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Uターン
蝕む手、蝕む手

事の始まりは、殺人であった。
特に大きな争いごともなく、平和に暮らしていた俺たちを戦慄させるような報せだった。
内臓の引きずり出された死体、身体の一部が切断され、消えている死体。どれも、目を背けたくなるほど酷い死体ばかりだ。男のものでも、女のものでも、すべての死体からは、犯人のものだと思われる体液が見つかっていた。
しかし、それで個人を特定できるわけもないし、目撃者は不思議な事に一人も居なかった。
確実な特定はできなかったが、それでも皆を安心させるために偽りであっても構わないから、とりあえずそれらしい犯人を見つけて罰を与えることを考えた。
それはセオドアという天使の考えだ。緑色で男にしては少し長めの髪。そこからちらちらと見える、眉から顎まで、両頬に伸びた大きな縫い傷は痛々しい。が、それをさもアクセサリーかのように見せあげ、顔つきは彫刻家が掘り上げたかのように整っている。中性的で優男風の、まあいかにも女に人気がありそうだという感じだ。しかも、それでいて魔力が強いときてる。……だから、尊敬する天使は多いし、味方する天使はもっと多かった。
そんな奴から、『お前が犯人だ』と言われてしまったのだから、たまらない!
確かに、俺はセオドアとは違って顔はいけてない。目つきは悪いし、粗暴だ。しかし殺人を……、ましてや、そいつを犯してから、もしくは殺してから犯すなんて、そんなことするものか!
妻だっているし、腹には赤ちゃんもいる。きっといいお父さんにきっとなるわね、なーんて言われてたってのに、セオドアのお陰で俺にはありがたいありがたい暴言が投げつけられることとなった。
そして、親切なことに理由付もしてあるーー。
『影の世界へ連れこめば、誰に見つかることもなく殺人が可能である』といったものだが、まあ確かに影の世界に入れるのは俺だけではない。俺が連れ込めば影の力を持たない者でも入ることができる。……しかし、出られるのは俺だけだ。俺がやったのだとしたら、死体は影の中に残ったままだ。
妻や数少ない友人が反論してくれたが、数の暴力には勝てなかった。
誰がやったのか? それは皆うっすらとわかっていたと思う。けれど、誰一人としてそれを口にしなかった。そんなことをすれば次は自分の番だから、そう皆わかっていた。
一生地に這いつくばって生きろ、そう言われ天界を追われた。セオドアの笑みをぐちゃぐちゃにしてやりたかったが。子どもの顔を見ることなく、俺は地に落ちた。



「……ありがとうございます。やはり……、父は殺人者ではなかったんですね」
「私もね、最後まで違うって言い続けたんだけど。だめだったわ……」
今もまだ、親父は影となってオレを見守っている。優しい視線を感じている。飲み込んだセオドアは、一体どうなってしまったのだろうか……、聞くのは怖かった。
「あなた、これからどうするの?」
「え?」
「ルシファーが居なくなった今、新しいリーダーが必要よ。立場的にも、あなたがルシファーを継ぐのかしら」
「……皆が望むのなら。でも、一人だけじゃ無理です。オレは……、おじさんのようになれません」
「いいのよ。あなた、まだ若いのだから。好きなだけ借りればいい。皆、喜んで貸してくれると思うわ」


戦いが終わってすぐに辞表を提出した。荷物を魔界に戻し、マンションを格安で売りに出す。
最後に海へ行って、柄じゃないけど……、イヴァンとサミュエルのために祈った。
署を出る前にモニカから聞いていた墓地に立ち寄り、モーガンの墓を探した。
真新しい墓石と、……手向けられた花は昨日今日に買ってきたもののようだ。助けてやりたかった。化け物の姿からは救えたけれど、生きて居なければ意味がないじゃないか。
……後悔しても、仕方がないし。モーガンの墓を立ち去ろうとすると、人の気配を感じた。
「グレイさん……!」
「ああ……、チャールズ警部の」
「ええ! 覚えてくださったんですね。ドロシィです」
染めたらしい青い髪は不自然だ。チラリと服の袖から見える右手は、ピカピカと光を受けて輝いている。
「どうしてここに? 誰かの墓参りか?」
「そうですね……、モーガンさんに、花を持ってきました。さっき、置いてきたんです」
「ああ、あれか」
「グレイさん、辞められるんですって、お父さんから聞きました。この街を出て行くんですよね。……だから、最後に、一度お会いしたくて」
「オレに?」
「はい……。どこに行かれるとかは……」
「……なんていうか……、言いにくいな。とにかく遠くだ」
「そう、ですか」
「わざわざ探しにきてくれたんだろう。嬉しいよ。別にさ、二度と戻ってこないわけじゃあないし……、モーガンの墓参りに、またこの街には戻ってくると思う」
「じゃあ……、今度はグレイさんがわたしに会いにきてくださいね。待ってますから」
「ああ。その時は甘いケーキなんかを用意してもらえると、嬉しいんだけど」
「お父さんと作りますよ」
「け、警部のケーキか……なんというか、すごそうだな……」
時計をチラリと見ると、戻る時間が近づいてきていた。早く戻らないと、魔界に帰れる扉が閉まってしまう。
「じゃあ、時間がきたからオレはもう行くよ。無理せず、元気にな。彼氏でも見つけてさ……」
「……あの!」
声を張り上げるようなタイプではなさそうなドロシィは、喉が裂けそうなほど大きな声でオレの言葉を遮った。
「わたし、あなたのことが、好きです」
「……え?」
「でもわたし、知ってます。グレイさんが女性だって、知りました。でもこの気持ちは変わりません。純粋に……、性別がどうだって、そんなのじゃ諦められないくらい。……わたしは女性として、女性であるグレイさんが好きです。でも付き合ってくださいって、そういう話はしません。困るでしょう。わたし、自分の思いを伝えたくって、探しにきました。……いつかわたしのことを思い出したら、会いにきてくださいね」
「ああ。会いに行くよ。きっと」
それだけ言い残して、助走をつけて飛び上がった。ああ、こういうこと言われるのなんて多くないし、照れるな……。悪い気はしないけれど。



かくして、ひとつの時代は終わった。
これからきっと、天使と悪魔はひとつに戻ろうとするはずだ。今はまだ憎しみの気持ちは消えないし、オレだってそうだけど、時が来ればひとつになる助けをしたいと思っている。
今はもう、あの夜たちが遠い日のように感じる。なんだかんだで地上の暮らしは楽しかったし、今まで下等生物だと思っていた人間たちが、いい奴だってことがわかった。
死んで行った人たちのことは悲しいけれど……、ずっと嘆いたってしょうがないから、オレは前に進むことにする。道がなければ作ればいいし、壊れていればなおせばいい。
オレには助けてくれる人がいる。オレたちの子ども、孫、そしてずっと先の子孫のために。
時代が変わるこの瞬間、いい世界をつくるために。

「グレイちゃん! グレイちゃん!」
「ん……。アッシュ? オレ、寝てたのか……」
「久しぶりにおうちでゆっくりできたから、気が緩んだのかもね。さー、早く起きないと」
「……なんか、今日あったか?」
「もー、寝ぼけちゃって。眼鏡くんが迎えにきてるよ。早く行ったげないと、溶けちゃうかもよ」
「倫太郎が……? なんでだ」
「グレイちゃんたら! 今日は『殺しにいく』んだよ!」
「何を……」
「『神を』!!」






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