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Uターン
殺しのブレク・ファースト

そう、時間を飛び越えているのだから、オレには奴の動きが見えないし、止められない。
しかし、そこまで長い時間は超えられないようだし、なんとかなるかもしれない。それに、覚醒した、と思われる倫太郎は、おじさんと(信じ難いけれど)セオドアの血をひいているという。それならば、同等に渡り合うことは難しくても、オレが攻撃を仕掛ける一瞬くらいは止められるかもしれない。
オレだって、一応Aランク悪魔の端くれだ。じゃないと、魔界に住む悪魔たちを取り締まることなんて不可能だからな。一瞬でいい、無防備な時間があれば。
空気の流れを読み取り、なんとかギリギリで攻撃を避け続ける。倫太郎はオレの周りを飛び回っているが、セオドアはするするとそれを抜けて攻撃を仕掛けてくる。
「……ハアッ……」
息の上がり出した倫太郎が大きく息を吸ったその瞬間、そこから消えた。ゴツ、と石のぶつかるような音がした後、飛沫が水に叩きつけられる音。
やばい、倫太郎が落ちてしまった。オレへの攻撃がすぐに飛んでくる……。気配は後ろだ! 気づくのが遅すぎた! もう、避けられない!
首を掴まれ、重力のままに、下へ、下へと。
勝ち誇ったような大きな笑い声を、オレは海中で倫太郎と共に聞いていた。
「ハッ、ばかどもめ。僕を殺すだと? できるものか! 僕は死なない、もうすでに死んでいるのだからな」
もがいて振りほどこうとするが、水中では力が入らないうえに、影が遠いので抜けることもできない。影を使うには海上に出なければいけないのだ。ここで戦うのは不利だと分かっていたが、今から遠い陸地へ行く余裕など、ありはしない。
確かに動きは制限できたが、オレが自由でないと意味がない! それをわかって、セオドアはオレを狙っているのだろう。
再び腹をえぐられ、それの痛みと傷口に流れ込む海水に悶えた。息を吐き出したくとも、肺には空気などすでになくなっていて。暴れれば暴れるほど状況は悪くなってゆく、絶望感。
泡の向こうに見える顔は、勝ち誇った顔でオレを見下ろしているのだろう。それすらも、今のオレには見えない。
……が。
ピタリと、まるで時が止まったかのようにセオドアの力が抜けた。……一体何があったのかわからないけれど、とにかくラッキー。素早く抜け出し、海上へと飛び出した。
すぐに作戦を実行しようと思ったのだけど、海から出た瞬間、オレはその光景に目を奪われてしまった。
真っ白い翼と、始祖鳥のように手から伸びる緑色の羽毛が絡まり合う。
倫太郎が、セオドアのくちびる(いや、サミュエルといったほうがいいのだろうか)に口付けしている。それどころか、ありゃあ、舌を入れているんじゃあないかってくらいで。
セオドアは驚いた表情で、……あんなにしたら、舌がひどく痛むだろうに。なんとかやめさせようとしているけれど、倫太郎はやめる気配を見せない。
月明かりに照らされてキスをする姿は、なんというか、絵画的だった。このまま二人を閉じ込め額をつけて飾りたくなるほどに。
……もう少し見ていたいけれど、せっかく倫太郎が作ってくれたチャンスを逃すわけにはいかない。息を吐いて、月の光を背に浴びる。
心の中でその名前を。
ゴツゴツした岩のような腕が、オレの体を包み込む。
「ついに、この時が来たようだ……」
「……親父?」
足元の影からずるりと出て来た親父は、まぶしそうに月を見つめる。親父に気づいたのか、倫太郎の限界がきたのか、何時の間にかまた倫太郎は海へと投げ飛ばされていた。
「お、おまえは……」
セオドアがじりじりと後ろに下がる。
「ああ、ああ、そうだとも。お前の罪をなすりつけられ、地に落ちた男だ。さぞ、ゆかいだろう? 笑うがいい」
空中に右足を出すと、親父の右腕がセオドアの首を掴みにいった。セオドアは逃げなかった……、おそらく、逃げられなかった。
「ヒトの姿さえも奪われた。愛する娘を……、この手で触れることも許されなかった」
「知らない、知らないよ。僕はそんなこと知らない。そうなることを願って僕はしたんじゃあない。僕は知らない……。……僕じゃない……。僕は……僕は……」
「お前だ! お前だ! お前だ! お前だ! お前だ!」
「やだ……嫌だ! 死にたくない、もう死にたくないよ……。やめて、お願い、ねえ、僕じゃないって、信じてよ……」
広がった影に沈んでいくセオドアを、ぼんやりと眺めていた。ゆっくりと海中から上がってきた倫太郎は、その光景に背を向けた。
「これで終わりだ。全部」
セオドアの頭を影に押し込むと、親父も一緒に影の中に消えてゆく。そのうち海に広がっていた影も消え、よどんだ空気は戻り出す。
「……そうですね」



それから、およそ二週間。セオドアとサミュエルの行方不明により、戦いは徐々に収まっていった。
セオドアがいなければ、天使たちに戦う理由がないのだ。それにヒルダやいまは亡きルゥおじさんたちが、天使の数をかなり減らしていたのである。それにより、平和協定が結ばれた。お互いに大きな干渉をしない、といった簡単なもので、友好協定ではないものの……。かなり大きな一歩だと言える。
あの崩れた橋から、おじさんの遺体の一部を探し出して大きな墓をみんなで作り上げた。おじさんは強くてすごく優しくって……。いろんな人から憧れられていた。天使たちから独立した時、リーダーがおじさんでなければ悪魔はやっていけてなかったと言っても過言ではないだろう。
それほどの偉大な人物を亡くしてしまったなんて……。葬式を行った時、参列した人たちは嘆き、悲しんだ。
オレもすごく悲しくて、このときばかりは涙を流したし、アッシュの泣きっぷりったら、墓場に池を作るつもりなのだろうかというくらいだった。
実の父親であると知った倫太郎も、兄のぶんもとおじさんの墓に立ち寄った。
そこで、ただひとり、涙を流さない人物がいた。
赤い長髪、頬に浮き上がる蛇のウロコ。
「……ヒルダさん」
「ああ……。ルシファーの。あなた、強くなったわね」
「どうも……」
力なく笑う姿は、とても老いて見えた。ボロボロのローブを縫い合わせた、みすぼらしい格好をしているからだろうか。
「ルシファーは、幸せものね。娘はもちろん……、他のいろんな人が涙を流している。死んだ者はね、流された涙のぶん、死後の世界で幸せになれるのよ。生まれ変わっても……このぶんじゃ、幸せかもしれないわね」
「あなたは……」
「私? 私は……、泣けないようなの。でも、悲しくないわけじゃない……。胸にぽっかり大きな穴が空いた気分だわ。ひどく、虚しい。でも、他の人が私のぶんまで泣いてくれるから、大丈夫よ」
「ごめんなさい、オレ、つ気になることがあって。聞いてもいいですか?」
「いいわよ、なんでも」
「……おじさんとは、昔、どういう関係だったんですか?」
……聞いてしまった。ついに。ずっと、ずうっと考えていたことだ。おじさんはヒルダ……さん、と仲が良すぎた。それに……、改めてまじまじとみれば、サミュエルの妹、サリアによく似ているのだ。偶然とは思えないほどに。
「……そうね。あなた、血は繋がっていなくともルシファーの娘だから。知る権利はあるわよね」
人がもう少なくなった墓場から立ち去るように、ヒルダさんは歩く。その半歩後ろについて、口を開くのを待った。
「私とルシファー……、いや、ルイスは、愛し合っていたわ。子どもをね、双子の子どももいたわ。今も私は好きよ。昔は結婚制度があってね……。堕天したあと、しばらくは考えの違いで離れて暮らしていたけれど、この戦争が終わったらよりを戻そうって、そんな話をしていたのよ」
「双子の子どもというのは……、今は……」
「知らないわ……。堕天する時に、小さい子どもを人質に取られて。私は逃げるしかなかったの。サミュエルと、サリア……。忘れはしないわ、私の子。話を聞くところによると、セオドアに二人とも育てられていたのね。サリアは生きていると風の噂で聞いたけれど、サミュエルは……、あなたと一緒に居たのね」
「はい。あなたと、おじさんによく似ていました」
「そう……、なら、いい子に育ったのね。セオドアには感謝しなくちゃいけないわ。会いたかった。……サリアは、私と一緒に暮らしていけるかしら」
「きっと、大丈夫ですよ。オレもサリアを探します」
いや、探さなければならない。サミュエルの日記が本当ならば、サリアはサミュエルの子どもを身籠っているはずなのだ。兄妹でできた子どもだと知られれば、殺されてしまうかもしれない。オレが母子を保護しなければ……。
「ありがとう。気になることは、それだけかしら?」
「……もう一つ、あります。オレの親父のことです」
悪魔の数もぐんと減り、オレの親父を知る悪魔はヒルダくらいのものではないか。
はっとした表情で振り返り、唇を震わせるヒルダ。
「!…… ええ、これはグレイ……、あなたが知るべきことだわ」



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あきゅろす。
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