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Uターン
贖罪の山羊

次の瞬間、地面に叩きつけられた。
……なぜだ? 車は壁に向かって時速160キロで走っていたはず。オレたちは、なぜ壁にぶつかっていない?
それは、ぶつかる瞬間に『車に乗って居なかった』からだと知った。ギリギリで脱出したなんてことは、ありえない。アッシュもオレも、壁へとぶつかる衝撃に身を構えていた。それが、かすり傷程度ですんでいる。
そもそも、『車は無かった』。……いや、あることには、あるのだが……、それは、車とは到底言えないような姿をしていた。
……車は、あの大きな鉄の塊は、壁に衝突する寸前に、何者かによって小指の爪ほどの大きさに切り分けられていた。アッシュやオレにはそんなことはできないし、セオドアがオレ達を助けるような真似をするわけない。
だとしたら? 車を小さい欠片へと変えたのは? イヴァンだと言うのか?
……感じる魔力は、弱い。魔女や魔人よりも低い。オレなら片手でひねり潰せるレベルだ。そんなイヴァンが? こんな化け物じみたことができるなんて。ありえない、考えられない……。
起き上がり、アッシュの元へ駆け寄ろうとすると、セオドアがその前に飛び降りてくる。……ヤバイ、アッシュを人質にするつもりだ。そうに違いない。と、考えていたが。セオドアはアスファルトに転がっているイヴァンを睨みつけている。オレ達なんて、眼中にないと、その背中は言っていた。
隙だらけ、静かに腕を斧へと変え、無防備な首に狙いを定める。……首を切り落としたあと体をみじん切りにして燃やしてしまえば、もう復活はできまい。

振り下ろした、が、それより早くセオドアはイヴァンに飛びかかった。鋭い鉤爪で仰向けに転がっているイヴァンの体を切り裂いた。左腕が飛んでいき、橋の下へと落ちる。
「イヴァン!」
叫ぶも、返事はない。しまった、今度こそ死んでしまう。影の炎を燃やし、軽くジャンプした。セオドアの背中に、今度こそ一発お見舞いしてやる。
ーーしかし、オレの腕は再び宙を切った。……セオドアが、いない!? そんなばかな!
周りにいるのでは、そう思い周りを見渡してみるが、あのクソッタレ天使の姿は無かった。海の中にでもいるのだろうか? そう思ったが、オレは恐ろしい事実を知る。
倒れたイヴァンの周りには、セオドアの肉体に詰まっていたあのピンクの虫が這っていた。恐ろしい数の、ミミズのような虫がイヴァンにたかっている。
「ば、ばかな……。そんなはず……」
イヴァンは起き上がり、体についた虫を払った。その額には、大きな黒い角が二本、生えている。イヴァンが額を撫でると、角は沈み、埋まって無くなった。
「ホロコースト……、大量虐殺って、虫にも言うと思う?」
ビチャビチャと虫を踏み潰しながら歩み寄ってくるイヴァン。こんな、こんな魔力の少ない悪魔になりたての奴に、あのセオドアが負けたと言うのか……?
セオドアの魔力は、すっかり消えて感じる事すらできなくなっていた。オレ達の戦いは、こんな形で終わるようだ。ただただ、静かな空間だけがそこにはあった。
「信じられない……、ほんとにきみがやったの?」
アッシュがよろよろと起き上がり、こちらへとよって来た。イヴァンは小さく頷き、まだ付着していた虫を払い落とす。
「戦いは終わりなんだ。全部……、これで……」
アッシュのつぶやきを聞きながら虫と車の欠片に埋れて、ガソリン臭い空気を吸った。戦いは終わったとしても、やるべきことは沢山残っている。モーガンとモニカ、そしてサミュエルを連れて帰らなきゃ。
「……戻ろう。みんなと帰るんだ」
「グレイちゃん……、そうだね。きみも、戻ろ」
アッシュが手を小招くと、イヴァンはゆっくりと歩き出した。オレもまた、歩き出す。

虫に宿っていたはずの魔力はもう感じられない。セオドアは、死んだ。……あっけない、あっけなさすぎる。でも、ここまで粉々になれば、流石のあいつでも死ぬだろう。
正直言って、この手でとどめを刺したかった。オレの周り人を酷い目に合わせ、さらにはあいつのおかげで沢山の同胞や、人間の女性が殺されている。
それを、さっき悪魔になったばかりのイヴァンに取られてしまうなんて。……なんか、違うかもしれない。オレの感情は正しくないものかもしれない。でも、本物だ。本物の、オレの、感情。
悔しかった。とにかく、それだけだ。何度も戦って、絶対にオレが殺してやろうと思っていた。一度殺した時は嬉しくてたまらなかった。後でセオドアか生きていると知った時より、ショックだった。
イヴァンの『生きる意思』は強く、大きなものだったのだろう。少ない魔力が、悪魔になりたてで馴染まない体から出て行こうと必死で抵抗したはずだ。それはわずかな魔力だが、その魔力で作る力の何十倍もの力だ。……このあたりは、魔女や魔人と変わらないらしい。しかし、違う点が、ひとつ。
イヴァンは、暴走する魔力を強い『生きる意思』で押さえつけ、自分のものとしたのだ。普通ならば、魔女や魔人ならば、わけもわからず叫びまくったり、のたうちまわったりするはずが。
自分の魔力の何十倍もの力……、セオドアよりもそれが上だったのだろうーー、を我がものとして行使した。じきに、魔力は体に慣れてもとに戻るはずだ。しかし、ちょっと力の使い方を知るだけで、イヴァンは一流の……、そう、オレ達と並ぶくらい強くなるだろう。
あまりにも、オレには、力がない。
サミュエルには何度も何度も助けられた。ユーリスだって、親父がいなけりゃオレは殺されていた。ガブリエラにも、アッシュに助けて貰わなければやられていただろう。……なんだ、偉そうな口して、みんなを助けているつもりになっていた。助けられたのは、自分だったんだ。自分が助けたのなんて、いくつだ? オレは助けられて、生かされてるんだ。
あまりにも、オレには、力がない。

セオドアが死んだのなら、モーガンとくっついていた人達は、もう魔法が解けてバラバラになっているだろう。もう帰ろうとしている人も居るかもしれない。……しかし、助けたのはオレじゃない。イヴァンだ。……考えると、またしんどくなってきた。あまり考えないように……、考えないようにしよう。
三人で高速道路を歩いていると、次第に浮かび上がるのは大きな影。……うそだろ!?
まだ遠くにいるから詳しくはわからないが、あれは確実にモーガンだ! セオドアは、生きている。この世の何処かで、息を潜めてオレ達をあざ笑っているに違いない。
……正直に言ってしまうと、嬉しかった。まだアイツは死んでいない。イヴァンではとどめを刺せなかった。オレが、絶対にオレが、今度こそあいつの腐った心臓を掴んで引きちぎるんだ。手汗でビショビショになった手のひらを服になすりつけた。足取りは少しずつ早くなる。

途中で壊れた街灯に突き刺さったサミュエルを助けた。オレが、助けたんだ! その言葉を奥歯で噛み砕いた。
「す、すまない。一人じゃ脱出できなくて……、助かった。街灯と一体化してしまう所だったよ」
街灯が刺さっていた腹を、サミュエルは押さえた。痛むことには痛むようだが、顔はそこまで苦しそうではなかった。
「いいや。傷は……、大丈夫そうだな?」
「ああ。……セオドアが追いかけていったのを見たが……、もしかして、『やった』のか」
答えはちょっと考えて。唇を噛む。サミュエルも入れて、オレ達四人は速歩きをした。
「いいや、……でも、今日で一旦終わりだ。また悪さをしに出てくるまで、何十年もかかるはずだよ。今までありがとう、サミュエル」
少し見栄をはったような答えだが、イヴァンは見向きもせず、口笛を吹く練習をしていた。ーーうまく吹けないらしい。
「……そうか。一度、謝りたかった。もしかして、って、そう思ったよ。俺を引き戻してくれるんじゃないかって。……でも、もうそれすら、叶わないのか。いや、最初から駄目だったんだろう。こんな身体になってしまって、触れる事だってできないんだもんな。……居なくなって、失って、初めて分かったよ。あいつは、セオドアは、俺の親のようなものだったしーー、みんなの希望だった。ついていけば、幸せになれるって、そう思っていた」
カリスマ性ってヤツか、確かにあんなにも凄いヤツが居たならば、ついていきたくなるかもしれない。強い力に、ミステリアスな魅力。……居なくなって、確かに分かる。地上に来たばかりの頃は、一瞬でやられてしまったっけ。何度も顔を見て、何度も殺されかけた。あいつの居ない世界は、寂しく、物足りない。
「わかるよ、オレもさ。平和になるっていい事だけど、つまらない事だったんだな」
「ああ……。さて、次はどうすればいい……、なんて、聞くことじゃなかったか」
モーガンは、言われた通りにおとなしく待っていた。何かを破壊したりする事なく、じっと。犬のように待っていた。
「やっぱり……。完全に死んだわけじゃないんだ。魔法はまだ残ってる。どうやって解けば……、一人一人引き剥がしていくなんて、時間がかかりすぎてヘトヘトになっちゃうよ?」
アッシュが言う、その通り簡単に引き剥がしていけるほどやわな魔法だとは思わない。何か、穴があるはずだ。欠点が無いものなんてないし、一度くっついた物は絶対に剥がれるように、そう世の中ってもんはできてる。
「……ボクならできそうだけど」
イヴァンが前に出て右手を伸ばしたが、必死に止める。お前がやったらバラバラにはなるけど、その欠片は小さすぎるんだから!
「やめろ、殺しちまったら意味ないだろ」
「手加減の具合ってやつさ、さっきはフルパワーだったからね、弱めればいいし、今度は繋ぎ目がある分やりやすいし、確実だよ」
そこまで自信があるのなら、他に方法は無いしやらせてみるか。そっと後ろに下がると、サミュエルが小さな声で話しかけてきた。
「彼、どうしたんだ? 魔力を感じる。それも奇妙だ。小さな魔力なのに、何倍もの力が見える。魔人にしたのか?」
「いいや、悪魔さ。オレが悪魔にした。なりたてなもんで、魔力が体に馴染みたく無いって暴れてるから、……だと思う」
「悪魔!? 人間を悪魔に?」
「ああ」
「まさか……」
「オレだって、本当にできるとは思わなかったよ……」
イヴァンが、握りしめていた右手を開く。……うまくいけばいいけど……。




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あきゅろす。
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