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Uターン
正義に血吐き狼

そろそろおじさんを起こそうかな、そう思った瞬間だった。……窓の外から、人の気配がする。ここは一階ではないから、そばに来るのは鳥や虫くらいのものだ。
音を立てずにここまで近寄ってくるなんて、異能者しか考えられない。
こういう時に限ってカーテンはきっちり閉めていたりするものだ、ちくしょう。……強い魔法臭を感じるが、天使なのか悪魔なのかは、わからない。
ここはじっと構えて、様子を見るに限る。アッシュとイヴァンもそれに気づいたのか、すぐに立ち上がれるように椅子を引き、腰を浮かせた。
数は多くない、たぶん、ひとりかふたりだ。もしかして、サミュエルか?
あいつならここにオレが居ると知っているし、その可能性はある。……いや、しかし、違うだろうな。サミュエルは空を飛ぶことがもうできないから、ベランダに居るってのはおかしい話だ。
サミュエルがセオドアのほうへ寝返ったのなら、サミュエルがオレの居場所を話した可能性は大いにあるし、ずいぶん前の話になるが、オレの部屋の隣にセオドアが来たことがある。そうなれば、窓の向こうに居るのは天使だろうな。時間稼ぎに奇襲をしかけてきたってわけか。それならなおさら、こちらから手を出すのはよくない。
戦いの気配を感じ取る。……会話、会話が聞こえてきた。ばれないように小さな声で話しているが、オレの聴覚を舐めてもらっちゃあ困る。

「……私にかまうな。あんな若造ども、私一人で十分だ」
「お前にも分かってんだろうが!? この魔法臭はガキどもだけじゃあねェ。とんでもない奴が潜んでる。あいつら、それでこっちに攻め込んでセオドアを殺すつもりなんだ。こんな魔法臭の持ち主、数だけでどうにかなるレベルを超えてるぜ。それにお前には、命令が下されていたはずだ。命令違反は『堕とされる』ぞ」
「きみは臆病だな。きみにとっては世界にただ一人、血を分けた実の弟を殺されたのだぞ? 命令なんて私は知らない。私は私の想いを優先する。戦争がどうなろうと、知ったことか。ユーリスの居ない世界など、あってはならない」
「……いいか、ガブリエラ。正直なところ、オレだってな、あの影の悪魔を殺してやりてェよ。姿を見ちまえば、自分でも止められなくなるかもな。……でも、ダメだ。ここでお前が弟の敵討ちだと言って死ねば、一族はオレの弟のせいで滅びることになるんだぜ。そんなの、ユーリスは喜ぶと思うかよ? 臆病じゃあねェ、冷静なんだ。勇敢と無謀は違うぞ、お前はお前のできることをやるべきだ」
「セオドアの命令通りに動けば、私達は勝てるのか? ユーリスは報われるのか? 違う、あいつは私達を犠牲にし、自分だけ逃げて生きながらえようとしているのだ。私もきみも、用が済めばおしまいさ。下然な悪魔どもに殺されてしまうだろう。それで本当に……、一族やユーリスが救われるとでもほざく気か?」
「ああ。あの方さえ生きていれば、オレ達はいつか復活できるだろうぜ。オレ達は皆、セオドアのコピーなんだからな。元があれば、復活だなんて簡単だろうさ」
「……私は今日、死ぬと思う。そう感じるんだ。ならば、少しそれが早くなったくらいで、そこまで変わりはしないさ。この世界に、……ユーリスのいない世界に、私はもう執着できないのだからな……」
「お前は重要なんだ……、お前が居なければ、セオドアの計画は台無しだ。セオドアさえ生きていれば、オレ達だけじゃあねェ、ユーリスだって、生き返る可能性がある……。!? ……」
「どうした?」
「ユーリス……」
「え!?」
「あいつ、生きてる。でもよ、死にかけだ。拷問にでもかけられて、監禁されているのか……。そんな……」
「なんだと? ……それでもきみは、弟を見殺しにすると?」
「……ちくしょう……」
「ジャスティン……」

腹の中が熱く燃え上がるのを感じた。影の中に閉じ込めた死にかけのユーリスが、兄である(らしい)者に気づいて再び抵抗を始めたのだ。
……特に痛みや苦しみは感じない。相当弱って来ているらしい。まあ、あれから丸一日は経つし、飲まず食わずでまだ生きていることが奇跡なほど。
影が大きく動いたのを見て、腕を燃やして剣にした。こちらへ来るために窓を破った無防備な瞬間に、腹を切り裂いてやるために。
一歩下がり、飛び散るであろう窓ガラスの破片に目をやられないように姿勢を下げ、構える。
「ジャスティン! 駄目だ、きみまで失えば、私は……」

ガラスが割れる前に、床を切り飛ばして切り払った。手応えは、ある。千切れていく皮膚とえぐれていく筋肉が触れ、生暖かい血が飛び散った。
よし、先制できた。一旦下がろうとすると、何故かぐいと引き寄せられる。
「!?」
「てめえだな、影の悪魔は?」
目の前にあったのは、若い大男だった。短い黒髪に赤い目、オレの服を掴む腕はゴツゴツして、まるで岩山のような筋肉が全身についている。確かに、ユーリスの兄と言われれば納得できる雰囲気の持ち主。
「どんな野郎かと思えばよ、よく見りゃ男じゃねえ、女じゃねェーか」
手応えはあったし、確かに降りかかった血が俺の腕に飛び散っているのに。表情を歪めることはない、気にする素振りすらも見せない。
「グレイちゃん!」
「おーっと、動くんじゃあねえ。この女を殺されたくなければな」
……体格差がありすぎる。小さくて華奢な体をしたアッシュは、ただでさえ戦いが苦手なのに。
「ガブリエラ。ここはオレだけで大丈夫だ。幸い、オレは重要な任務についていないからな。弟を連れて、きっとお前の所へ戻るぜ」
「……ありがとう、ジャスティン。きみを信じている」
影がひとつ、消えた。……影、そうだ、影。
影に逃げ込めればこちらのものなのだが。オレの足元にはしっかりと影があるのに、オレの両足は地面にくっついていない。潜れない。体重は結構あるはずなのだが、片手でオレを持ち上げるなんて……。
「オレの弟を返してもらおう。でなければ、この女を殺すぜ」
「? イヴァン、知ってる?」
「いや……」
震えた声。そこまでこいつから魔力は感じないのに。怯えるのはまあ、わかる。魔力とは違う、何かがオレ達を怯えさせる。
「とぼけんな、近くにいるのは分かってんだよ。どこにいる? さっさとしろ」
「はあ? わけわかんない。ぼくたち知らないし。アタマ診てもらったら? 相当、沸いてる」
「……この女を殺すしかねェようだなァ?」
「ふーん。グレイちゃんがおとなしく殺されるような大人しーい女のコだったらだけど。実際のとこ、どうなのかなあ? わかんないね?」
アッシュが芝居じみた口調で、喧嘩を売るように言った。その通り、ただで殺されるような女ではない、が。両手は呼吸のために締まった首を必死に開けようとしていて、動かしようがない。
「……そんなに取り返したければ探すがいいさ。見つけたら返してやるよ」
「なんだと? てめェ、今すぐ死にてえのか?」
だって、出せって言ったって、出せないからな。親父と話ができれば出せるかもしれないけれど、こちらから親父に連絡は取れそうにない、疲れているらしく、心の中で呼びかけてみても気配はあるが、返事がない。
「弟が生きているのかも、と思うんだろう。後ろの二人のように、オレも知らないぜ。知っていたら教えているさ、別に兄貴の元に戻ってもどうってことはないからな」
「知らないはずはねえ、確かに、ここに居るのに……」
「だから、探せと言ったろ。オレ達は手を出さないから、好きなだけ調べるといいさ。わかったら、降ろしてくれるか?」
「……」
弟のユーリスそっくりな、燃える炎のような真っ赤な目は、オレに憎しみを向けている。今にも木の幹のような太い腕に力を入れて、オレの首を締めようとしている。
苦しいし、意識がだんだん遠のいてきたけれど、オレは耳がいい。はたから見れば大ピンチだし、背を見せているからわからないけれど、多分、アッシュとイヴァンは焦っていると思う。
それでもオレが余裕でいるのは、オレの部屋から木の軋む音が聞こえてきたからだ。あれはまさに、何者かがベッドから起き上がる音。大あくびの声と、ペタペタとゆっくりとした足取りで、フローリングに足の裏を張り付けるような音。
「おいおい、騒がしいな。もう少し寝ていたかったんだが……」
すぐそばで、唾を飲む音が聞こえた。
廊下の奥には、恐怖が眠たい目を擦って待ち構えていたんだ。
「……て、てめェが、……『反逆者』か」




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あきゅろす。
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