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Uターン
アダムの肋骨

「きみは……『グレイ』じゃないな。似てるけど、違う」
びっくりして目を覚ますと、目の前に人の顔。
「へ、へっ!?」
じっとこちらを見つめている、男の顔。垂れた目、皮膚には爬虫類のようなウロコが所々浮かび上がっている。
血のような、錆のような赤い髪が印象的だった。ギョロリと虫を捕らえるカエルのような。不気味な目。
俺にのしかかるような形で、隅々まで見て回っている。
……なんだ!? こいつ、誰だ!? ここ、どこだ!? 親父は? 母さんは!?
わかんない、何にもわかんない。記憶はハッキリしている……、俺は母さんが倒れたと聞かされ、体育の授業の後に学校を早退し、親父と一緒に車に乗って病院まで向かっていた。途中渋滞に引っかかり、イライラしだした親父をなだめた。……で、それから、大きな音がして、なんか痛くて……。一体なにが? なにが? なにが? わからない、男の様子といい、恐ろしい。
「きみはグレイの子か、確かに、よく似てる」
ちろりと唇の間から出した舌は、先が二つに分かれている。まるで蛇のような……、いや、蛇そのものだった。
「目つき悪いけど、大きいね。どっちにも似たのかな? 眉毛は母さん似で、鼻は父さんに似てる」
親父と母さんの知り合いだろうか……?
「輪郭は父さんだな。足が太いのは母さん。背が低いのは父さん。髪質と色は母さんで、爪の形は父さんそっくり。あはは、見事に悪いところばっかり似たねえ、少なくとも背さえ母さんに似てりゃあ、もっと男前に見えたろうにさ」
どなたですか? なんて聞く勇気、あるはずない。ただただ、震えていた。ここがどこなのか? 確かめる隙などない。
目を逸らすと食われてしまう、と思った。蛇のような舌の奥には、蛇のような牙が潜んでいるのだろう。言葉を紡ぐのもそこそこにしておいて、俺の皮膚を突き破り血管をスパゲティのように啜って血を飲み込んでいくのだろう、筋肉の筋を無理やり噛みちぎって、そのまま食道に血で流し込むのだろう、と。
「まあ何事もうまくいくわけないさ、この僕も、ついさっき失敗したばかりでね。今からそのやり直しをしようとしているんだ」
ゴツゴツして、ウロコのおかげで嫌に硬い指が頬を撫でた。
「きみに協力してほしくて。頼めるかな」
微かに首を縦に動かした。そうしなければ、この硬くて長い指で目玉をえぐり取られるのではないかと思った。
「ありがとう、うれしいよ」
唾を飲むことさえ、かなわない。今は冬だってのに、ダラダラと嫌な脂汗が溢れて来る。絶対『ありがとう』なんて思ってない、俺が首を振るのを知っていた……、いや、振らせたのだから。表情はぴくりとも変えない、体温を感じられない、文字通り氷のような男だ。
「現実世界で、僕を引き上げて。僕は影の中で待っているから。時々声をかけるよ。忘れないように」
そう言うと、男は俺から降りて何処かに消えて行った。
……現実世界、って? じゃあつまり、このやったらハッキリした『これ』ほ、現実ではなく俺の妄想とか夢とかそういうやつってこと?
とりあえず、ここはどこなのか。あの男が俺から離れたことで、周りの状況が見えるようになるはずなのだが。
見えるものはすべて、白い。意識ははっきりしているのに、風景はうすらぼんやりとしている。
どうやら俺は寝そべっているようだ。ゆっくりと起き上がると、背景がハッキリしだす。

「……!?」
「ああっ! チャコ! チャコ! よかったっ!」
勢いよく起き上がった俺に、勢いよく何がが飛びかかってくる。真っ白くてふわふわの髪。毛先はほのかにピンク色。……親父だ。
「痛いよ、離して」
「あっ、ごめん! 怪我に悪いか」
……怪我? 俺、怪我してるのか。確かに頭にはぐるぐると包帯が巻かれている。右腕も固定されていて、動かない。
病院の白い布団と壁と床が、この世界を作っている。汚れのない、白。個室で、俺と親父以外には誰も見当たらなかった。ここは、病院。
「一体何があったのさ? 俺、親父と車に乗ってたはずなのに……」
いそいそと俺が寝ていたベッドから離れ、ギシギシうるさいパイプ椅子に親父は戻って行った。
「事故に巻き込まれたんだよ。後ろからお酒飲んだ人が運転してるトラックが突っ込んできたらしくて、ドミノみたいにどんどんぶつかっていったんだって。お父さんらの車はまだマシだったみたいでさ、直接ぶつかられた車なんて、もうぺしゃんこだったよ、ニュースつけたら、まだやってるんじゃないかな?」
そう言いながら、テレビのスイッチを押してクルクルとチャンネルを回す。
「親父はなんともなかったの?」
「お父さんはちょっと打撲しただけですんだよ。元々丈夫だしね……。チャコは、打ちどころが悪かったみたい、頭をうっちゃったから、意識飛んじゃったんだね。……気がついて、ほんと、よかった。……あ! ニュースやってる」
そう言われてテレビ画面に視線を向けた。ちょうど、画面にはさっき言っていたぺしゃんこの車が写っている。10人死亡、25人重傷、40人以上の軽傷。……なんてこった、大事故じゃあないか。俺がもうちょっとゆっくり学校を出てたら、どうなっていたことやら……。笑えない話だ。
画面には、12月20日のお昼2時と表示されている。俺の記憶じゃあ、今日は18日だったはずだが。二日まるまる意識を失っていたのか……。
「か、母さんは!?」
そうだ、俺は母さんが倒れたからって病院に行こうとしていた! 生きるか死ぬか、わからないといった感じだけど……。親父の様子からして、あまり心配はしなくてよさそうか。一応聞いてみるけど。
「ああ! 命に別状はないって。働きすぎだったんだよ……。体がずいぶん弱ってきてるから、しばらく入院して、リハビリだって」
……ほんと、対した事なさそうだ。ゆっくり休めば、悪魔の回復力だ、すぐに体力は戻るだろう。俺も腕の骨をポッキリいってしまっているようだけど、ぜんぜん痛くないし。
「昨日と一昨日は不安で眠れなかったよ。母さんとチャコを一緒に失うんじゃないかって。……こうして二人とも無事だったし、父さんはもう眠れそう」
イヌかネコがするみたいな大きい欠伸を終らせると、パイプ椅子に体重を預けた。不気味なくらいギシギシと叫ぶ椅子。
「待ってよ、俺はいつ退院できるのさ?」
片目を開けて。
「あ、ああ。意識が戻って……、検査して異常なかったらすぐに退院できるって」
「そっか」
「うん。お父さんはちょっと、寝るよ。暇だったらお父さんの財布からちょっと持ってって、下の売店で漫画でも買ってきな」
そう言うと、腰をパイプ椅子に任せて目を瞑った。相当疲れていたのか、すぐに寝息が聞こえてくる。ニュースを消して、ベッドから立ち上がってみた。
所々痛む所はあるが、歩けないほどじゃない。固定されている腕も……、折れていたのかもしれないが、もうあまり痛まない。
……さっきの、夢かなあ?
夢にしちゃあ嫌にリアルではっきりしている。こわい、という感覚はまだ体が覚えていて、俺の指を震わせる。
赤い髪の、不気味な男。表情を感じ取れず、人を、俺を、生き物だとみていない。まるで食べ物のように、今から屠殺されるブタかのような目で俺を見たんだ……。

『ハロー! ハロー! 聞こえるかい? さあさ、僕の所に会いにきてよ。はやく!』

『じゃあないと、きみを、中から食ってしまうよ?』





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あきゅろす。
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