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Uターン
できもしない絵空事

おじさん。セオドアと同じくらい……、いや、それ以上の力を持つだろう悪魔。くせは、赤い髭を指でいじること。
直接は見えないが、おじさんは確かにそこにいる。事実、このジャスティンとかいう悪魔が怯えまくっている。
「おいっ、動くんじゃあねェ。影の悪魔とお前の関係は調べてある、下手なことをすれば……」
ジャスティンの言葉を遮るように、風を切る音がした。ジャスティンの頬には、ダーツが刺さっている……。たしかあれは、オレの部屋にあったものだ。結構深く刺さっているらしく、皮膚に埋れたそこからは一筋の赤い線が走っていた。
「え……」
首にかけられていた力が抜け、床に触れると共に、足元に広がっていた影に潜り込んだ。すぐにおじさんの影を発見し、そこから脱出する。
「サンキュー、おじさん」
おじさんは笑って小さく頷くと、ジャスティンを、まるで広告でも見るようにぼんやりと眺めた。
「折角単騎なんだ、逃がさず殺そう」
アッシュの提案に、ジャスティンは命乞いをするわけでもなく。最初から分かっていたのだろう……、おじさんが居る時点で、生きて仲間の元へ戻れる可能性はかなり低くなることを。ガブリエラも、きっとそれを理解していた。
おじさんがじりじりと近づくと、そのぶんだけジャスティンは後ろへ下がる。
「や、やれよ……。てめェらにとっちゃ、オレ達は憎い敵だろ。ならさっさと……」
「その必要はない、命が惜しければすぐにここを去るんだ。追撃はしない」
「は……?」
ジャスティンも、オレも、みんな目をまるくしておじさんを見つめた。これは敵の頭数を減らすチャンスなのに? 地上に来ている天使はそこまで多くない(とはいえ、おじさん含め四人のオレたちよりはたくさんいるはずだ)から、頭数を少しでも減らせるならば、そうすべきだ。
「しかし、君が名誉の戦死を望むというのなら、私は君を殺そう」
「……ありがとうよ、『反逆者』さん。また『反逆者』にならないといいな」
ジャスティンはそう言い残すと、粉々に砕けたガラスを踏み、ベランダから飛び去っていった。アッシュが追おうとすると、おじさんに止められる。
「お、おじさん! どうして……? どうしてそんなことを……」
「あの天使は賢い、決して私達には手出ししないだろう」
真っ白でふわふわの、綿のような髪を撫でながら、おじさんは優しく言い聞かせた。
「でも……」
「戦いを望んでいない者を、一方的に殺すなんて私にはできない。アッシュ、お前にもそう教えたはずなんだけどね」
「……ごめんなさい」
「いや、いや。いいんだ。勇敢で大いに結構。男の子はそれくらいでいなくちゃな。でも、冷静でいないと。冷静だったなら、私の教えを思い出せたはずだ。お前は賢い子だから」
「そうだね……、頭に血がのぼっちゃって。ぼく何にもわからなかったから、グレイちゃん殺されちゃうのかなって思って……。どうしたらいいかわかんなくなって」
おじさんはアッシュの髪をぐしゃぐしゃにした、アッシュはそれを喜んでいるようだった。アッシュやオレにとって、おじさんは親代わりだから。アッシュはオレよりも遥かに寂しがりで甘えん坊だから、大人になった今でも、おじさんに構ってもらえるのが嬉しいんだろう。
「理由は、それだけじゃないのだけどね。昔は天使も悪魔も一緒だったんだ。いつかまた、そのように暮らしたい。そのきっかけを私は作りたい。私が居なくなった後、アッシュ、そしてグレイ、お前たちに、その意志を継いでほしい」
……オレにできるんだろうか、そんな大きなこと。だって、天使と悪魔は、お互いに触れることさえかなわないんだぞ。サミュエルと倫太郎の再会は、見ているだけのオレにさえ苦しく、辛いものだった。本人たちの虚しさは、考えるだけでこみ上げるものがある。
「……そうだね。ぼく一人じゃ駄目だろうけど、みんなが見てくれるなら、きっとできるよ。ね? グレイちゃん!」
「あ、ああ。想像できることは実現できるっていうしな」
苦しい返事だった。何人もの同胞を殺され、連れ帰って惨い拷問の末に殺されている者もいる。それをオレたちは知っている。そんな奴らと仲良くすることなんて。オレたちは良かったとしても、他の者たちは許さないだろう。
それを変えることができるようなカリスマ性など……オレはこれっぽっちも持ち合わせていない。もちろん、アッシュと合わせても、不可能だろう。……オレだって、倫太郎以外の天使と仲良くするなんて、ごめんだ。
「この戦争を、意味の無いものにしてはならない。……さあて、そろそろ、行こうか」
気が抜けたあくびと、伸び。
「待って……」
ずっと黙っていたイヴァンが、口を開く。
「ボクはどうしたらいいですか? なんにもわからなくって。ボクなんかでできることがあるのなら、喜んでやります」
「……イヴァン君。私の娘が迷惑をかけた。すまない。君には戦う理由が無い。ヨハネではなく、君の意志で、決めてくれ。私たちは戦うことを無理強いできないし、戦うことを否定することもできない」
おじさんが頭を下げたのを見て、オレも急いで頭を下げた。
「本当に、許されないことをした。すまない。人間に戻る方法を全力で探すつもりだ」
「……や、やめてよ。ぶっちゃけた話、ボク、人間に戻りたくなくって。ずっとね、異能者に憧れてたんだ。兄さんが異能者だったんだけどさ、死んじゃって。だからね、ボクも兄さんみたいになりたかった。兄さんの代わりに、異能者になって戦いたかった。だからこうして不思議な力が使えるようになって、人を助けて、ヨハネと会えて、……そのきっかけをくれたグレイさんに感謝しているくらい。聞いた話だけど、ボクは異能者にならなかったら死んでたんでしょ? ……だから、気にしないでください。ボクも……、ヨハネと一緒に戦います。死ぬまで」
……何が、彼をここまで突き動かすのだろうと。そう思っていたけれど。確固たる意志は、剣よりも強い武器になるらしい。
「アッシュは、ボクが守るよ。だから……」
「……どうしてだ? どうしてそこまでアッシュに執着するんだ?」
勇気を出して、聞いてみた。これを聞いておかないと、オレは戦いに集中できそうになかった。
「えっ……? そんなの……。わからない。わからないよ」
とぼけているのではなく、本当にわからない様子だ。わからないのに、出会ったばかりの人間にそこまで尽くすだろうか? スッキリしない。
おじさんだけがよそ見をしていて……、くそ、おじさんのヤツ、何か知ってやがるな。そう心の中で舌打ちした。




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