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Uターン
毒蛇のチェス盤

サミュエルを抱き、ビルの間を駆け抜けていた。臭いを辿る、にどうやらヤツらは地上に居るらしい。地上でも足から炎を出せば加速できるので、普通に走るよりはずっと早い。地上に敵や障害物があっても飛べるわけだし、追いつくのは簡単だろう。そう安心しつつもアッシュと倫太郎を追い、走り続けていた。
『……天使たちに告ぐ!天使たちに告ぐ! 目標は影の悪魔と裏切り者サマエル! かかれーッ!』
女の声が頭に響く。ガブリエラの声ではない、もっと高く、もっと女性らしい。
「……!? これは……」
「ガブリエラの『聖女』だ。たぶん、マリアのしわざ……。追ってくるな、結構多いぞ。撒けるか」
「選択肢なんてあるのかよ!?」
「全部殺せばいい」
「……できるから言ってるんだろうな」
「もちろんだ」
細い路地に入り、後ろをチラリと見ると、天使も天使、天使だらけ。路地なら翼を広げられないため、ヤツらは飛べない。加速して走っているし、追いつかれる事はまずないだろう。
上を見上げると、おっきなまんまるお月様……、それを隠す大きな翼。まずい、路地を出た瞬間降りて挟み撃ちにする気だな。影に潜れればいいのだが、サミュエルを連れては入れない。
「おい、全員殺すってどうする気だよ」
「撒けないのか」
「数が多すぎるんだ、このままだと囲まれる。空中戦はヤツらに有利だし」
どこか抜け道はないか、上に見えないような地下通路とか!
地下鉄のホームが思い浮かんだが、無我夢中で追ってきたためここがどこだか全く分からない……。悩んで走っているうちに、どんどん大通りが見えてくる。着地しはじめた天使もいる。
「くそ、もう飛ぶしかないだろ!」
「いいやっ、待て! 囲まれたほうがやりやすい。このまま突っ切って下ろしてくれ」
「信じていいんだな!?」
また得意げにウインクをしている。サミュエルのことだし、きっといい方法があるんだろう……。ビルでアッシュを助ける時、ガブリエラから逃げる時、どちらもサミュエルのおかげで成功したのだから。
「怖いんなら影から見てるといいさ!」
こいつ、オレにお姫様抱っこされてるくせして!
サミュエルを信じ、さらに加速する。天使がどんどん着地していき、構えはじめる。ええい、どうにでもなれ! 大通りはもう目の前だ。素早くサミュエルを下ろし、背中を合わせる。前後左右、ぐるりと天使に囲まれた。サミュエルはどう打開しようって言うんだ?
「ふん、これがセオドアを殺したという悪魔か? 大したことなさそうだな。手負いのサマエルを抱いて、よくまあここまで逃げられたもんだ」
この部隊のリーダーらしき天使が一歩前に出る。つやつやした短く黒い髪の、燃える炎のような赤い瞳の男。隣の天使がナイフを振り上げたが、リーダーの天使が止めた。
「やめろ、僕が首を取る。自分が手柄を取ろうなんて馬鹿なことを考えるなよ。余計なことはするな」
見た目の歳はオレと同じか少し低いか、だろうか。でもたぶん……、オレよりもずっと長い時間を生きているのだろう。パーカーにジーンズとヘッドホン、至ってフツーの、若者らしい格好。しかし魔法臭はしっかり漂わせている……。
「久しぶりだな、ユーリス」
サミュエルが落ち着いた声で、リーダーの天使に話しかける。
「お前に本名で呼ばれると腹が立つよ」
「ウリエルさま?」
「……お前のこと、僕は多分大嫌いだ」
ひたひたと液体が落ちる音。サミュエルの腹に巻いたシーツはもう真っ赤で、行き場を無くした血が地面に血だまりを作り出していた。
シーツを外し、ぐるりと回して後ろに放る。血が舞い、雨のよう
に天使たちに降り注いだ。オレにも数滴、ついてしまった。……わかったぞ、サミュエルはオレに逃げろっていうんだな。じっとその時を待つ。
「ひっどい傷、ほっといても死にそうじゃん。でもまあ、その口をさっさとふさいでしまうとするかな。お前はどうでもいいんだ、僕は好きなものを最後に取っておく派なんだよね」
いかにも具合が悪そうに腹を庇うサミュエル。わざとらしく息を荒くし、オレに肩を貸せと言った。
黒髪の天使ユーリスが地面を蹴り、腕を振り上げた。
『――ユーリス! 奴の血に気をつけろ! 簡単には死なないぞ! 演技だ、騙されるな!』
「っ、ぁ、あ……、く」
また頭の中に声が響いたかと思えば、ユーリスの拳はサミュエルの腹に入っていた。くちくちと血と肉が触れる音がする。流石に辛いのか、サミュエルはぐっと目を絞って耐えていた。
「血がなんだ、そんなものは蒸発させてしまえばいいさ」
空気が一瞬熱くなり、焦げるにおいがする……。
「っ!」
サミュエルの膝ががくがくとし始めた。焼けている、内臓が焼けているんだ。影の銃で、ユーリスの腕に数発打ち込んだ。ずるりとサミュエルの腹から腕を抜き、こちらを睨んでくる。
サミュエルはアスファルトに座りこんだ。俯き、大きく呼吸する。
「はーあ、空気読めよ」
かすり傷をつけた程度だが、注意をこっちに引きつければ、あとはサミュエルが全部やってくれる!
「なんだ、強いのかと思ったけど、大したことなさそうだな。だいぶ小物っぽいよ、なあ?」
周りの天使が構えるが、ちっと舌打ちしてまたユーリスが止める。うまく挑発に引っかかってくれた。
「……お前の話はよおく聞いてる、ただの偶然で格上に勝ったからって、あんまり威張りちらさないことだな。恥をかくぜ」
落ち着いた口調で話すが、眉間には皺。かなり『キレて』るはず、若くて地位のある奴には、馬鹿にしてやれば一発。周りが全く見えなくなる。
『ユーリス! 早く血を蒸発させろ!』
「……うるさいな。こんなに弱ってるんだ、何もできるわけないだろ」
『ユーリス!』
「わかったよ。全く、ババアと組むと面倒でかなわないな」
しゃがんで俯いていたサミュエルが、オレのブーツをコツコツと叩いた。合図か!
「……遅かったな。チェック・メイトさ!」
ぱちん、と指を鳴らす音で素早くサミュエルの影に潜り込んだ。血がそこらじゅうに飛び散っていたので、天使はほぼ全滅といった所か……、悲鳴がたくさん聞こえてくる。
あの黒髪の天使ユーリスは生きているだろうか。サミュエルは大丈夫だろうか、影は動いていないので大丈夫だとは思うが……、一応、不安だし同じ影から飛び出した。

地上には、どろどろの溶岩のようなものが沢山あった。所々指や羽が見えているので、これが天使だったものだと分かる。
その中に座ったままのサミュエル、どろどろに溶けつつある腕を庇いながら立っているユーリスが居た。
『無事か、ユーリス!?』
「……あ、ああ。血をある程度燃やしたんで助かったが……、右腕はもう使いものにならないな……」
じわじわとサミュエルの血がユーリスの右腕を蝕んでいく。放っておけば、あの連れていた天使たちのように、骨も残らずどろどろだ。
「行こう、グレイ」
ユーリスに目もくれず、サミュエルは立ち上がってシーツを探したが、溶けてしまったらしくすぐにあきらめた。
「ああ……」
再びサミュエルを抱き、アッシュのにおいを探すが、大量の血のにおいに邪魔されてよく分からない。ここは大通りだし、分岐点はいくらでもある。どこだ……? ここに居ても仕方がないし、天使が居なくなった今、空から探すのが早いだろう。助走をつけ、飛び上がる。
『ユーリス、もうすぐそちらに着く。追おうとするなよ、死ぬぞ』
あれだけ腕が溶けていればかなり痛むだろうし、忠告もあることだし追ってはこないだろう。
軽く風が吹いて、何か白いものが飛んでくる……。蛾だ、アッシュの蛾!
風の方向へ転換し、再び飛んだ。
偵察に飛ばしたのだろうが、逆に位置を教えることとなったな。もう少し近づけばにおいもして、ちゃんと追えることだろう。
……アッシュは倫太郎を連れ、どこへ行こうというんだ? 誰かが待っていて、そこに届けるのだろうが。倫太郎を取り返すことができるだろうか。
その誰かが、セオドアだってことは十分にあり得ることだし。流石に次勝てる自信はない……。サミュエルが居ても、だ。サミュエルがセオドアを攻撃できるかも不安だし、寝返るのかもしれない……。
いや、最初から信じないなんて駄目だ。まずオレが信じなくては、答えはひとつになるだけなのだから。
強い衝撃が与えられ、倫太郎が覚醒する危険も考えておかねばならない。神すら殺すほどという魔力に一気に目覚めると、どうなるのか分からない。もしかしたらオレたちを殺すかもしれないし、もしかしたらセオドアたちを殺すかもしれないし、もしかしたら全員死ぬかもしれない。神を殺すのかもしれない。
……覚醒すれば魔力と同時に破壊衝動が生まれ、たいていの天使や悪魔はそれを抑えつけて魔法が使えるようになるのだが。倫太郎にそれほどの精神力があるだろうか。
ゴチャゴチャ考えるよりも、すべて上手くいくようお願いしていたほうが有益かもな……。神サマは嫌いだけど、どうかどうか、オレたち悪魔をお救い下さいと。
戦争の結果は、今から決まるようなものだ。倫太郎を取り返す事ができれば勝ち、できなければ負け。倫太郎が覚醒してしまったら、たぶん……、負け。と、いうか共倒れ。
倫太郎の破壊衝動のままに、地上、魔界、天界のすべての物が壊され、壊すものが無くなって、やっと衝動も無くなる。そしてたった一人で、死ぬまで生きている……。そんな未来だって、あるかもしれない。

「……グレイ、気をつけろ。ユーリスとガブリエラが追ってきている」
「なんだと!」
違うことを考えていたらこれだ。このまま飛んでアッシュを捕まえ、倫太郎を盾にするか……? 空中戦は苦手だし、逃げるしかあるまい。小回りはきかないが飛ぶ速度はオレのほうが上だし、撒けるかもしれない。
ま、余裕だろ。そう思っていると、サミュエルが後ろを睨んで叫んだ。
「加速できないか!?」
「これが精いっぱいさ! そんなに早いってのか……」
空気が、熱い。ぱちぱちと火花が散る音。炎の燃える音。
「ユーリスめ、お前みたいに足を燃やして加速している。追いつかれるぞ」
「腕はどうしたんだよ……、くそ……」
「……血を焦がして蒸発させたようだ、右腕はもう溶けて無くなっているが……。もう毒は効かないな……」
オレとサミュエルのぶんの体重がプラスされているわけだし、明らかに単騎で軽いユーリスのほうが早い。一旦地上へ降りたほうがいいか……? 戦うとして、オレはほぼ消耗をしていないから体力的には余裕だし、サミュエルはたぶん……、さっきの血を使う戦い方からして今のほうがやりやすいだろうし、勝つ見込みはセオドアと比べたなら十分すぎるほどある。
しかし、だ。向こうだってタダじゃあやられない、強い魔力を持った天使。怪我を負わせているが、死にかけの獣のほうが恐ろしいというし、なめちゃあまずい。オレたちが負ける可能性だって、全く無いわけじゃない。勝ったとしても時間だってかなりかかる、骨の一本や二本じゃ済まない怪我だってするだろう。
そんな状態でアッシュに追いつき倫太郎を取り戻す、あるいはセオドアとやりあわなければならないだなんて、無理にもほどがある!
「あいつら、お前の知り合いなんだろ! なんか弱点とか知らないのか!?」
「だいたいどんな力を持っているかは知っているが、弱点と言われるとな……。俺はただでさえ魔界に出張ばかりだったのに……、話は仕事上よくしたんだが」
……くそ、でも何も情報がないよかマシか。まあ元仲間なわけだし、戦うなんてことも無かったろうから弱点なんて分かるはずがないか。後で聞いておくとしよう。
奴らの致命的な弱点、あるいは撒く方法。サミュエルを連れていなければ逃げるのなんて簡単だが、置いて行くわけには行かないし。考えろ、考えるんだオレ!




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