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Uターン
あるいは鉄の処女

獣のようなけたたましい叫び声を上げながら、サミュエルはセオドアへと走った。止めようとオレも叫ぶが、サミュエルの声にかき消される。手を鋭い詰めに変化させ、セオドアの頭目掛けて振りかぶった。
「ジャンヌ!」
ガブリエラがジャンヌを呼ぶ前に、セオドアはサミュエルを片手で受け止め、もう片方の手で嫌がるサリアの顎を撫でる。ようやく発現したジャンヌは、サミュエルの首に剣を当てた。
「はーあ、うるさいなぁ。ここは動物園かっての」
「下がれサマエル。でなければ貴様の首は地に落ちることになるぞ」
サミュエルを追い、しぶしぶ下がったサミュエルの隣へときた。アッシュの様子は、普通じゃなかった。虚な目で血が流れる腕を庇いながら、アスファルトに落ちた自分の血を眺めて、まるで呪いでもかけるみたいに、何かを一生懸命繰り返し呟いている。それだけじゃない。うすら笑いを浮かべ、軽く痙攣している。何かに、セオドアに取り憑かれただけだと思いたかった。早く助けて、休ませて術を解いてやらなきゃ……。
「サミュエル、よく考えてみろ。二人のうち一人殺すだけで、片方と後ろの人たち全員が助かるんだよ? 殴り合いならそれからにすればいい。君たちにとって正しい選択は、この僕の言ったとおりにすること」
「貴様の言うとおりにするのは、もうたくさんだ! 貴様を殺して、二人助ければいいだけの話!」
「僕は君に殺されるよりも早く二人を殺すけどね。グレイ、君はどう考えた」
なんて、言われても。頭は真っ白だった。苦し紛れに、質問をひとつ吐き出す。
「二人を助けるかわりに化け物を殺すって言ったら……」
「だめ、認めない。僕は片方殺したら片方返してやるって言うんだ。この子はただのおまけ。おまけいらないから、お菓子二つくださいって言ってるようなもんだろー? だめに決まってる」
で、ですよね。どうしたらいいのだろう。アッシュを盾にされてうまく立ち回り、アッシュやサミュエルの妹サリアを傷つけず、綺麗に戦える実力、そしてもちろん、自信もゼロ。
「それに、君たちは人間を敵に回すべきじゃないな。人間を舐めない方がいいよ。彼らは、僕らだって吹き飛ばすほどの力を使うことすらできるのだからね」
流石にあれを殺してたった二人を助けると言えば、非難を浴びるだろう。あれを助ければ、オレたちは一気にスーパーヒーロー。……ひとつ、はったりをかましてやれないだろうか。頭を使えば抜け出せる問題だと、信じたいものだけど。どっちか犠牲にすれば、オレ達の関係がギクシャクするだろうし、『アッシュとサリアの二人を救出、化け物を元に戻してなおかつオレ達二人の生存』をしなければいけない。ただ、ひとつだけ、妥協できる部分はある。それは……。
「オレ達のどっちかが死ぬ。だから二人と後ろの化け物を元に戻すんだ」
「気が狂ったのか!」
サミュエルの怒りがオレに向けられる。はったりだ。死ぬつもりなんて最初からさらさら、ない。うまくかかればいいが。
「……いいね、いいよ。そりゃ、願ってもない話だ! グレイくんとは、趣味があいそうだね。それがいいってなら、そうしてもいいよ」
「グレイ……、君は、なんてことを!」
胸ぐらを掴まれそうになったが、軽く避けた。敵を騙すのならまず味方から騙せってこと。
「お前、自分から言ったろう。自分が要らなくなったら捨てろと、言ったろう。要らなくはない……、まだ、いて欲しい。でもな、ここがお前が命を棄てるべき場所だ」
そう、ひとつ、作戦を立てたーー。
ヤツは仲間割れが好きだ。ならば、サミュエルをオレに殺させようとするだろう。しかしサミュエルは、死なない。血や内臓が噴き出るだけで、致命傷を何度負ったとしても、死なない。そしてサミュエルの血を、セオドアに浴びせる。なんとかして付着する。そこから死んだフリをしたサミュエルが魔法を発動する。オレは影に逃げれば、毒を受けない。
サミュエルは、最低でもセオドアに自分の血がつけば気づくだろう。あいつの事だし、お前が死ねと言った時点で気づいてるかもしれない。サミュエルが死ねない事は、お互いによく分かっている。
サミュエルは、微かにくちびるを吊り上げて笑った。気づいたな!
「……そうだな。そんな事も言った。サリアが助かるのなら、捨てかけた命だ。いくらでも放ってくれる」
さっきまで瞳を輝かせていた緑髪の男は、つまらなさそうにアスファルトを蹴り上げた。どうやら、サミュエルの答えがお気に召さなかったらしい。
「僕がサミュエルを殺すよ?」
……面倒が省けた! 直接なら、すぐに魔法を発動できる。
「駄目だ! サマエルの血を知らないなんて事はないだろう! 罠だ!」
割って入るガブリエラ。しまったな、あいつはサミュエルの血を思いっきり食らっているじゃないか。仕方ない、作戦通りにいこう。
「罠だと思うのなら、オレがやろう。それならいいだろ」
「駄目だ、駄目だ! 私とジャンヌがやる」
オレかセオドアじゃないと面倒だ。ガブリエラだと、聖女たちにオレが動きを止められる危険がある。セオドアの場合でも止められるだろうが、この場合はオレが動かなくても血がつくため、問題ない。
「やだ、僕だよ。つまりさ、血を出した時に意識がなかったらいいんだろ?」
次の瞬間、セオドアは消えていた。まるで隼、どっとアスファルトに落ちる音。音のするほうへ振り向くと、地面に倒れたサミュエルに、セオドアが馬乗りになっていた。その手が伸びた先、は。白い首。
「ぐっ……、っはっ……ぁ……」
「我慢しないでいいんだよぉ?」
サミュエルの足が引きつる。セオドアめ、窒息させる気だ!
オレたち異能者は、空気を吸う必要性が、ほかの生き物に比べると少ない。まあ、半分は酸素に頼っているのだが。もう半分は、体の中で魔力によって作り出される酸素に似たモノで呼吸の代わりを行っている。それが酸素と一緒に血液を巡ることにより、エネルギーを無駄なく使うことができるのだ。
体の中で半分は呼吸している。なので直接酸素を吸わなくても死ぬことはないが、ずっと呼吸をしないでいると、エネルギーを使う効率が悪くなるので、一旦節約しようとする。全ての生命活動を生きられるギリギリまで落とす。身体に残ったエネルギーと、魔力を使い果たせば、死ぬ。でも、つまり、仮死状態になるということは、外部からの攻撃に抵抗出来ないということだ。セオドアは、サミュエルを窒息させて仮死状態に陥れ、そこを殺すつもりなのだ。
……止めたい。でも、あんな事を言ったのだから、止めることはできない。セオドアが直接とどめを刺しにくるまで耐えるしかない。
「っ、ふぁ、ぐっ」
「だんだん気持ちよくなってきたでしょ? 大丈夫、僕もだよ」
……いや。サミュエルの意識があるうちにサミュエルを出血させる方法はある。派手な出血でなくていい。ほんのちょっと、セオドアに掛かれば。
握りしめていた手を開いた。影が集まり銃の形になる。ガブリエラには、気づかれていない。気づかれたとしても、あいつにはすぐ止められない。

大きな銃声と共に放たれた影の銃弾五発は、アスファルトに押さえつけられたサミュエルの頭蓋骨目掛けて飛んでいく。
「こいつ!」
ジャンヌが飛びかかってくるが、痛くもなんともない。セオドアの顔には、血。真っ赤な鮮血が、べったりと頬の傷に掛かっている。
「え……?」
銃声に怯んだのか、サミュエルが隙を見てセオドアを蹴飛ばした。赤い髪と、赤い血が風に舞う。そしてーー。
「全部、おしまいだッ!」
セオドアの顔から、血が吹き出した。それはすぐにゆっくりとスピードを緩ませ、硬いアスファルトの上にドロリと落ちて行った。
どろどろに蕩ける赤い血の奥から、さらに赤く輝く真紅のルビー色はこちらを睨み、視線で掴んで離さなかった。
「本当におしまいなのは、どっちなのかな?」
頬に走る傷の縫い目から、小さなピンクの虫が零れる。それは、すぐに血と触れて溶けていった。




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