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Uターン
真っ赤なフロントガラス

化け物の中には人間の部下、モニカとモーガン。セオドアに串刺しにされているサミュエル。全員助けられるのなら、そりゃ、勿論助けたいけれど。高望みはしないことにする。
化け物、モーガンからは様々な種類の魔法臭が漂ってきている。恐らく、モニカと一緒に出た異能者を全員取り込んでいるのだ。纏まってもそれほど強いものではないし、魔女か魔人が数人といった所か。しかし、これはまずい。
ただでさえモーガンの精神は安定していないのに、新鮮なとれたて魔力が本体のモーガンに到達してしまえば、どうなるか全く予想がつかない。今はなんとか呼び掛けに応じておとなしくしているが、魔力への免疫が無い人間が直接それに触れれば、まともに話をすることなんて絶対に無理だし、精神が狂ってしまう恐れだってある。あの化け物が、モーガンが暴れ出せば、オレやアッシュを簡単にのみこんでしまうはずだ。悪魔から魔力を供給すれば、五時間もあればこの街は全て瓦礫と変わっているだろう。
「モーガン。頼むぞ、オレが絶対に助けるから、だから、おとなしくしててくれ。騒ぐと、薬が回るぞ」
「エ……!? 薬って……」
「薬じゃねーけど、薬みてーなモンさ。ハイになってから、狂って、死ぬ。死にたくなけりゃあおとなしく、な」
「……わ、わかりました。感覚がぐちゃぐちゃで……、いきなり鋭くなったり、なくなったりするんです。自分の体に誰かが居るようで。頑張ります、頑張りますけど、でも、もしかするかもしれません。信じないで下さい。自信が全くないんです」
表情は分からないし、言葉も聞こえにくい。が、なんとか、理解した。悲しそうに、頭を下げる。まるで謝っているかのように。安心しろと声をかけると、返事にグルルと鳴いた。

わずかな街灯の明かりに、浮かび上がるシルエット。地面に突き刺さった棒のてっぺんにゆらゆら揺れる人。僅かに肋骨を上下させており、なんとか息をしているらしい事がわかった。そのそば、ゆっくりと近づいてくる、強大な魔力の影。
あいつを、セオドアを殺せばモーガンを助けられるだろうか。キメラをくっつけているのは奴だし、魔法が解ければ、あの化け物はバラバラになって元の姿を取り戻すはずだ。はず、だ。
あのクソッタレ天使に常識が通じるのか、怪しい。殺しただけで解けるものだろうか? そして、何よりも、心配すべきことは、セオドアを殺せるのかどうかだ。サミュエルが視覚を潰してくれたが、またあの作戦が通じるとは思えないし。
考えて特に作戦も思いつかぬまま、オレの首を叩き落そうとしているセオドアと『おそらく』目があった。
「サミュエルは、死なないね。約束を提案したのは君だ。君が死ぬべきだ、それも、僕の手によって」
蕩けた顔は、元に戻ろうとしていた。あれだけ強力なサミュエルの血が、通用していない。直接潰さないと駄目ってことか……。腕の形を鋭い剣に変えた。緊張で指がピクリと震える。
「新しい僕になってよ、どっちでもいいから」
相手にはしない。アッシュもキッとセオドアを睨み、眼球でそれをとらえて離さない。
「僕の皮になってよ。死んで、そして、僕と一緒に生きよう。僕がみんなに忘れられる、その時まで」
黙ったまま、にらみ合いが続いた。こちらから仕掛ける勇気なんて、どこを探しても見当たらない。すっかり元通りになったセオドアは、自分の顔に走る傷を愛おしそうに撫でる。
甘く息を吐くセオドアに、アッシュが付け毛を振るった。それを見て、オレもひとつ遅れて地面を蹴った。
アッシュの攻撃を受け止めた所に、すかさず剣へと変えた腕を伸ばした。心の臓めがけてーー、それを潰しただけで死ぬとは思えなかったが、ダメージが一番期待できる場所はそこだった。
左胸に、拳大の穴を開ける。体の中はしっとりと濡れていて、無数の虫がオレの腕に触れた。セオドアは一瞬顔を歪めたものの、余裕の表情に戻して、じ、っとオレを見つめていた。恐ろしくなって腕を引き抜くと、穴から粘液と共にピンクの虫が滴り落ちてくる。
「……な、なに、これ……?」
ぽかんと開いた胸の穴に、アッシュは驚きを隠せないようだった。アッシュはセオドアの虫を見るのは始めてだったか、仕方ない。
視覚を潰さねば、同等の力ではないか……。ゆっくりと近づいてくるセオドアから逃げながら、銃で目を狙った。……たぶん、当たっていたら、目は潰したはずだ。避けるわけでも、身を守ることも、セオドアはしなかった。右手で軽く目を覆い、完全に受け止めている。指の隙間からは、狂気に満ち溢れた真赤な瞳。右手に当たった影の銃弾は、じゅうと焼け焦げたような音を立て、手の甲に沈んでいっていた。
「ね。ねえっ、グレイちゃん、あいつ、変だよ」
「そんなの、最初から分かってるだろ」
「うん、そうだけど……」
やっぱり、簡単には死なないらしい。殺す事を考えなければ、まだ策はあるのだが……。モーガンを捨てなければならないのか。人間のモーガンと悪魔のオレ達の命なら、オレ達を優先すべきだ。サミュエルにも散々言われた事。でも……、オレのプライドが、許さない。セオドアの前でモーガンを助けてやりたかった。
料金所が見えてきたころ、一台のパトカーが走ってきて目の前で酷いブレーキ音を出しながら止まる。
「……大丈夫かい!?」
運転席から顔をのぞかせたのは、イヴァンだった。こいつ、待ってろって手を出すなって言ったのに!
「早く乗って、早く避難しないと、一緒に殺されるから」
「はあ!? お前こそ早く帰れ! 死ぬぞ!」
「……軍隊が出るんだ。準備が終わったし、もう大丈夫だよ」
「殺すってのか? お前はこれを殺すってのか! まだ、飲み込まれた人は生きているんだぞ! 何も足掻こうとせず、殺すってのか! いいから戻って、道路を止めておけよ!」
人間にどうにかできるとは思わないし、それに、モーガンやモニカを殺すだなんて! 他にもたくさんの人が飲み込まれているのに。イヴァンの着ている服の胸ぐらを掴むと、イヴァンはオレを睨みつけた。
「放っておけば、君達だけじゃない、ボクらも死ぬんだ。できるかどうかわからない方法に賭けるほどの選択権は、ボクらにはないし。上の命令だから……、ボクらはそれに従うしか、ない。だから……」
「お前は、お前は! それでいいって? それでいいって言うのか!」
イヴァンに向って怒鳴り散らすと、アッシュがイヴァンからオレの手を引き剥がした。小さく首を横に振り、オレの手を握る。
「グレイちゃん、車に乗ろう。あいつだって、車じゃ追いつけないだろうから」
「嫌だ、オレはモーガンとモニカを助けて、サミュエルを連れて帰る」
約束したんだ。それに、オレの仲間をあんな姿にしたこと、チャールズ警部に大怪我を負わせたこと、ドロシィの腕を奪ったこと、アッシュを連れ去ったこと。許せないことが沢山ある。天使セオドアは、悪魔よりも悪魔だ。奴に罪を償わさせる。
「……いい加減にしてよ! あんたらをこれ以上失ったらまずいって、だから守ろうとしてるの、理解できないわけ!?」
……何も、言えなかった。言わなかった。人間は人間で、本当は身を守る力を、ついでに他人を守る力も持っている。なんだ、ひとりの悪魔よりも強いじゃないか。さすが、これなら地上を覆い尽くすほどに増え、他の生物が死に絶えていくわけだ。
「グレイちゃん……、お願いだから」
「ああ……。理解したよ。乗ろう」
アッシュの言葉を遮り、答えを出した。頭に上っていた血が落ちてきて、力が抜けた。……後悔するだろうけど、きっとこれが正しい選択なのだろう。短かったけど楽しい日々だった。モーガンとモニカに、申し訳なさすぎる。二人とも、オレを信じてついて来てくれたのに。
後部座席にアッシュと乗り込むと、イヴァンはすぐにアクセルを踏み込んだ。速度計の鍼が、どんどん右に傾いていく。真っ暗な車内の中で、ピカピカ光るランプや表示をじっと見つめていた。

いきなり、視界が暗くなる。フロントガラスに何かが、乗っている。
「うわっ!」
イヴァンが振り落とそうとするが、それはピッタリ張り付いて離れない。風に吹かれる緑の髪を耳にかけると、頬に走る大きな傷が露わになる。ドンドンといくつかの大きな音がした。
「あいつだ! グレイちゃん、あいつ、車壊す気だよ!」
「イヴァン、車止めてくれ!」
そう叫ぶものの、車は止まらない。ゴシャンガシャンという破壊音で届いていない、なんてはずはない! なぜなら、イヴァンはブレーキを何度も踏んでいるからだ。
「止まらないっ! く、くっそっ!」
フロントガラスからセオドアが消えたかと思うと、料金所のバーが目の前にあった。時速160キロのまま、それに突っ込んでいく。三人の叫び声が鼓膜に響いた。思わず目をつむり、叫び声と破壊音を聞く。
壊れたのは、バーのほうだった。それを過ぎると、再び目の前にセオドアが現れる。……なぜだ!? 強力な魔力を持つ天使とはいえ、時速160キロで走っている車を追い抜くなんてこと、ありえない。……いや、奴に常識は通じない。通じないとはいえ……、そんな事。
常識の通じない相手に勝つ方法は、それの上をいくことくらいしか、ない。
そんな事、オレができるのだろうか。ひとつ、あるけど。それはセオドアの上を行っているのだろうか。
腕を燃やし、鋭い剣へと変えた。フロントガラスに張り付いたセオドアの頬がゆがむと同時に、悲鳴と血が車内にばら撒かれた。




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あきゅろす。
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