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Uターン
橋が落ちる時

高速道路はまだ折れた街灯やぺしゃんこの車で埋め尽くされていて、事件の悲惨さを物語っていた。
カラカラになった赤黒い血、それと混じるようにオイルが道路を多いつくしていた。いやな臭いが鼻につく。
ひとつ、不自然にオイルの無い場所があった。アッシュがそこを指差し、口を開く。
「ほら、あそこ。マンホールがあるの、見える? 汚れてないから、あれから誰かが出入りしたらしいね」
近づいてみると、確かにそこにはマンホールがあった。血で汚れてはいるが、オイルはあまりついていない。……それに、マンホールの近くには、まだ新しい足跡がいくつかあった。そう、ほんの数分前につけられたのではと言っても過言ではないくらい新しいものだ。
「ふむ。妙だな……」
おじさんが首を捻る。多分、オレと考えていることは同じだ……。近くに天使がいるはず。足跡もあるし、魔法臭をプンプンさせている。
しかし、気配がびっくりするほど感じられない。呼吸の音が聞こえないのだ。もちろん、周りにはヒトが隠れられるような大きな瓦礫なんて無い。
「上かな?」
空を見上げたアッシュにつられてオレも首を上げるが、見えるのは真っ黒な空に浮かぶ小さな星たちだけだ。
……しかし、いい眺め。きらきら輝くビルたちの光が、海に反射されてさらに激しく輝く。波の音がリズムよく耳をうつ。
「おい! 構えろ!」
突然のおじさんの叫び声。気づくと、隣で白い羽と白い髪が舞っていた。
「うわっ!」
「アッシュ!?」
オイルまみれのアスファルトにアッシュが転び、ふわふわの白い髪が真っ黒いオイルに侵食されていく。強くなる魔法臭。
そこには、右手を突き出した黒髪の天使。ユーリスの兄、ジャスティンとやら。何故か全身濡れていて、短い髪がびったりと皮膚にくっついている。しかし右腕だけはカラカラに乾き切ってて……、そう、燃えたのかと思うくらいに。
「避けたか」
……炎。弟と同じ、炎の天使だ。オイルまみれのここで炎を出されれば爆発して、橋は燃えてしまうだろう。そうなれば天使たちやオレは脱出できるが、アッシュ、イヴァン、そしておじさんは橋と一緒に、燃えながら海の藻屑ってわけか……やっかいだな。
再びアッシュに攻撃を仕掛けようとしたのを、ジャンプして飛びかかり止めた。……こいつを橋に近づけちゃダメだ。
「そいつを頼む! こっちは私たちに任せてくれ!」
うん、おじさんがいるなら安心……って、こっちは任せろってどういうこと!?
振り返ると、天使、天使、天使だらけ。三十も五十も居るだろうか、とにかく四人を相手するには多すぎるほどの数の天使が橋を囲んでいた。どの天使も全身から水を滴らせている……。海の中に隠れていたのか。だから呼吸音(つまり気配だ)を感じられなかったのだ。
ジャスティンが体制を整える前に蹴りを浴びせ、海面に叩きつける。炎を相手するなら水の中!
背後から大きな羽音がしたかと思うと、それは悲鳴と水が落ちる音に変わる。……たぶん、オレを追ってきた天使を、誰かが落としてくるはたのだ。背中は気にせず戦えそう……。
海に落ちたジャスティンを追い、海の中に潜り込んだ。

……水が熱い。剣へと変えた腕を振るうと、ジャスティンは避けることもせずそのまま受け、止めた。
腕に当たったが、水の中だからか力がうまくはいらず、切断するには至らない。そのまま腹を蹴られ、深く沈む。
とにかくあいつは海上に出るつもりだ。影を噴射し、後を追う。
水面に顔を出した瞬間、胸ぐらを掴まれた。目の前に、ジャスティンの顔がある。ネコ科の野獣のような野性的な顔立ち、怒ってはいるが冷静な目。
「てめェ、弟をどうした!?」
腹の中が再び熱くなる。あいつ、まだ生きていやがる。
「おかしいと思ったが、もう確実だ。なんで弟のニオイをプンプンさせてんだ? 言ってみろ!」
……どう答えればいいのだろう。本当のことを話す必要はないし、嘘をつく必要もない。……どうしたら? 奴をもっと怒らせるような嘘なら……、つく価値はあるかもしれない。
「ああ……、あれなら……、『食った』よ」
「……なんだと?」
「耳医者に行ったらどうだ? しゃーねぇな、もう一回言ってやるよ。『食った』のさ!」
真っ赤な目の奥は、怒りでごうごうと燃えている。よし、嘘だとばれなければ、ジャスティンは橋を燃やそうとはしないだろう。まず、オレを殺そうとするはずだ。弟の敵討ちをして、オレの腹を開けて、居るはずのない弟の血と肉を探すはずだ。
「腹の中がまだ熱いよ。あん時、まだ生きていたもんなあ、この口でよ、がぶっといったのさ。血管をスパゲティみたいにずるずる啜ってさ、よぉく血を絡ませてな」
わざとらしく笑うと、頬を思い切り殴られ、海に再び沈んだ。ちくしょう、皮膚を焼いていきやがったらしい。塩水に浸かると痛くてかなわない。ま、セオドアに内臓を触られた時よりかはましだけどさ。
追撃がきたが、水の中だと相手の動きが遅くなるため、影を噴射すれば避けるのは簡単だった。
……さて、作戦はうまく行ったけど。こいつの処理をどうしよう……。ユーリス、そしてガブリエラと戦った時よりは気持ちは楽だが……。だからと言って、勝てるという絶対的な自信などあるわけもなく。
こちらから掴みかかり、海の中に押さえつけた。オレは顔を海上に出し、必死でジャスティンの顔を海面に押し付ける。こうして肺に海水が入っていくのを待ち、呼吸ができなくなった頃に叩くのが楽そうだ……が、さすがに男と女では体力差が出てくる。掴まれた腕の皮膚はボロボロに焦げていくし、単純な力比べではかなわなかった。五分もしないうちに、ジャスティンの体は海面に出てくる。
「……悪魔っつーのはよ、マジに、名前通りのひでェ生き物なのな」
海上に浮くジャスティンを追おうと水を蹴り上げ影を燃やしたが、ジャスティンは自分を一瞬大きな炎で包み込んだ。それにひるみ、また海に落ちかけたがギリギリで持ち直す。
「女の顔に火傷残すより酷いことってあるかよ?」
「わりいが、オレは人の弟を『食う』ような女は、女として見ないことにしてる。……!?」
ジャスティンは眉をひそめ、橋を睨みつけた。体制を持ち直して飛びかかろうとするが、ひらりと避けられる。
「……まさか、あれだけの数をこんな短時間で……?」
橋へと視線を向けている。……まずい! 早く、早く殺さなくては……。橋のほうは心配なさそうだった。さっきまで橋を取り囲んでいた天使はほぼ居なくなっていた。
『現実』に戻ったらしいジャスティンは、避けたまま橋へと向かっていった。




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