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Uターン
セイレーンの呼び声

どこか逃げられる場所はないか……? ぐるりと周りを見渡す。
火の能力。オレもわりと近い力を持っているし、少し考えればなんとかなりそうなものだが……。
炎を扱って苦戦したといえば……、水の怪だろうか。オレの影の斧は、影だけでは全く殺傷力がない。影を燃やして勢いよく振るうことで、切断する力がでてくる。
水の怪は竜の姿だと巨大だったし、全てが水が出来ていて切断どころか蒸発させようにも間に合わなかった。それに攻撃を仕掛ければ体が冷えて、影の炎を出した状態だと体力が削られていた。
海、か、川。池でもいい。とにかく水が沢山ある所。
「ユーリスっ、落ち着け! 殺されるぞ!」
ガブリエラの声、こちらもかなり近くに居るようだ……。ガブリエラの事は気にしていられない。正反対の存在で、攻撃はおろか、触れることすらかなわない。向こうだって同じだ、ガブリエラはオレを殺せない。
「後は私とセオドアとブロウズに任せろ! 戻って傷の治療をするんだ!」
「ブロウズっつーと、あの灰の悪魔だろ? あんな奴、信じられるかよ! 僕が追いかけて殺してやる! ブロウズの代わりに僕がやってやる! サマエルも影の悪魔も、全員殺してやるッ!」
なーんか面倒くさいことになってるようだ。これなら。
「どうするつもりなんだ? もう追いつかれる……」
腕の中のサミュエルが、後ろとこちらを心配そうにチラチラ見る。
「水だ、水を探してる」
「水……?」
どこかに無いか、どこかに……。見えるのはイルミネーションや街灯の光の海ばかり。
「おい、あそこは……?」
サミュエルが指差したのは、大きな建物と、大きなプールがいくつかある。建物はピカピカ光っていて、魚の絵が描かれている……、水族館だ!
「でかした!」
燃やしていた炎を弱め、プールを目指した。奴は、ユーリスは追ってくるだろうか。アッシュを追っても、すぐに飛べば助けられる、か。
もう深夜になろうかという所、水族館の屋外プールはわずかな光に照らされて、ゆらゆらと輝いていた。イルカショー(テレビで何度か見たことがあるんだ!)が行われる、ドームのようにぐるりと椅子が並んだプールだ。
プールサイドに着地し、サミュエルをおろして空を見上げる。ゆっくりと降りてきたのは、右腕が溶けた天使。
「……奴をここで足止めしたい」
「俺が任されようか。さすがにこれ以上のタイムロスはきついだろう。タイミングを見計らって逃げるんだ」
お互いに聞こえるか聞こえないかくらいの声。サミュエルの考えに賛成したという意思を表すため、わずかに首を縦に降る。
少し遅れて、ガブリエラもユーリスの隣に着地した。
「ユーリス……。どうして私の言うことをきいてくれない……」
さっきの高圧的な態度とは打って変わった、悲しそうな声。やんちゃ盛りの子供に悩む母親のような……、案外間違ってはなさそうだけど……。
ユーリスは無視し、きつい眼差しでこちらをギロリと睨んだかと思えば、獣のように吼えた。
「おねがいだ、私の言うことを聞いてくれ……」
最後まで聞く事すらしなかった。じりじり燃えている足や手の先、冷たい目でオレたちに怒りの感情を全力で向けている。
右足を踏み出し、向かってくる……。サミュエルを引っ張り、プールへ飛び込んだ。あいつは、追ってくるだろうか?
じっと水面に目をやると、水面すれすれを飛ぶユーリスが見えた。やはり水の中までは入れないのか。入ってきたとしても、魔法が使えない、とか。
影の銃でユーリスの頭を狙う。数発撃つとバランスを崩し、大きな飛沫をあげて落下してきた。すかさずサミュエルが首にウロコを埋め込む。じわじわと皮膚がとろけていって、水の中に抑えこめば勝ち、といった所か。
サミュエルがユーリスの首を掴み、『上がれ』と合図をした――。サミュエルの周りには、腹から出て広がる血があった。付かないうちに出ろとの事らしい……。水の中でもがくユーリス、そのせいで血はどんどん広がり体にまとわりついていた。
指示通りにプールから上がろうとすると、体が動かなくなる……。
足に、ピカピカ光る女がしがみついていた。水の中でローブが蝶のように舞う。それは鉛のように重く、どんどん体が沈んでゆく……。長い髪を垂らした、ガブリエラの扱う、聖女マリア。
さっきは触ることすら叶わないほどだったのに、どうして今は触られている上にしがみついて離れないんだ!? 手で剥がそうとすると、触ることができた。しかし水中ではうまく力が入らない……。少し剥がれてきた、そう思うと、背後でゴポリと水が動く音。ローブ姿のもうひとりの聖女、エリザベトがオレの脇から腕を通し、押さえた。
もがいても、もがいても、聖女たちが力を緩める様子はない。しまった、呼吸を止められるのはせいぜい十分といったところ……。他の生き物と比べて、呼吸にあまり頼らない生き方をしているので死にはしないが、呼吸ができないと苦しくなる。しかし、呼吸に少なくとも頼ってはいるので、それを止められると仮死状態になる。全ての生命活動を生きられるギリギリの最低限に抑える。つまり、気絶してしまう。気絶すればやられたい放題だし、気がつく事も水中なら不可能なので、ぶっちゃけた話、死と同じだ。
もたついている間にも、サミュエルの血はぐるぐる回る水の流れに乗ってこちらへと漂ってきている。ユーリスとサミュエルの居た場所は、すっかり見えなくなっていた。血で真っ赤な渦巻きの中泡沫だけが、ただただ存在をひっそりと静かに主張している。
その先へ。向かうのは月の反射にも負けない光ったナニカ。水がてらりと挑発するように輝いた。
小柄な身体だががっしりとした重い鎧は慣れているようだった。ゆるいウエーブのかかった髪を後ろで纏めている。片手には剣、片手には盾を持ち、それはーー、『聖女』ジャンヌは深いプールの底を歩いてゆく。サミュエルが危ない! 危険を知らせたくとも、水の中で声を出すだなんてことができるわけがなく。
まず、オレの体を水の中に押さえつけるマリアとエリザベトをなんとかしなくては……。
「わかるか、グレイ・キンケードよ。そしてサマエル。こんな場所が自分達の墓場になるなんて、思いもしなかったろう。ユーリスに気を取られてここへ来たのだろうが、とんだ誤算だったな。私がずいぶんやりやすくなってしまったが? 命乞いの言葉を考える暇を与えたとしても、それを使わせはせんぞ」
後ろから、直接鼓膜に訴える声。口調はガブリエラのものだが、声は透きとおって高く可憐な女の声だった。ガブリエラの言葉を、聖女たちは代弁しているらしい。マリアだか、エリザベトだかジャンヌだか、どれがやっているのかはイマイチ分からない。水面に視線を上げると、プールサイドに腰をかけたガブリエラが薄く笑いながら水の中を眺めていた。体がふわりと浮いていく、チャンスなのか。引き剥がしつつ水面を目指すと、真っ白い手がオレの髪を引っつかんだ。そのまま水の外へと引っ張られてゆく。
「……っ、はあっ、はっ、ぅ、っは……」
「ははは、いい眺めだ。今のうちに沢山呼吸をしておけよ。永遠にできなくなるのだからな、あの世で思い出せるように、呼吸の感覚を、な」
オレの髪を引き上げたのは、ガブリエラ。頭にきて、一発殴ってやろうかと手を振り上げようとした、が。何かに、聖女エリザベトに腕を再び押さえつけられていた。足のマリアも、多分、居るのだろう。誰かに抱きつかれている感覚がする。
「もう少しすれば、ジャンヌがユーリスを助け出して帰ってくる。それまで、暇つぶしにおしゃべりでもしようじゃないか?」
ああ、ムカつく、ムカつく。これほど女に対してイラついたのは初めてだ。サミュエルの毒の血はまだこちらに届ききっていない。少しくらいはオレにも影響が出るだろうが、そこまで他人に対して優しい奴だとは残念ながら思っていない。ジャンヌをひっこめ、ガブリエラにいくらかダメージを与えられるだろうし、もちろんユーリスは死ぬ。もちろん、オレの心配はする必要はない。サミュエルは、躊躇せず毒を発動させる。サミュエルはそういう男だと信じている。そんな、ヒトの作った理想世界、小説やゲームみたいに、多少の犠牲を受け入れず妥協しない、しかしそれでもうまくいく世界。そんな甘ったれた正義が通るほど、オレ達は子供ではないし、夢を見てはいけないのだから。
「サミュエルは負けねえよ」
「どうだか? どっちにしたって、お前は今日ここで死ぬ。サミュエルの毒で、もしくは聖女たちの手によって。もしくはユーリスの手によって。……せっかくだし、面白い話をしてやろうか」
肺の中に入り込みかけた水を吐き出した。呼吸ができる有難さを噛み締める。
「私の友人らが、私が、お前に触れられるのはなぜか、わかるか」
……話も気になるが、髪の毛を引っ張るのはやめてくれないかなあ、見ているとイライラするし。こういうことされるのって、あんまり好きじゃないんだ。されるより、することのほうが好き。なんて、余裕をこいていた。
「……いや」
「そうだな、水の中だと、光が届きにくくなるだろう。光がなければ、影もなくなる……。つまり、だ。正反対の存在だったふたつが、少しではあるが、近づいてくるんだ。だから、触れる。お前も、彼女らに触れられたろう」
「それだと、てめーがなんでオレの髪に触ってるのか、説明がつかないが?」
「触れることはできる。握ることはできなかった。彼女らより私は魔力が高い。それに……、ベクトルが違うのさ。存在のベクトルが。私は彼女らより、お前に近い」
急に、水の中が熱くなった。水の中に居るのに、燃えるような熱さだった。ゴポ、と泡がいくつも浮き、たくさんの水蒸気が発生している。……プールが沸騰している!
「やっとか、流石に怪我をしていればな。水の中で本当によかった」
髪の毛を横へ引っ張られ、ぎゃっと短い悲鳴を上げた。後ろを見せたいらしい。視線をそちらへやった。煮立ったプールに、浮き上がってきたのは赤い髪。水面ギリギリに浮いているのは全身燃えた、焦げたような髪色の悪魔。水面に立つのは鎧を纏った少女。真っ赤に染まったプールの水は、どんどん煙となって上がっている。
「ま、まさか……」
「ユーリス、彼は炎の悪魔。そして私は……、光はおまけみたいなものでね。友人に会えない日があると、さみしいだろう? 本職は水の悪魔ってところ。水が沢山あれば魔力が高まる。私とベクトルが近いからな。私の魔力が高まれば、聖女たちも強くなる」
ガブリエラが指を鳴らすと、沸騰していたプールがカチンと凍った。しまった、これじゃ、身動きができない。それにサミュエルは呼吸できているのか……。
「なにがチェック・メイトだ! 馬鹿らしい! チェスなんてさ、盤を燃やしてしまえば、ぜーんぶ終わりさ!」
……セオドアの時より、人数が増えたぶんきつい……。ユーリスは燃えたような赤い目でオレを睨んでいた。次、ゲーム盤から弾かれるのは、オレだ。




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