[携帯モード] [URL送信]

Uターン
冷めた言葉で

アッシュが倫太郎の位置を特定し、仕事が終わってすぐに行こうと話をしていた。予想通り、どうやらたくさんの天使が周りに潜伏しているらしく、アッシュの蛾は命辛々戻ってきた。量が増えることを予想して、魔界へ戻り援軍を要請することにする。
倫太郎を救出して、体を手に入れたばかりの弱っているセオドアを殺す、か。それができないなら、捕まえて魔界に連れて行けばいい。
ルゥおじさんなら、きっとセオドアをなんとかできるはずだ。体力も戻ってきているし、雑魚は援軍に任せる。問題はサミュエルだーー、誰かが引きつけてくれればいいが、サミュエルはそんな作戦にうまく引っかかってくれるとは思えない。
どうしようか悩んでいると、そのサミュエルからいつものトイレへと呼び出された。大きな鏡の並ぶじめっとした、綺麗とも汚いとも言えない場所。
「グレイ。君なら信じてくれると思うんだが……、俺はな、まだセオドアが生きているんじゃないかと思っている」
「……そりゃ、どういうわけでそう思うんだ?」
わざと知らないふりをして、サミュエルの言葉を待つ。しばらく考えて。
「前に話したろう、あいつは死んでいるんだって。強い霊みたいなもんさ、肉体を破壊しても、新しい肉体を得られればほぼ元通りに活動できる」
「それが行われているという事実を見たことがない」
「君がセオドアの首を切った時、あいつは何も無かったかのように再び動いていたろう!」
「でも、ありゃあ元の体だぜ。他の体に移動してはないだろ?」
「なら、クリスのことだ。ルシファーとセオドアの子どもさ。セオドアが女性の体に移動しなければ、セオドアは自分の遺伝子が入った卵子を得ることができないよな?」
「倫太郎がそのふたりの子どもって証拠があるか? 同じ力を持っているのならセオドアが親かもしれないが、ルゥおじさん……、ルシファーが親である証拠がないだろ。確かにふたりはよく似ているけど、癖っ毛で緑のたれ目、身長がオレよりもちょっと高いくらいだろ? そのくらいならよく居るじゃないか。顔の骨格はあまり似てないし、髪の色も違うぜ。おじさんとサミュエルは赤髪だけど、セオドアは緑で倫太郎は金髪だろ。オレには、どうもそれが信じられねー。ま、セオドアは染めてると考えてもさ、ルゥおじさんの子どもだって思ったのは、おまえの勘だろ?」
「同じ血をひく者は嫌でもわかるものだ」
「生憎、オレには血の繋がった家族ってもんが居なくてな。わかんねーんだよ。物的証拠が欲しい。ま、誰の子どもであろうが、セオドアが生きてようが死んでようが、倫太郎を探して取り返すだけさ」
……特に表情が崩れる様子もない。それが逆に怪しい……。オレだってセオドアが生きていると思うが……。
「そんなに心配ならよ、モルグに行けばいい。何もしないで死体を手に入れられる場所は、あそこしかないだろ。オレは倫太郎を探さなきゃならないから、おまえに頼むよ。連絡用にアッシュの蛾を連れて行くといいぜ。散々否定したけど、可能性がないわけじゃないしな。罠はたくさん張るべき、地雷はたくさん埋めるべき、さ」
さて、上手くモルグへ行ってくれればいいが。蛾をつけていれば裏切ったかどうか分かるしな、ちょうどいい。怪しい動きもしくは蛾を殺したら決まりだ。その隙に倫太郎の救出をしてしまいたいが。
「……そうだな。時間が経っているから確実とは言えないが、価値はある。クリスは君に頼むよ。俺はブロウズから蛾を貰ってこよう。俺が行ける時間だけだが……、来た形跡を探そう。見つけたらすぐに連絡する」
そう言い残し、サミュエルは去って行った。……やったッ! あまりにも上手くいきすぎて不安になってきたが、とりあえず離すことに成功した! しかも監視付きだ!
アッシュの能力は戦いにはあまり向いていないが、アタマの戦いでは多いに役に立つ。扉が完全に閉まったのを確認し、大きくガッツポーズをとった。
裏切ったか、なんて堂々と聞くような度胸は持ち合わせていなかった。そんなことを聞いても、きっと裏切ってないと言っただろうしな。
はっきりと話したりしていること、セオドアの能力を考えると、セオドアに血は吸われていないと考えられそうだし。
アッシュの蛾を食った時は、蛾にはアッシュの身体をつくる設計図まるまるひとつが含まれているから、あんなにもヒトらしく動いていたんだ。それでも、やっぱりいつものアッシュとは違っていた。
サミュエルはいつもと変わりがなかったし、操られているのなら、相当な血の量が必要となる。しかもサミュエルの血は毒になるのだから、たくさん摂取して体の中で発動されれば、ただじゃいられないだろう。
サミュエルは自分の意思で動いているのはありがたい! 予想外の行動に出ることが少ないからだ。自分の頭で考えた行動をするというのは、危険を考えているということ。
自分の危険を顧みずぶつかってくるのなら、全滅していたかもしれない……。

夕方、五時。日が落ちるのも早くなり、辺りはもうオレンジがかかった紫色に染まっていた。
オレ、アッシュ、そしてイヴァンはいつも通りの五時に署を出て家へ帰るのだが、ここで『嬉しくない休暇』を貰えることとなった。
中央署は他よりも異能者を大事にすることで有名なのだけど、昨晩の戦いの消耗を心配したルパート署長から直々に『休め』と命令が入ったのだ。
明日から二日間、つまりモニカが帰り、死んでしまったモーガンの葬式が終わるまでだ。普通ならば署長に感謝すべきなのだが、今はできない。
なぜなら、サミュエルに自由な時間を与えてしまうからだ! これからサミュエルはオレと同じ時間に帰り、適当なホテルを見つけてからモルグへ向かうらしい。
……ずっと、モルグへ居てくれればいいのだが。……サミュエルは本当ににオレを裏切ってセオドアについたんだろうか。それはアッシュの蛾の生死でこれから決まるわけだけど……。
さっきの様子じゃ、そうは見えなかった。ならイヴァンを襲ったのは誰なんだって話になるんだが……。
とりあえず、今は成り行きに任せて様子を見るしかないか。チャールズ警部やサミュエル(勿論アッシュの蛾つきだ)と別れ、アッシュとイヴァンを連れて家へ帰る。……なんか、久しぶりに家へ帰る気がする……。
「グレイちゃん、ごはん何食べたい?」
「……お前、料理できたのか!?」
「え? このぼくが? 料理? そんなのできるわけないでしょーっ。たまにはね、ぼくがご馳走してあげようって思ったの、わかる?」
いや、わかんねえよ。なんて突っ込む暇も無く、アッシュはまた口を開く。
「安心してよ、お金はたんとあるからね。ステーキでも寿司でも高級フレンチでも、どんとこいだよ。あっ、お金の出どころは聞かないでよね? ま、ドロボーとかじゃないから」
「ボクはピザが食べたいな」
イヴァンがひょいと入ってきたが、アッシュはその頬を叩いた。何時の間にやらこの二人は意気投合して、ずいぶんと仲良くなっている。
「駄目! 今日はぁ、グレイちゃんの好きなものを食べまーす。それ以外にお金を出したくないでーす」
「ピザで構わねーよ。腹に入ればなんでもいい。外食なんてしてるヒマねーしな。オレは先に向こうへ帰るから、適当にピザでもなんでもとっといてくれよ」
署を出て、背伸びをした。筋肉を伸ばすため、軽くストレッチをする。今日は出動要請が無かったから、ずっと寝てたりだらだらしていたりしたからな。
「おっけー。じゃ、ぼくはイヴァンとお菓子とかお酒とか買いに行っちゃお!」
「いいね、いいねっ! 近所に酒屋があるんだよ。ついでにさー、実家にあるとっておきのワイン取ってきちゃおうかな。結構、近いんだよね」
二人とも小さくて童顔だから、きゃいきゃいと騒ぐ姿は高校生くらいに見える。イヴァンは制服に着替えているけど……、それでも、改めて見ればあんまり威圧感とか威厳が無くてコスプレのように見える。
昨日、車に乗せてくれたイヴァンとは別人のようだ。
「おいおい、パーティは全部終わってからにしろよ。酒はおあずけだ。終わったら好きなだけ飲めばいいさ。……道草無しでうちへ帰ってきてくれ、みんなで一旦向こうに行こう」
早めにイヴァンを魔界に連れていくべきだと思った。『オレのそばに居ないと死ぬ』と脅して家についてくるように言ったが、彼自身も自分の力やおかれている状況をいまいち把握できていないようだし(まあ、当たり前と言っちゃ当たり前か)。軽い説明はしたのだが、オレはあんまり頭がよくないし、こういうのはルゥおじさんに頼むのが一番だ。
イヴァンの中に居るらしい『ヨハネ』のことも、おじさんならわかるかもしれない。なんたって、おじさんはセオドアと一緒に天界に居たのだから。……話してくれるかは、わからないけど。
「ちぇー。わーったよ。でもね、約束だからね! みんな終わったら、グレイちゃんちでパーティしようね。ぼくとイヴァンと、ルゥおじさんと師匠と、……眼鏡くんもね!」
「ああ」
そう言い残し、助走をしてジャンプした。屋根や壁を蹴って、いつものようにビルの間を縫って飛ぶ。
肌寒くなり、飛んでいると吹き付けるビル風をもろに浴びて、ただでさえ飛ぶと寒いのがさらに寒くなる。……のだが、今日はそう感じなかった。手の届かない所に居て、でもそばに居る何かが、誰かが暖かい。
たぶん、親父が影の力で中に閉じ込めたユーリスが、影から出ようと必死に抵抗しているからだと思う。傷や消耗を気にせず、ただむしゃらに暴れている、のをうっすらと感じる。親父が見て居てくれてるのなら、安心できるけど。




[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!