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Uターン
邪魔な日々の不安

自宅の玄関の前に来たが、部屋は真っ暗で気配や魔法臭を感じられなかった。まさか、本当にオレを追うために出かけたのか。外でセオドアと出会って、連れ去られていなければいいが……。携帯へ何度か電話をかけたが、連絡がつかない。困ったな。
屋上へ上がり、じっと人工の光を見つめてみる。魔法臭が風に乗って届くだろうかと思ったが、駄目だったらしい。倫太郎の魔力は弱いし、においも少ないので、風に乗せられるどころかかき消されるかもしれない。
しかし、強い魔法臭を感じとれなかったということは、近くに強い魔法使いが居ないということだ。オレと入れ違いになったのだろうか。ビルを見に行こう。屋上から、落ちる。
足から影の炎を出し、高く飛び上がる。ふ、と下を見ると、人だかりが出来ている場所があった。マンションの近く、さっき行ったばかりのペットショップだ。
騒ぎを見に行ってたりして。いやでも……、あいつはそんな性格じゃないか? ビルの方向を見直した瞬間、強い風が吹いて炎が消えてしまった。
消えた炎を地面にぶつかるすれすれでなんとか出しなおし、地面にへたりこんだ。ふうと息を吐くと、再び風が吹いた。……風の吹く方向から、強い魔法臭。
今まで嗅いだことのない臭いだった。恐ろしさの隙間に、ほんの少しだけ優しさが見える。狂気の隙間に、ほんの少しだけ正気が見える。それがさらに恐ろしさと狂気を加速させていた。ただわかるのは、セオドアやルゥおじさんと同じ……。いや、それ以上かもしれないほどの魔力の持ち主だということ。
セオドアやおじさんの魔法臭じゃない、ただ少しだけ似ている……。
風が吹く先、そこには人だかりと、大きな何かが見える。何かは遠くてよくわからない。しかし、魔法臭は一種類しかしないので大きな動物かロボットというところか。よそのNDが来ているのかもしれない。
どんなヤツが居るのだろう、そう思って人だかりに突っ込んだ。人と人の隙間に入りこみ、顔を出した。
「あ、あれ……、グレイさん……」
人だかりの真ん中に居たのは、倫太郎だった。血だらけになって、大きな黒い何かの前に座りこんでいる。どこか表情が虚ろで、もしかしたらセオドアに操られているのではと思った。
「……大丈夫か!?」
そう問うと、考えこむ。倫太郎の腕の中では、さっきペットショップで見た子猫が震えていた。血が所々についている。
「イエ、俺は全く、全然、何もないんですよ。ただ、記憶がはっきりしなくて。家を出たらなぜか目眩がして……、気づいたらこんな所に居て、目の前に、あれがあったんです」
指をさした先に、黒い何か。血にまみれており、冷たく、動かなくなっていた。触ると、ちくちくした針のような毛がびっしり生えている。二メートルはあろうかという大きなヒトの形をした、しかし、ヒトではないもの。
それの頭は狼の頭と取り替えられており、腕はクマの腕、尻尾はウロコに覆われた……、おそらくワニのものがくっつけられていた。
「お前がやったのか?」
「……わからないです。わからないんです。……でも、多分、俺がやったと思います。とてもそう考えられないけれど……」
よく倫太郎の顔を見ると、薄くウロコが浮かび上がってきていた。サマエルが出していたものとそっくり。……やはり、血が繋がっているんだな。
俯いた倫太郎を見たのか、そばに居た女性が声をかける。
「あ……。私、あなたに助けられたの。あなたが来てくれなければ、今頃、あの化け物の腹の中だわ。お礼を言ったけど、覚えてるかしら……」
俺も見たぞ、僕もあたしも、なんて声が沢山。全員が倫太郎を褒めたたえ、自分が生かされた事に気づく。
「……ごめんなさい。覚えてないんです。でも、あなたが助かって、良かった」
分かりにくい愛想笑いだと思った。きっと心からそう思ってはいる、そう感じる事ができる。だけど、ウロコのせいで筋肉がうまく動かないのか、ぎこちない笑いを浮かべていた。
倫太郎の目の前に倒れている、血だらけの黒い何か。それは確実にキメラだ。継ぎ接ぎの跡が無いことから、製造者はなかなかのやり手だと簡単に想像できる。しかも動物だけでなく、ヒトも混ざっているときている。動物の身体能力に加えてヒトの脳を手に入れたキメラは、はっきり言って相手にしたくない。動物であるからして予想出来ない動きをよくするし、ヒトの脳があるのでこちらの動きを読んだりする。力や早さはは動物のそれだしで、下手な魔法使いを相手にするより遥かに面倒くさい。
「オレは見てないけど、でも、お前がやった事だと思うぜ。ここにお前の事を見た人が居なくても、オレはお前がやった事だと思うぜ」
「そ、そうですか。ありがとうございます。グレイさんや皆さんが言うのなら、きっとそうなんだと思います。自分のこと、とても信じられないけど……。気がついた瞬間から、なんとなく嬉しくってなんとなく気持ち良かったんです。でも、それは、なんとなくじゃなかったんですね……」
倫太郎がよろよろと立ち上がると、子猫は腕を飛び出していった。血だらけの体を拭く隙すらも与えなかった。気をつけるんだよ、そう言いながら手を振っていた。それを見届けると、サイレンがついたトラックが走ってくる。NDがキメラの死骸を回収しにきたのだろう。ちらほらと、人だかりを作り出していた人達は、自分のやるべき事へと戻っていった。
キメラの身体が持ち上がると、開けられた大きな穴から、ズルリと何かが抜け落ちる。それは、ピンク色で、赤色で、黒い色をしていた。幾つかの管が繋がっているようだが、その中心の部分は、無惨にもぐちゃぐちゃに潰されてしまっている。
オレはすぐにその筋肉の塊がキメラの心臓である事に気づいたし、それが倫太郎の仕業であるという事にも気づいた。
なぜなら、倫太郎の手には、指の間には、その管らしきもの。爪の間には筋肉の屑が詰まっていたからだ。そして、恐ろしいことに……、歯の間に挟まったそれと、舌の上でてらりと光って主張してくる鉄の臭いがする液体にも気づいていた。
そう、間違いない。この強い魔法臭は倫太郎からしてくるし、キメラの心臓と倫太郎の口元を見れば、かじったということがバレバレだ。
そういう事をするような性格じゃない――。急に自分の力に目覚め魔力が強くなり、人を襲おうとしたキメラを殺した、これはまだ理解できる。しかし、胸に大きな穴を開け、心臓を引っ張り出し、かじる。こんな残忍かつ狂気に満ちた行為、やる必要があったのか?
まだ知り合って数ヶ月だが、それでもこんなキチガイみたいなことをする奴ではないと感じていた。なぜって、倫太郎は典型的な『いい子』『優等生』なのだ。そんな奴が、化け物の心臓を貪り喰うだなんて思わない。思えない。
『セオドアが倫太郎を操っているのでは?』
そう考えれば、急に記憶が飛んだことも、急に強くなったことも、急に狂人のような行動をとったことも、辻褄があってくる。
しかし、倫太郎を自分の子供と呼び、悲しむからと無理やり地上から引き離すのをやめたほどのセオドアが、倫太郎にそんな仕打ちをするだろうか?
倫太郎の動きやしゃべり方はあまりにも自然すぎた。アッシュを操った時、自分の意思で動いているかのように見えたが、所々に違う部分が見えていたし。
オレは、倫太郎を恐ろしいと思った。
狂っているわけではない、というのは空気でよく分かる。その行動がイカれた狂人のものであっても。

ちょっとした事情聴取を受け、NDへと行く事に。謝礼金が出るのだという。一番近いのが中央署だったので、ちょうどよかった。とりあえず血だらけの服をなんとかしなければと、二人で家へ戻った。
「全身どろどろだな、ほんとに……」
「すごい臭い……。気持ち悪くなってきました……。しばらくは体についてるでしょうね……」
雨に降られたみたいに、髪から血が滴るほどだった。服も絞れば大量の血が落ちてくるだろう。
倫太郎に玄関で服を脱ぎ(もの凄く嫌がっていたが、家が汚れるからときつく言えば、しぶしぶ従った)、すぐにシャワーを浴びるように命じた。
血だらけの服は、うーん……。やっぱり、面倒くさいけど手洗いをしたほうがいいな。オレは派手な怪我をした時、血を手で洗うのだが……、さすがに全身どろどろの血だらけというのは初めてだ。
血が固まってしまってはもっと面倒だし、と洗面台でさっと洗ってしまうことにした。汚してもすぐに洗えるようにと、洗面台に畳んで服が置いてあるのを広げた。キメラの血は色々な種類の血が混じるため、普通の血より固まりにくいのがまだ救いか。
いそいそと洗っていると、倫太郎が気づいたのか声を上げる。
「ああ! グレイさん。大丈夫ですよ、自分の服なんですから。自分で洗います!」
「いや、オレがやるよ。いつも家事とか掃除とか、代わりにやってもらってるしな。それに、オレがついてるとは言えさっさと署に行かないとマズいだろ」
風呂場の扉が少し開き、倫太郎が顔を覗かせた。
「そ、そおですけど。でもお、ほらあ、グレイさんは、……女性なわけですし。やっぱ、そーいう関係でない男性の、し、……衣類を、洗うっていうか……、触るのって、よくないと、思うんです。……だから!」
「もうちょっとはっきり言ってみろ」
よく見てみれば、顔が真っ赤だった。服を洗うくらいで、何を恥ずかしがっているのやら?
「……あの、ほら、あれですよ。……ぱ、パンツ」
「パンツ?」
「はい……」
なるほどな、と少し笑って返したが、倫太郎はというと不服そうだった。男のパンツ、なんて。アッシュやおじさんと暮らしていた頃に何回も洗っていたから、感覚が麻痺していたらしい。
「オレは気にしないけど、お前が気になるならパンツは自分でやってくれ。まだだからな」
「い、言われなくても、そうするつもりでしたよっ」
倫太郎は素早くオレの手元からパンツをひったくり、大きなため息を風呂場に響かせていた。



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あきゅろす。
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