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Uターン
嫉妬と黙示録

ルゥおじさんとイヴァンを連れ、地上へと戻ってきた。その瞬間、イヴァンの体はヨハネからイヴァンへと返される。
「あれえ?」
目をぱちくりとさせるイヴァン、おじさんは特にびっくりはせず落ち着いて話しかけた。
「たぶん、まだこちらの環境に慣れていないのだ」
「ふ、ふうん、そんなもんなんですかあ。……あ、お話は聞いてました。あんまり難しい事は考えないで、やるべきことをしましょう。面倒なことは後回しに……、ね」
……何度謝っても、許されないだろう。回数の問題ではない。手がかりが全く無いし、おじさんにさえわからないとなれば、……親父なら知っているだろうか……?
全部終わったら、聞いてみるとしよう。あと、セオドアなら知っているかもしれないが、あいつとまともに話ができるとは思わない。

……しかし。静かだ。イヴァンを連れてきた時は、アッシュが部屋に居たのに。声はおろか、物音すら聞こえない。
「アッシュ、帰ってきたぞ」
響くのは自分の声ばかり。隠れているのか? こんな時に?
「……ぐ」
返事のつもりだろうか、掠れた声だ。ソファーの奥に、小さくて白い手が見える。
なんてことだ……。ぞっと鳥肌が立った。アッシュが倒れているということは、やはり、サミュエルが裏切ったのだ。見られてはまずい事をするべく、アッシュの蛾を始末したのだ。
サミュエルに何匹か持たせたのだろう、以前とは様子がまるで違っている。目を見開いてだらしなく涎をこぼし、床に投げ出した四肢はひきつり、痙攣を起こしている。
「アッシュ!」
声をかけると、少し視線がこちらに向いた。……意識はあるようだ。
「き、救急車!」
慌てたイヴァンは、ポケットから携帯を出そうとした……が、落としてしまう。拾おうとしたイヴァンを止めた、人間とは体のしくみがだいぶ違っているから……、人間を相手に治療を施す医者や看護師になんとかできるとは思えない。
「大丈夫……」
「大丈夫って! 放っておいたら死んじゃうよ!?」
「放っておかないさ」
小刻みに震える手を握ると、わずかな力だが握り返してくる。体は熱く、前と同じように高熱が出ているな。
とりあえず、濡れたタオルを額に置くだけでもしておこう……、たしか前は、水の怪が冷やしてくれていたな。あれよりはしょぼいが、やらないよりはましだろう。
立ち上がろうとすると、オレとイヴァンの間にぬっとおじさんの首が伸びてきた。じっとビデオカメラみたいに瞬きをせず見つめると、ふうむ、と唸る。
「……昔を思い出すようだよ。体を冷やしてやりなさい、心配はしないでいい。しばらくすれば落ち着いてくるから、何か飲ませるんだ」
「あ、ああ……」
言われるままに、前にケーキを買った時にもらった保冷剤やら、濡れタオルやらを持ってきてアッシュに乗せてやった。……オレとアッシュは一緒に暮らしていたことがあったけど、こんなこと、なかったけどなぁ……?
しばらくして落ちつき、目を閉じて眠るアッシュに、ほっと胸を撫で下ろす。イヴァンはまだ心配なのか、アッシュに付きっきりだ。
「優しい子だね」
おじさんは椅子に腰掛け、さっき届いた宅配のピザをお上品に食べていた。そばには、シチューの入ったお皿。……昨日、倫太郎が晩ご飯を作ってくれていたのだ。オレも腹が減ったので、誘われたみたいにずるずるとおじさんの向かいに座った。イヴァンに声をかけたが。
「お前、飯食っとけよ。金とか気にしなくていいからよ」
「ありがとう。アッシュが起きたら、食べようかな」
……といった調子だ。なんだそれ、何時の間にかお前仲良くなりすぎだろ、恋人かなんかかよ。……ま、アッシュが起きないと、オレ達は動けないから構わないが……。セオドアの居る場所は、大雑把には聞いているものの(橋の近くだ)詳しくは知らないのだ。それに、アッシュにサミュエルの様子を聞かねばならないし。
「あ、そう。好きにしろよ」
……つまらないな。これってこう、いわゆる、嫉妬ってヤツだろーか。イヴァンは男なのに? ……ま、アッシュにとっては性別なんて関係無い、『穴があればそれでいい』ようなヤツだし。……いや、でも、そもそも、冷静に考えてみれば、オレってそんなヤツに惚れてるのか? う、うーん。今は大切な時だし、なるべく考えないでおこう……。
「……アッシュは連れていけないね」
「そうだな」
お上品な食べ方をしていた……のだが、おじさんの髭にはチーズが少しくっついている。しっかりしてると思えばだらしなかったり、この人もこの人でわからない人だ。
「昔から小さくて体の強い子じゃなかった、……でも、こんな風にちゃんと育ったのなら、亡くなった母親も喜んでいるだろうて」
「母親だけ? 親父は?」
アッシュがどんな人から産まれたのかは知らないけれど、おじさんがオレに会わせたって考えると、暖かい家庭ってのからは遠い感じなんだろう、ってのは幼いながらに予想できていた。……だから今の今まで聞かなかったし、アッシュもオレの事について深く追求した事がなかったのだろう。
……でも、今は、知りたかった。やっぱりイヴァンに嫉妬していたのだ、オレは。アッシュのことをもっと知りたかった。オレ達は幼い頃から一緒に暮らしていた癖して、お互いのことをあまりにも知らなかった。
おじさんはしばらく考えると、ぽつりと口を開く。
「さあ……、どこに居るか、わからない。死んだという話も聞かなかった。今回の戦いに参加しているという話も……、噂ですら、無い」
「オレの母親と同じってわけか」
「……そうだな、おまえの母親も見ていない」
「もしかして、できてたりしてな。オレとアッシュの弟か妹が居るかも、なあんてよ」
冗談のつもりだったのだが、おじさんはありえるなと言うのみだった。……まあ、そういう生き物だし。
「そういやさ、さっき昔を思い出すって言ってたけど、あんな風になったのって何度かあるの? オレ、見るの二回目だった」
話題を変えると、難しそうな顔をしていたおじさんは柔らかい表情に代わる。
「ああ、ずいぶん悪戯好きな子だったのは覚えているだろう。あれでよく悪さをしていたのさ。おまえにあまりかっこ悪い姿を見せたくなかったらしいから、倒れた時はおまえに会わせなかった」
「ふーん、何度かあったな、そういや。ただの風邪とかだと思ってた。すぐになおるしよ」
「今回も数時間寝ていれば目が覚めるさ。その間、私も眠っていいかね。こちらに来るのはかなり久しぶりでね、急激な変化にちょいと体が参ってるようだ……」
「かまわねえよ、オレの部屋にベッドがあるから、好きに使ってくれ」
「ありがたい」
おじさんがゆっくりと立ち上がり、ズルズルと体を引きずるようにして部屋を出て行った。

それから、イヴァンと一緒にアッシュをソファに連れて行き、倫太郎の部屋から毛布を持ってきてかぶせてやった。
イヴァンはやっぱりアッシュのそばを離れなくて、オレはアッシュに近づくことさえできなかった。
……さみしい。オレの隣には昔からアッシュが居たんだ。アッシュはオレ以外に親しい友人を作らなかった。なぜか、聞いたのだが、オレひとりだけで満足できるからだという。
考えてみればオレだって、親しい友人なんて殆ど居ない。そうなれば、アッシュが倫太郎に嫉妬したり、オレがイヴァンにもやもやするのは仕方のないことなのかも、しれない。
ただ、ひとつ、悪い考えが思い浮かんでしまうーー。
イヴァンは放っておけば、すぐに死ぬんだ。オレが何もしなければ絶対に、そして勝手に死ぬんだ。
この考えに行き着いた時、オレは酷く自分を嫌悪した。なんてことを。おじさんが知ったならば、オレはぼこぼこに殴られて地に体を転がしていたに違いない。
しかし生かしておけば、アッシュとどんどん仲良くなって、オレと一緒に居られる時間が減るのは目に見えている。
気づいていなかったけど、オレはアッシュにかなりの依存をしていたようだ……。
近くにいるのに、触れられないと吐き気がしてくる。頭がぐらぐらして、冷や汗が滝のように吹き出てくる。
アッシュに『必要な』ヒトができるのが酷くおそろしい。
カチカチとリズムを刻む時計を、ただただ聞いているしかなかった。

静かな、夜だ。




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