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Uターン
黒ずんだ骨盤

だめだ、間に合わない! 影を噴射して足を燃やして追うが、ジャスティンにギリギリ届かない。
「そいつを橋に入れるなーッ!」
大きく叫び、振り返るのは驚いた顔。空気が熱くなる。絡まる手と手。
「アッシュ!」
誰の声だ……!? 大きな爆破音がして、その声はかき消され、オレも後ろに吹き飛んだ。海に浮かんでいた、何人もの天使の死体の上に投げ飛ばされる。
バラバラといくつものカケラが落ちてくる。ひとつ触るとそれは炭のように真っ黒に焼け焦げ、かなりの熱をもっていた。大きなもの小さなもの、とにかく沢山。海の上に叩きつけられ、そして沈んでゆく。
ひとつだけ、気になるものが落ちてきた。それは真っ黒に焼け焦げていても、一体何なのか理解できるものだった。
ふたつの長いものがくっついている。そばに寄って近寄り、予想したものだろうか、それならなんというか……やばい感じかも。
海に落ちる瞬間に粉粉に砕け散ってしまったが、かろうじてもとの形を保っている部位を見つけた。
……骨だ。ヒトの、骨盤。
さっき落ちてきたのは足だったんだ。ヒトの下半身が切り落とされ、落ちてきたんだ。
まさか、アッシュの下半身か……!? あいつの場合、どこかに蛾を逃がしているだろうとは思うが……心配だ。早く上がろう……。
そう思った瞬間、再び何かがそばに落ちてきた。白い翼と、黒い髪が海面に浮いている。髪を掴んで持ち上げた。
これは……、死んでいる?
それが誰なのか? というのは、顔を見なくてもわかっていた。ジャスティンだ。首のあたりにはきつく締め付けられたような跡。左胸には、ぽっかりと風穴があいている。
どうやらまだ生きているらしく、ジロリとこちらを見たが、喋ったりオレを振り払う力は残っていないようだ。指をびくびく痙攣させるように動かし、睨む。
それが今のジャスティンができる最大の抵抗らしい。死にかけているからなのか、触れても特に痛みなどは感じなかった。
……しかし、な。
殺し方に躊躇や感情が見えない。まるで機械で殺されたブタやウシのような。ほかの死体を見ても、ほとんどがジャスティンと同じ位置に穴を開けられていた。
ジャスティンを放り、海から飛び上がる。

「ごめん、ごめんっ」
黒く焦げた橋の上で、アッシュは何かに謝り続けて、おじさんはぼんやりとそれを眺めていた。……イヴァンがいない。
「イヴァンは……」
そう尋ねかけると、おじさんはアッシュの足元を指差した。……そんな、まさか。そこには、焦げた何かがある。まるで、それがイヴァンだと言うのか? アッシュが涙を落とし続ける黒い物体が?
「アッシュ。それ……」
ゆっくりと首を上げると、はっとした表情に。
オレの足を触り、本物かどうか確かめると足に抱きついた。
「っよ、よかったあっ。グレイちゃん、帰ってきて」
「……奴が帰ってきた時、お前が死んだのかと思った。……大丈夫のようだな」
おじさんはこちらに目を合わせようとしない。ただ、死体の浮かぶ海を悲しそうにじっと見つめている。
「オレは大丈夫だけど……。そりゃあ、イヴァンか」
その黒い何かは、確かにヒトの形をしていた。それがまたおぞましさを煽る。
「爆発に巻き込まれたんだ。……おじさんがぼくを引っ張って、それでもダメだって思って、そしたらイヴァンが前に飛び出してきて、ぼくを……」
イヴァンであったものに触れると、ぼろりと崩れて粉になった。……しかし、この体には、下半身があるのだ。ジャスティンにもたしかきっちり下半身があった。
「お前、足は……」
「うん。吹っ飛んだ」
アッシュの腰から先が、消えている。蛾をどこかに飛ばしているのだろう……その証拠か、右手の小指と左手の小指が消えている。しかし、アッシュは蛾を使って体を作り直そうとはしなかった。
「……グレイちゃん。ぼくはこの体が死ぬまでここにいるよ。たぶんすぐだから。全部終わったら……ぼくは、お家に居ると思うよ。そしたら、お墓を、作らなきゃ」
しゃくりあげる背中はすごく頼りなくて、支えてやらねばという気持ちになる。
……オレのせいか。オレがもっと……上手くやってれば、こうならなかったかもしれない。イヴァンの焼け焦げた遺体を見て、オレは何も言えなかった。


おじさんに連れられて、例のマンホールの前にきた。ちょうど人ひとりがやっと入れるような大きさだ。……本当に、橋の柱の中に奴がいるのだろうか……?
おびただしいほどの油や血、そして焦げ臭さが混ざって鼻がきかない。
マンホールのフタは『乗せられているだけ』で、簡単に開けることができた。フタをずらして中を覗き込む。……ぽつりと小さな、蛍の光くらいの小さな明かりが灯っていた。
足を中に入れると、おじさんがオレを止める。
「……なに?」
「少しだけ、少しだけでいいから……、行く前に私の話を聞いてくれないか、娘よ」
「……変なの。いいよ、聞く。大事なことなんだろ?」
じっとおじさんの顔を見つめると……、ああ、確かに、強さの中に優しさが見える目はサミュエルや倫太郎にそっくりだった。
……おじさんはきっと、倫太郎と血が繋がっていることを知っているのだろう。
「ヨハネと……、イヴァン君のことだ。私にもしもの事があったら……、お前がアッシュに伝えてほしい」
「……やっぱ、なんかあるんだ。怪しいなとは思っていたけれど……」
チラリとアッシュのほうを見ると、アッシュの身体は力なく横たわり、生きていないことが見て取れる。蛾を使ってきちんと復活していればいいが。
「ヨハネというのは私のかつての友人で、アッシュのお爺さんにあたる者だ。幼いアッシュを見捨てた自分の息子の代わりにアッシュを育てていたが……、自分の先が長くないことを知り、私にアッシュを託した」
「……でも、アッシュとオレが会ったとき、アッシュはわりと大きかったと思うけど。自分の爺さんの名前聞いてもなんにもなかったぜ? ヨハネだって、アッシュがそばに居たら何か言うんじゃあないか」
「あれは、ヨハネの優しさなのだ。ヨハネはアッシュ、アッシュはヨハネの記憶を消してある。だからアッシュは私の所に来たとき一人だったし、ヨハネは孫の存在を知らないまま、一人で死んだ」
「……イヴァンがアッシュにやったら構うのは、爺さんがとり憑いてたからってワケね」
「無意識のうちにそうしていたらしい。どうにかしてイヴァンの体を乗っ取り、アッシュに直接干渉したかったのだろうな……。」
「……でもさ、それは、おじさんがアッシュに伝えるべきだ。オレからは、ぜってー言わねーからな」
「……行こうか、そろそろ」
おじさんの声でマンホールの中に落ちた時、燃えていた腹の中が消えて行った。




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