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Uターン
カインの頭蓋骨

逃げる、という選択肢は無かった。たぶん、今なら振り切って逃げられるのだが、瀕死のダニエル先生はどうなる?
たぶん、このセオドアがダニエル先生の体に入れば、傷も治っていくのだろう……、異能者の回復力は高い。俺だって、前の事故で腕を折っていたらしいのだけど、もうすっかり元通りだ。俺の母さんも、今は家で普通に生活できる程度には回復している。
つまり、ダニエル先生を人質に取られているわけで。俺がここで逃げれば俺は殺されるだろうしダニエル先生も死ぬだろう。
戦う、ってのもナシ。だって、母さんがなんとかやっと閉じ込めたくらいの奴、俺なんかに勝てるわけない。魔法臭でむせそうなくらい。同じ空間に存在しているという事実に、恐ろしくなるくらいだ。赤子の手をひねるように、コロっと殺されてしまうに違いない。
……セオドアを出すしか、ない。
「いいぜ、出してやる。でもタダで出してやるってのはあー、甘い話だと思わないか?」
強がってちょっと上から目線にしてみたけど、ビビってるのはこっちのほうだ……。セオドアは、俺にビビる素ぶりすら見せない。そりゃあそうだよな……、病気を持ってないネズミを怖がるなんて女の子くらいのもんだ。
「なーに、なんか欲しいの? 僕に用意できるものならいいけど」
「俺も、その自分の体探しっつの? 手伝わせてくれよ」
「……はーあ? なんで?」
……予想通りの展開。この反応、自分の体探しなんてするつもりが本当にあったのだろうか? 手伝いたい、なんて言ったら、嘘をついていないなら喜びそうなものだけど。
「一人より二人のほうがいいだろ。それに、早くダニエル先生の体を返してほしいからな」
「フーン。ま、いいけど。ならまずはそのダニエル先生とやらの体を借りて死体集めだね」
「あと……、お前が悪さしたらすぐここに戻すからな。俺を殺したら、すぐ母さんにわかるし」
「おーっと、それは怖いなあ! ここにまた戻るってのはごめんだ。……そうだね、ダニエル先生ってのはきみの先生なんだろ。仕事が終わったら、きみと死体探しに行くんなら安心かい?」
「ちょうど今日から冬休みだ、一日中だって監視しててやる」
「オーケー、構わない。そんなにうたぐわなくてもいいのにな」
ここまでやれば、悪さもしないだろう……。なんだか噂に聞いてたとおりやばそうだし、出したくないけど……。ダニエル先生を人質に取られているし、オレ自身も殺されたくないので、こうするしかない……。
大きくて骨ばった手を伸ばしてくるセオドア。それをしぶしぶ引っ掴み、手頃な影を見つけるとジャンプして浮き上がった。

外に出てくると、ぎょっとしたような人びとの視線。確かに、何もないところから人が生えてきたんだから、仕方ない。影を覗くと、ぶらりと赤毛の男がぶら下がっている。……意識がない。
ダニエル先生が倒れているほうに目をやると、歓声が聞こえてくる……。セオドアはあの体に入ったのかな?
赤毛の男の手首から腕を離し、そおっと人の群れに近寄った。

「ぶ、ブロウズくん! ごめんなさい、先生、とんでもないことを……。大丈夫かしら」
「俺は大丈夫ですよ」
ルイーズ先生の心配顔をちら見しながら、血の残る場所へと視線を向けた。さっきと変わらない、だらしなくてぼんやりとした顔つき。赤く染まった雪の上に座り込んでいる。何事も無かったかのように。
「うーん、いい空気だ。気分がいいね」
ダニエル先生。ヨロヨロと立ち上がり、大きく伸びをする。ざわざわと戸惑う人びと。あれだけ血が出ていたならどこか傷があってもいいものだが、塞がったのか、元から無かったのか……。
「ダニエル……。あなた、本当に無事なの!? 嘘みたい……、これってドッキリかしら……」
「そーだよ。びっくりしたかい? ブロウズと放課後相談したんだ。なあ?」
様子を見ると、うん…….。もうセオドアはあの体の中に入り込んでいるな。
「ああ、そうです。あはは……、じゃあ先生方、楽しいクリスマスを」
「ちょっと! ブロウズ君! 待ちなさい、待ちなさいってば!」
ルイーズ先生の声を背に、俺はサクサクと雪を踏みつける。……さっき、俺は両手の小指を切り離しておいた。その小指は影に変わって、ルイーズ先生とダニエル先生(中身はセオドアだけど)の影に溶けているはずだ。
これはなんというか、わかりやすく言うならマーキングってやつ。切り離した俺の体の一部のある場所に、すぐに出れるってこと。影は対象のそばに寄り添うように存在する……、どんなに逃げても、俺にかかれば追跡するのは苦じゃない。
視覚は無理だが、聴覚は対象と共有できる。何か怪しい事をすれば、すぐに出てこれる、というわけ。
なーんかストーカー気味で自分の力はあまり好きじゃなかったんだけど、こんなに役に立つ日がくるとは。

とりあえず明日の朝は早起きして学校に行かなきゃ。自分で出したもんは自分で責任もたなきゃな。
親父のメールや着信が結構な数になってきたし、足を早める。さっきみたいに影を噴射すれば素早く移動できるけど……、ぶっちゃけた話、悪魔の自分はあんまり好きじゃない。
年だってみんなと同じ……、よりはちょっと遅いスピードでとり出したけど、中学の時なんてほんと体がちっちゃくって馬鹿にされっぱなしだったからなぁ。小学生の時は前も言ったように運動だけはできたから、なんとかなったんだけどね。
力を使うと目立っちゃうし、みんな奇異の目をむける。そりゃ、昔に比べればちょいと地上の異能者の数は増えたらしいけど。地上にフツーの人間が60億人、異能者の数は……、確かたったの2千くらいだっけな。
そりゃ、当たり前ってことで。
俺の憧れは非日常、それかフツーの高校生。
そんな俺は、過去の戦争での指導者……、ヒトラーみたいな奴って言えばいいのかなあ? を引き上げて、そいつと死体探しをする、っていうんですっごくワクワクしていた。
死体安置所とかに行ったりするのか? 本物の死体ってどんな感じなんだろう。なんて、まるで作り話みたいだろ?
でも、これは嘘じゃないホントの話。漫画の世界のヒーローみたく、敵が現れてかわいい女の子は俺に恋をして、全部、ぜーんぶうまく行く。考えたとおり、理想通りの日々。
……そこでやっぱり『かわいい女の子』に行き着くのは仕方ないから許して欲しいっていうか。

小さな店内にぎゅうぎゅうに詰め込まれる人に混じり、いちゃつくカップルの、間に入って下を引き抜きたくなるような会話に耳を傾けていた。こういう時に限って、携帯音楽プレーヤーの充電をし忘れている。
やっとの思いで親父が予約したケーキを受け取ると、ちょうどいいタイミングで電話がかかってきたので、気まぐれに出ることにした。
「もしもーし」
『チャコ!? もう、ちゃんと電話出てよ。お父さん、心配するから』
予想通り、親父。電話は親父かエドワードのイタズラしかかかってこない。
「ごめん」
『今何時だと思う? もう8時になるんだよ! 母さんも待ちくたびれてるし、ケーキ持って早く帰ってきてよ』
「ごめん、知り合いに会って。つい話込んじゃってさ。なんかいるもんあったら買ってくるけれど?」
『ああ……。そうだ、チャコの飲みもん、ない。お父さんたちお酒飲もうと思ってさ。つい忘れちゃった。なんか買ってきな、後でお金渡すし』
「いいよ、俺も酒で」
『もー、仕方ないなぁ。でもまだ子どもだから、ちびっとだけだよ。だからなんか買ってきなさい』
そのまま返事を聞くことなく、通話は切れる。
……そっか、色々ありすぎて忘れてたけど、うちに帰ったら母さんが居るんだ。片手で数えるほどしか会った事のない実の母親。
小さい頃は何も考えず話ができたけど、今は……。
このまま逃げ出して、公園の土管の中で一人、クリスマスの夜を過ごしたいとまで思った。会うのが、怖かった。
母さんはすごい人だ。母さんに比べて俺は、どうしようもないクズ。それを知られたら、どんなにがっかりするだろう。きっと母さんは、息子の成長に大きな期待をしているんだろうな。




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