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Uターン
血の定め

さて、サマエル――、いやサミュエルをこちら側へ完全に引き入れた事で、またこちらが有利になった。向こうの事情がいくつか分かるかもしれない。セオドアのこと、そして『主』のこと。悪魔狩りの秘密、とか。
でもその前に、やる事があった。
「……しかし、酷い傷だな。塞がるのか? はらわた引きずった奴を仲間だって言うのは抵抗があるんだが……」
悪魔や天使の再生能力は優れており、傷や骨のひとつやふたつ、すぐに治るが……。五十や百にもなる深い傷がきちんと治るのかは、疑問だった。腹だけでもなんとかしないと。
「俺に任せてください!」
「倫太郎? お前、できるのか?」
「……いや。分からないんですけど、なんかできる気がして。やるだけ、やらせてください」
そう言うと倫太郎はサミュエルの前へ。しゃがみこんだかと思うと、床に広がった血を指ですくい、舐めた。まるでワインでも飲むように、舌で転がしている。
「すみません。あの、お腹、しまってもらえますか。直接俺が触ると、痛みますから」
「あ、ああ……」
自分のはらわたを腹にしまう姿は、なんだかシュールで笑ってしまう。しまい終わるまでに、何度も何度も倫太郎は血を舐めていた。
腹にすべて収まったのを見ると、手を傷に触れるか触れないかの所まで近づけた。ぎゅっと目を絞ると、魔法臭が強くなる。傷から手をどけると、痕を残すことなく消えていた。
「……クリス。父親と母親の名を、言ってみろ」
「え……?」
「早く!」
「……わ、わかりません。お父さんは堕天したって、それだけしか知りません。お母さんはずっと小さい頃に死んだらしいです。どっちも、名前は、知りません……」
「ま、まさかな。ふふ……」
「……? 続けますね……」
それから何故か、サミュエルは口をきかなかった。
傷が完治し、片付けも終わらせた頃。倫太郎はすっかり疲れてしまったようで、仮眠室で爆睡していた。モーガンとモニカは帰り、夜の担当と入れ替わっていた。そしてオレとサミュエルは、再びトイレの中。
「……グレイ。君には知る権利がある。知らなければ、ならない。ルシファーの娘として。そして悪魔を率いるリーダーとして」
血で固まった髪を、濡れたタオルで拭き取っている。布は真っ赤に染め上がり、黒くなっていた髪は赤くなる。
「セオドアが大切にクリスを扱う理由が分かったよ」
「子どもだから……、子どものような存在だからじゃないのか?」
「まさか! それだけだと本気で思っていたのか? そんなはず、ないじゃないか。奴はそんな優しい感情なんて持ち合わせていない。あるのは張りぼてみたいな、作りもので見せかけの感情だけさ」
「……?」
「絶対に戦争に勝てるんだよ、グレイ」
爪に入りこんだ血が、みるみるうちに取れてゆく。
「クリス……。あいつは、セオドアの血と、ルシファーの血を継いでる。間違いない」
「どういうことだ?」
「言葉通りさ。ルシファーとセオドアの血、半分ずつだ。あいつは、この世界で最も強い生物になる。セオドアを、本当に殺せるかもな……」
おじさんだってセオドアだって、男じゃあないか。男同士で子が作れるはずない……、いや………。
「……セオドアは、男じゃ、ないんだな」
「そう。精神はもちろん男のものだがね」
セオドアの本体は、虫だ。虫が宿る先、つまり体を変えれば、相手が男でも女でも子を作ることができる。今はたまたま男の体を『よりしろ』にしてるだけで、倫太郎が産まれる前は、女の体を使っていたかもしれない。
「俺の父親は、ルシファー。セオドアから、知らされたよ。クリスは違ったみたいだな。同じ血が流れた兄弟、幼いクリスと会って、すぐに分かった。その時は、もう半分は分からなかった……」
「さっき、覚醒した、のかも。キメラをひとりで殺した」
『覚醒』……、悪魔や天使が、魔力に目覚めることだ。力があるほど、目覚めるのに時間がかかる。オレもなかなか遅かったが、倫太郎ほどの歳で覚醒するっていうのは、本当に強くなるってこと……。その素質があるということ。下ごしらえは完璧だ。最も強い悪魔ルシファーの血に、最も強いだろう天使、セオドアの血。どんな下手な料理をしたって、完璧なものになるに決まってる。たとえその覚醒が、意図的に早く起こされてもだ。
「……さっき、俺の傷を全て治したろう。あの魔法、セオドアとおなじだった。最初に血を舐めるのも、痕を残さず治せるのも、おなじだった」
親の能力をしっかり継いだというわけか。セオドアと出会ったきっかけの猟奇殺人事件……。セオドアは『傷をつけずに女の体から内臓を抜き取って』いた。でも、『傷はつけたが痕を残さず治した』だけだったのか。
「奴が何のためにクリスをこしらえたのかは、分からない。でも、きっと奴は自分の目の届く場所で、それも自然に覚醒させたかったはず……。衝撃を与えれば、その時のエネルギーで自分が殺されるかもしれないからな。だから割れ物を扱うように大事に大事にしていた……。それが仇となり、クリスは堕天を決意した、と。セオドアに構われるクリスに嫉妬した天使が追い出した、と言ったほうがいいかもしれないな……」
サミュエルは頭がいい。そう、セオドアと比べれば、はるかに。サミュエルの作戦にセオドアが気づいていれば、あっけなくオレは倫太郎を奪われていただろう。天界へ帰った倫太郎は安全に、そして完全に覚醒し、この世の悪魔全て、アッシュもオレも、ルシファー……、ルゥおじさんも、一人残らず殺されてしまうに違いない。敵を騙すなら味方から、なんて言うものだけど。
「サミュエル……。戦争が終わっても、生きる気はあるか」
「どういう意味だ」
戦争が終わればサミュエルは処刑、いや、死ねないのなら監禁か、それくらいは覚悟をしておかねばならない。オレたちと共に戦い、ルゥおじさんの実子だとしても、だ。悪魔狩り、その罪が許されるほどだとは思えない。
「悪魔狩りのリーダーは、オレ達と共に生きる事は出来ない」
「……そうだな、そうだったよ。彼らは許してはくれないな……」
喉で笑う。びしょびしょのタオルで髪を拭いたからか、ひたひたと水がしたたり落ちる。涙も混じっているのかもしれない、と思った。
「お前が望むのなら、お前が生きられるように手を回してもいい」
「君は俺を許すとでも言うのか」
「……いいや、そうじゃない……。このままじゃ、罰を受けるために戦うみたいで、あんまりだろう?」
「早速裏切り防止ってわけか」
「まあな」
オレ以外の悪魔も、そしてオレも、悪魔狩りのリーダーサマエルを許さない。サミュエルは、わざとらしく笑う。セオドアとそっくりの仕草だった。
「……気持ちだけ、もらっておくよ。俺には、生きる権利なんてない。今はグレイ、君によって生かされているだけさ。いらなければ、捨てればいい。そういう関係さ、君と俺は……」
「オレはいくらでもお前を利用して構わない、ってか?」
「ああ。戦争が終わった後、見せしめに俺を殺すといい。そうすれば君の仲間は、君を更に信じ、ついてくるはずさ。セオドアを……、主を殺せば、死ねるのだろうか……」
「……さあ。そんなもん、知らねえ。お前は死ぬために戦うと、本当にそれでいいんだな」
「俺にはそれが合ってる」
鏡に手をなすりつけると、魔法が甘かったのか傷が開いて血がついている。体を回りきった悪い血なのか、真っ黒い血だった。さっきまで浮かび上がっていたウロコはすっかり消え、大量の出血のせいか青白い顔が鏡にうつっている。
「そうか。気が変わったらいつでも言ってくれよ」
「……君もさ。俺がいらなくなったら、いつでも言ってくれ」
サミュエルは許せない、許せないけど。同情してしまう。これが神サマから頭を貰った時のリスクか。
育て親を助けようとしたのに見捨てられ、自分で自分にケリをつけられない。そしてそのまま、敵側に寝返り育て親と戦おうとしている。
オレはただ、そこで捨てられそうになっていた命を有効活用しただけだ。そう、そのはず。
オレがサミュエルの立場に立ったら、どうするだろうか。ルゥおじさんに見捨てられ、寝返ってアッシュやおじさんを殺すことに加担できるか? ……絶対に、できない。アッシュが襲ってきた時、オレは手を出せなかった。それがオレの致命的な弱さだと、思う。人質をとられれば、一歩だって動けやしない。多数を助けるため、少数を犠牲にする。そういう考えをすべきだと、しなければならない立場に立とうとしているのは充分理解してはいるのだが。
サミュエルは、平気ではない、と思う。オレ達と共に戦うたびに、もがき苦しむはずだ。オレはとんでもないことをさせようとしているのかもしれない。
「さ、サミュエル……」
「その名前で、呼んでくれるのか。同胞の敵である『サマエル』ではなく、『サミュエル』と呼んでくれるのか、君は」
切なげな表情で鏡を見つめていた。鏡には何が見えるのだろう。答えは分かりきっていたが、どうしても見たくてサミュエルの後ろへ立った。倫太郎と似た、たれ気味の目。よく見ると、右と左では瞳の色が僅かに違っていた。倫太郎と同じエメラルドグリーンの左目、そしてそれよりも青い右目。
「……ああ。戦争の間、それから終わってお前が生きたいと願ったなら、『サマエル』は忘れよう」
「……グレイ。君は優しいな。それがきっと、破滅を招くことになる。戦争には勝つだろうが、大切なものを失うことになる。君は冷徹になるべきだ。自分をもっと守ったほうがいい」

分かってる、言われなくったって分かってるんだ。



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