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Uターン
絶望よりは甘いお菓子

この世に自分ほど情けない男なんているのかなあ? もう、なんていうか、男であることが恥ずかしく思えてくる。
男だっていうくだらないプライドが邪魔をして、周りに助けを求めずに、じっと我慢して、耐えているだけだ。
そりゃ、ね、そうしなくちゃいけない時は絶対にあるんだと思うけど。でも、これは我慢するべきことじゃなかった。
我慢の限界まで耐えて、地上に逃げてきたわけだけど……。俺が地上に来たせいで、地上に住む人たちが犠牲になることだっていくつもあっただろう。
俺が地上に来なければ、テディくんは追いかけてこなかったし、そうなるとテディくんが殺した人たちは死ななかったわけだ。
それを理解すると、どうしようもないくらいに自分が情けなくて情けなくて、涙がが出てくる。
そして最後の最後にやっと助けを求めても、助けを求められる人が、俺を殺してやろうと考えているってことも理解した。……俺は、なんのためにこの世界に生を受け、今まで生きて来たのだろうか……。
親の、テディくんの言うとおりに動く賢い人形。テディくんの皮。慰みもの?
俺は、神に仕えるために生まれた種族だけど、頭の中で神様の存在を否定し始めている。幸せな人が居れば不幸せな人もいる。世界中の全員が幸せになれば、幸せが無くなるか……、その幸せの中でもわずかに不幸せでない人々が、不幸せでないと主張を始めるだろうな。でも、ここまで差をつけることってないんじゃない?
なんて、思いながらも、何か願い事をする時は否定していた神様の名前を思い浮かべる。無意識のうちに頭に刷り込まれているのかもしれない。……これって、ちょっと現金かな。
不幸せな人間は、悪い生まれや過去の失敗を『神様のいたずらだ』なんて言い訳して押し付けるものだ。生まれはまだしも……、自分の選択によって生まれてくる結果なのだから、ほとんどの場合は自分のせいだ。神様のせいなんかじゃない……、罪を神様になすりつけるという行為は、神様を信じているってことになるのかな?
俺は何も出来ないから、罪を神様になすりつけて、明日はきっといいことがありますようにって神様に願いながら、頭では神様を否定してる。
俺の首に爪を突き立てた兄の姿を見て、生きてさえいればどうにでもなるのかなぁ……、とぼんやり思った。

死にはしないよと言われたけれど、血が出ているのは変わらなくて、しかしかなり冷静でいられた。なんていうのかな、潔い死って奴かしら。今まで自分と他人を苦しめ続けたクソみたいなプライドが、簡単に捨てられるはずはなくて。
「こ、殺すならっ、さっさとしろよ……」
涙を流しながら震える声で強がりをしても、意味を持つことはない。分かっているし、本当の気持ちは『生きたい』『生きてここを出たい』であるはずなのだけど。
「え。きっとさ、グレイやアッシュは、君のこと必死で探してると思うよ。やっと見つけたのに死体じゃあ、がっかりしちゃうよね。もしかしたら今にも助けに来て、僕を不意打ちしてやっつけちゃうかもよ」
成人男性二人分の重みで、小さめのベッドはきしむ。
「まー、どんだけ殺せって言っても用事終わるまではおあずけ。さっさとできたら楽にしてあげる。……そうだ、君の『迎え』が来るまでにできたら、帰してあげようか?」
「え……!」
「なに、死にたいんじゃなかったの。いいけどね。暴れずに大人しくしてればいいだけだからさ」
そう言って自分のズボンに手を掛けたテディくんを見て、今の自分の格好を思い出した。そうだ、今の俺って全裸同然じゃないか。シャツは捲り上げられ、ズボンと下着に至ってはどこにあるかさえわからない。しかも両腕は拘束されている状態だ。
……これって、もしかして、もしかしてる?
「な、なにするつもりだよ……」
「わかんない?」
そりゃ、生きてここを出られるならなんだっていいって思ってたけど、これは、流石に、勘弁してもらいたい。
「童貞なのに処女じゃないのねえ?」
返す言葉もなくて、ぎりりと歯を鳴らして睨んだ。テディくんは、俺の兄の姿で、そういう行為に及ぼうとしているんだ。兄、と認識してそんな目で見るようになったのは本当にこの数日の間だ。なんとなく、最初聞かされた時にも意識していたけれどね……。
でも、兄サミュエル・ソーン、そして天使サマエルは、実の兄であるとわかった今も昔も、俺のヒーローであるということは変わらない。
血のような真赤な髪をしていて恐ろしい印象を持つけど、目がすごく優しくって、物腰が柔らかいけれど男らしさも持つ。憧れの存在、遠い存在だと思ってた。
彼は、俺の恩人であるテディくんは、俺の兄を冒涜している……。
サマエルさまが、よく俺を思っていてくれたことは触れた時に分かった。数秒にも満たない僅かな時間だったけれども、ああこの人は俺のことを家族だって考えてくれてるんだって。
テディくんを尊敬し、そして愛していただろうということも聞かされた。テディくんは、許されないことをしようとしている。兄の姿で決してやってはいけないことを。
「……その格好は、やめてよ」
「? 気に入らない? クリスは服を着たほうが盛り上がっちゃう感じ? 今までもそうだったの?」
「……ちがう……。その、兄の姿を、やめて」
「そんなこと言ったってさ、これ以外を調達すんのって時間かかるんだよ。ごめんねえー?」
そう、神を信じないと言ったけれど、神頼みしなきゃいけないときだってあるわけ。自分一人じゃどうしようもないってことはわかりきっているから。
「兄の体でそんなことしないで、俺の憧れのヒーローだったんだ。それに、兄弟じゃないか。神がお許しになるはずがない。きっと天罰がくだるよ」
「ふーん、そんなの、信じてるの。って言ったってさあ、憧れのヒーローも妹と子ども作ってんだけど。ま、罰はくだってるね、確かに」
「妹っていうと……」
「サリアだよ。いつだったかなあ、ちょっと前に兄貴の子どもを作ったらしくってね。あの二人は小さい頃から本当に仲が良くってね、ムカついたから僕がサリアを殺しちゃったんだけど。そしたらね、サミュエルはどうしたと思う?」
「……サリエルさまは生きてるじゃないか!」
「うん、そう。生き返らせちゃったの。もちろん、完全にじゃないよ? 一応天使としての体の機能はあるけれど、記憶なんて全く無いし、サリアだってわけがわからなくて暴れるだけ。ただの化け物、映画に出てくるゾンビみたいなもんさ。でも、なんとなくサミュエルが好きだったって覚えてるみたいで、懐いてるけどね。でも知能が低下しちゃってるから、言葉話せないし。そんなのを抱いて孕ませてんだよ?」
「それは、……、お二人が愛し合っていたんでしょう。でも、俺と兄はそんな仲ではないし、それに男同士でするようなことじゃないし……。兄の体でやっていいことじゃない……」
そう言った瞬間、明らかにテディくんの目つきがまた変わった。俺の言葉ひとことひとことの中から、甘いお菓子を見つけ出した子どものよう。
「じゃ、僕がいままでの体だったらそういうことしてもいいの? それともさ、おまえを産んだ女の体だったらそういうことしてもいいのかい? もしかしたらサミュエルもおまえとそういうことしたいって思ってるかもよ? それなら僕はこのままでもいいの?」
「違うよ。俺が言いたいのは、愛し合っている二人でやるべきことだってことで……、こういう形でやるものじゃないってことで」
「僕はクリスのこと大好きだけどな。愛してるよ。おまえも僕のこと好きでしょ?」
「……好き、だけど、そういうことするテディくんは好きじゃないよ。だから。やめて」
「えー。やだ。僕はね、お互いに愛の無いセックスが好き。愛のあるセックスなんて興奮しないもん。たぶんね、おまえが僕のこと大好きだって何されても構わないって思ってたら、やめてたろうなぁ。さっきのおまえ、超嫌そうな顔してた。それがね、僕、すごく好き……」
そんなこと言ったって、さ。
ああっ、逃げたい! でっかい化け物がやってきて、部屋ごと俺を壊してくれたりすればいいのに。怖いし、嫌だし、恥ずかしいし、何より許せない。
泣きたかったけれど、もう枯れてしまったのか、目尻にこびりついた目やにのせいでギリギリ痛むだけだった。
あの、キメラを殺した時のような力があれば、拘束から抜け出して、あの唯一出入りが可能な扉を破ることくらいはできるかもしれないのに……。



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