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Uターン
人形劇の墓場

仮眠室は、昨日のような惨状となっていた。壁にもたれかかった胴体と、散らばるのは血と切断された四肢。足元にはヒトの首。
「い、イヴァン!?」
しゃがんで首を覗き込むと、瞳には光があり瞬きをしている。首がコクリと何かを飲み込む仕草をした。
「こりゃあ、いったい……」
「あ、おはよー」
シリアスな空気が一気に崩れた。バラバラになってしまったイヴァンだが、ふつーに、涼しい顔をしてしゃべっている。いったいどういうわけだか……。あまりに疲れすぎて幻覚でも見てるのか!?
「なんてゆーか、ボクも何がなんだかわかんなくってさ。とりあえず、ヒジョーに困ってるってのは確かだけど……」
軽く笑うイヴァン、って、笑い事じゃないぞ! なんせ、全身バラバラだ。不思議とあまり出血はしていないようだが……。
「動けなくて困るし、ボクの体と足を持ってきて欲しいな」
「くっつくのか?」
「うーん、ダメだったら考えるよ……」
言われた通りに体を運んで首にあてがうと、千切れた皮膚は伸び、ピンクの新しい皮膚で繋がっていった。
「お、よかった。やっぱくっついた」
首を動かすが、何も問題は無いらしい。魔力は低い、低いが……。これは一体どういうことだ?
四肢と首がバラバラだなんて、いくら異能者でも耐えられない。考えられるのは、ひとつ……。
イヴァンはセオドアに呪いをかけられた、と。あるならば、それしか考えられない。イヴァンの腕と足を運びながら、考える。
サミュエルが不死身になったのは、寝返ったかと思われたからだ。実際にはそうではなく、ウイルスみたいに敵の内部に入り込んで信頼を十分築いた上で、オレたちを裏切るはずだったらしいが。
イヴァンには、呪われるだけの理由がある。なんせ、悪魔になったばかりで魔力が暴走していたとはいえ、だ。セオドアを木っ端微塵にしてしまったのだから。奴のプライドはボロボロだろうし。
しかし、なぜイヴァンはバラバラになっていたのだろう? セオドアは動けないはずだ。一体誰が? ……。
切り落とされたイヴァンの腕を拾うと、指が溶けているのに気づいた。どろりとした血液がまとわりついている。いや、そんなはずは。信じたくないけれど、でも。

……サミュエルだ。それしか考えられない。
裏切られたのか、それとも操られているのか……。セオドアから離すべきだった。あいつが血を吸う隙なんていくらだってあったのに。バラバラになったとしても油断してはいけないってか……。
狙われたのがイヴァンでよかった。オレやアッシュなら死んでいただろう。相当腹が立っているはず、次にセオドアやサミュエルが襲いかかってきても、昨日のように上手くはいかないだろう。
イヴァンの魔力は、もうほぼ体に落ち着き馴染んでいる。昨日は魔力の暴走がいい方向に働いたわけで。
セオドア、サミュエル、そしてガブリエラを、オレ達三人で相手する自信なんてないぞ。イヴァンは悪魔になったばかりだし、アッシュはあまり戦いには向かないし、倫太郎の居場所が分かっている事が唯一の救いか……。
ああ、頭がクラクラしてきた。援軍が欲しいが、人数が居ても一度にたくさんを攻撃できる上に死なないサミュエルが向こうに居るし……。
ああ、敵に回したらなんてやっかいな奴なんだろう! サミュエルの愛する妹、サリア・ソーンを人質にとるか!? いやでも、どこにいるかわからないし、確かサリアはガブリエラか追ったはず。ジャンヌ達も居るし、逃げ切れているとは思えない……。どうしよう、どうしよう……。
「ほっ。全部くっついたよ。ありがとう! 左指がぜんぶくっついてるけど……。代わりになるもんってないかなあ?」
「え、か、代わり? っつーと……」
考えごとに夢中で、急に立ち上がったイヴァンにびっくりした。その場に足踏みしたり、腕を振り回したりして体の調子を確かめている。指の代わりになるもの、なんて?
「……フック船長のフックみてーなもんか?」
「そんな感じだね。フックじゃ流石に不便だし、ヒトの手があれば一番いいんだけどさ」
「そりゃ、モルグまで行って死体盗んでこいってことかよ……」
「あ、もしかして頼まれてくれる?」
「死体泥棒なんてオレは嫌だぞ」
ちぇ、とわざとらしく。なんだか随分落ち着いた様子だけど、どうしたんだろう? 起きたら知らない天井なんて、もっと驚いていいはずだけど。
「いつ起きたんだ? びっくりしたろ」
「八時くらいかな? チャールズさんがさ、体を休めてていって言ってたから、まだ寝てたんだけど。やけに体がだるくって。昨日のこともあんまりハッキリ覚えてないんだよねー……。ウトウトしてたら何時の間にかアレで。よかったけど……」
「じゃ、今日のことはハッキリ覚えてるか? お前をあんな風にしたのは誰だ?」
「寝てたんだよ。うーん、でも……。見覚えあるよーな……。変な人だったな。男のくせに髪が長くって。赤毛だったよ」
間違いない、サミュエルだ。……なんのために? 呪いにかけられていると知っているのに? わからない……。
サミュエルが行くのはどこだ? オレがサミュエルなら、どうする?
まず、セオドアを殺したイヴァンを殺すだろう。悪魔になったばかりの魔力が暴走している状態でセオドアを殺せるのなら、近いうちにさらに強くなる可能性が高い。……つまり、イヴァンは呪いにかかっていない!
そして次にやるのは、セオドアの復活だ。セオドアの入れ物、つまり死体を探しにいく。メインの体は人間のものだともたないと聞いた。悪魔か天使か魔女魔人の死体を探すか、殺しにいくはずだ。
『サマエル』の顔と名前は魔界によく知られているから、行くのは確実に異能者の死体がたっぷり置いてある、モルグ。
そんなにうまく繋がるものだろうか? ……でも、行ってみる価値はあるか。イヴァンも死体を欲しがっているし、無意味にはならない。
「……モルグへ行こう。でも、お前もついてこいよ」
「な、なんでさ。しんどいんだってば」
「お前の手を探しにいくんだぞ。合わなかったらめんどうだろ。それに、今度は殺されるかもしれない。オレの側に居たほうがいい」
すぐにでもモルグへ行きたいが、一応仕事中だ。どうしたもんか……? 期待の念をこめて足元を見るが、何時の間にかアッシュは消えていた。そういえば、部屋に入った瞬間から重みを感じなかったような。
廊下を覗くと、せこで小さくうずくまっているアッシュが居た。
「アッシュ?」
「ぎゃっ!」
アッシュはしばらくオレの顔を見つめ、ほっとしたのか体の力を抜いた。
「やめてよー。あんなの見た後じゃ、びっくりするじゃんか……」
そう言いながら、チラリと扉の向こうを覗くと、また短い悲鳴が響いた。
「待って、ちょっと待って。なんていうか、信じられないよ。……くっついてる? 生きてるの、あれ?」
「なんか、オレもわかんねーんだ。でも大丈夫っぽい」
「な、なんだよそれ……」
大きなため息をして、ゆっくり立ち上がった。くるくるの癖っ毛を指で弄りながらイヴァンを見つめる。
「ほんと、大丈夫っぽい」
「……え! 君、男!?」
ずんずんとイヴァンはアッシュのほうへ近づいてきて、ジロジロと頭から足の指を見た。確かに、今のアッシュは付け毛もしてないし、化粧もしてないし、なんというか……裸だもんな。
「……? そうだよ。あんまり見られたら、流石にぼくでも恥ずかしいなぁ」
なら服を着なさいっていう話だが。イヴァンはごめんと謝って、力が抜けたのか、近くにあった椅子にへなへなと座り込んだ。
「お、男かぁ……」
「大丈夫だよ、ちょっと胸が固くってチンコ生えてるだけじゃん。女も男も変わんないよ」
何が大丈夫なんだろう? 突っ込むのもめんどうだし、放っておこうかと思ったが、これってイヴァンの貞操の危機じゃないか!? アッシュには男も女も関係無い、あいつは小さくても大きくても『穴があればそれでいい』からな。性欲の塊っていうか、性欲がヒトの形をしてるっていうか。
「もう正直に言っちゃうけどさ、ボク、君に一目惚れしちゃってたんだ。なんていうか、すごく……、タイプの女の子だった。女の子だったらね」
「まー、確かに、ぼくは可愛い。わかる、わかるよ、気持ちがよくわかる。ぼくだって、カッコいい男見つけたって声掛けたら、女だったって事あるもん。……いや、ぼく的にはそっちのほうが嬉しかったんだけど、びっくりていうか。ね、グレイちゃん!」
「オレにふるなよ……」
アッシュにモルグへ行ってくれと頼みたかったが、無理そうだ。ま、飛べないアッシュでは追いつけないだろうし、イヴァンがまだ生きていると知り、再びやってきたサミュエルをとっ捕まえるほうが安全で確実だ。
「え……? グレイ、君ってゲイなの!?」
「いや、ちげーよ」
ため息すらもう出ない、出るのは乾いた笑いだけだ。そして何故かアッシュは得意げだった。
「グレイちゃんは、女の子なんだぜー」
「ほ、ほんとかい? 言われてみれば、確かに、そこまで体はかくっとしてない……、かも?」
「ああ……、別にドア開けたりとかエレベーター押さえたりしなくていいぞ」
そ、そうかい、と、イヴァンはどきまぎした様子だった。確かに、女だと思ってたやつが男で、男だと思ってたやつが女だったんだもんな。
「あっ、そうだ。きみの名前を教えておいてよ。一目惚れされたんだもん、ぼくのメモリーに刻んでおきたいよねー」
「あ、ああ……。ボクはイヴァン、イヴァン・アルクィン。北署のNDだよ。ゲイじゃないから、そこんとこよろしくね」
「ぼくはアッシュ・ブロウズだよ、よろしく」
握手する裸の男と、シャツと半ズボンの男。なんとなくシュールな光景だ。チャールズ警部が制服を着替えさせてくれてよかったよな、制服も一緒にバラバラになる所だったんだから。オレは制服のままなのは、警部なりの優しさというのか……。
「ぼくは、きみと一回くらい寝てもいいと思ってるよ。可愛い顔してるしね? ご希望なら、ウィッグつけて化粧して、スカートはいてくるけど?」
「え、えっ、申し訳ないけど、ボクには男に突っ込む趣味無いから、いいよ」
「え、どーしてぼくが受け身なわけ? いやぁ、別にー、それがいいってんなら、一戦目くらいはぁ、構わないけどぉ、ほとんどやんないから、照れるっていうかあ。やっぱ、ぼくちょっとサドっぽいとこあるからさ、受けるよりはガツガツ行きたいかなって思うとこなんだよねー。きみ可愛い反応しそうだし、結構ハマると思うんだけど」
「ぼ、ボクが突っ込まれるの!? ダメだよ、親父が知ったらどんな顔するか……。って、まずそんな性癖ボクにはないし!」
「でもさぁ、一目惚れした女の子にチンコ突っ込まれる機会なんてなかなか無いよー? 性癖がないって、体験してないからよさがわかんないだけだって」
「う、うーん……」
そこ迷うのかよ! というか、ついてる時点で女の子じゃないし。
イヴァンとアッシュは結構気があいそうでよかった。でも、なんというか、うーん……、変な仲にならなきゃいいけどなぁ。それに、こいつらオレが居るってわかってんのか? 確かに背も高いし少々(と言っておく)ゴツいし声も低いけど、一応女なんだぜ。
いや、あんまり意識されるよりはいいけどさ!
「まっ、ぼくはいつでもいいから、気が向いたら誘ってよ」
「え、あっ、そうだね、うん……」
そんな遊びに行こうぜ的なノリでいいのか。昼間からもうクタクタだ。今日は、もう何も無い平和な時間が過ぎるといいなぁ。イヴァンとアッシュの会話を聞きながら、そう考えていた。




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