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Uターン
2ドル50セントの気持ち

授業中、終始エドワードがこちらを気にしているのに腹が立った。アニーはいつもと変わる様子なんてなくて、ポニーテールの奥から見える首は白くて眩しい。
もう少しで地元で大人も入り混じったアメフトの大会が行われるため、最近の授業はもっぱらアメフトだ。こういう大会にはギリギリ俺が出られるので、うちの学校のチームが優勝候補か。
まあ俺は腕っぷしは強いほうではないし、小柄だから大男が何人も走ってきたらたまったもんじゃない。……ま、優勝商品は近くのレストランのお食事券(あまりおいしくはないんだけど)だし、頑張るけど。
ただあまり運動のできないギークたちは乗り気じゃないらしく、しかしやつらも男、可愛い女の子と付き合いたいという気持ちはあるようで。大会での優勝チームに入り、なおかつそこで活躍したなら……、普段はパソコンやゲーム画面に夢中なギークたちもの見るものが女の子のひとみに変わるかもしれない。
ギャップってやつを狙ってるのかわからないけれど、ギークでもかっこいい奴はモテるからなあ。そんな幻想、見ないほうがいいと思うけど。

授業が終わると担任のルイーズ先生が俺を捕まえて職員室に連れてきた。なんというか、ヒジョーに深刻な表情をしていた。運動した後だから汗をダラダラ垂らしていて、それを拭う隙すら与えられなかった。
何か問題になるような悪いことでもしたか……?
「ブロウズ君、今から親御さんが迎えにくるわ」
「えっ! 俺、何もしてないです! 言いがかりはよしてください!」
そりゃあ、俺だって人間の年齢だと17なんだし、ちょっとくらい煙草や酒に手を出して見たりするさ。それでも、学校内でそんなことをするほど俺はマヌケでカッコつけじゃない。
やれやれといった表情で先生はため息をついた。
「……何を勘違いしているかわからないけど、それは心当たりがあるということね?」
「違います! そんな悪い事、この俺がすると思うんですか」
「まあ、それは今度聞くことにするわ。落ち着いて聞いてね」
「……は、はあ」
チラリと先生がよそ見した先には、テレビが置いてある。流れているのはニュースで、その内容は。
『グレイ長官倒れる』……グレイ長官ってのは異能者についての機関であるND省(みんなの憧れ、警察のNDをまとめ上げている機関でもある)のトップだ。
「ブロウズくん……、あなたのお母さまが倒れたの」
「……」
「ブロウズくん?」
先生が目を丸くしている前で、俺はなんというか、冷静だった。ああ、そうかあ、と。忙しかったし、仕方ないかもなって。じゃあ今日はアイスクリーム屋に寄れないなあ、せっかくバイトがないのに、ってそう思った。
「そ、そうですかあ……。大丈夫なんですか?」
「まだわからないの……。ごめんね、早く準備して出なさい、正門にお父さまが来るそうだから」
「わかりました、どうも」
ずるずると足を引きずりながら職員室を後にする。先生たちの俺を見る目が痛い。かわいそーに、とか声をかけるわけじゃないのに。
べつに優等生でもないし、不良ってわけでもない。顔がいいわけでもない。目立たなくて地味な、フツーの、髪も染めてない黒髪の、ホントにフツーの生徒にかける声が見つからないってのが正しいのかな……。
ただ、他の生徒と違うのは、親が異能者ってこと。つまり俺も異能者。あと、もう一つ挙げるとするなら……、母親が有名人ってことか。
さっきニュースになってたグレイ長官ってのは、そう、つまり俺の母親で。仕事が忙しいから俺は数回しか会った記憶がないのだけど、俺はまだ母親の世話が必要な時は一緒に暮らしていたらしい。写真がたくさん家にある。
ぶっちゃけた話、あの人が母親だなんていう実感はない……。俺は母親にそっくりだそうだけど、遠い遠い手の届かない所に居る人ってイメージが強い。
母さんがどんな人生を送ってきたのか、だいたいは親父から聞いた。母さんと親父は幼い頃から一緒に暮らしていた孤児だったそうだ。それから『贄の戦い』で表立っては戦っていなかったものの、影で動き、単独行動をとっていた敵の重要人物を討ったのだとか。
女にも関わらず下手な男の異能者よりも腕っぷしが強く、格上の相手に対しても勇敢に向かって行ったという。そんなすごい人が、このフツーな俺の、親。なんて。
フクザツな気分のまま、真っ暗な教室から荷物を引っ張ってくる。みんな理科室にもう移動したようだ。……理科室のことは考えないようにしよう。授業をしている他の教室を覗き込みながら、とぼとぼと校舎を出た。

校門の外にはもう見慣れた赤い軽自動車が止まっている。助手席に座ると、乗っていた親父はアクセルを踏み込んだ。
「遅かったね」
「話が長引いて」
とっさについた、つく必要の感じない嘘。
俺や母さんとは正反対の、真っ白な髪。このせいでちょっと老けて見えるけれど、親父はせいぜい三十代前半ほどにしか見えない。異能者は長命だし、成長(老化)のスピードは遅い。
「母さんは……」
「わからない。もしかしたら、もしかするかもしれない」
過労、だろうか。親父の悲しそうな目がバックミラーにうつっていた。親父は母さんを愛していたし、だからこそ俺が居るんだし、それは今でも変わらない。親父は遠く離れていても母さんを、そして俺を愛しているということを。
でなけりゃあ、しょっちゅう母さんの服をクリーニングに出したり、季節にあわせて母さんの部屋を模様替えしたりしないもんな。食器を買うときだって、ちゃんと三人分セットで買うし。
「どこにいるの? 時間かかる?」
「ちょっと遠いよ。大学病院。三十分くらい」
よく見ると、親父の唇がふるえていた。……辛いんだ。不安なんだ。泣いたら運転できないし、俺のことも考えて我慢してるのかな。
俺はとにかく実感がなくて、ぼうっとしていた。悲しくないわけじゃない。悲しい、悲しいけれど。ちょっと遠い親戚の葬式がめんどくさいと感じるような気持ち。実際、親父が死んだら俺はボロ泣きする自信がある。母さんが死んだら? って聞かれると……。
いつもはお喋りな親父だけど、今日ばかりはそうもいかないようだ。

今日も街は曇り空で、チラホラと雪が舞い出している。積もらなきゃいいけど。
ガラスに張り付いた氷の結晶をじっと見つめていた。
「渋滞か……」
イライラとし出した親父をなだめるように、俺は声をかける。
「事故らないでよ、そしたらもっと時間かかるから。もう近いようなら、俺が一緒に走ろうか?」
「止める場所があればいいけど」
そう言っていた瞬間、体に強い衝撃が走る。内臓が飛び出そうなくらい、鼓膜を破るくらいのけたたましいブレーキ音のあと、俺は意識を手放していた。




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あきゅろす。
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