバケモノだ。昔戦争があったの、知ってるだろ。それの天使側の指導者だ。私はなんとか倫太郎おじさんや私の育ての父、お前の親父とその友人……、ま、たくさんの協力があってあれを閉じ込めた。あれは……、死なないんだ。他人の身体を次々と移動して、永遠に生き続ける。だから閉じ込めておくしかできなかった」
「倫太郎おじさんも……? あの人、天使でしょう?」
倫太郎おじさん、ってのは親父の知り合いの天使で、ここ最近は会ってないんだけど、あの人はすごい人だ。ほんとーに、やることなす事が魔法みたいで……、俺が尊敬する一人だ。ちなみに親父やオラウータンズのベースのジョシュアも尊敬してる……、ってのはどうでもいいか……。
ティッシュで零れたコーラを拭きながら、ゆったりと母さんは説明してくれる。
「あいつのお陰で私達は勝つ事ができた。あいつは堕天使さ、今はな。……で、あれをなぜ出してはいけないか? についてだが。あいつはつまり、天使側の旗印になる存在だ。あれが居なくなったから、天使たちは戦うのをやめたのさ。そんな奴が出て行ったら、また戦争になりかねん……。ここまで地上に異能者が広がった今、地上は大混乱に陥るだろう。……それに、それが起こらなくても危険だ。あれは生きるためにヒトを殺す。それも何度も、大量に、惨い方法をとる。その化け物は隠れる必要もないし、逃げる必要もない。死なないし、捕えるのは……、不可能ではないかもしれないが、かなり面倒になりそうだな……」
「よくわかんないけど、それを出しちゃいけないのはよくわかりました」
「それだけわかりゃいい。お前じゃ到底かなわない相手だ、自分でどうこうしようとか、思うなよ」
……相談すべきなのは、わかるけれど。母さんに言ったら、ダニエル先生の皮を被ったセオドアが俺を殺すかも、なんて思って言えないでいた。
恐ろしいとか怖い、ってレベルを通り越していた。おぞましかった。背筋が凍るほどに。母さんの言うことは事実だろうし、あいつを捕まえなければいけないとは思うが……。
「……私が過労などと言うのは信じられないんだ、自分がな。倒れた時期と、爺さんが死んだ時期、セオドアが消えた時期……」
「ま、まさか、俺がおじいちゃんを殺したとでも言うんですか!」
「いいや、それはない。セオドアでも一人では無理だろう……。誰が影の中に入れる協力者がどこかに居るとしか……」
「俺じゃ、……ないです……」
ふう、と、ため息の声。思わず首を下にして自分の震える足を見つめてしまう。その俺の頭を、戸惑ったような手つきだったけども、母さんは撫でた。
「言いたくないことがあったのかもしれないが、何があったのか教えてくれないか。こりゃあ、私たちだけですむような問題ではないんだ」
母さんは世界が滅ぶ、とまで言った。流石にそれは信じられない……、ただの人のかたちをした物に、それほどの力が詰め込まれているかもしれない、なんて笑えない冗談なんだろう……。
「もしも、もしもですけど。俺が何か……、情報を渡すと殺されてしまうとしたら、母さんはどうします?」
「脅されているのか?」
「え、ええ。まあ……」
母さんは何かを確かめるように首を振る。じっと目をつむり、耳をピンと立てた。
「……周りに誰も居ないし……、機械が仕掛けられてる様子もない」
……ってのは、話せってことだろうなあ。
「私がお前を守ればいいのだろう、簡単なことだ。家族と平和、どちらも捨て難い物だ。なに、奴は100年ほどあの中にいたんだ。私も強くなった……。遅れは取らないさ」
こんな時、不謹慎だけど。俺はセオドアと死体探しをするというわくわくする『非日常』と、母さんにセオドアをなんとかしてもらって過ごすフツーの『日常』を天秤にかけていた。戦争、だなんて。昔は互いにいがみ合っていたらしい天使と悪魔だけど、今は特に問題も起こさず、同じ世界で生きているのに? そんなの、あるはずないさ……、うん。
「あんまり、ちゃんと覚えてないんですよ」
「覚えてるとこだけでいい」
「モールの外れ、わかりますか? ちょうどケーキ屋さんのある通りで、人が倒れたんです。犯人らしき人が居たから追いかけて……、そいつに影の中へ引き込まれたんです。中にはセオドアが……、奴が居て……、俺が、引き上げました。……ごめんなさい、……そうだと、知らなくて……」
「それからは?」
「すいません……、何も」
「そうか。わかった。しかし、いいヒントになったな。これだけわかれば……」
ドキドキしてる、手の震えが止まらない。とんでもないことしちゃったかも、って。俺のせいで何か起きたら……、なんて急に心配になってきた。
「すまん、電話を貸してくれるか」
母さんの声に大きな声をあげて飛び上がってしまった。母さんが少し歯を見せ、微笑んでいる。
「今日はもう休みなさい。疲れたろう」
「ああ……はい。そうします。……電話って、誰に……?」
背後にあったチェストの上に置いてある電話の子機を渡すと、ありがとうと言いながら受け取った。
「倫太郎さ、セオドアが出てきたんなら、あいつの力も必要だからな。……しばらく連絡をしていないから、つくかどうか分からんが……」
「ああ、倫太郎おじさんの番号なら登録してますよ。赤いボタンを押して、上ボタンと下ボタンで探して下さい」
「そうか、ありがとう。……じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい……」




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