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Uターン
綺麗なはずのベルベット

……やだなあ、まだ、死にたくないなあ。
テディくんが守ってくれたとはいえ、あんまりな人生を過ごしてきたんだ。今は楽しいし、これからもきっと楽しくなるんだろうって思ってた。でも、俺は押しに弱いところがあるから……、許しちゃうんだろうな。
テディくんは恩人だし、彼が居なければ俺はちゃんと育っていたのか、生きていたのかさえ微妙なラインだ。一方俺は、テディくんに何もしてあげられてない。
恩返しに死ねって言われても、断れない、かも、しれない。どうしていいか、まだ実際に言われてないのに悩んで、馬鹿だなあと笑った。
「どうしたの?」
兄の姿をした(正直な話、まだ信じられないんだ)テディくんは、俺につられて笑った。そういえば、こうして二人でゆっくり話をするのは久しぶりだなあ。ついこの間まで、毎日話をしていたのに。今日あったこととか、できるようになったことを報告して、褒めてもらって、頭を撫でてもらって……。
「何でもないよ……」
「なら、いいんだ」
じ、っと、俺の姿を見ているテディくんを、直視できなかった。なぜって、涙が出てきたのを見られたくなかった。でも、横隔膜の運動は自分ではコントロールできないわけで、泣いているのはすぐにばれてしまう。
「僕に会うのがそんなに嫌だった?」
「い、嫌じゃ、ないよ。ただ、なんか、思い出しちゃって、……」
隣にそっと座って、背中を軽く叩いてくれる。
「大きくなっても、泣き虫はなかなか変わらないねえ」
「ご、ごめん……」
「責めてるんじゃない、僕の知っているクリスと変わってないから、安心しただけだよ。赤んぼの時からずーっと、泣き虫だ」
サマエルさまの声だけど、ちゃんとテディくんだってわかる。赤ちゃんの時からずっと俺を見ていてくれてるのは、この世に一人だけだ。
……でも、悪魔が戦争に勝ったら、テディくんも死んじゃうのかなあ。反対だと、グレイさんが死んでしまうし。どっちも俺にとって大切な人。
「……戦争、やめられないの」
聞き取れたか心配になったけど、テディくんは聞き返さなかった。しばらく考えて、口を開く。
「クリスは見てないと思うけど、結構、数も減らして追い詰めてるんだ。今更平和協定なんて、誰も納得しないな……。綺麗な死体は持ち帰るようにしてるから、僕は暫く困らないんだけれどね。向こうだって、プライドがあるし。たぶん、乗ってこないよ」
「テディくんやグレイさん、サマエルさまが死ぬなんて嫌だよ……」
「僕は危なくなったら逃げるけどね。新しい体ができるまではサミュエルも一緒だし、グレイ……、彼女もうまく立ち回って逃げると思うよ。ま、絶対に逃げ切れるとは言い切れないけどさ」
「俺、どっちにつけばいいのかわかんないし、どっちにも大事な人がいるから、どうしたらいいのかわかんないよ。誰も死なないでいい方法はないのかなあ。仲良く平和に暮らせないのかなあ」
「あるよ。それこそが僕の『本当の目的』。そのためにクリスをここへ連れてきたんだけれどね。でもそれが実現するには時間がかかるし、それに……」
「それに?」
「確実じゃない」
「確実なものなんて少ないよ。可能性があるなら、みんなのためにやるべきだよ」
俺の背からテディくんの手が消えた。その手は、俺の膝に置いていた俺の手に重なる。ゴツゴツとした関節が浮き上がる、大きな手。
「考えて。今はね、お互い分かりやすい敵を見つけているから、ある意味平和だ。仲間内で争いごとが起きないでしょ。戦争が激しくなった今なら、クリスが戻ったって誰もちょっかい出さないよ。でもさ、終わったり仲良くなったら、また小さい敵を見つけて虐げるようになるんだと思う。仕方ないんだよ、僕らはそういう風にできてあるんだから。破壊衝動と性欲には勝てないんだ。クリスも、いずれそうなるさ……」
「……でも、それがテディくんの目的なんでしょ? 俺にできることなら協力するってば。みんな仲良くなれるなら、かまわないよ。きっとね、グレイさんたちはそんなことしないし、大丈夫だもの。……あ、でもね、俺をテディくんの皮に使うっていうのは勘弁してほしいかな……」
軽く笑ってテディくんの顔を見ると、まるで獲物を狙う肉食獣のような目で俺を睨みつけていた。今にも牙を剥き飛びかかって首筋にがぶりと噛み付くような。『協力する』って言ったのをずっと待っているみたいだった。
「て、テディくん?」
「面倒が省けるよ。協力するってことは、おとなしくしていてくれるんだ?」
「ま、待ってよ」
やっぱ、俺を殺して皮にするつもりだったんだ! 立ち上がって逃げようとするが、手首を掴まれる。振りほどきたくとも、鳥の鉤爪のような指は深々と肉に埋まっている。
「うあっ! や、やめてよ……!」
「僕に逆らわないならやめてやるよ」
更に奥に埋まり、赤い血がシーツと絨毯を染め上げてゆく。歯を食いしばって耐え、テディくんの手を抜こうとするが、利き手ではない左腕ではうまく力が入らない。
……だめだ、どっちにしろ、俺はここで殺されちゃうんだ。それからバラバラに切り分けられて、好きなように継ぎ接ぎされるんだ。出血のショックからなのか、頭がくらくらしてくる。
「早く『言うとおりにする』って言いな。いつもみたいにな。僕に謝って、静かに、座るんだよ」
「やだ……、嫌だよ! もう子供じゃないんだから!」
どうせ死ぬなら、抗ってやろう。力じゃまるで敵わないし、口で抵抗するしかない。それに時間稼ぎをすれば、グレイさんが助けに来てくれるかもしれない。
「おまえはいい子だから、わかるよな? 僕の、言うとおりに、する、のが、いい子だ」
イライラしているのか、だんだんと口調が暴力的になってきた。こんなテディくん、見たことがない。怖いけど、自分で決めたことだ。勝負には負けても、気持ちだけは絶対に折れないぞ……。
「そりゃ、親にとってのね! もう俺は操り人形じゃないよ! 一人で歩けるんだ!」
「……おまえ! 僕の苦労を知って言ってるのか! 生まれた瞬間から、おまえは、僕の所有物なんだよ!」
テディの片方の腕が首に伸びて、背筋がふるえた。まだ大丈夫かもって希望を抱いてた自分が居た。首を掴んで食い込んでいく爪に、その希望は殺されてしまった。
「ち、ちがうッ! 俺の父親とでも言うのかよ!」
「ああ、ああ、そうだともさ! 僕が腹を痛めて産んだのがおまえだ! 納得いっただろうが!」
……それってどういうこと!? なんて聞く間すら俺には与えられなかった。腹を蹴り上げられ、ベッドに倒れこむ。ギイ、と木が歪む音。目を開ければ、勝ち誇ったような兄の顔があった。
「僕の、物の、癖に、勝手に出て行って、悪魔の女と仲良くなって!? 畜生、おまえのおかげで何もかもぶち壊しだ! 無かった事にしてやる! 僕の時間を奪いやがって!」
「ま、待ってよっ! 男のきみが子供を産むなんて、できるわけないじゃないか!」
そう言った瞬間、テディの目を見てはっとした。俺に似ている緑色の虹彩を。ヒトの身体に出たり入ったりできるんじゃないか。それなら、女性に入って俺を孕む事ができる……。そんな、ばかな。ばかな話があってたまるかよ……。
「大切にして可愛がったのにことごとく裏切られてさ、僕って可哀想だよねえ? しかもおまえは、僕の子どもだよ。サミュエルとはわけが違う。僕の血を継いだ、子どもに……」
「証拠を出せよ!」
「……そんなもの、どうだっていい。おまえが信じなくても、僕の時間と労力を奪って行ったのは変わらないんだからな」
殺意に満ちた目をしているのに、殺さないのはどうしてだ? 流石のテディでも、実の子どもを殺すのに抵抗があるって、それが一番の証拠だって言うのか?
「……俺を殺さないんだね」
「殺すよ。用事が済んだらね。殺す前におまえの代わりを用意しないといけないし……。ふふ、ちょっとね、神様に逆らいたくなっちゃって。おまえの兄貴みたいに」
ああ、たくさん血が抜けてるからかな、うまく頭が働かない。俺のクローンでも作るのか、なんて考えたけど。俺の上にのし掛かって首から手を離すと、テディは着ていた警察の制服を脱ぎ捨てワイシャツ姿になった。ネクタイを緩め、意識が朦朧としだした俺の手首を捕まえる。
俺はというと、飛びそうになっている意識を捕まえるのに必死で、抵抗したいのに体がうまく動かない。
体が無理だ無理だと悲鳴を上げる。そのまま、ぷつりと息が途切れたかのように意識を投げ出した。うっすらとまぶたの裏を見る前に見たのは、サディスティックに笑みを浮かべた兄の顔だった。




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