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Uターン
他殺願望

そうだ。最初からそうだとわかっていた。
ヒトを殺し、肉を食らって皮を被る化け物。同じ空気を吸っているのが嫌になる。この世に存在していいはずのない、気の狂った化け物だ。
「セオドア……」
それを聞くと、ふん、と鼻を鳴らした。
「やっぱ、相当化けるのが下手らしいね、僕は」
全ての元凶だ。あいつが居なければ戦いなど起きなかった、その中で倒れていった異能者たち、一方的に虐げられた人間たち。奴がただ生きるために、他の者は搾取される。弱肉強食が自然の摂理だと言うけれど。
……サミュエルは、あの世でどう思っているだろう。自分の身体が使われて喜んでいるのだろうか。いや、でも、倫太郎を傷つけることは望んでいなかったはずだ。
なるほど……、倫太郎が抵抗できなかったのは、兄貴に化けていたからなのか。
「オレはここでお前を殺さねばならない。死んでいった、傷つけられた人たちのために。お前を放って逃げることはできない」
「ふーん。かーっこいーい」
わざとらしく声をあげるサミュエルの皮をかぶったセオドア。あの身体はなるべく傷つけたくはないな……、中身だけ殺すことができればいいんだが。そんな欲張りができるほどの余裕なんて、ない。

再び倫太郎を抱き上げ、素早く部屋を出た。
「あれえ? 逃げないんじゃあなかったのー?」
「放って逃げないってだけさ!」
足を燃やしてマンホールから飛び上がる。橋には血と焼けたコンクリート、そしてまだ残る大量のオイルの海。
策も無しに無謀な戦いを仕掛けるほど、馬鹿じゃあない。橋を燃やして吹っ飛ばせば、さすがにたまらないはずだ。あれはサミュエルの身体だし、空を飛ぶことは……、できないと信じたいところだが。
足を大砲に変えて炎をマンホールに向けて発射する。セオドアの顔が出てきたと同時に大きな爆発が起きた。爆風で大きく飛ばされ海中に沈みそうになったが、なんとか持ちこたえた。
ごうごうと燃えて、どんどん海に落ちて行く橋。あれならおそらく、逃げ切れてはいないだろうけど。
「死にましたかね……」
「こんなに簡単に死ぬとは思えないが、ま、死んでくれたらありがたいよな……」
腕の中の倫太郎は悲しげに崩れる橋を見つめていた。……そういえば、兄貴もこうやって抱いて空を飛んだっけな。兄貴は飛べないけど、こいつはたしか飛べたよな……。
「お前、もう大丈夫か」
「……え!?」
「いや、お前たしか飛べたろ。飛んで逃げとけよ。裸だと風邪ひいちまうぞ。家にアッシュがいるはずだし、ベランダから帰れるぜ」
「あ、ああ……、しばらく飛んでなかったから、すっかり忘れてました。すいません。離しても大丈夫ですよ」
言われたとおり離すと、倫太郎の背から白い翼が生えてきた。海に落ちる前に羽ばたき、ふわりと飛び上がる。
「……俺もできることなら、戦いたいんです。テディくんは俺の父親代わりで、大きくなってからは友達のように接してくれました。テディくんは俺にとって、命の恩人です。……でも、あの人がすべて悪いとは、俺は思いません。あの人はあの人で苦しんでいるんです。……俺がよく知ってます。でも、生きるためにヒトを殺して、それを楽しんでいるなら、それは悪だと思います。それに、兄の、仇ですから。俺の手でせめて楽にしてあげたかった。でも……俺には、そんな力はかけらほども持ち合わせていないんです」
ひゅ、と風を切る音。頭がぐらりと揺らされて、何かに腹を貫かれた。
一瞬何が起きているのかさっぱりわからなくって、痛みをすぐに感じることも無かった。……体が、浮いている。すべての力を抜いても。息を吐くと、腹と口からゴポリと血が吹き出した。
「グレイさん……!?」
「……逃げろ。はやく、逃げろ、はやく……」
取り憑かれたように、ぼやくしかなかった。手先が痛みで小刻みに震え出している。赤い髪が、海の風に吹かれてゆらゆら揺れていた。
「ダメです! 俺だけ逃げるなんて、できません」
筋肉が千切れて行って、内臓がぐちぐちと爪で弄られる感覚に喘いだ。呼吸が早くなり、鼓動が一人走りしていく。
倫太郎が飛びかかり、オレを引き離さんとするが、片手で軽く止められていた。
「やめな、無駄な足掻きだ」
冷たい、声。低い声だった。サミュエルの姿をしたセオドアの乾いた唇。
「無駄だとは、思わないよ。俺は許さない。俺の兄さんを弄んだこと、許せないから」
急に腹からその何か(おそらく、腕だ)が抜かれ、海面に叩きつけられる。
傷口に容赦なく海水が染み渡り、突き刺すような痛みが襲いかかる。海中をもがいていると、手首を引っ張られた。
「……大丈夫ですか!? すぐに追ってきます。……傷が、深いですね。痛むかもしれませんけど、我慢してください」
オレの腹に顔をうずめ、電撃が走るような痛み。おもわず叫ぶと、海水が喉に絡んだ。しかししばらくすると、痛みがすっと消えていった。どんな惨状になっているか恐ろしくて見なかった腹をチラリと見ると、見事に傷は塞がっている。
「……マジかよ。ありがとう」
「いいえ。……なんとか、なんとか、セオドアを殺しましょう。二人ならきっと、できます」
……倫太郎の魔法臭がきつくなっている。これはもしかして、ついに覚醒がきたのか!
セオドアはぎろりとこちらを睨みつける。横長のたれ目が、どうしようもなく恐ろしく見えた。
腕を影の斧に変える、まだ大丈夫。生きているんだから、まだなんとかなるさ。ポジティブにいって悪いことはないさ!
「倫太郎。オレに考えがある。オレは奴を殺さない」
「え……? どういうことですか?」
「つまりだな、死より恐ろしい目にあわせるということさ」
殺さない……というよりは、あいつをオレ達は殺せない。あいつの生命力におそらく勝つことができない。
向かってくるセオドアを尻目に、チラリと空を見た。
……今日は、よく月が出てる。少し影が出て、歪んだ気がした。親父の大丈夫だっていう返事かな?
「一瞬でいい、奴を止めてくれ。あいつの速さにオレはついていけない」
オレを狙ったのか、セオドアの足をなんとか避けた。倫太郎が足にしがみつくが、すぐに振り払われて動きを止めるには至らない。……よく見ると、目をつむっている。そうだ、奴は鳥目で、視覚を完全に絶った代わりにその他の感覚はいつもよりかなり研ぎ澄まされているはず。
あれに追いつき、捕まえて動きを止めるなんて人並みじゃあ絶対に無理だ。
この間のように聴覚を潰す方法は、……今は使えないな。ほかに動きを止める方法があればいいのだが……。ここは何にもありはしない、大海原。
なんとかモノを探しても、見つかるのは焼け焦げた橋のカケラとプカリと血と共に浮かび上がる死体の山。
あの死体から使えそうなモノを探し、剥がすには時間が足りなすぎる。
「はい。やりましょう」




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あきゅろす。
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