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Uターン
怪物は眠る暇を知らない

何かうるさい音で目が覚めた。それが何なのか分からなかったけれど、隣にあるもう一つの仮眠室に寝かせたイヴァンが起きたのだろうか、と予想する。気がついたら知らない天井だなんて、驚かないほうが難しいし。早く顔を見せて安心させてやろう、と被っていた毛布から這い出ようとするが、予想外の重みに一瞬ひるんだ。
オレってこんなに体重重かったっけ? ……ま、まあ、一般的な女性より重いことは間違い無い。まず身長が一般的な女性より随分高いし、体を鍛えているから筋肉だってそこそこはついてるんだ。……疲れてるから、体が嫌に重く感じるんだろう。そうだ、そうに違いないさ。腹に何か違和感があるけど、気のせいさ……。
腹の違和感は、もちろん気のせいではない。背中にふわふわの……、たぶん、髪が触れる。腹に強く巻きついた腕は、簡単には外れない。鳥肌が立つのを感じる。
被っていた毛布をめくって放り投げると、隠れていたそれが見えた。大きな悲鳴を上げて、よりオレにくっつく。
「なんてことするのさ! 寒いーっ、寒いよーっ」
「アッシュ、お前、なにしてんだ……」
寒い寒いと言いながらも裸……、きちんと言うなら下着一枚という矛盾した格好をしていた。こいつ、別れてからオレを追ってNDに侵入し、服を脱いでからオレにくっついて寝ていたのか……。もう怒りとかそういうのを全て通り越して呆れるばかりだ。
「何って、寝てたんだよ。ねー、お願いだからもうちょっと寝よ?」
「もう起きるぞ。寝たいんなら一人で寝てろ」
「ちぇ、何もそんなに急がなくたってさぁ。今日くらいゆっくりしようよ。あー、ぼく、まだセオドアの術がちゃんと解けてないみたい。誰か見てないととんでもなく悪いこと、しちゃうかも……」
アッシュを無視して立ち上がるが、アッシュはくっついたまま離れない。ま、放っておけば飽きるか疲れるかして離すだろうし。引きずりながら、ゆっくりと仮眠室を出ようとする。
……サミュエルの血肉は、すっかり部屋から消えていた。まるで昨日の戦いなんて無かったかのように、綺麗さっぱり無くなっていた。散らかってぐちゃぐちゃだった部屋、シーツを割いたはずのベッドには、すでに新しいシーツがつけてある。
セオドアの復活まで時間がかかるだろうし、それまでに天使ガブリエラを始末できたらいいのだが。
親父と一緒に影へ閉じ込めたユーリスが、中で暴れているのを感じる。それのお陰か、なんとなく影の炎が熱くなった、そんな気がする。つまり、だ。ガブリエラとオレの相性が少しズレているなら。戦うくらいはできるだろうか。ただただやられるだけなんて、オレのプライドが許さない。なんとしても、此の手で。……なんて、強がってみたりするけど。
少し戦いを振り返り、反省する。休みの日は魔界に帰って修行でもしようか。誰も死なせたくないし、人間を悪魔にだってしたくない。悲しい人生に巻き込みたくない。
そう思いながら、ゆっくりと扉を閉める。

仮眠室を出た瞬間、誰かが目の前を走っていった。イヴァンかと思ったが、背が高く、血のような真っ赤な髪の男。
「サミュエル!? 待ってくれ!」
呼び止めたがそれに従う様子はない。振り返ることすらせず、デスクルームへと逃げるようにして入っていった。
……一体何があったんだろう? 出動命令が寝てる間に出たんだろうか。モーガンとモニカはきっとまだ病院だろうし、すぐにチャールズ警部とデスクルームから出てきて、この廊下を通りパトカーに乗り込むはず。
が、待っても誰だって出てきやしない。出動するならオレも連れていってもらおうと思ったのに、……残念だ。
デスクルームの扉を開けたが、そこにいたのは警部だけだった。サミュエルは一体どこへ……? 聞こうかと思ったが、警部は自分が休んでいた間の事件ファイルや資料、目撃情報のチェックに夢中だった。……今は、やめておこう。邪魔をしたらすごい怒られる気がするし。
デスクルームの窓は、肌寒い秋だというのに全開になっていた。ここから外へ出たのか。まだ近くにいるかも、そう思って窓から身を乗り出しあたりを見回したが、サミュエルの姿は無かった。
探す手掛かりは、ひとつだけじゃない。どこから行ったか? それが分かれば行き先も分かるかもしれない……。
NDにはデスクルームと仮眠室のほかに、いくつか部屋がある。応接室は、警察以外の人が来た時と署長なんかの偉い人が来た時くらいしか使わないし、サミュエルが居たとは考えにくい。あそこには何にもないしな。あるもので面白そうな物といえば、分厚いファイルに詰まった『NDはじめてマニュアル』くらいか。……ま、これも面白いかどうかって改めて聞かれるとアレだけど。
次はサミュエルと話す時によく使うトイレ。……トイレに走って行くってのは分かるけど、走って出るってのは……。どうなんだろう? とは言え、オレ達悪魔はあまりトイレのお世話にならないので、サミュエルは行かないだろうな。
残ったのはロッカールームと二つ目の仮眠室。サミュエルはNDからあまり出ないし、きっとこの二つを調べれば何かあるはずだ!
ただでさえ戦争中だ、倫太郎が居ない今、オレ達に盾は無い。ひとりずつ誘い出されてやられるなんて、馬鹿なことになりたくないしな! ……少々、プライバシー? デリカシーが無い気がするけど、死ぬよりはマシ、そうだろ!? ロッカールームに、アッシュを引きずりながら入る。アッシュはというと、まだまだ力強くオレの膝を掴んでいる。どうでもいい所で根性を出さないで欲しいんだが……、もう何も言わないことにしよう。

サミュエルのロッカーは、一番奥にある。警察署に泥棒が入ってくるわけがないから、ロッカーに鍵なんて誰もつけていない。つけていても焼き切っちゃうけどな。
……さて、何が入っているんだろう。手掛かりはあるだろうか……?
ゆっくりと開けると、まず替えのシャツや下着が丁寧に畳まれて積んであるのが見えた。他には靴や鞄、洗顔フォームやらタオルやら沢山のノートやらが入っている。特にめぼしいものや手掛かりとなりそうなものなんてない。
ノートの中身に何かあるか、パラパラとめくってみるが、丁寧に日記が書かれているだけだった。事細かく、そして一日も漏らさずにきっちりとていねいに、一日二ページ書いてある。
しかし、その日の出来事が書かれているのは一日一ページのみだ。後の一ページ、ノートに何が書かれているのかというと。
『愛する妹、サリアへ』この一行からかならず始まる。妹へ当てた、毎日ちがうメッセージ。こんな所にあるのだ、実際には妹へ見せてはいないのだろう。
肝心の内容……、大雑把に言ってしまえば、妹への思いを紙一面に書きなぐっているだけだ。次の日も、次の日も。飽き足らず、毎日妹へ異常なほどの愛のメッセージ。
パラパラとめくっているうちに、非常に気になる文を見つけた。
……『サリア、腹の赤ん坊は元気かな。君と俺の赤ん坊は、きっと赤毛の可愛い子になるだろうね。生まれるのにはまだまだ時間が必要だけど、待ちきれずに名前を考えてしまったよ。男の子でも女の子でも不思議じゃない名前がいいと思っていたし、ちょうどいいだろ?』
サリアとサミュエルは、兄妹のはずだ。同じ親から生まれた兄妹のはずだ。……これがサミュエルの派手な妄想じゃなけりゃ、あいつは実の妹を孕ませたってことか!?
近親相姦は、悪魔の中ではタブーだ。同じ血を重ねることで強い子が生まれるが、同じ血には同じ遺伝子ミスが存在するのを忘れてはいけない。ミスが重なると、ミスは大きくなる。
つまり、それによって体や頭に障害が出てきたり、運よく障害が現れなくても、体が弱かったり怪我をしやすい子が生まれたりする。
天界ではタブーではないのだろうか?
でも、オレ達は生まれながらに知っている。本能が近親相姦を止める。こころの何処かでストップをかけ、遺伝子ミスを防ぐ。

……なんていうか、役に立たないけど面白い情報が手に入ったな。サリアの腹はまだ大きくなかったし、サミュエルとサリアの子どもが生まれるのはまだまだ先の話か。
ノートを元に戻し、ロッカーを閉めて部屋を出た。
仮眠室、仮眠室にいるはずのイヴァンなら何か知っているかもしれない。
まだへばりつくアッシュを引きずり、仮眠室のドアノブに手をかけた。




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