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Uターン
迷えるは別の罪

アッシュとイヴァンの話が落ち着くと、イヴァンはある質問をした。昨日何があったのか? その質問に答え終わった後の話だった。
「うん、昨日の事はだいたいよくわかったよ。異能者に憧れてNDに入ったんだけどさ。なっちゃうとは思わなかったね。びっくりていうか。嬉しいんだけど。ボクが死ななかったのも、異能者になったからなんだ……?」
「オレの考えでは、そうだ」
イヴァンは死なないのだろうか。死なない生き物など、ありえない。魔力の高いルシファーことルゥおじさんだって、老いて死ぬのだろう。セオドアはそもそも生き物ではない。つぎはぎした死体が動いているだけだ。サミュエルは裏切り者の呪いにかけられている。
そんな『不死身』に、人間から悪魔になりたての奴がなれるものだろうか。たぶん、何か、イヴァンには致命的な弱点があるはず。そうでなければつりあわない。
「でも、なんか、違う気がするんだ。誰かが、ボクの代わりに傷ついてるって気がする。びっくりする事ばかりあったけど、不思議と、何にもないんだ。ボクの体の中に、誰かボクじゃない人が居るっていうかさ。その人が、ボクの代わりに傷ついて、ボクに体の使い方を教えてくれてる。さっき誰かに襲われた時も、『これなら大丈夫、死なないから。大人しくして、死んだフリをしてよう。怖いけど、ボクがついてる。生きてるってばれたら、殺されちゃうからね』って、教えてくれたんだ」
足を組み、考えるポーズをとるイヴァン。イヴァンの言う『誰か』っていうのは、つまり、オレと親父のような関係ってことか。親父は影だし、ちゃんと分類すれば違うのだろうが、『自分のそばに居て、自分の味方をしてくれる』っていう点では同じだ。
「アッシュ。お前はどうだ?」
「え? どゆこと?」
「聞き方が悪かったな。イヴァンは『誰か』が自分の中に居ると言ってる。オレも、いるんだ。『誰なのか』は分かってるし、オレの中にいるわけじゃないけど」
「えー? う、うーん……」
目を瞑り、じっと黙るアッシュ。オレは最近親父に気づいただけで、実際には影に入れるようになった頃には側に居てくれたのだと思う。親父が遠すぎて、声が届かなかっただけらしいから。そうなると、アッシュにもその『誰か』が居るのかと思ったのだが。
「……いないよ。ていうか、全然意味わかんない。二重人格ってこと?」
「違うんだ。ボクも、『誰なのか?』は分かってる、教えてくれたし。二重人格じゃなくて、全然別人だよ。今だってボクに話しかけてくれてる」
「ふーん、じゃ、誰なのさ?」
眉間にしわを寄せ、いかにも『胡散臭い、嘘っぽい話だなぁ』と言いたげな表情のアッシュ。
「名前はーー、ヨハネ。たくさんの人の罪や罰を引き受けて、贖っていたんだ。でも、本当の『子羊』にはなれなかった。よく似ていたけれど、違ったんだ。彼は『山羊』だった。ずっと昔の人だよ。ヨハネが贖うため、ある罪を見つけると、罪人は怒って、ヨハネの首を切り落としたんだ。腕も足もバラバラにされて、罪人は娘にヨハネの首を運ばせた」
「そのヨハネって奴が死んだ状況と、さっきのきみの状況はそっくりじゃないか……」
「そう。ヨハネが引き受けてくれた」
ぽかんとだらしなく口を開けるアッシュに、イヴァンはいきいきとした目を向けた。体の切断なら、大丈夫ってことか。
「試していいか、くっついちまった指なんて、無くても一緒だろ」
影を燃やし、腕をナイフに作り変える。この目で確かめないと。恐らくサミュエルの血でドロドロに蕩けた指を睨むと、びくりと飛び上がる。
「いや、痛くないし切ってもくっつくとはいえさ、自分の体だしいいよって言うのは抵抗が……、ちょっと」
「じゃあ切る」
「……」
腕を振り下ろすと、イヴァンは目を見開いた。溶けた指は床に落ちる。見開いた目をゆっくりしっかり閉じ、息を吐いて、落ちた指を拾い上げた。
「今、入れ替わったか?」
それらしい様子は見せたが、本当はどうなのだろう。指を拾ってくっつけるイヴァンの顔を覗くと、特に顔色が悪かったり辛そうにしている様子はなかった。
「うん。あ、痛いって思う前に、記憶がぷつって消えるんだ」
「切る以外はどうなんだ? 死因なんていくらでもあるだろ。それしかダメか?」
どうしてもイヴァンの能力を知りたくてたまらない。いや、仲間として戦ってくれる以上(と、いうか、イヴァンはセオドアに目をつけられているため戦いは避けられない)、仲間の力を知るのは大事だと思うし。
……まあ、それよりも好奇心のほうが勝っているか。どうすればこいつは死ぬのだろう。流石に、また心臓を掴み取って引き抜けば死ぬだろうか。頭を潰せば死ぬだろうか。強いストレスを与え続ければ、気が狂って死ぬのだろうか。
好奇心は猫をも殺すなんて言うけれど、それでも知りたい。はじめて見る生物を解剖する生物学者は、きっとこんな気持ちになるのだろうな。
イヴァンは悩み、考え、そして口を開く。
「ダメだってさ。ヨハネは、自分が死んだ状況と同じようなものじゃないとダメだって言ってる……。痛みを覚えてるのはそれだけだから。残りはボクが覚えるしかないんだって」
「ならさ、お前相当運がよかったんだな。切られてないと死んでたかもってか」
「そう言われれば、そうなんだよね。……あー、今になって怖くなってきた……」
ぶるりとわざとらしく震え、笑う。……ちょっと待てよ。忘れていたけど、変な所がある。イヴァンはサミュエルに体を切断された……。これって、おかしくないか!?
「あれ、グレイちゃん? どしたの?」
アッシュが急に表情を変えたオレをじっと見つめるが、なんでもないと言った。なんでもなくないのはバレてるだろうけど、喋るのはちゃんと脳内で整理してからだ。
サミュエルが人を殺すなら、毒じゃないか? 切断した事に意味があるとしたら、セオドアの体に使う、くらいだろうか。しかし、サミュエルはバラバラにしたイヴァンの体を持ち去ってはいない。
……セオドアはもう体を手に入れているのか! そうに違いない。姿を隠して、まだ動けないだろうと思っているオレ達を笑っているな。でも、オレは気づいたぞ。
サミュエルはきっと、セオドアの復讐をしろと命じられたのだ。セオドアはバラバラにされたのだから、サミュエルは毒ではなく切断しろと命じられたのだろう。奴はそういう性格だ。わかりやすい。
そして大雑把に切り分けたが、オレ達の気配に気がついて窓から逃げ出したんだ。もうモルグに行っても意味がないな。……セオドアが復活していたのなら、倫太郎のそばにいるはず。あいつは倫太郎を溺愛していたからな。
出来たての体じゃ、まだ派手に動けないだろうし、チャンスは今しかない! 肝心の倫太郎がいる場所だって、アッシュがよく知っている。……勝ちだ!
「アッシュ」
「なぁに、グレイちゃん」
紐に吊るされた人形のように、かくんと首を傾ける。すぐに敵の本拠地に突っ込むのは危険すぎる……。倫太郎を手に入れた今、たくさんの天使が居るかもしれない。
「偵察して欲しい、セオドアの潜伏場所」
「おっけー。たくさんだとバレるし、ちょっとだけにしとくね」
「頼む」
アッシュはそう言うと、窓に向かって両手を伸ばした。すぐに二本の小指は肺に変わり、それは蛾になって飛んで行く。
さて、セオドアの周りには倫太郎のほかに、何がいるのだろう。

三回、ノックの音がした。チャールズ警部がイヴァンの様子を見にきたのだろう。どうぞ、とドアの向こうに声をかけると、ひとつ間を置いてドアは開く。
そこに居たのは、意外な人物だった。長めの赤い髪を横に纏めた、警官の制服を着ている長身の男。
「!? おい……、これは……。部屋で何があったんだ?」
サミュエル。こいつ、イヴァンの死体を確かめにきたのか? じっと睨むが、特に何か変わるわけでもなく、イヴァンを見て驚くこともしない(まあ、当然の演技か)。部屋にずんずんと入ってきて、キョロキョロと部屋を見渡す。
「いや、ちょっと遊んでただけさ。片付けはオレがやっておく」
喧嘩は売らない。不死身のサミュエルに攻撃をしかけて出血させるような真似をしたらすべて終わりだ。
「……そうか。なら別に詮索したりはしないさ。俺に話さないのなら、戦いには関係ないんだろ?」
「ああ、全く。で、何か用があるんじゃなかったのか」
「……悪いニュースと、いいニュースがある」
「いいニュースから聞こう」
手汗がひどい。ありがちな話の流れなのに、負けたら破産確定のギャンブルに挑んでいるような緊張感があった。震えるのどに唾液を通すと、ぴくりと指が跳ねた。
「モニカ・エインズワースは、さっき退院したそうだ。明後日には署に戻ってくる。……あとな、昨日の事件で死んだ人間は、一人だった。あれだけ人が居たのに、死んだのは一人だけだった」
いやな予感がする。ゆっくり瞬きをすれば、涙で睫毛が濡れる。だいたい、言われることが何なのかは予想できた。
「……わ、悪いニュースは……」
サミュエルは息を吐き、オレを見る。左右で少し色の違う眼球は、握りこぶしを作って震えるオレをただただ写していた。
「モーガン・ヘイルが、さっき死んだ」
ああ、中央署に連れて帰れなかった。わかっていた。あいつは、セオドアは、わざとモーガンを最初に選んだのだ。オレを苦しめるために。冷静でいられなくするために。
「……葬式、いつやるか分かったら教えてくれ」
「わかった、それだけだ。じゃあな」
くるりとターンし、ドアは閉じる。
……罠か? 葬式で釣るつもりだったのか? つい昨日までちゃんと信じてやろうと思っていたのに。信じたい、信じたいけれど……。セオドアにまだ未練があったのは確かだし。チラリとイヴァンのほうへ目をやった。閉じたドアを、閉じたドアの向こうを睨みつけている。
「あの人だ、絶対そうだよ。でも、なんか雰囲気違うなぁ……?」

明日、世界は終わる。
それがどの世界なのか、知っているのは緑色の始祖鳥だけだ。




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あきゅろす。
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