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Uターン
人柱の願い事

橋に向かって飛んでいる所、胸ポケットに入れた携帯が震えた。申し訳ないけど、今はそれどころじゃない。無視を続けるが、向こうも必死らしくしつこく電話をかけてくる。
しばらく放っておくと、携帯が震えるのをやめた。やっと諦めたか、そう思ったのもつかの間。携帯のスピーカーから、かすれて今にも泣きそうな女の声が聞こえてきた。
『……さん。グレイさん。どうか、どうかお願いですから、電話に出て下さい。モニカ、モニカです。モニカ・エインズワースです。助けてください、グレイさん……。グレイさん……』
「こ、これは、一体……」
その声は、間違いなくモニカ・エインズワースのものだった。電波に魔力を乗せているらしい。携帯がほのかに魔法臭い。鼓膜を打って聞こえてくるというよりは、脳みそに直接語りかけてくるようだった。息を吐く音さえも、そばで聞こえているかのような鮮明さ。こんな事ができるのは……?
「間違いない、ガブリエラの仕業だ。電話からだろう、俺に渡すんだ。何かそれを通じて攻撃をしてくるかもしれない」
「あ、ああ。頼む」
そう返すとすぐにオレの胸ポケットから携帯を取り出した。ピカピカと点滅する不規則なランプを子どものように夢中で見つめている。
「その光ってるのは大丈夫なのか」
「ガブリエラが送れるのは音声と映像だけ、光までは捕まえ操ることはできまい」
ノイズがまじる。モニカはガブリエラに本当に捕まっているのか? 確かに、モニカに逃げろと言ってから姿を見てないし、ガブリエラだって人間の女一人を捕まえるくらいの余裕は腐るほどあっただろう。仲間が捕まっていて、助けを求めているにしては、自分でも驚くくらい、冷静だった。人間と悪魔の違い。
『あたし……。猟奇殺人犯の、緑髪の男に捕まったんです。まだ、何もされてないけど……。どうなるのか、分かっているから……。グレイさん、お願い。あたし、一人だけって約束で電話したの。声を聞かせて、返事をしてください……』
消えて無くなってしまいそうな声だが、サミュエルはじっと手の中の小さな機械を見つめているだけだった。左右で違う色の瞳は、何も語らず、何も写さない。
プツンとテレビが消えたような男がすると、明らかに声の音色が変わる。最初の吐息だけで分かった、ガムみたいにねちっこくて鬱陶しい、嫌な男の名が頭によぎる。ーーセオドア。
『もしもーし? 聞こえてるぅ? 聞こえてるよね? 無視しないでよ、カワイソーじゃん。もう、どこほっつき歩いてるのさ? 流石にこの僕でも、この子に同情しちゃうよ』
セオドアの声が聞こえた途端、サミュエルは眉間に皺を寄せた。ガチガチと歯を鳴らし、手先は小刻みに震え出す。
「おい、大丈夫なのか」
「……努力はする……」
……努力って、なんだよ、それ。普通でいるのに努力しないと駄目なんて、つまり駄目ってことじゃないか!
「無理すんなよ、降ろすよ。オレだけでも大丈夫だからさ」
『高速道路、わかるだろ。橋がかかってる。料金所の近くに僕は居るからね。早く来ないと……、そうだ、みんなくっつけてキメラにでもしてやろうかな。モニカ・エインズワースとアッシュ・ブロウズ。クリスも居るし、上に帰ればサリア・ソーンも居るな。どう思う、ガブリエラ。君も混ぜてやろうか? ……いい? ああ、そう。まあいいや。……じゃ、早く来てよね!』
セオドアのまくしたてるような言葉はすぐに終わった。携帯は振動とピカピカ光るライトを止めて、完全に沈黙した。サミュエルは震えていた唇を舐めた。
「頼むから、連れていってくれ。俺はさっきの戦いで自分が死なないって確信が持てた。死なないなら、足でまといにはならないだろ? それにさ、あいつが妹の名前を出したんなら、行かなくちゃ、ならないよな」
「ああ、サリア・ソーンっていうのは……」
「……」
センチな表情を作るが、この男はお姫様抱っこされているというのを忘れてはいけない。一瞬、忘れかけていたけれど。
家族のことってなると、根掘り葉掘り聞かれたくはないだろう。普通の幸せな一般家庭に暮らす人間ですら聞かれたくないってのが多いのに、性が乱れがちなオレ達にとってはデリケートに扱うべき話だ。どんなに完璧に見えるヒトだって三大欲求には勝てない。オレの胸ポケットへ、いそいそと携帯電話を戻した。
「もう逃げたくないんだ。ヤツから」
目的の橋に到着したのは、それからだいぶ時間が経ってからの事だった。


深夜の高速道路には、いくつものオレンジ色の街灯がアスファルトをきつい光で照らしていた。小石の一粒一粒が、その光に当てられて色っぽく輝いている。高速道路というものは朝から晩まで、24時間車が行き交っているものだと記憶していたが。そこに広がる景色は、その常識を覆すものだった。セオドアに言われた料金所にはパトカーがぎっしりと詰まっている。テープがいくつも貼られ、入口には警官が何人も立って、普通道路への誘導を行っていた。料金所のずっと奥には、大きな影があった。ゆらゆらと不気味に揺れながら、少しずつこちらへ向かってきている。隣の車線も巻き込みながら、ゆっくりではあるが確実に、それは近付いている。
空からゆっくりと着地すると、警官の希望の視線が大量に注がれた。異能者がきたぞ、なんとかしてくれるぞと。
「おい、今、どうなってる」
サミュエルを下ろし、一番近くに居た警官に声をかけた。小柄な、少し猫背の青年。
「……あ! 誰だろうと思ったら、やっぱり君! こんなにすぐに会えるなんてね……」
「ああ、イヴァンとかいったか」
「覚えてくれたんだ、嬉しいな。今日は忙しいね、休む暇もないや……」
苦笑い。その表情には疲れが見えていた。無理もない、銀行の立てこもりから、まだあまり時間は経っていないのだから。一息ついて、イヴァンは口を開く。
「何か大きい化け物が、車や街灯を巻き込みながらこっちへやってくるんだ。何人か、異能者とサポートチームがさっき向かっていったよ。まだ詳しい連絡がないから、あんまり助けにならなくて申し訳ないけど……。ボクらに出来る事があるなら何でも言ってよ」
何かでっかい化け物……、キメラか? セオドアは近くにいないのか? いや、そんなはずはない。十分魔法臭はアスファルトに染み付いている。セオドア、アッシュ、そしてガブリエラ。オレに出来る指示は。
「今出た異能者とサポートチームを撤退させてくれ、すぐにだ! 腕に自身のある者だけ残れ。サポートチームとそれ以外の異能者は一般人の避難に回してくれ、ここで絶対にオレ達が止めるから、頼んだぞ」
そう吐き捨てると、サミュエルと一緒に化け物へと向かって走った。イヴァンが待てと叫んだが、足は止めなかった。
近づくうちに、ズシンズシンという大きな足音と揺れが襲ってくる。数少ない街灯に照らされて現れた何かでっかい化け物とは。
目で映像を確認して、脳で処理するのに、かなりの時間を必要とした。それほどまでに異様なものだった。
その大きな塊を、作りあげているのは。トラック、乗用車、真っ二つに折られた街灯。それの隙間に、人が居た。人、人、人、人だらけ。10メートルはあろうかという化け物は、少しの車や街灯と、沢山の人でできていた。助けてくれといわんばかりに手足をバタバタと動かして主張する者、恐怖からなのか叫び出す者、ぼんやりと前を見つめる物、とにかく沢山の人間が高く高く積み上がっていた。そしておよそ半分の人間は、力なく髪を垂らし、手足をぶらりと揺らしていた。ーーたぶん、おそらく、死んでいた。
「流石、趣味が悪い……」
サミュエルがそうこぼすと、化け物は歩みを止めて吠えた。派手な水音はアスファルトを打ち、あっという間によだれの水溜りをつくりあげた。そのよだれからは、きつい魔法臭がする。
「……他の異能者とも、サポートチームとも、すれ違わなかったよな?」
サミュエルに振るが、何も答えなかった。じっと見つめていると、化け物の腕のあたりには、二つ折りにされたパトカー。そして、そして、それに手向けられた花のように、そばに寄り添っているのは。
「モニカ……」
モニカはぐったりとしており、外部からの力に逆らわなかった。サポートチームとして出て、捕まったのか。……やってしまった。ついに。なんとか『死は避ける』程度には守っていたつもりだったのだが。やはりオレの手は短く、小さい。
情報がこないわけだった。この化け物に、機械も生き物も関係無く取り込まれてしまうのだから。
「大きいが、それだけだな。生物なら毒が効く」
……これがキメラなら、元となった生物が何処かにいるはずだ。そいつを叩けば一発で試合終了ってわけか。しかしこれだけ数が居ては、どれが本体なのかさっぱり分からない。中から叩くことができるのなら。
「……グレイ、わかるか? 化け物の口。口はエネルギーを外部から摂取するためについてる、そうだな。じゃあ、そのエネルギーはどこへ行く?」
「そりゃ、消化してエネルギーを使うために胃へ行くだろ」
「エネルギーを使いたい消化器官が、口の奥に居るってこと。消化器官に毒を流せば、化け物の全身に回って死ぬ」
「そりゃ、つまり。自分から食われろってわけ……」
「ああ、それに口はずっと上にある。また頼む」
「言われなくてもわかってたさ……」
再びサミュエルを連れて飛び上がろうとすると、強い風が吹いた。それに乗ってやってきたのは、緑色の髪に、頬に大きな傷のある男だった。
「グッド、イブニーング! やっと来たね、ずいぶん待たせてくれちゃって!」
着地に失敗して、セオドアはアスファルトへ座り込んだ。そこへサミュエルはウロコを飛ばす。が、どこからか飛んできた蛾に邪魔され、打ち落とされた蛾はドロドロにとろけ、すぐに原型が分からなくなった。化け物の後ろから、男の悲鳴が聞こえる。
「アッシュ!」
「危ない、危ない……」
サミュエルは舌打ちをして、オレの腕から飛び降りた。幸い、化け物は止まっているし、化け物の一番前にいるのはセオドアだ。こいつの事は暫く考えなくても良さそう。
「毒で中からやるの、せっかくみんな生きてるのに、死んじゃうよ。かわいそうだなぁ」
サミュエルが吼えた。
「一人一人引き剥がしていく余裕があれば、そうするがな!」
こいつを放っておけば、街に乗り込み全ての物と合体して止められなくなるだろう。モニカや……、他の人たちには、申し訳ないけれど……。
サミュエルは敵意を剥き出しにして、蛇のようにセオドアだけを睨み付けている。しかし、手先は小刻みに震えていた。
「ひとつ、取り引きをしないか」
「しない。俺はお前も後ろの化け物も殺すッ!」
「まあまあ、答えは内容聞いてからにしてよ。案外、君たちにとって有利な取り引きになるかもしれないじゃん?」
セオドアが指を鳴らすと、化け物の影からよろよろとアッシュが歩いてきた。唇を噛み、さっき負傷したらしい右手を抑えている。もう一回鳴らすと、アッシュの反対側からガブリエラが出てきた。大きな鎖を持ち、何かを引っ張ってくる。
赤い髪を風に揺らし、黒い翼を引きつらせ、獣のように言葉にならない声で叫んでいる女。顔には包帯が巻かれ、腕は後ろに回されており、ガブリエラの持つ鎖は、女の首輪に繋がれていた。オレは、この女を見たことがある。サミュエルと初めて会った時、サミュエルが連れていた女。
「サリア! セオドア、貴様……」
サミュエルが声を荒げると、サミュエルの妹だというサリアは、キョロキョロと首を振った。兄を探しているのだろうか。視界は真っ暗だろうに。
「さっき僕の趣味が悪いとか言ってたけどさ、君の変態趣味も相当だと思うよ?」
喉を鳴らして、一息ついたセオドア。ゆっくりと瞬きをして、口を開く。
「この子、全部僕の魔法でくっついてるから、僕が魔法を解くと全部元通りになるんだよね。だからさー、アッシュかサリア、どっちかを君たちが殺したら、魔法を解くよ。片方は、助けられるね。……ああ、この二人は僕が何時でも殺せるってこと、お忘れなく」
味方殺しが見たいって、それだけか!




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