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Uターン
アベルの大腿骨

小さな一軒家。夫婦と、産まれたての赤ちゃんが住むにはちょうどいい大きさだ。いつもなら車が止めてあるんだけど、事故で壊れてしまったのか、その姿は無い。
ケーキを持ったまま、玄関のドアを開けられずにいた。緊張するなあ……、俺、母さんと会ったらなんて言えばいいんだろう。お久しぶりです、ってのも変だよなあ。
はあっとため息をつくと、白い息は大きな塊になった。すぐに上に飛び、消える。……寒いし、きっと風が強くなるだろうし、さっさと家に入っちゃおうか。
そう思ってドアノブを握ると、勝手に落ちて、引かれる。
「やっぱ遅いし、ちょっとそこまで見てくる」
「だ、だめだって。ぼくが代わりにいくってば……、あ」
ドアに引っ張られてこけそうになったけど、なんとか持ち直した。見上げると、そこには実際に会ったことないけど、見慣れた顔。黒くてちくちくしてそうな俺そっくりの髪、目つきは悪く、泣きぼくろのある俺そっくりの目元。
女性なんだけど、なんというか、美人、じゃあない。実際に会わないとわかんないんだろうな、テレビじゃあわからない、殺気。
実の母親だとわかっていたのに、それは母親っていうより、歴戦の勇者って感じで……。
「あ……」
「……?」
流れるのは、沈黙の時間。
「おかえり、遅かったね……」
後ろから親父が顔を出した。あはは、と苦笑いをしている。
「チャコール」
「えっ……、あ、はい」
「元気そうだな」
「ま、まあ……」
ずずいとその女性……、母さんは家の中に引っ込んでいった。親父が手を招いて『入りな』と仕草で伝える。

親父に続いて部屋に入ると、部屋は一面クリスマスムード。いつもはツリーすら飾らないし、なんとなく安売りしてる七面鳥を食べる日。小さい頃はわがままを言ってツリーとプレゼントをせがんだものだけど……、ここ十年はさっぱりそんなことなかったな。
大きなツリーにはピカピカ点滅する電飾がぐるぐる巻かれているし、その下には大きな箱がいくつも置かれている。テーブルには、うちで見たことのないくらいの豪華で大量の、食べ物。量より質、なんて言葉が馬鹿らしく思えるほどにギトギトと油だらけのフライドチキン。
「これって……」
ふいっと母さんが振り向いて。
「今日はクリスマスだろう? 私がやった。お前が喜ぶだろうと思って」
まだ母さんの中の俺は、小さい子どものままなんだろうか。一息置いて、付け加える。
「悪魔がキリストの誕生日を祝うなんて、なかなか面白い話だが……。たまにはこういうのも、悪くないな!」
はあ、とそれとなく返事をした。ヘンな人。ジャケットを脱いで、いつも自分が座る椅子に座った……。が、親父に手を洗っていないことを咎められて洗面所に向かう。
大きな鏡の中に見える俺の奥に、母さんがいた。
「あ、あのお……」
「ごめんな」
「えっ?」
鏡ごしの会話は、実際の距離を見せているようだった。歯がゆい。どう言えばいいんだろう。どんなことを話せばいいんだろう。
「お前をずっとほったらかしにしてしまった。いくら謝っても許されないだろうが……、謝らせてくれ」
勢いよく流れる水の音の中でも、確かにそれは聞こえた。ああ、母さんは俺と離れてる間も俺のこと気にかけていてくれたんだな。
「えっと……、俺、母さんと会えて嬉しいですよ。恨んでなんてないし……」
「……そうか。ありがとう」
そう言って母さんは部屋に引っ込んでいく。
……きんちょーするなあ。人殺しのような目とか、まるで、赤い髪の男のようだった。あれよりはまだ、人間味を感じるけれど。悪魔とか天使って、普通はこんな感じなのかな? 俺の親父が変なだけなんだろうか。
「チャコー! はやく来なー!」
「今いくから」
急いで濡れた手をタオルで拭い、親父の声がする先へ。テーブルには、俺が持って帰って来たケーキが新しく置いてあった。そこまで高くなさそうなワインも何時の間にか増えている。
「これ……」
座ろうとした俺を止め、母さんは箱を差し出してきた。子どもっぽい包装の、小さくも大きくもない箱だ。リボンのシールの位置に悩んだのか外れかけている。
「メリークリスマス、チャコ」
「あ、ありがとう」
「見てみな」
促されて、母さんの視線を気にしながら丁寧に包みを解いた。……箱には窓があいていて……、その奥には。
「これ、これって!?」
「どうだ」
「どうだ、って……」
緑色のごついヘッドホン。ちょっとマイナーなメーカーのもので、お値段もかなり……、俺の一ヶ月のお小遣いじゃ手の届かないレベルのものだ。
どうしてそれを知っているか? そりゃあなんたって、近所の店で俺はこれを見つけた時、大興奮した。このゴテゴテしたデザイン、蛍光グリーンのツヤは俺を射止めたんだ。
「い、いいのっ!?」
「お前のために用意したんだ」
「ありがとうっ!ありがとうっ!!」
思わず顔がにやけてくる。親父と行った隣町の古い雑貨屋で見つけたものだから……、きっと親父が言ったんだな。『これなら子どもが喜ぶぞ』って。
はー、なんかすっごいブルーでうちに帰るか悩んだけど……。もうそんな気持ち吹き飛んだ。今年は最高のクリスマスだ! キリストありがとう! この日に生まれてくれて!
「あはは、チャコ。父さんのプレゼントはそれに比べちゃしょぼいけど……」
親父は嬉しいみたいだった。母さんと俺のこと、ずっと心配してたんだろうな。親父からの小さなプレゼントの袋を受け取った。
「見ていい?」
「いいよ」
袋を開くと、三枚CDが入っている。一枚取り出して見てみると、見覚えのあるジャケットイラスト。
「これっ、オラウータンズのアルバム!」
「それ一つ前のやつだよね。欲しがってたでしょ? 最新のやつもあるよ。もう一枚は一番最初の」
「ほんと!? これで全部そろったよ」
明日学校へ行く途中、早速聴いちゃお! オラウータンズは好き嫌いがかなり分かれるバンドだ。もちろん俺は好きで、この間レンタルショップで全アルバムを聞いてすぐにCDを集め出した。中でも気に入ったアルバムから買っていって、家のプレイヤーでよく聞いてたんだ。
「あはは、これでバイト代で遊べる」
「学生は勉強しなさい」
親父が冗談っぽく怒り、デコピンをした。チラリと母さんのほうを見ると、母さんは俺が持っているプレゼントをじっと睨んでいる。
「グレイ? どうしたの?」
親父が母さんの名前を呼ぶが、母さんは微動だにしない。……母さんは俺のプレゼントを見ているんじゃない。手をみてるんだ。小指の無い、俺の両手。
「おかしいな、生まれてすぐに指の数は確認したんだが」
「あ、あれ? どっか置いてきたの? 小指」
「置いてくる……? 小指を?」
母さんは俺の力を知らないのだから、仕方ないか。親父から詳しく聞いた瞬間、母さんはほっとしたような表情をした。
「ああ、お前と同じようなやつか。……悪用するなよ」
「もちろん、悪い事はしないよ」
自信たっぷりには言えないけれど。相手がすっごい怪しくて信用しきれない奴だとしても、人の監視に使っているわけだしね。……どうやらまだセオドアはおとなしくしているようだ。このままずっと何もないといいけど。
ま、たぶん、悪い奴(今となっては昔は悪い奴っていう感じになるのかな……、をとっ捕まえるためなら、悪用じゃあないはずだし!
「……そうか」
ふむ、と腕を組んだ母さん、俺のやった事がバレてるんだろうか……。
「まーね、ぼくの自慢の息子だし。悪い事はしないよね?」
「お前、チャコに余計なこと教えてないだろうな」
「余計な?」
「……二人目のお前になるようなことは、流石に教えてないな。ならいい」
俺の顔を穴が空くほど見つめている。俺の背後のクリスマスツリーを見ているのかと思うくらいで。




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