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Uターン
聖女へのブルーローズ

アッシュの作戦は、倫太郎の気持ち抜きにしても大きな欠陥がある。それは、セオドアには悪魔や天使を操る能力があるというのを知らないってことだ!
操られた本人は知るはずがないだろう。下手に味方を潜入させれば、一瞬で操られてしまう。そして何よりもヤバいのは、記憶を覗かれてしまうことだ。作戦や隠れている場所など、捕まってしまえば全部バレてしまう。きっと、アッシュの記憶は全てセオドアは知っているはずだ。それなら人間を『正義の味方』で支配し手下とする、というオレ達の作戦はバレているはず。アッシュが操られた後にサミュエルがやってきたのも納得がいく。蛾を食ってすぐにセオドアはサミュエルにしゃべり、サミュエルは単独での潜入をするため裏切ったフリをした。まだ近くに居たからオレがやられそうになる時、ナイスタイミングで助けに入れた……。こんな所か。
セオドアにこちらの作戦は筒抜けだ。新しい方法の提案は嬉しいが、絶対に実行させるわけにはいかない。倫太郎が覚醒する前に血を吸われれば、オレたちは神をも殺す力で一人残らずチリにされてしまう。それに、この態度。どれだけいい提案だとしても、これはいただけない。
「アッシュ、落ち着くんだ。そんなことする必要がどこにある?」
「……わかんない。わかんないよ。頭の中、ぐちゃぐちゃでさ。多分、やきもちだ。駄目だ、ぼく、最低」
アッシュが倫太郎から足をどけると、サミュエルが飛びかかった。倫太郎を取り戻すのかと思えば、その手はグーで、ちょうどアッシュの腹の位置。
「やめろ!」
そう叫んだ瞬間、サミュエルが引いた。ち、と舌打ち。そして、新しい魔法臭。
「迷うな、ブロウズ。私が止める。きみは先に行ってくれ」
「わかった……」
窓から入りこんだ新しい魔法臭の主は、背の高い女だった。短い金の髪。
その女と入れ替わりに、アッシュが髪で倫太郎を拾って逃げようとする。サミュエルは再びアッシュに飛びかかるが、月の明かりから何かが出てきて、サミュエルの拳はそれに当たった。
手はだしたくないけど、倫太郎を奪われたらまずい。影で銃を作り、今逃げ出そうとしているアッシュの足を狙う。アッシュが飛べるのは蛾の姿をとっている時だけだ。死にはしまい。
影の銃弾を打ち出すが、光から出てきた何か……、ピカピカ光る、人型の……、若い女の姿をした何かが手を伸ばし、弾に当たりにいった。
馬鹿め、オレの影は手なんて、そんなんじゃあ防げない。貫通してアッシュの足にヒットだ。
……が、銃弾は手に当たる、と、光る女の手に吸い込まれていった。何回撃っても、駄目だ。
「ありがと、エラちゃん!」
「……よくやった、マリア」
アッシュが窓を抜け、逃げる。すかさず仮眠室から出ようとしたが、またピカピカ光る女がドアノブから出てきた。手を斧に変化させて首を切ったが、手応えはなく、間違いなく切ったのに切れない。
「エリザベト、いい子だな」
ピカピカ光る女は、あの女の仕業か。サミュエルが舌打ちをして、オレに近づいてくる。
「俺がこの光るのをどけるから、お前はすぐあのアッシュとやらを追うんだ」
サミュエルの言うとおり、サミュエルは翼を失ってしまい機動力が下がっている。オレは影の炎で加速して走ったり飛んだりできるので、移動手段が自分の足しか無いアッシュに追いつくなんて、カメを『真面目で頑張り屋な』ウサギで追うくらい結果が見えている。
サミュエルがピカピカ光る女を殴ると、大きな穴が開いた。そこから塞がれていたドアノブが現れる。
「早く行け、じゃないと……」
「ッ! ジャンヌ!」
金髪の女の声の後、ドアノブからまた光る女。しかし、『マリア』『エリザベト』とは違う。『ジャンヌ』は鎧を身につけ、手には剣。出てくると同時に、ジャンヌはサミュエルとオレに剣を振り上げた。
「……ぐ!」
サミュエルの腹が裂かれ、血が噴き出す。致命傷だ。内臓まで達しているかもしれない。
オレは、不思議と無傷だった。当たった感触はあったが、こそばゆいというだけで、痛みなんてものはない。
「哀れだな。毒のサマエルよ、うん? 得意の毒も、こうなってしまえば使えまい……」
金髪の女がこちらへ近づいてくる。かつんかつんとリズミカルに床を鳴らすのは、ヒール。
「その名は捨てた」
再び、ジャンヌの剣がサミュエルを襲う。腹に突き立てられ、目を見開いた。……止めないと! ジャンヌに触れはしたが、殴っても吸い込まれていく。剣には触ることすらできない。
「な、なんで……」
「ふふ。はじめまして、ルシファーの娘、グレイ・キンケード……」
女はしゃがみこんで、サミュエルの顔を覗いている。こちらを見上げると、一瞬瞳が輝いた。緑色のひとみ、透き通るような金の髪。タイトな白いパンツに、青いジャケットといった姿。
「私はガブリエラ・ゴス。天使ガブリエルだ」
天使。やはりアッシュは裏切ったのか……。いや、そんな事今考えても仕方ない。どうにかしてこの状況を打破しなくては。
「もういい、ジャンヌ」
ジャンヌがサミュエルの腹から剣を抜き、ガブリエラのそばにつく。
「この子らは私の友人でね、死んでもなお、私と強い絆で結ばれている。聖女とでも呼べばいいか……」
ガブリエラがジャンヌの顎を触ると、まるで猫みたいに喉を鳴らした。ジャンヌの剣や体にはサミュエルの血がいたる所についており、恐ろしい。どうして聖女たちには、オレの攻撃が通じないのだろう……、サミュエルはエリザベトを殴れたのに。
聖女たちの本体、ガブリエラになら攻撃は通じるだろうか。腕を斧へと変化させ、振り上げた。しゃがんだガブリエラの首目掛け、振り下ろす。
……が。エリザベトに仕掛けた時のように、触れた感覚はあるのに、切れない。
「やめてくれないか、少々くすぐったいのでね」
「……くそ……」
斧にしていた腕を戻した。なんでだ? どうして切れない?
「ぐ……、グレイ。行ってくれ……」
息の荒い、サミュエルの声。致命傷を負っているが、表情には余裕が見える。やはり、自殺できないのではなく死なないのか?
「マリア、エリザベト! ここから誰も出すな」
仮眠室の扉、窓を押さえられた。出る方法といったら、地下くらいか……。しかし地下室なんてものはなく、自分で穴を掘らねばならないのだが。
「……教えてやろうか。どうしてきみが私や聖女たちを殺せないか?」
「……」
「きみは影の悪魔なのだろ。私は反対となる光の力を頂いていてね。私はきみへ、きみは私への干渉がほぼ無効となる。できない。と、いう事は、だ。ここまで言えば犬でも分かるだろう?」
「……オレはお前を殺せない、お前はオレを殺せない」
「当たり。私はお前の足止めしかできない。けど、それでいい。時間さえ稼げば、セオドアが全て終わらせてくれる。ま、それまで私とお喋りでもしてようじゃないか、グレイ・キンケード?」
ジャンヌの攻撃が効かなかったのはそのせいか。ガブリエラを無視し、サミュエルをチラリと見る。……大丈夫そうだ。何か策があるのか、ぐったりとしたふりをし、ガブリエラがオレに視線を向けた隙にウインクまでしてみせた。
「サマエルが居るってのは計算外だったが……、もう始末したも同然。グレイ、きみには散々計画が狂わされたと、セオドアが怒っていたよ。命乞いの言葉を一瞬に考えてやろうか?」
笑い混じりに話すガブリエラ。サミュエルを信じ、オレはガブリエラの気を引こう。マリア、エリザベト、ジャンヌの聖女たちはガブリエラが操っている。ガブリエラの指令が出なければ、あいつらは動かない。敵対行動をとらない。……ってのはだいぶ予想も混じっているが。
「……サマエルよ。モウゼに潰された右目はどうしたんだ。入っていたな、眼球が?」
「……」
「それの出どころを当ててやろうか。……いいや、それだけじゃあない。きみが死にかけたり大きな怪我や病にかかった時、どうやってそれを治したんだ? うん、言ってみろ?」
「……」
「サマエル。きみは哀れだが、きみの妹は『かわいそう』だな」
「……」
「私がモウゼの代わりに再び右目をえぐり出して潰してやろうか?」
「……」
「喋る体力すら無いか」
向こうからサミュエルに話しかければどうしようもない、天使トークはオレには分からないのだから。サミュエルの死んだフリが見事に決まり、ガブリエラはサミュエルの頭を軽く蹴飛ばした。
「……ぅ……」
「悪魔に魂を売った裏切り者め。自分がどれだけ愛されていたかも分からない愚か者め……」
くるりとターンし、サミュエルに背を向ける。隣のジャンヌもワンテンポ遅れてまねをした。
「……分かんねー話しないでくれ。オレは頭があんまり回らないもんでね、ひとつの事にしか集中できないんだ。オレの命乞いの言葉を考えてくれるんだろ? どうしたら助かるか教えてくれよ」
「……ふふふ。そうだな。セオドアには何よりも好きなものがあって……、私は好かないが、きみたちは好きかもしれないな。それをやるって言うなら、生かしてもらえるかもしれない。ただし、一生牢から出られないが……!」
「……キャァァアアアッ!!」
ジャンヌの叫び声。ジャンヌの剣が、足が、腕が、ドロドロにとろけて足元に落ちていく。
「!? ジャンヌ! く、くそ……」
「ジャンヌを戻さねば、もう使えなくなるぞ。お前にもそろそろダメージが行くはずだ」
「……くっ。まだ生きていたか……」
ジャンヌの体をサミュエルの血が侵していく。ピカピカ光っていたジャンヌが赤黒く染まり、溶けていく姿はまるでマグマのようだった。
「俺は死にかけてすらなかった!」
「いやぁあぁああああ!!」
「やめてえぇぇえええ!!」
ジャンヌが叫びすらしなくなると、マリアとエリザベトが同時に叫びだした。きんきんした高い声で耳が潰れそうだが、初めての出動で破壊したロボットのように動けなくなるなんてことはなかった。
「まずい、ダメージが大きすぎる……。マリアとエリザベトがジャンヌの痛みを共有し始めた……。次は私か!」
「さあ、早く戻せ!」
ガブリエラはサミュエルを睨みつけ、ドロドロのジャンヌ、叫び声をあげるマリアとエリザベトを消した。すぐに仮眠室のベッドからシーツを引きちぎり、マリアが居なくなった窓を飛び出す。続いてサミュエルが腹を庇いながら窓から出てきた。
「死なないだろうけど、垂れ流しだとうっとうしいだろ。これ巻いて」
「気がきくな」
「そりゃあ、どうも! あいつは追ってこないのか?」
破いたシーツを腹に巻くと、じわりと血が滲む。特に痛そうではなく、慣れたのかサミュエルは涼しい顔をしていた。
「結構ギリギリで戻したからな、しばらくの間は動けないはず」
しかし天使ならば飛べるだろうし、サミュエルは飛べない……。
「……アッシュの臭いを追うッ! サミュエル、オレは飛べるから、オレが運ぶ」
「どういう事だ」
「……だっこだよ、だっこ!」
「できるのか?」
「したくねーけど、するっきゃねーだろ! オレ一人じゃあ、あいつが追ってきたらどうしようもない!」
「精神論ではなく、実際にできるのかという意味だ」
「できるに決まってんだろ! なめんな!」
――まさか、男をお姫様抱っこする日が来るとは!


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